衷心記 第一章 第二章 第三章
熱心な皆さま。いつもありがとうございます。
さて今回から「衷心記」が始まります。
何気に旅していたところ、またもや戦に巻き込まれ、一行の者たちがハッスルしてしまいます。
そのような中、それぞれの想いを描いていきたいと思います。
お楽しみください!
第一章風前のムラ (今回はここと、)
第二章 ロクとナナ (ここと、)
第三章 援軍 (ここです)
第四章 運命の交錯
第五章 旅の者
第六章 慟哭
第七章 取り戻せ 心を
第八章 ナナのムラ
第九章 若様
第十章 太陽の御子
第一章風前のムラ
一行は、今で言う日本海側を陸路で東へと向かった。
敵国であるニノ国を横断することになるから、危険な旅ではあるが、それ以上にニノ国の様子を見ておく必要があった。
「なに、我らなら例え万の敵兵でも恐れるに足りぬ」
ヤスニヒコはそう言って笑っていた。
さすがにそれは言い過ぎなのだが、多少の兵なら十分押し通れるだけの実力はあった。
様々なムラに立ち寄り、様々な話を見聞きするに、総じてオオヤマトへの怨嗟の声に満ちていた。
本来仲の悪い両国だが、先の大戦のおり、長兄キミナヒコの軍勢が残虐の限りを尽くしたことが決定的であった。オオヤマト軍は、二ノ国軍がイズツ救援に向かった頃合いを見計らって攻めてきた。食糧は根こそぎ奪われ、女子どもは奴隷として連れて行かれた。戻ってきた二ノ国軍の一部が撤退中のオオヤマト軍に追い打ちを試みたが、圧倒的な戦力の前に壊滅した。
とあるムラにやっかいとなり、夕餉を終えたあと、タケノヒコはめまいがする思いで夜風に吹かれていた。
「まいりましたな」
そう言って頭を掻きながらヤスニヒコがやってきた。
「あの兄ならやりかねませんが、父上もそのように命じていたのでしょうか」
「そう、思いたくはない」
「これでは、新しき世づくりなど・・・」
「難しいな。少なくともニノ国とは手を結べぬ」
「いっそのこと、あの兄上を討ち果たしましょう」
「ばかを申すな」
「しかし」
「弟が兄を討つなど道理がたたぬ。二度と口にするな」
「しかしながら、報告せねばならぬ事が。サルが申すには、キミナヒコ兄は、兄上のことを快く思っておられぬ様子。どのような無理難題を押しつけられても不思議ではなさそうです。ひょっとするとお命まで・・・」
サルは使いとして何度となく往復しており、その際の様子をヤスニヒコに報告していた。
「兄上の評判が妬ましいのです」
タケノヒコはしばらく黙考していたが、「是非なし」とだけ言った。
ヤスニヒコには、その真意が分からなかった。
一行は、国境にさしかかった。
もうあと少しでオオヤマトに入る。あまりの悪評に、心苦しい道のりだった。
山道を歩いていると、道ばたにうずくまる痩せこけた男の姿があった。露払いを務めるクロとタクが近づき、様子をうかがった。不穏な素振りがあれば成敗するつもりだった。しかし、その男にはまるで生気がない。眠っているのか、「おい」と呼んだが返事がない。クロは思い切ってその男のほっかむりをとっぱらった。やはりその男はあんぐりと口を開け、よだれを垂らしながら深い眠りについているようだった。
やがてタケノヒコ一行が追いついてきた。
「何じゃ、その者は?」
ムネがそう言った。
「はぁ、行き倒れではありますまいか」
「眠っておるようじゃな」
「さようで・・・」
タケノヒコが言った。
「ほおってもおけまい。話を聞いてみよう」
「あ、ではわたしが起こします」
キヨはそう言うと、男の前にかがんで、破壊の力で軽い衝撃を与えた。びっくりして飛び上がった男をサルが後ろ手にして取り押さえた。
「お、おゆるしを・・・」
怯えてかすれたその声に害意はなさそうだった。
「サル、良い。放せ」
ヤスニヒコがそう命じ、サルはその通りにした。
タケノヒコが笑顔を見せて問いかけた。
「おどかして悪かった。しかし、そなたはこんな山中で何をしておったのか?見ればずいぶんやつれておるが」
その男は警戒しているようで、口を開こうとはしなかった。
この辺りは、ニノ国、オオヤマト、それから北方の大国ツヌガ国の勢力が入り交じる土地柄であることに気づいたセイが言った。
「我々は敵ではない。そなたはニノ国の者であろう?ほら、私がこうしてイズツ国の割り符を持っている。同盟国の者だ」
差し出された割り符を受け取って、その男はしげしげと眺めていたが、それが本物かどうか分かるはずもない。しかし特に乱暴もせず、優しげな言葉をかける雰囲気から敵ではなさそうだと痩せこけた男は思った。
その夜は、痩せこけた男を交えての夕餉となった。
何もない山の中。焚火を囲っている。
ゆらめく炎に、体があたたまってひと心地ついたのか、その男も笑顔を見せるようになった。頃合いを見てヤスニヒコが聞いた。
「何故こんな山中で行き倒れておった?」
「行き倒れではありませぬ。都へ援軍のお願いにまいるところです」
