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衷心記 第四章 第五章 第六章

いつもありがとうございます!

今回もムラを巡る攻防で、ヤチトとヤカミが援軍を決意します。

お楽しみください!

第四章 運命の交錯


 翌朝は何事もなく、ムラ人たちは胸を撫でおろした。

 まさかとは思うが、心配であった。

 「タケ」は竈の辺りに、クロとタクを従えて陣取り、戦いに備えていた。

「タケは、大将なのじゃなあ」

 ナナはそう言って笑顔を見せた。

「そうじゃ。立派な大将様じゃ」

 ナツも笑顔でそう言った。

 ナナは、「タケ」に寄り添うようにしゃがんだ。すると目の前に咲いていた小さな花を見つけ、それを摘むと、「タケ」に差し出した。


 急に、遠い日のヒナの笑顔がタケノヒコの脳裏に浮かんだ。ヒナが薬草をタケノヒコに差し出すと、幼い日の自分がそれを受け取った。もう戻れない遠い日の事。どんなに手を伸ばしても届くことはない。


 タケノヒコは、ナナから花を受け取ると、細工をしてナナの髪に飾った。

「あれまぁ。よかったねぇ、ナナ。よく似合うよ。かわいいよ」

 ナツがそう言うと、ナナは嬉しそうな笑顔を見せた。


 物見台の上では、サルとセイが見張りをしながら戦いのゆくえについて話し合っていた。

「タケノヒコ様は追い払うと仰いましたが、昨日の様子からして、やはり難しいのではと思います」

 セイはしきりとそう言っていた。サルにも異論はない。

「やはり、我々が敵の大将を仕留めるべきでは?」

 セイはそう言ったが、サルは昨日の様子を見て、やや考えを変えていた。昨日襲ってきた敵は本軍ではない。数から見て、それは明らかだった。そして方面軍とはいえあれ程の数を差し向け、しかも手練れの草を使うなど、本軍の大将はよほどの人物と見た。そう簡単に仕留められる相手ではない。

「ならば、どうしろと?」

 セイにそう聞かれても、サルにも答えはない。二人とも考え込んでしまった。

「そなたは、ムラ長に、我らはヤチト殿の指図で様子を見に来たと申したそうだな」

 サルの問に、セイはうなずいた。

「ふむ。ならばここは正攻法しかないだろう」

「正攻法?」

「ヤチト殿に援軍を出してもらう」

「援軍を?まあ、ムラ長へはでまかせを申しましたが、ヤチト様がツヌガ軍の動向を気にされていたのは確かです」

「そうだろう?なら三百人で良いから援軍を出し、ニノ国王をたきつけて欲しい。イズツが動いたとなれば、二ノ国も重い腰を上げるだろう。二か国合わせて六百だ。ツヌガ本軍といい勝負になる」

「そんなことをして、我が国の安全は?今や、かつてのような兵力はないのです」

「知っている。しかしそうするしかなかろう。それに、今はアナトもキビも新しい世をつくることで手一杯だ。イズツに攻め入る事などない。トヨ様もいるし、ワシはキビのオノホコ様も知っている」

「そうですねぇ・・・」

「それに安全と言うなら、援軍を出さず、我々も持ちこたえられなかった時、ツヌガは一気に二ノ国を呑み込んで、イズツまで攻め込むぞ」

「わかりました。ではタケノヒコ様にその策を申し上げ、私は一旦戻ります」

「それが良かろうな」

「しかし、私がここを抜けて大丈夫ですか?敵の草は手ごわい相手です」

「仕方ない。そなたが心配する事でもないし、ワシが一人で何とかしよう」

「どうです?キヨを弟子にしては」

「キヨを?」

 セイはニヤニヤと笑っていた。

 サルがキヨに横恋慕していることは知っている。でもサルなら邪な真似をしない事も知っている。

「はい。あの身の軽さと戦いの才能は草に向いています。それにトヨ様のような破壊の力があって、きっとお役に立てるでしょう」

「うむ。キヨをな・・・」

「いかがです?」

 セイには、その三角関係を楽しむいたずら心がなかったとは言えない。しかし、それ以上に戦力としてキヨを見ていた。

「わかった。キヨに頼もう」

 セイは笑顔を見せ、「さっそくタケノヒコ様に」と言って物見台を降りて行った。

 結論を言うと、二人の献策はタケノヒコに了承され、セイはイズツ国へ走った。


 カクは、その朝攻め入ることをしなかったというより、攻め込むことが出来なかった。負傷者の数が多すぎ、その回復を待ってから再び攻めるというのが、ツヌガ人の意向であった。大将とは言え軍の主体はツヌガ人である。例え部下でもツヌガ人の幹部が言うことに抗いにくい。しかし十日ほどの時間が出来たため、ツヌガ本軍にいるタケノヒコの顔が分かる者を呼び寄せることができるし、さらに凄腕の草の者も呼び寄せられるから、その間にタケノヒコを確認し、罠の算段ができる。カクはそう考え時間を有効に使うつもりでいた。


 敵の気配が感じられないため、サルはキヨの鍛錬を始めた。

 前回はもののけと戦うための訓練であったが、今回は人と戦うためのものだ。敵の気配を読む感性、その戦力を計る知力、攻撃を加える体技は、もののけとの実戦を経て既にサルをも驚嘆させるレベルに達していた。あとは、木から木へと飛び移るような瞬発力、泥水の中でも耐え忍ぶ忍耐力、自身の気配の消し方など、サルの教えをキヨはどんどん吸収していった。


 ワシを越える逸材かも知れぬ。

 サルは、わずか四~五日の訓練で腕をあげたキヨを頼もしく思った。ただし、練習台として訓練につきあっていたシンと楽しそうにしていた事が、サルには憎らしかった。


 キヨは、サルとの訓練の他に、破壊の力の応用を独自に編み出した。トヨほど大きな力はないが、小さな力を石つぶてのように連射できる。また破邪の呪文と組み合わせると、人の意識を失わせる事ができた。大き過ぎる力を持つことで心の葛藤を抱えるトヨと違い、キヨは自分の力の上達を、今は無邪気に楽しんでいた。


 その間、ムラ人と一行の者たちは、前回の経験から、柵に近い家々を、矢の届かない場所に移築したり、盾を大量に製作するなど、タケノヒコの助言に従って防備を固めていた。

 

 前回の戦いから、六日目の事。

 ツヌガの都に未だ留まっている本軍から、タケノヒコの顔を知っているテイの部下がカクの元へやって来た。次回の攻勢はまだ先の事なので、近いうち、少数の兵とともに、威力偵察を行う手配をした。

 これで敵の正体がわかる。

 正体さツヌガかめれば、単独攻撃なり、本軍との共同作戦なり、いかようにも手が打てる。ひとまずテイに粛清される恐れはなくなったと、カクは胸を撫で下ろした。


 その頃セイは、ヤカミ姫と共にイズツ兵百名を従えてイナバノ国へ向かっていた。


 先の戦いの後しばらくして、ヤカミはあの湯の里での湯治を理由に、度々イズツ国へ来ては、ヤチトとの面会を重ねていた。何度も押しかけて来ているような形で、ヤチトは嬉しかったのだが、国の再建に忙しく面会する以上の間柄になりそびれたと言っていい。ヤカミの恋心は満たされぬものであったが、それでも懸命に国の再建に取り組むヤチトの姿が愛おしく、不満のひとつも口にしなかった。


 ヤチトは、多くの改革を成し遂げ、いまや国の民に慕われる指導者となっていた。身の丈以上の砂鉄の輸入を見直し、都の東にある川から採れる砂鉄を有効に使うことで税を安くした。また、大人自ら働くように指示をして国の再建にかかる労役の不公平感を少なくした。その他もいろいろとあり、民からは慕われたが、支配階級の者たちからは疎まれ始めていたものの、この時期はまだ表面化していなかった。


 セイが大川のムラについて報告をしようと昇殿した時、たまたまそこに、ヤカミが居た。セイも腕の立つ草である。テイの部下が潜んでいないことを確かめてから、ありのままをヤチトに報告し、ヤカミも側で聞いていた。


「タケノヒコ殿らしい・・・」

 ヤチトはそう言って笑った。

「らしい、とは、いかがなことでございましょう?」

 ヤカミの問いに、ヤチトは微笑みを絶やさずに答えた。

「北の港の事、チクシ大島の事、もののけ退治の事、そして今回の事。かのお方は困った者に手を差し伸べなさる。損得は思案の外のようだ」


 ヤカミは、一度タケノヒコを見かけた事がある。神の依り代たる大岩をお祀りした時の事。その時もヤカミはイズツ国へ来ていて、作業を見物していたのだが、多くの巫女の中に紛れているトヨに気づいた。イナバの物見の者から、トヨの隣の若者がタケノヒコ殿でございます。と耳打ちされた。二人の事はヤチトから聞かされてはいたものの、彼らの間の信頼や友情のようなものに、ヤカミは微笑ましさと同時に軽い嫉妬さえ覚えた。


「ヤチト様は、北の港ではご一緒でしたね。そう聞いております」

「うむ。あの時、私はかのお方の心底に触れた。オオヤマトの暴れ神などと呼ばれていても、困った者、か弱き者をお見捨てにはできないお方だと」

 ヤカミは笑った。

「ヤチト様と同じにございますね」

「ああ。だから表向き敵同士であっても、私はタケノヒコ殿を信じている。かのお方が助けると申されるなら、私も助けよう。それに、そのサルとかいう者の言う通りだ。あのテイ殿の事だ。大川のムラに足場を作って、一気に二ノ国、イズツ国を呑み込もうとするはず。私が国の再建を終える前にな」

 そう言うヤチトは、真剣な眼差しをしていた。

 うなずきながらセイは言葉を添えた。

「間違いございませぬ。ならば早めに叩き潰しておくべきかと」

 涼やかな笑みを湛えて様子を見ていたヤカミが言った。

「ならば、我がイナバも他人事ではありませんね。我が国も兵を出す事といたしましょう」

 そして、束ねていない長くて艶やかな黒髪を掻き上げた。


 イズツ国から、先発隊として百名の兵が出発したのは、二日後の事。

 ヤカミとセイは、テイからヤチトに献上された馬にまたがり、轡を並べて進んでいた。

 ヤチトは、いかなる時にも兵五百程度は即応できるまで国の再建を果たしていた。今回は直接の防衛戦ではないため、セイの要求通り三百を差し向ける事とし、そのうち百名をセイに預けて先発させた。途中イナバへ立ち寄り、ヤカミが陣触れを出し、イナバ兵百名ほどを合流させるつもりでいた。イナバは先の戦いで大した被害もなかったから、その程度は動員できる。トヨとの戦いで負けなかったヤカミの声望は国中で高まり、今や病弱な兄の代わりに国軍を預かる将軍となっていた。