にぎやかだった食卓が、急に静まった。
セイが聞いた。
「まだ戦が続いているのか?」
「へぇ。この先の大川を北へ三里ほどのムラですが」
オオヤマトはもう一年以上前に兵を引いたはず。そう思ってヤスニヒコが尋ねた。
「どこと戦っている?」
「へぇ。ツヌガノ国で」
一同は驚いた。
「何故こんなところまでツヌガノ国が?」
「さぁ。でも確かに三か月ほど前から少数ながらツヌガの軍勢が跋扈しております」
タケノヒコは、首をかしげていた。
「ワシらのムラは割と大きく、三百人ほどおりますから、ムラの周りに柵を囲って何とか抵抗を続けております」
「三か月も、二ノ国王は何もなされぬのか?」
「へぇ。ですから援軍を・・・。もう何度もお願いしておりますが・・・」
オオヤマトとの戦争で二ノ国全体が疲弊していることは、皆わかっていた。しかし、敵が攻めてきているのに国王が何もしないなど、
「ありえん」
そう言ったのはムネだった。
タケノヒコが聞いた。
「それで、ムラ人の様子はどうか?」
「今はまだ敵は少数ですから何とか持ちこたえておりますが、田植えの前には敵の本軍が来るのではないかと皆怯えております」
セイがタケノヒコに耳打ちした。
「この辺りは、三カ国の勢力が入り混じっております。この者のムラは大きいと申しますから、ツヌガの者どもは、そのムラを占拠して二ノ国へ攻め入る足場にしようとしているのではないでしょうか」
痩せこけた男はため息交じりにつぶやいた。
「先のオオヤマトとの戦いで、ワシらはひどい目におうた。若いもんは殺され、女子供は連れ去られ・・・今度はツヌガじゃ。どうしてワシらだけこんな目に遭うのかのう」
ヤスニヒコは、その言葉に胸が苦しくなった。助けてやりたいという衝動が抑えがたくなった。
タケノヒコは冷静に聞いた。
「ツヌガに降参しないのか?」
「へぇ。そう言う者もおります。しかし命の保証はねぇ。それに良くても奴隷にされる。ワシらはワシらなりに生きていきたい。それだけの事なのに・・・」
その男は涙を流した。うち続く戦乱で心が弱くなっているのだろう。
「兄上」
そう言うヤスニヒコの眼にも涙が浮かんでいた。
しかしタケノヒコはあくまで冷静だった。
「他国の事にお節介はできぬ」
「いや、しかし」
そう言ったのはヤスニヒコだけではない。タクもクロも、姫も、他にも多くの者が声をあげた。
「ツヌガの本軍ならば、その数一千。我々だけでどうすることもできまい」
「いや、しかし」
重ねて言ったのはヤスニヒコだった。
「今夜は、もう良い。休むとしよう」
そういうタケノヒコにヤスニヒコは失望を感じた。
翌朝。
空が薄桃色に染まり始める頃、痩せこけた男は二ノ国の都へ出立した。
見送りの後、ヤスニヒコはタケノヒコに食って掛かった。しかしタケノヒコは動じない。珍しい諍いを、一同は遠巻きに見守った。
「兄上は、助けを求める者には手を差し伸べるお方だと思っておりました」
そう言うヤスニヒコの言葉に、多くの者が心を動かされていた。
「皆はどう思う?」
タケノヒコの問いに、みな口々に助けたいと答えた。
「しかし、我々十五名に対し敵は一千なのだ」
一同は押し黙った。しかし心の底では何とかしたいという者が大半だった。
「しかもムラの者たちは、我らオオヤマトの者を味方とは思うまい」
一同は、いよいよ沈黙した。
「いらぬお節介だ」
そう断定するタケノヒコに、ヤスニヒコだけが声をあげた。
「いいや、それは違う。我々が心の底からムラ人を守りたいと思い、戦う姿勢をみせれば、きっとわかってくれる!」
「人の恨みは、そんな甘いものではない」
「いいや、違う!」
「皆はどうだ?そんな中で戦い抜く気力はあるか?場合によっては背腹に敵を受けるのだぞ」
一同は沈黙したままだった。しかし、サルだけが畏まって答えた。
「おおそれながら」
「よし。思うところを述べよ」
「はっ。我々は勝てまする」
「何故そう思う?」
「敵が一千であろうとも、大将は一人。このサルがどんな技を使ってでも必ず仕留めます。そうなると勝利は必定」
「何故我々が敵の民を助けねばならぬのか?」
「新しき世のためにございます。弱き者には手を差し伸べて、邪な者は打倒す。それが新しき世だと思っております」
「他の者は?」
沈黙していた者たちも、「助けたい」と言い始めた。
ジイすらも助けたいとの思いから意見を言った。
「十五対一千なら、そりゃあ勝てませぬわい。ふつう。しかし我々なら、ムラ人と力を合わせれば、勝てぬまでも負けませぬ。あとひと月ちょっとで田植えの季節じゃ。そこまでもてば、敵は引き揚げましょう」
ジイの見込みに皆は賛同した。そして「やりましょう」「助けましょう」と言う声が大きくなった。
タケノヒコはしばらくの間皆の様子を見守っていたが、やがてトヨが大声で言い渡した。
「よし。これより我らはムラ人たちを救う!」
一同は喜色を浮かべたが、厳しい戦いとなる事に、気を引き締めなおした。
「タケノヒコ様は、もとよりそのおつもりであった。要は、そなたたちの覚悟のほど。それを確かめになられたのだ」
トヨの言葉にヤスニヒコは驚いた。
「え?兄上?そうなのですか?」
タケノヒコは微笑みを浮かべた。
「ああ。キミナヒコ兄のなされたことへの、せめてもの償いだからな」
皆は安堵した。やはりタケノヒコ様なのだと。
「よし。十五対一千。男の戦いはこうでなくてはならぬ!腕がなるのう!」
そう言って豪快に笑ったのはムネだった。
しかし、トヨには別の思いがあった。まだ確証がないためタケノヒコにしか話していないが、敵の大将は、様々な陰謀の中からどうしても助けねばならないと感じていた。話がややこしく矛盾しているようだが、「新しき世」の建設に必要な人物のような気がしてならなかった。
その想いがトヨを戦いに向かわせていた。
第二章 ロクとナナ
その日のうちに大川のムラへ入りたかったのだが、朝の騒動もあり、一里手前の山の中で日暮れを迎えた。夕日はもう西方の山の中に消えていたが、まだ残光が辺りを照らしている。
「急ぎ夕餉の支度を」
シンはそう言うと、その辺の石を集めて竈をつくり、枯れ木を集めて火を起こした。湧き水をキヨが、山草をカエデと姫が集めて、持参してきた玄米や塩と共に土器に放り込み、竈にくべた。周囲にむしろを引いて、それぞれの椀を準備した。手の空いた者は、その辺の枝を切り取って、寝床となる場所に夜露がしのげる程度の屋根をかけた。もう何日も野宿しているから、皆の手際も良かった。やがて温かな蒸気とともに土器から煮物のいい匂いが立ち昇った。
シンは、煮物の出来具合を確かめて、それぞれの椀によそった。
準備が整ったところで辺りを見ると、クロとタクの姿が見えなかった。
「あれ?クロとタクがおらぬ」
姫がそう言うと、ムネが答えた。
「ああ。さっきうさぎが見えたでな。あいつらは捕まえようと追っていったのじゃ。すぐに戻るじゃろ。かまわぬから始めよう」
「あれ?」
今度はキヨがそう言った。
「どうした?キヨ」とシンが聞いた。
「クロ様とタク様の椀がないです」
「は?」
「確か、さっきここに置いたはず」
「そうじゃなぁ」
「ふむ」
皆不思議そうに辺りを見回した。すると、遠くからクロとタクの声が聞こえた。
「うさぎ、とったぞ!それに自然薯も掘ってきた!ヒラタケもたくさんじゃ!」
みんなが、声のする方に振り向くと、思わぬ収穫に機嫌の良さそうな二人が松明をぐるぐる回しながら帰ってきていた。
「とすると、やはりお二人の椀は・・・」
そう思ってキヨが竈の方に向き直った。
「あ!」
キヨの視線の先に、小さな女の子が二人いた。片手に一つ、合計四つの椀を抱えて盗もうとしていた。
「こら!」
サルが怒り、大きい方の女の子は椀を捨てて逃げ出した。小さいほうの女の子は椀を抱えたまま、泣き出した。
「あれまぁ。こんな小さな子に、そんなに怒らなくても・・・」
カエデがそう言い、姫は泣き出した子の手から優しく椀を取り戻した。
サルは、大きな子を捕まえて戻ってきた。
二人の名は、大きい子がロク。小さい子がナナと言った。
ムラから離れ、山にキノコを採りに出かけたが、道に迷って日暮れを迎えたところで、一行を見かけ、隙を見てご飯を盗もうとしたらしい。誰も特に怒ってはいなかったが、姫が「他人の物を黙ってとってはいけないよ」と優しく諭した。ロクは唇をかみしめて黙っていたし、ナナはぐすんぐすんと泣いていた。タケノヒコは、ナナの頭を撫でて、「腹が減っていたのだな」と言い、「獲物も増えたし、作り直そう」と指示した。
一行が夕餉を作り直して、食事を終えた頃には夜も更けていた。
食後に竈の火を囲みながら、皆はロクにいくつか聞いた。お腹が一杯になったロクは、気を許したようで、質問に答えた。
戦が続いているから山に入っての食料採集もままならず、貯えも少なくなった。食料の配給は減り、お腹が減ってたまらず、妹のナナを連れて皆に黙ってムラを抜け、きのこやどんぐりを拾ってこようと山に入った。なかなか見つけられずに進むうち、つい遠くまで来てしまった。
「父さまと母さまに止められなかったのかい?」とカエデが聞いた。
「おとうは戦で死んだ。おかんも死んだ」
瞬間的に湧いてきた涙をこらえながら「母様はどうして?」と姫が聞いた。
「病気が治らんかった」
「食いもんがなければ、そうなるかもしれんのう」
とジイが言い、カエデと姫は目頭を押さえた。
「タケノヒコ様」
不意にセイが話しかけた。
「テイ殿を覚えておられますか?」
「はて。テイ?」
「我が国におりますカノ国の・・・」
「ああ。思い出したぞ」
「テイ殿が、どうもツヌガノ国を唆し、二ノ国へ戦を仕掛けようとしておるようで」
「ほう」
「ヤチト様は、最近テイ殿を警戒されております」
「ふむ」
「ですから、私にその辺も探ってこいとの仰せでした」
「弱体化した二ノ国を奪うような企てでもあるのか?」