 ヤチトは残り二百を本軍として、後ほど自ら率いて出陣する予定だ。


 若者たちの運命は、今また交錯しようとしている。



第五章 旅の者


「旅のおじちゃんが、食いもんを恵んでくれと、ゆうとるよ」

 ロクはそう言って、ナツの裾をつかんで放さなかった。

「あれまぁ、困ったねぇ。今はいくさの最中だから・・・」

 普段は旅人をもてなすムラの者たちも、今は構っていられなかった。しかし、腹が減って苦しそうな旅人を、ロクは可哀そうに思い見捨てておけなかった。何度も繰り返し、ナツに言った。

「仕方ないねぇ、椀の一杯だけ、柵の外でならいいかも知れないねぇ」

 ロクの熱心さにつられて、ナツは朝餉の残り物を火にかけて温め直し、柵の外でうずくまっているという旅の者へ運んだ。ロクとナナもついてきた。


 柵の外には、汚い身なりの初老の男がうずくまっていた。

「今はこんなものしか・・・」

 そう言ってナツは椀を柵の外側に差し出した。

「ありがたい、ありがたい」

 そう言いながら椀を受け取って、旅の者はうまそうに食べた。

 柵の内側で、ロクとナナはしゃがんでその様子を見ていた。

「おいしい?」

 ナナがそう聞くと旅の者はうなずいた。

「ああ。うまいぞ。そなたたちのおかげじゃ」

 満面の笑みをナナは浮かべた。

 やがて食べ終わると、旅の者は椀をナツに返し、その手でロクとナナの頭を撫でた。

「しかし難儀じゃな。今は戦の最中かえ?」

「そうなのさ。もうずいぶんになるさね。でもね、この前イズツ国のヤチト様が援軍をくれて、そのお方たちのおかげでもう負けることはないのさ」

 ナツは自慢げにそう言った。旅の者は目を細めた。

「そうか。イズツのヤチト様がのう。良きお方という噂を聞くぞ」

「ああ。男衆は十人くらいで女衆は四人。でもみんながそれはもう強くてね。この前も三百くらいの敵を追っ払ったのさ。で、一人がまた援軍を頼みにイズツへ行ったしね」

 ナツは高笑いをした。それくらいタケノヒコ一行は頼もしく、さらなる援軍が来るならもう絶対に負けないという安堵の思いからだった。

「そうか。それはよかったのう。しかし、食料は持つのか?」

「まあ、余裕はないけど、何とかね。次の援軍はあと二十日の内には来ると言うしね」

 ロクが口を挟んだ。

「なくなったら、またタケたちが採ってきてくれる」

「タケとは?」

「ああ。援軍の大将さ。他にヤス様、ムネ様」

「そうか。大将様はタケ様というのか。良かったのう。優しい大将で」

「うん。タケは鹿を狩ってくれるよ。鹿肉はおいしいよ。みんなが喜ぶよ」

 そう言うと、ナナは笑った。旅の者は笑顔を見せて言った。

「良かったのう。では、行くとするか。ありがとう。おいしかった」

 旅の者はお礼を言って立ち去った。


 ナツやナナに悪気はなかった。ただ、困った旅の者に施しただけだった。しかし、その旅の者は、ツヌガ本軍から派遣された超一流の草だった。


 チッ、ヤチトが援軍を出すだと?それも二十日の内などと・・・急がねばならぬな。


 旅の者は、手を振るロクやナナが見えなくなると、木の枝に飛び乗って、瞬時に枝々を伝ってカクの本陣へ急行した。


 ヤカミが陣触れを出す間、セイは兵たちをイナバへ残し、自身は二ノ国へ向かった。二ノ国へ出兵を促すためである。


 二ノ国王は、国境の紛争について知っていたものの、出兵するかどうかは決めていなかった。重臣たちの意見もまちまちであった。ムラのひとつくらいくれてやれと言う者、因業なイズツと手を切りツヌガと組もうと言う者、断固国を守るべしと言う者、議論百出であった。重臣と言っても、そもそもが豪族たちなので、自分の領地に火の粉が降っていない現状では、はっきり言って、どうでも良かった。国王その人も、まさにそうであり、要は、やる気がなかった。先日タケノヒコたちと出会った使いの者は、あいまいな返答に心が折れたままムラへ帰って行った。そんな空気が支配する都へ、セイは乗り込んだ。


「ヤチト様の使いでございます。どうか国王にお目通りを」

 そう伝えても、長い間捨て置かれた。木々が長い影を落とす頃に、ようやく昇殿の許可が下りた。

 高床式の立派な建物の広間に通されはしたものの、ここでもやはり待たされた。普通の豪族ならとうに短気を起こしているところだが、物見として修練を積んだセイは何喰わぬ顔で国王を待った。やがて、月が煌々と明るさを増す頃にホロ酔い気味の国王が現れた。


 ニノ国王は青年であるが、あまり武芸を好まず、優柔不断で、もっぱら遊興にいそしむような男であった。そのため先の戦いでも援軍が遅れた。もっともオオヤマトに背後を突かれたため、それはそれで兵を戻しやすくて良かった面はあったが、結果論でしかない。


「ヤチト殿の使いとは、その方か」

 真っ赤な顔で、国王は訊ねた。

「で、何の用なのかの。貢物なら当面免除と、ヤチト殿から聞いておるが」

 そんなこと?事情を把握していないのか?二ノ国の物見は何をしている?