「そのようにも見受けられます」
「私の立場では何とも言えぬが、少なくとも目の前の者たちは救いたいものだな。ロクやナナのためにもな」
ナナは、タケノヒコの膝枕ですやすやと寝息をたてていた。
タケノヒコは目を細め、ナナの髪を撫でていた。
「タケノヒコ様」
そう言ったのはサルだった。
「お人払いを」
サルの真剣な面差しに、タケノヒコは不穏な気配を感じた。
「いや、ここは火があってあたたかい。我々が場所を移そう。誰かナナの世話を頼む」
そう言って、寝ぼけ眼のナナをキヨに頼み、三人はその場を離れた。
「どうしたのだ?サル」
「申し上げますが、このセイは、実は私の見知ったる者」
「そうなのか?セイ」
セイはうなずいた。
「はい。幼き頃父に連れられて流れの物見をしておりました。ちょうどイズツ国とキビの戦いの前にヤチト様に拾われ、都でタケノヒコ様とヤチト様が一騎打ちされた時、その場におりました」
「そうだったのか」
「そのセイが言う事と、私が見聞きした事は何やらつながるようで」
サルは何度もオオヤマトと行き来をし、その間、各国の物見仲間と情報を交換していた。
「つまり、テイとツヌガの者は、どうもこの大川の先にある浦々のどこかにワノ国だけでなくカノ国ともつながる大きな港を造るつもりのようです」
タケノヒコは顎に右手をあてて、何か考えているようだった。
しかし、港を造るだけならこんな山の中のムラなど襲わなくても。
「恐らく、港の安全な後背地としてこの地に狙いを定めたのでしょう。大川のムラの東には、アヤベノという大きな盆地もございます。この二つを」
セイが言った。
「南には、さらに大きく肥沃な盆地もございます。それらの地は、この大川で海とつながります」
「港の支配にはもってこいの地なのだな。この辺りは」
「はい。オオヤマトの都が内陸にあるように」
「それに東西をつなぐ街道もこの地にあり、占拠する価値がございます」
「そうか。その上で、二ノ国へ攻め入る足場にするつもりか」
「そのようにヤチト様も見ておられます」
「ならば我々は、大きな戦いに巻き込まれたという事なのだな?」
「はい。しかるにこのサルが密かに敵の大将を仕留め、敵の意志を削ぐことが肝要かと」
「お畏れながらタケノヒコ様。このセイもサル殿と行動を共にしたいと存じます」
タケノヒコは考えた。敵に明確な目標がある限り、何度でも戦いは続く。表面的な戦いに終始するより、その意志の源である敵の大将そのものを倒すことは確かに意味がある。当初は敵を追い払うだけのつもりでいたが、カノ国の者がからむ以上、情勢はそんなに甘くないようだ。ツヌガノ国への遺恨はないし、今後オオヤマトとの関係を考えると手を引いた方が良いかも知れぬ。しかし目の前の者達を見殺しにもできないし、力の均衡が破れた場合の影響も小さくない。それに、いくら熟練のサルでも敵の中枢に乗り込めばただでは済むまい。そうした状況や迷いの中で、トヨからそっと耳打ちされた守るべき敵の大将のことを思い出した時、タケノヒコは決断した。
「それは、ならぬ」
トヨから何も聞かされていないサルとセイは狼狽した。他に方法などありようはずもないとしか思わなかった。
「憎しみの輪を生み出す事はできない。我々は、あくまで敵を追い払うのみ」
サルとセイは苦々しくタケノヒコを見つめた。
翌朝は、厚い雲に覆われた肌寒い天気だった。
手際よく朝餉を済ませると、昨晩皆で申し合わせたように、できるだけたくさんの食料を集める作業を始めた。食べ物がないというムラ人たちへの心遣いだった。
女たちは、山菜狩りをしていて、キヨがニラを見つけた。それは出始めの葉のようで柔らかく、うまそうな香りを放っていた。それぞれが筍やふきやつくしなど春を感じる旬のものを摘み取って、両腕一杯に抱えて戻ってきた。
男たちも、山菜を見つけ次第に摘み取った。ムネとクロとタクは狩りに集中していて、鹿を二頭も抱えて帰ってきた。思わぬ収穫に「この山は、宝の山じゃなあ」とムネが高笑いした。そんな様子をロクとナナは嬉しそうに眺めていた。
やがて、収穫をまとめ終わると、分担して担ぎ、大川のムラへ出発した。
一里ほどの道のりだった。
先頭は、イズツ国の割符を持つセイが進み、最後尾のサルは辺りに目を光らせていた。
川沿いのそま道を歩いている時、「伏せろ!」とサルが怒鳴った。皆、人並み外れた武芸者であり、反応は早かった。姫とキヨが、それぞれロクとナナをかばった。先頭のセイの髪をかすって、矢が山の斜面に刺さった。二の矢、三の矢と飛んでくる頃には態勢を整えたタケノヒコとゼムイが反撃の矢を放ち、ヤスニヒコとクロが土手に潜む敵に襲い掛かった。しかし矢は外れ、敵の気配は消えていた。
セイがサルに駆け寄った。
「サル殿、今のは・・・」
「ああ。敵の物見だ。それも、なかなかの腕前を持った草の者」
「油断できませせぬな。我らがさらに目を光らせないと・・・」