 セイはそう思いながらも平身低頭し、先ずは挨拶を述べた。

「挨拶など、よいよい。ワシとヤチト殿の仲じゃ。何でもよい。有体に申せ」

「ならば申します」

「うむ」

「直ちに大川のムラへ、兵三百の出兵を申しつける」

「なぬ?」

 ニノ国王は、酔いが覚めた。確かにイズツ国は盟主であり、二ノ国は属国であるが、何を藪から棒に・・・。それにイズツ国王はすっかり落魄し、腑抜けのはず。今や国事を取り仕切るヤチトが好青年であることは知っているが、国王でもない者が、何を言う。

 そういった気配を感じたセイは続けて言い放った。

「二ノ国が出兵せぬなら、ツヌガに征服される前に、我がイズツ国が二ノ国を切り取る。それでよろしいか」

「いや、それは・・・」

「既に先発の兵がイナバで待機している。追っ付け本軍二千もやってくる。我が国とイナバの連合軍が二ノ国を征服すると言うことだ」

「それは、あまりではありませぬか・・・」

 ニノ国王は脂汗をかいた。ヤチトは先の戦いで負けはしたが、その采配は見事であった。と皆が言う。優しい仮面の裏にある疾風怒涛の戦いぶりに、驚嘆した物見の者たちは数知れず。その矛先が我が国へ向かうのか。

 セイは、やや表情を緩めて言った。

「国王陛下。よろしゅうございますか。ツヌガの狙いはだたひとつのムラに非ず。やがて二ノ国全体を攻め滅ぼすつもりでしょう。そうならないためにも今、出兵なされよと言うことなのです」

「しかしなぁ」

「大川のムラはオオヤマトとも接しています。彼らが再度侵攻してくるような隙を与えないためにも、速やかにツヌガ軍を押し返す必要がございます。三カ国入り乱れての戦乱が続けば領民を塗炭の苦しみに追い込みます」

「はぁ?領民?」

 領民など、どうでもいい。そういった感情がニノ国王の顔に浮かんでいた。

「そうです。領民あっての国なのだとヤチト様は常々申されております。そこのところはよくお考え頂きたい」

「はぁ」

 気のない返事にユトは少し焦った。あまりにもヤチトやタケノヒコ、トヨと考え方が違う。また、交渉の肝は「押したり、引いたりだ」と笑って教えてくれたヤスニヒコの言葉を思い出した。領民で食いつかないなら、国王や豪族たちの歓心を買う方法で試して見ることにした。

「今、直ちに出兵なさるなら、イナバで待機している我が軍とイナバ軍は、二ノ国の援軍となります。やがて本隊二百も加勢に参ります。そうすれば、十分に勝つ見込みがあり、皆さまの領地も安泰でございましょう」

 ニノ国王は食いついた。上目遣いに「本当でござるな?」と念を押した。二ノ国は大国ではないが、小国でもない。兵も六百は動員できる。援軍が来るなら、そろそろ出兵しても良いかもしれぬと考えた。しかし即答はしなかった。

「では、重臣たちとも談合のうえにて」

 ニノ国王はそう言った。

 セイの初めての交渉はうまく行ったのか行かなかったのか。ムラを発つ前、ヤスニヒコから交渉術を教えてもらったが、実際は冷や汗の連続だった。


 このところ国境の紛争について繰り返し談合していたため、二ノ国の重臣たちは都に集まっていた。翌日の談合で、国王は出兵について、セイの話を織り交ぜながら説明し重臣たちの意見を聞いた。「イズツの横暴極まれり!」とののしる者、「いやいや、それは言葉のあやであろう。本心は援軍じゃ」となだめる者、「イズツが戦ってくれるなら良いのではないか」と無関心の者、皆が好き勝手を口にする。初めてこのような政治の場に参加したセイは、ヤスニヒコの苦労がしのばれた。

 こんな場で、よくチクシ大島の国々を導かれたものだ。

 そう思うと、セイはヤスニヒコに対し、タケノヒコへ対するものとは違った尊敬の念を抱いた。

 私は、そうだな。やはりこんな場よりも、戦場を駆ける方が似合っている。政の場など関係ない。私にとって、この場は通りすがりの旅の者のようなものだ。

 そんな事をぼんやりと考えていると、談合の結果、出兵が決まった。出陣は三日後となり、セイはイナバへ戻った。


 カクの本陣では、旅の者を装った草の情報に皆が意気消沈していた。

 顔を確かめるまでもない。「タケ」はタケノヒコ。「ヤス」はヤスニヒコで確定だった。


 はて?ムネとは誰だ?女衆の中には、トヨがいるはず。軍議の席はそのような話が飛び交っていた。そして、本軍の到着を待つべきという意見が大勢を占めた。しかしそうなると無能者の烙印を押されかねない。いかに強敵とはいえ、たった十名に負けたと国の者に笑われる。