「それにしてもムラのこんな近くまで敵が来ているという事は、戦いは近いな」
サルは眉間にしわを寄せていた。
それから、周囲への警戒を厳しくしながら一行はムラを目指した。
ナナはよっぽど怖かったのか、タケノヒコにまとわりついて離れなかった。
柵と逆茂木で厳重に囲まれたムラへ着いた。
ロクとナナが出入口へ駆け寄るよりも早く、見張り台の上で見張りをしていた中年男が二人を見つけ、その帰還を叫んだ。家々からムラ人たちが姿を現した。
ひとりの中年女が駆け寄ってきて、二人の肩口を抱きしめながら涙を流した。
「よかった、よかった。敵に捕まったのかと心配で心配で・・・」
三々五々集まってきたムラ人たちは、口々に無事の帰りを喜んでいた。
第三章 援軍
「我々は、このムラの様子を見てくるよう、ヤチト様に言いつかって来たのです」
セイがそう言ったのは、ムラ長の竪穴住居に通されて、訳を尋ねられた時だった。
セイとタケノヒコがムラ長と話をしている。
長は三十代半ばで、この時代としては初老の男だ。戦の最中ということもあるが、万事慎重な性格だった。
「イズツ国のヤチト様なら、良いお方と聞いておるが・・・」
長は、信用していない様子だった。
今回、トヨやタケノヒコなど、一行の身分は明かさない事にしていた。オオヤマトの者と知れれば、たちまちのうちに諍いになるであろう。
「目的は何じゃ」
長は、単刀直入に聞いた。お節介の援軍などと、誰が聞いても嘘にしか聞こえない。だからセイは言葉を選んだ。
「ヤチト様は心を痛めておいでです」
「心、と?」
「はい。先般キビとの戦いの折、二ノ国の衆にも迷惑をかけた。と」
長は、黙って聞いていた。
「ですから、今回ツヌガの国来襲の噂をお耳にされて、様子を見て参れ。場合によっては加勢せよと」
「ふむ」
住居の外からは、一行の者たちと、ムラ人たちの明るい話し声が聞こえてきた。
手土産の食糧が、ムラ人たちを喜ばせている。
長は、一行の真贋についてはかりかねていた。ヤチト様の言いつけと言うには、一行の様子があまりにも奇異だった。男が十一名。女が四名。武装はまちまちで、その姿もまちまち。誰が大人で、誰が下戸の者かもわからないほど、統制も規律もなく銘々が自由闊達に振舞っている。そんな使者など記憶にない。普通は、偉そうな大人が威張り散らし、下戸の兵は何らかの役得を要求する。今までの使者はそんな様子で、下心さえつかませれば、機嫌よくもっともっとと要求を重ねてやがて去っていく。そんな手合いなら、手の打ちようもあるが、この者たちはつかみどころがない。その心底が見えない。それに食糧さえ持ってきている。逆だ。そんなこと、ありえようか。
「ふうむ」
長は、ため息にも似た独り言をつぶやくばかりであった。
三人は黙ってしまい、重苦しい空気がその場を支配していた。ナナが住居に入ってきたのは、そんな時だった。
「ナナよ、向こうに行っていなさい」
長がそう言うと、ナナは表情を曇らせた。
「ナナ!」
長が強い口調で退出を促すと、ナナは真面目な表情で懸命に話した。
「ムラ長さま。この人たちはわるい人じゃないよ。たすけてくれたよ。ごはんもくれたよ」
「ナナよ。ワシは別に怒っとりゃせん。いいから、あっちへ」
「わるい人たちじゃないよ。たすけてくれたよ。ごはんもくれたよ。ほんとうだよ」
ナナはそう言い張って、目を真っ赤にしていた。タケノヒコたちが怒られていると思い込んでいるようだ。
「わかった、わかった」
長はそう言いながら立ち上がって住居の出入り口から外にいる者に声をかけた。
「おい、ナツ!ナナを連れていけ!」
さきほど子供たちを抱きしめた中年女がやってきて、ナナを抱き上げて連れて行った。
二人が居なくなると、長は振り向いて言った。
「よかろう。ムラへの滞在を許す。しかしな、住居を二棟あてがうが、その周りは見張りを立てさせてもらう。よいな」
「承知いたしました」
セイが、そう答えた。
その夜は、久々の獲物を前に、ムラ人たちがタケノヒコ一行を感謝の宴に招いた。
長と違ってムラ人たちはあまり難しくは考えていない。ロクとナナを助けてくれた方々、もしくはたくさんの食糧を採ってきてくれた方々程度に認識して、屈託がなかった。息苦しい戦いの最中のわずかな息抜きであったかも知れない。
ムラの広場の中央に仮設の竈を造り、穀物と山菜の煮物をつくり、鹿の肉を火であぶって、ムラ人から一行の者たちに振舞われていた。わずかに酒も出された。あちらこちらで話の花が咲き、和やかな宴であった。
ヤスニヒコは戦の様子を知りたくて何度か探りを入れて見たのだが、誰も口にしたがらない。オオヤマトとの戦いから現在まで、多くの若い者を失ったムラ人たちの悲しみは深く、あまり思い出したくないのだ。
気の良いムラ人の男が酒をヤスニヒコに勧めた。
「そんな事より、ささもう一杯。今宵は呑みましょうぞ」
ヤスニヒコは勧められるまま盃を干し、気勢をあげた。