「ならば、知恵を絞って戦って勝つしかあるまい」

 一人の将軍がそう言うと、同調する者が現れた。

「そうじゃ。我々の名誉のためにも。それに敵の援軍が来れば本軍が来ても難しい戦いとなるのは明白」

「何か、知恵が?草の者、何か良い知恵はないか?」

 草の頭は腕組みしたまま黙っていたが、旅の草が申し出た。

「へい。ムラの者たちはタケノヒコの正体を知らず、イズツの援軍と思っております。また、二ノ国の者たちはオオヤマトを恨んでおります。しかるに、タケなる者の正体を知らせれば、ムラからタケノヒコ一行を追い出せるかもしれません」

「追い出してどうなるのだ?ムラから出ても、我らと戦うに違いないぞ」

「ならば、ムラとの分離後に、一行の目を別の方向へ向ける罠が必要じゃな」

「ああ。それなら」

「何か良い知恵が?」

「へい。ムラにはロクとナナと言う幼子がおります。タケノヒコにも可愛がられている様子。使えそうな気がします」


 旅の草は、醜悪な笑みを浮かべた。



第六章 慟哭


 その朝は、深い霧が辺り一面を覆っていた。

 物見台に立っていたキヨが寝ぼけ眼をこすっていると、急に敵の気配が感じられた。

 隣で見張っていたムラの者に知らせ、自身は素早くタケノヒコへ報告に行った。宿舎である竪穴住居に入ろうとした時には、サルもタケノヒコも気づいていて、入口で出くわした。

 キヨは片膝をついて報告した。

「敵はおよそ百」

「おう。キヨ。その通りじゃ。腕を上げたな」

 サルが笑ってそう言った。

「キヨはムラ長のもとへ。サルは柵の外へ出て敵の様子を探ってまいれ」

 タケノヒコがそう指示すると、二人はただちに動いた。

 キヨもなかなかやる。

 タケノヒコはそう思いながら味方の者達を静かに起こして回った。


 辺りが明るくなるとともに、敵は火矢を放ってきた。楼門や番所に詰めていたムラの者達も反撃の矢を放つ。物見台の者が鐘を打ち鳴らし、ムラ人たちも武装を整え家々から出てきた。戦える者は盾を構えてそれぞれの持ち場へ向かい、戦えない者は火矢に備えて消火の準備を始めた。タケノヒコの指導により、皆が組織的に動いている。


「ほう。統制が取れておる」

 そう言ったのは、近くの木の上に潜んで様子を窺っていた旅の草である。

「そうじゃな。やはりタケノヒコは邪魔だ」

 草の頭も一緒にいた。

 その時、キヨの破壊の力から生み出される光の連続弾が二人を襲った。瞬時に身をかわし二人は見たこともない技に驚き、木々の枝を飛び移りながら逃走を始めた。

 何じゃ?この技は?

 旅の草は身震いした。しかしそれは武者震いのようなものだった。

「頭殿、敵はなかなか面白いのう」

 草の頭は無言でうなずいた。

 キヨは真っすぐに二人を追いながら連続弾を放っている。

 二人は石礫を投げつけ、目つぶしの灰をまき散らしながら逃走している。気配からして二人がかりなら討ち取れそうだが、その後ろに続くサルの気配を察しているため、まともに戦おうとはしなかった。

 サルはキヨに追いつくと、その腕をつかんで「やめよ」と命令した。キヨはそれでも追いかけようとしていた。

「そなたの敵う相手ではない」

 サルにそう言われると、キヨは我に返ったように大人しくなった。

「それより、ムラへ戻るぞ」


 逃走していた二人は、追撃がなくなると二手に分かれた。

「本軍の若様へ報告に向かう」

 旅の草はそう言って、さらに加速しながらツヌガの本軍を目指した。草の頭はムラへ引き返した。


 ムラは、敵の矢にさらされていたが、敵兵が攻め寄せる気配はなかった。タケノヒコ一行もそれぞれの持ち場で待機していて、タケノヒコ、ムネ、ゼムイの三人は正面の楼門にいた。

「何やら、おかしゅうございますな」

 ゼムイがそう言った。タケノヒコは無言のままだった。

 そこへ、サルとキヨが戻ってきた。

「周囲に敵兵はおりませぬ。この楼門の前だけかと」

 サルの報告に、ゼムイはいよいよ疑った。

「ここだけだと?何ゆえ?」

「何か、たくらみがあるということじゃな。小賢しい」とムネが言った。

 タケノヒコは何も言わず、注意深く敵方を見つめていた。


 高々と日が昇るまでにらみ合いは続いた。

 やがて霧が晴れていくと、敵方に動きがあった。中央の辺りがざわついている。それが収まると、騎馬の兵が三騎ほど楼門へ駆けてきた。

「くるぞ!」

 ゼムイがそう叫ぶと、ムラ人たちに緊張が走った。タケノヒコは素早く楼門上の物見台に駆け上がった。

 三騎は、楼門の前で停止した。そのうちの一騎が大音声で叫んだ。

「その楼門の上にいる者!そなたは、オオヤマトのタケノヒコであろう!」

 その声は、ムラの中心部にいたムラ長や女子供にまで聞こえた。

「何故ムラに加勢する!ムラを乗っ取るつもりか!」

 タケノヒコは何も答えず、楼門の上に立っていた。

 ムラ人たちの心にさざ波がたった。

「さすが卑怯なオオヤマトよのう!うまく取り入っていずれ我が物にする算段であろうが、その前に我々がひねり潰してくれん!良いか!ムラの者、騙されてはならぬ!オオヤマトの酷い仕打ちを忘れたか!我々に降れば、命は助けよう!良く考えておくことだ!」

 そう言って騎馬武者は他の二騎とともに馬首を返してツヌガ軍に戻ると、ツヌガ軍は兵を引いた。

 敵軍の姿が見えなくなると、ムラ人たちがざわめいた。

 正体を知られていたのか。

 タケノヒコはそう思った。

 楼門から降りたタケノヒコは、ムラ長に呼ばれた。タケノヒコが長の家に足を向けると、多くのムラ人たちもついてきた。皆、悄然たる面持ちであった。


「そなたは、オオヤマトの者であったか」

 長は冷静に聞いた。

「何故隠していた!」

 ムラの顔役が怒鳴った。

 竪穴住居の真ん中にある囲炉裏のような暖炉で、バチバチと音を立てながら炎が揺らめいていた。

「隠していただけではなかろう!そなたらは、ヤチト様の使いなどと、我々を騙したのだぞ!」

 タケノヒコは静かな佇まいで、何も語らなかった。

「騙したわけではない。イズツへ向かったセイは本当にヤチト殿の使いだ。我々はセイに助太刀しただけだ」

 そう言ったのはヤスニヒコだった。

「話が見えぬ」

 長がそう言った。

「セイとは旧知の間柄。そのため力を貸した」

 ヤスニヒコがともかく丸め込もうと懸命に話して聞かせた。しかし、たまたま通りかかったとか、先の戦への罪滅ぼしのつもりだとか、誰もそんな話を信じなかった。

「ムラの若い者は、ほとんどが先の戦で死んだのだ」

 そう言う長の言葉は、タケノヒコの胸に刺さった。

 結局、ムラ人の意見を聞いてみる間、一行は武装解除のうえ宿舎で監禁される事になり、タケノヒコは甘んじて受け入れた。


 重苦しい空気がムラ中を覆っていた。


 翌朝は、打って変わって激しい雨が降っていた。

 タケノヒコたちの処分はまだ決まっていなかった。

 一行にとって無為な時間だけが過ぎて行った。


 次の日は、雨が小降りになった。

 昼頃に、一行は広場に集められた。

 取り巻くムラ人たちの顔には、憎悪、嫌悪の気持ちが多く現れ、ごく少数の者がため息と同情の気持ちで一行を見つめていた。その中に、ナツ、ロクがいた。ナナは「嫌だ嫌だ」と泣いていた。

 長が言い渡した。

「そなたらの今までの働きには感謝しておる。しかし、その心底は計りかねる。我がムラの者はオオヤマトへの恨みも深く、このままそなた達と一緒にいる事などできぬ。持ち物は全て返す。このムラから出て行ってくれ」

「ばかな!」

 そう叫んだのはムネだった。

「ワシらが出て行けば、敵の思うつぼじゃ!」

「敵とは?ツヌガか?オオヤマトか?そのどちらも我らの敵である」

「わからずやめ!」

 息まくムネを抑えて、タケノヒコが聞いた。

「敵はまた攻めてくる。どうなさるおつもりか」

「ツヌガに降ってもよい」

「ばかな!見え透いた嘘に乗るとは」とムネが怒鳴った。

「嘘は、おまえらも一緒じゃ!」

 ムラ人の一人が、そう叫んだ。

「そうじゃ!オオヤマトより、ツヌガの方がましじゃ!」

「イズツの援軍などと嘘をつきおって!」

 ムラ人たちの罵声が響き渡った。

 タケノヒコは、ムラを出る事に承諾し、トヨも同意した。

 

 荷物を全て返してもらって、タケノヒコ一行は楼門をくぐった。

 ナナは、タケノヒコを追いかけようとしたが、ナツに抱きとめられて泣いていた。

 一行は何度も振り返り、無言で出て行った。


 小雨は、降り続いていた。


 タケノヒコ一行は、オオヤマトへ向かう訳でもなく、ただ足を動かしていた。

 ムラ人たちと酌み交わした酒や、ともに戦った思い出は、皆を感傷的にしていた。やがて、ロクたちと出会った辺りに差し掛かり、そこで宿営する事にした。

 枝を折り簡易な屋根をこしらえる者、夕餉を準備する者、以前と同じ事をしているが、気が入らなかった。

 夕餉の後も、皆、ただぼんやり焚火の炎を囲んでいた。長い間誰も何も言わなかったが、スクナがようやく重い口を開いた。

「よろしかったのでしょうか・・・」

 タケノヒコは、ゆらぐ炎を見つめていた。誰よりも虚しさを募らせていた。

「ツヌガに降ると言うのなら、仕方あるまい」

 つぶやくように、タケノヒコは答えた。

「しかし、見え透いた嘘ですぞ。命を助けるなどと」

「嘘かどうかは、今はわからぬ。トヨ殿も何も言ってないしな」

 トヨは、もののけとの戦いや、その後の祭祀で著しく体調を崩していた。今も臥せっているし、ムラでもずっと臥せっていた。それに、毎日のように遊びに来てはいつもニコニコしていたロクやナナの事を思うと、つらい別れが心を重くしていた。