宴の中にあっても警戒は緩めておらず、ムラ人は交代で警備にあたっており、サルとセイも物見台に上がって監視にあたっていた。
「セイよ。決して油断すまいぞ」
サルは独り言のように何度もつぶやいていた。
「あれぇ、ナナはタケ様がよほどお気に入りのようだねぇ」
ナツがそう言った。
ナナは胡坐をかいてい居るタケノヒコの膝に座ってニコニコしていた。
「あはっ。本当だ。兄上はナナのお気に入りだ」
ヤスニヒコもそう言って笑った。
タケノヒコも悪い気はせず、微笑みながらナナの頭をなぜていた。
「ヤスニヒコ様、あのナナはヒナに似ておりませんか?」
スクナがヤスニヒコに耳打ちした。
「そうか?私は物心つくかつかないかの頃だったのでよくわからんが、そう言えばそうかもな」
「タケノヒコ様も恐らくそんな気がするから、ナナを可愛がっておられるように思います」
「気のせいだ。そんなことより、スクナも呑め」
まだ幼いナナには、この夜のごちそうや、みんなの笑顔がとても嬉しかった。それでニコニコしていたのだが、いつの間にか寝てしまい家に戻されて眠った。
その宴は夜遅くまで続いたが、結局、敵襲はなかった。
翌朝。思わずあくびをしたサルは、そのおかげで目を覚ました。ついウトウトしていて、遠くにあった意識が、ハッと戻ったような格好だ。
敵は来なかったのか・・・
見張り台の上でそう思った時、恐ろしい敵の気配を感じた。
かなりの使い手だ。
そう思って隣のセイを見ると、セイも既に気が付いていて、遠くの一点を凝視していた。朝日を浴びて、キラリと光るものが見えた。
矢だ!
二人はとっさに身を隠し、矢は背後の柱に命中した。
何事?
同じように寝ぼけていたムラの見張りの者が目を覚ますよりも早く、サルは鐘を打ち鳴らし、セイが叫んだ。
「敵襲!敵襲!北東より敵襲!」
敵は、宴の翌朝で最も油断していそうな時間を選んで攻めてきた。
守りについていたムラの者が一人、矢で射抜かれた。
雨のように矢が降り注ぐ。
また一人ムラの者が射抜かれた。
サルは、矢の数から敵の数を推測し、皆に伝えるとともに、自らも反撃の矢を放った。
「百人ごとき、ワシがみな捻り潰してくれん!」
喚き散らしながらムネが出てきた。
タケノヒコも、ヤスニヒコも、ゼムイも、主立つ武人達が竪穴住居から出てきて、戦いに加わった。それを見たサルは、ムラの者に物見台を任せ、セイと二人で森の中へ消えて行った。森の中に潜む、凄腕の草の者を倒すためだった。
矢が尽きたのか、敵兵はわらわらと森の中から出てきて、ムラの楼門を破壊し始めた。ムラの者たち物見台によじ登り、高いところから楼門の敵を射た。皆の注意が楼門に向いた時、新たな敵兵が西北側の柵を突破してムラへなだれ込んできた。右往左往するムラの兵たちに、逃げ惑う女や子供たち。火矢を放つ敵兵に、それを消火するムラ人たち。ムラは一瞬にして大混乱の様相を呈した。
あまりにも手際が良い。
きっと、どこかに名うての将軍がいるはず。
タケノヒコは、侵入してきた敵兵を打倒しながら、その将軍を探した。
突破された西北の柵の辺りに、ムネ、クロ、タク、ゼムイが駆け付け、ひとまず敵を押し返した。ジイとシンが、素早く柵の修復を試みるが、西北の敵はあとからあとから湧いてくる。北東の敵は百と聞いたが、こちらにはもっと多くの敵がいるようだ。押し返された敵は鈴なりになってムラの周囲を取り囲み始めた。後続もあり、その層は厚い。一体何人がここにいるのか。そう思った時、タケノヒコはある決断をした。スクナ、クロ、タクに、密かにムラを出て、敵の背後から急襲せよと命じた。近くにいたムラの兵およそ二十名と共に、スクナたちは出て行った。
西側がにらみ合いになると、ムネとゼムイは東側へ向かった。楼門は何とか持ちこたえていたが、まさに風前の灯。押し合い圧し合いの後、ついに突破された。なだれ込む敵兵。待ち構えるムネとゼムイ。ムネは片っ端から殴り倒し、ゼムイは次々と斬り倒していった。その勢いに敵兵たちはたじろぎ、後退を始めた。ムラ人たちはすかさず楼門の扉を閉ざし、修復を始めた。
西も東もにらみ合いになった時、ムラの死者は十人を超えていた。信じられないほど大きな被害だ。しかし逆を言えばその程度で済んだのは、弓矢で正確な狙撃が出来る凄腕の草の者たちをサルとセイが追い詰めたからだった。木の枝に昇って狙撃していた草の者たちは、どこからともなく現れたサルに驚いた。腕に覚えはあったのだが、サルたちはその上だ。やられる。瞬時に判断して逃走を始めた。木々の枝から枝へ飛び移り、時に振り返っては石つぶてを投げつけた。しかしものともしないサルたちは、真っすぐに迫ってくる。
こんな手ごわい草の者がいるとは、聞いてねぇ。そう思いながら必死で逃げた。
三人いたツヌガ軍の草は、一人が討取られ、その間に何とか二人が逃げ延びた。
チッ。これ以上の深追いはまずい。
サルはそう思って追撃を止め、セイとともにムラへ引き上げた。
サルとセイがムラへ戻ると、西側の敵が崩れ始めていた。スクナを頭とする横やりの者たちが敵の後詰を突き崩し、その動揺が全体に伝播したのだ。負けそうな気配は東側にも伝わり、逃走を始める者も出てきた。
「よし!セイ、今が時機じゃ。東側の敵の後ろから矢を射かけよう」
「承知。ど派手に乱れうちしましょう!」
二人は、背後の伏兵としての役割をとっさに思いつき、その数を誇張して見せるため、とにかく次から次へと矢を放った。背後を襲われたツヌガの兵たちは恐れをなして潰走を始め、それに気づいたタケノヒコが大音声で叫んだ。
「今ぞ!門を開けよ!皆の者、続け!」
真っ先に斬りこんだタケノヒコの後から、ムネとゼムイにムラ人たちが続いて、激しく追い討ちをかけた。東側の潰走が今度は西側へ伝わり、大潰走が始まった。
歴戦のタケノヒコ一行に敵う兵はおらず、勝負は小半刻でついた。
「よし、これまでだ!捕虜はとるな、足手まといだ、逃がしてやれ!我々の勝ちだ!皆、勝鬨を!」
タケノヒコがそう叫ぶと、東からも西からもウォーという村人たちの勝鬨が響き渡り、深い山々にこだました。
敗走するツヌガ軍の使いが、アヤベノムラにいるカクへ第一報を報せた。
大川のムラから東にあるアヤベノムラは、既にツヌガ軍が占拠していた。
「何?」
テイの部下であるカクは、今回この方面を任されていた。あまりの悲報に、血の気を失う思いだった。そもそも女子供と老人ばかりのムラに、ツヌガ軍の正規兵が何故負ける?信じられない話だった。三か月前にツヌガ軍が行動を開始した時、主力部隊はツヌガ国の若様と呼ばれる王子が率い、カクはこの大川の中流域を担当した。アヤベノムラ制圧が完了し、今日ようやく大川のムラへ本格的に侵攻したのだが、その出鼻をくじかれた格好だ。
「何故だ?どのように負けたのか?昨夜、ムラの者たちは宴会などしておって、今朝は油断しておったはずではなかったのか?」
まくしたてるように聞かれても、使者にもよく分からない。
「私に言われましても・・・おっつけ本隊が戻ってくるでしょうから・・・。ただ、何やら敵に援軍が加わったようで」
「援軍だと?」
「はい。その者たちがムラ人達を指揮していたようで・・・」
「う~む」
カクの情報網に、援軍など掛かっていない。どこから湧いて出たのか。
嫌な予感をカクは感じた。
タケノヒコは、多くの者ををムラへ戻し、自身は一行の者とスクナが率いた二十名ほどで、ツヌガ軍の戦死者を山中に埋葬した。その作業が終わり、ムラへ戻ると、万雷の拍手と歓声で迎えられた。皆口々に「ありがとう」とか「よくやった」とか、「さすがヤチト様の援軍じゃ」と言っている。
歓迎の人混みをかき分けてムラ長がやって来た。
「みな、ご苦労であった。おかげで敵を撃退できた」
長がそう言うので、ムネもスクナも誇らしく思った。
「しかしな、ちとやり過ぎじゃないか。これで敵は本気になって攻めてくるぞ」
その言葉にムラ人たちはざわめきだした。
カチンときたムネがひとこと言おうとしたが、それはカエデに止められた。
今回、トヨの存在は隠している。もし露見すれば、ムラ人たちの好意は敵意に変わる。そのため一行の女性陣も男性陣も目立たないように、敢えて、セイの従者の立場をとっている。殿や様の敬称もつけず、タケノヒコは「タケ」、ヤスニヒコは「ヤス」と呼ぶ。ヤスニヒコは国のワルガキたちから「ヤス」とか「ヤっさん」とか呼ばれている。それを思い出し、そう名乗る方がムラ人たちに気づかれないだろうというヤスニヒコの提案だった。
そんな「ヤス」が笑顔を見せながら平易な言葉で言った。
「そうですね。ムラ長。間違いないでしょう。でもね、俺らは負けませんよ?必ず勝ちます。今日のように何度でも」
ムラ人たちに笑顔が溢れ、大きな歓声が上がった。
「そうじゃ!かかって来んかい!何度でも勝ってくれん!」
ムネが気迫を込めて気勢を上げると、近くにいた小さな男の子が「顔が怖い」と言って泣き出した。
カクの本陣には、兵たちが続々と戻ってきている。皆、一様に疲れた様子だった。
「カク様。只今戻りましてございます」
それは、草の者だった。サルの襲撃から逃げ延び、本陣にいた草の頭に伴われてカクの元へ報告に現れた。
「おう。ご苦労であった。して敵の様子は?」
「その事でございますが、敵にはどうも恐ろしい援軍がついたようです」
「ふむ」
「数は十人ほど。しかしそのうち二名ほど手ごわい草の者がおりまして。我が身内の者が一人討ち取られました」
「何?」
まさか。そのような者が負けると分かった大川のムラへ何故加勢するのか。カクには信じられない話であった。
草の頭が言った。
「聞き及ぶ人相風体からは、我々草の者の間でワノ国随一の凄腕と噂されるサルと申す者のようで」
「ワノ国随一と?」
「はい。しかもそやつは、チクシ大島でオオヤマトの家来になったとか」
「オオヤマト?」
カクには話が見えない。何故オオヤマトなのだ?