「トヨ様は、今は・・・」

「そうだな。トヨ殿の体調もあるし、ひとまずここで二~三日様子を見よう」

「そうですね、兄上。あと二~三日あれば、セイのつなぎがあるかも知れませんし、ムラの事も、それとなく見守りましょう」


 カクは、タケノヒコ一行がムラを出たという報せを聞いて、小躍りして喜んだ。

「タケノヒコ一行はいかがいたしましょう?」

 草の頭が尋ねた。

「放っておけ。下手に触って火傷する事もない」

「しかし、一旦離れても、ムラの危機を察して再び現れぬとも言えませぬが。何しろサルや、腕の立つ女の草もおりますから」

「ならば、遠くに離れるまでムラに手出しせねばよい」

 そんな時、旅の草が戻ってきた。

「ご苦労。して若様の様子は?」

 旅の草は醜悪な笑みを見せた。

「タケノヒコ一行や、サルの話、おかしな術を使う女草、イズツの援軍など報告いたしました」

「で?」

「若様は、面白い。直々に討伐してくれようと、張り切っておられました。直ちに出陣する旨、先発の者たちに伝えよと」

「は?」

「テイ様もご一緒の様子。到着は三日後」

 カクは「まずい」と思った。

「本軍は、田植え後の出発ではなかったのか?」

 側にいたツヌガの将軍が聞いた。

「へい。ですから、張り切っておられまして・・・」

 若様だけならともかく、テイ様も一緒とは。

 長年テイに仕えたカクには、その意味が良く分かっていた。本軍到着前にムラを攻め落とせという無言の命令なのだ。失敗すれば、粛清される。

「では、本軍と一緒に・・・」

 将軍がそう言いかけると、カクが遮るように大声で言った。

「なに、今はムラ人だけしかおらぬし、若様のお手を煩わす事もなかろう。二日の内に攻め落として、我々の忠節を表すべきだ」

 けが人もほとんど回復しているし、それならそれでも良かろうと、将軍も承諾した。

 軍議が終わり、ツヌガの人々が引き上げると、カクは草の二人を呼び止め、タケノヒコ一行をくぎ付けにする策を相談した。


 翌日の夜には準備が整った。明日の朝にはムラを包囲し、攻撃を開始する予定だ。しかし草と物見の者の一団は、タケノヒコ一行の居場所を探るべく行動を開始していた。


 その日の朝をムラはいつものように迎えていた。

 ロクとナナも起き出していて、ナツの手伝いをしていた。年長のロクはタケノヒコ一行と別れた訳をなんとなく理解し、その悲しみに耐える事が出来ていた。しかし、わずか三つのナナには理解もできず、みんなが喧嘩するのは悲しい、嫌だ、いつかのように楽しくできたらいいのに。そんな風に思って未だにぐずっていた。

「ロク、ナナ、裏山の畑へ行ってウドを採ってきておくれ」

 ナツにそう言われ、ロクはぐずるナナの手を引いて畑へ向かった。

「いいかえ、ロク。決して柵の外に出てはならんよー」

「わかったー」

 いつものように畑へ向かう二人。ナツは特に気にしていなかった。


 ムラの北側には、柵で囲まれた内側にわずかな畑がある。戦いの最中であるため、柵の外の田畑には行けず、この畑がわずかに食料を提供している。ロクとナナは、いつものように作物を採りに来た。

「おつかいかえ?」

 聞いたことのある声が聞こえた。

 二人が顔をあげて見ると、いつかの旅のおじちゃんが笑っていた。

「あ、おじちゃん」

「えらいねぇ。二人とも」

「おじちゃんは?どうしてここに?」

「ああ。用事が済んだから帰り道さ」

「ふ~ん」

「山菜かえ?」

「うん。ウドって言うの。おいしいよ」

 二人はすっかり気を許していた。

「そうかそうか。そう言えば、ちょっと向こうに鹿が倒れていたなあ」

「鹿?」

「この前言っただろう?鹿肉はおいしいよって。だからこうして知らせに来たのさ。おじちゃんと一緒に取りに行こう」

「遠いの?」

「いや、ちょっと先さ。おじちゃん一人では運べないが、二人が手伝ってくれるなら運べるよ」

「大人の人を呼んでくる」と、ロクが言った。

「そんなたいした事はないさ。一緒に行こう。みんなが喜ぶよ」

 ナナが笑った。みんなが喜べば喧嘩をやめて、タケたちも帰ってくるかも知れないとなんとなく思った。

「行く!」

 ナナはそう言って柵によじ登った。

「ほら、おじちゃんが受け止めるから、ロクもおいで」

「でも、柵の外に出てはいけないって」

「ナツおばちゃんがそう言ったのかえ?大丈夫さ。それより黙って行って、鹿を持って帰るのさ。おばちゃんをびっくりさせよう。きっと喜ぶよ」

 ロクはもじもじしながら考えていた。

「さぁ、早く。早くしないと、誰かに持っていかれるよ。街道には旅の者が多いから」

「おねえちゃん、いこう」

 柵を越えて旅のおじちゃんに抱きかかえられながら、ナナが誘った。子供の冒険心は抑えがたく、ロクも行くことにした。

 旅のおじちゃん。そう。旅の草は二人を両肩に乗せると、走り始めた。

 そして、森に潜むカクへ合図を送った。


「何やらおかしいです」

 キヨは、タケノヒコ一行の宿営地に物見から戻るなり、そう報告した。

「この先の川原に、敵の物見が潜んでいて、鹿を運び込んでいます」

「はぁ?」

 気の抜けた声を上げたのはムネだった。

「焼いて食おうとしているのか?我々の鼻先で?」

 スクナも不思議に思った。しかしヤスニヒコは直感した。

「罠だな」

「どんな罠でございましょう」

 シンが質問した。

「わからん。兄上はどうお考えで?」

「先ず、罠である事は間違いない。何のたくらみかは私にもわからぬ」

 ムネが言った。

「わかぬなら、乗ってみる他ありませぬな」

「よし。ではサルとキヨは先に行って見張れ。念のため、シンはムラの様子を見て参れ。ジイ殿とゼムイ殿は、トヨ殿たちの警護にあたれ。他の者は準備が出来次第、私とともに川原へゆく」


 タケノヒコがそう指示した時、ムラは既にツヌガ軍に包囲されていた。

 ムラ長は、降伏の意志を固めていた。

 ムラの顔役が楼門の上に昇って大声で叫んだ。

「ツヌガの皆さまに申す!ツヌガの皆さまに申す!」

 ツヌガの将軍が進み出た。

「何じゃぁ!申してみい!」

「我らは、降伏いたします!」

「降伏じゃと?」

「はい!降伏でございます!」

 離れたところで聞いていたカクは、ニヤリと笑みを浮かべた。

 やはりタケノヒコがおらねば、そうなるな。

 そう思いつつ、自身も楼門の前に出た。

「降伏は認めよう。ただしそなたらは、たった今より我らの奴隷じゃ!」

「奴隷ですと?命は保証するとのことでしたが?」

「だから奴隷じゃ!分かったか!」

 ムラ人たちがざわめきだした。

 顔役は慌てて楼門を降り、長と相談し始めた。

 その周りには、ムラ人たちも集まっていた。

「話が違う」「いや、奴隷の話はなかった」「保証というからには、ムラは今まで通りで年貢をツヌガに献上すればよいだけではないのか?」皆が口々に言い合う中、ナツが悲壮な面持ちでやって来た。

「どなたか、ロクとナナを知りませぬか?」

「うるさい、今はそれどころではないわい。どっかその辺にでも居るじゃろ」

 顔役が怒鳴ると悲鳴のようにナツが叫んだ。

「それがおらぬのです!どこにも」

「誰か、ナツと共に探してやれ!」

 顔役はナツを押し返すと、皆との相談を続けた。


「見えるか、ロク、ナナ。鹿がほれあそこに」

 川原に横たわる鹿を見つけて、二人は旅のおじちゃんの肩から飛び降り、鹿に駆け寄った。走りながらナナは笑顔を見せて言った。

「よかったね。おねえちゃん。これでみんなが喜ぶよ。そしたら、タケもきっと許してもらえるよ」

「うん」

「タケは戻ってくるよ」

「うん」

「はやく会えるといいな」

 そう言うナナに、ロクも笑顔で答えようとした時だった。


 目の前を一本の矢が飛んで行った。

 それは、前を駆けるナナの背中に命中した。

 小さな身体は鹿を目前にして崩れ落ちた。


 あ。

 ロクは振り返った。

 そこには矢を放った旅のおじちゃんがいた。

 おじちゃんは、次の矢をつがえ、今度はロクを狙った。


 なぜ?おじちゃん?


 ロクの両眼に涙が溢れた。


「あぁー!」


 ロクが叫んだ時、おじちゃんは矢を放った。

 悔しくて、悲しくて、意味がわからない。何故おじちゃんが・・・

 涙でぼやける景色の向こうから、真っすぐに飛んでくる矢が、スローモーションのように見えたが、急に視界を遮られた。

 優しくて強い力が、ロクの身体を包んだ。


 何?

 抱きかかえられている腕から顔をのぞかせると、キヨがロクを抱いて飛んでいた。

 キヨは着地するなり、ロクの盾となって旅の草へ振り向き、剣を構えたが、旅の草はサルの襲撃を受け、川の対岸に消えて行った。対岸には敵の物見や草が多数潜んでいる。


「キヨ!ぼけっとするな!早くロクを後方へ!」

 サルはそう言うと、対岸へ乗り込んだ。

 キヨは矢の届かないところにロクを運ぶと草むらへ隠れ、ロクを放した。

 ロクは、涙を溢れさせ、キヨに抱きついた。

「キヨねえちゃん。ナナが、ナナが・・・」

 キヨの目にも涙が溢れていた。

「ごめんね。ロク。もうちょっと早く来ればよかったね。ごめんね。ごめんね」

 キヨはロクを抱きしめた。

「兄上、あれは一体?」

 キヨの後ろから、ヤスニヒコの声が聞こえた。

 声の方に振り向くと、一行の者たちが来ていて、その中でタケノヒコが震えていた。

「タケ!」

 ロクが叫んだ。

「あのね、あのね、おじちゃんが鹿をとりに行こうって言ったんだよ。みんな喜ぶからって。そしたら、そしたら、タケたちも許してもらえるよって、はやく会いたいねって・・・」

 あとはもう言葉になっていなかった。

 ロクを抱きしめるキヨも、涙がとまらなかった。


 タケノヒコは無言でロクの頭をなで、ナナの方へゆっくりと歩き出した。

 ナナの前でタケノヒコは跪き、その髪をなでた。

 ナナの笑顔は、もうない。

 タケノヒコは、一粒の涙を流した。

 すると、後から後から涙が溢れてくる。


 ナナの亡骸を抱き上げて、タケノヒコは慟哭した。


完読御礼!

次回もどうぞよろしくお願いします。

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