「カク様はご存じでしょうか。オオヤマトは先年、ナノ国へ加担して先代のクマソタケルを討ち果たしましてございます」
「ああ。その話は聞いた」
「サルはその際、オオヤマトのヤスニヒコに認められ家来になったとか」
「ヤスニヒコ?誰だ?そいつは」
「タケノヒコの弟にございます」
「タケノヒコだと!」
カクはまさに驚愕した。二度と聞きたくない名前だった。
「しかるに、今、大川のムラに加勢している者たちは、タケノヒコの一行かと」
カクは暗澹たる思いで話を考え直していた。この方面の戦いで負ければ、テイに粛清されかねない。オオヤマトと二ノ国は敵同士。何故タケノヒコがムラに加勢するのか。そんなこと、例えお人好しのタケノヒコが申し出てもムラ人たちが素直に受け入れるはずはない。ありえない話だ。先日威力偵察を行った時も、そんな気配はなかった。この二~三日で都合よく加勢に来れるはずもない。
「カク様」
伏せていた顔をあげ、カクは草の頭を見た。
「先ずは、援軍の正体が本当にタケノヒコ一行なのか確かめるべきです。もし本当なら、何か罠を仕掛けて、援軍の者達をおびき出し、ムラ人と分けて始末すべきかと」
確かに、先ずは確かめるべきだとカクは思った。それなら確かアナト国の北の港でタケノヒコに会った者が本軍に居たはず。その者に確かめさせれば良い。
それにしても。もしタケノヒコ一行がここに居るなら、本当の敵はタケノヒコでもワノ国一のサルでもない。行動を共にしているはずのトヨこそが、本当に恐ろしい敵なのだ。イズツの都で、暴れる風を操り、辺り一面の兵たちをなぎ倒した鬼神のような姿は、もはやテイの部下だけでなく、イズツ軍の幹部もみんなが恐怖と共に知っている。彼らは、トヨの波動の力を「暴れる風」と言う。
何故?こんなところに・・・
そう思うとカクは身震いした。
大川のムラでは、日暮れ頃には戦いで壊れた柵や建物の修復を終えた。女も男も皆で力を合わせての大掛かりな作業だった。皆疲れていたが、それでもムラ人たちの意気は高い。つい昨日まで誰しもツヌガ軍を恐れ明日をも知れぬ命の運命に笑顔を閉ざしていたのだが、今は皆、その顔に明るい笑顔の花を咲かせている。ヤチト様が差し向けたという援軍のおかげで死なずに済むという思いが、そうさせていた。
「まことに、有難い話じゃ。ヤチト様は大したお方じゃ」
そういう老婆の声に、皆は首肯していた。
トヨは戦いの犠牲者に祈りを捧げ、その周りでは子供たちが明るい笑い声をあげていた。
タケノヒコ一行は、広場の竈で焚火をし、夕餉の支度を始めた。
寒気が緩み、草木の放つ生温かな匂いが辺りを覆っていた。
「あの、これも食べてくだされ」
そう言って、中年女が川魚の発酵食を差し入れた。
「少ないのじゃが・・・」
そう言って酒を差し入れる老人もいた。
精一杯の感謝の気持ちを形にかえて差し出している。しかし、なけなしの食料であると知っているタケノヒコは丁重に断り、「ヤス」が笑いながら言った。
「心配いらぬ。我々は食べ物くらい持参しているし、何なら一緒にどうだ?」
「足りぬなら、またその辺で採ってくるし、敵がいたら山菜のように狩ってくれようぞ」
すっかり性格が丸くなったスクナも、そう言って笑った。
そうこうしながら、夕餉を終えた一行の元に、わずかに残ったムラの若者たちがやってきて「タケ」や「ヤス」の武芸を口々に褒めて、どうすれば上達するのかと言うようなコツを聞きたがり、話は盛り上がった。
朧月の下、一行はムラ人たちに囲まれて賑やかな夜を過ごした。もちろん、セイとサルは交代で物見台に立っていて、警戒に当たっていた。
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