もののけ討伐記 第四章
いつもありがとうございます!
今回で「もののけ討伐記」は終わります。
おおげさな話かもしれませんが、「ふるさとって何?」という思いから描いたエピソードでしめくくります。
お楽しみください。
第四章 ふるさと
みんなは、別の世とやらで何があったのかを知りたがった。
しかし、五人とも何があったのか、どうやってもののけを倒したのか、まるで憶えていない。
「そうですね、う~ん。激しい戦いの気配は感じていましたが、よく覚えていないんですよ」
キヨは、看病してくれているシンの問いにそう答えた。他の四人も同じようにしか言わない。激しい戦いだったことは分かる。トヨも、姫も、ヤスニヒコも傷つき病床に臥せっている。だから、どうしてこんな事になったのか知りたいが、要領を得ない。サルも記憶がないと言い、それは神のご配慮であろうとトヨに言われたそうなのだが。
あの夜、この世にとどまった者は、声をからして呪文を唱え続け、帰還したトヨから、そなたたちのおかげだと感謝された。本当に不思議な出来事だった。
とにかく今は、元もののけ二人のムラを宿営地としている。すっかり荒れ果てたムラに二人は落ち込んでいたが、やがて元気を取り戻すと、皆と力を合わせて寝泊りできる建物の再建に取り組んだ。けが人の建物を最優先にしたため、他の者の建物は今も皆で取り組んでいる。その掛け声や明るい笑い声が看病をしているシンにも聞こえてくる。
とにかく、勝てたのじゃなあ。
心の重しとなっていた問題をかたづけて、皆の心は晴れ晴れとしていた。
やがて建物が全て完成し、けが人の回復を待った。特に姫とキヨが重体で、カエデもサルもまだ本復していない。トヨはいつものように体調を崩しているだけだった。そんな中、セイが帰ってきた。
セイは、トヨに報告した。
「手はずが整いました」
トヨは何も言わず、うなずいた。
数日後の夜明け前。
どこからとなく、多くの人が宿営地にやって来た。
彼らは皆、白い装束を身にまとい、大きな岩の前で祈祷した。
「何事でしょうか?」
そう言うシンに、トヨは短く答えた。
「ご動座いただく」
何のことか、その言葉からは分からなかったが、大勢の人々が、大岩を動かそうとしていることは分かった。
作業を指揮しているセイのもとへ、タクやクロなど一行の者たちが三々五々集まってきて作業の様子を見守った。
「あれ?大岩を動かすのかい?」
カエデがそう言いながらやってきた。
「せっかくだから、大岩様のお力をこの勾玉に分けてもらおうかねぇ」
そう言って、カエデは身に付けていた勾玉を大岩の前に差し出して呪文を唱えた。
「あ、ワシも・・・」
そう言ってクロが勾玉を取り出した。
しかし、それはタクに止められた。
「さわらぬ方が良いと思うぞ」
真顔で言うタクに、カエデが笑って言った。
「ただのお守りさ。そんな怖い顔しなくても・・・」
やがて日の暮れる頃には、移動の準備が終わった。
続きは明日かとシンは思ったが、そのまま移動を始めると、トヨが言った。
トヨの祈祷の後、たくさんの松明を灯して、人々は力を合わせ敷き詰めたコロの上に大岩を乗せて動かし始めた。トヨ、タケノヒコ、ヤスニヒコ、サル、ゼムイ、ムネの六名も付き添うという。何も聞かされていない者たちは不思議に思ったが、タケノヒコから「すぐ戻る。ここで待て」と指示された。
「スクナ様。何か聞いてはおられませんか?」
シンの質問にスクナはやや迷っていたが、やがて意を決して訳を話した。つまり、神の依り代である大岩を、このままこんな山中に放置できない。人里の近くにご動座いただいて、日夜お祀りをせねばならないということだった。
「トヨ殿が、密かにヤチト殿へ使いを送って、そのように手配されたのだ」
「別に隠すことはないように思いますが」
「あまり口にすべきことでもないぞ。それに、トヨ殿とヤチト殿のつながりが露見すれば、ヤチト殿のお立場が危うくなる」
「はあ。そのようなもので・・・」
「我らは敵同士だからな。余計なことは口にせぬが上策。聞いたからには、そなたも他の者が騒がぬよう、気をつけよ」
六人が戻ってきたのは二十日後のことだった。
無事の戻りを喜ぶとともに、皆はその訳を知りたがった。トヨは「事は成った。もう心配ない」と言っただけで、他の者も何も言わなかった。ただ、みな疲れた様子で、そのまま宿舎で眠りについた。その不可解な行動にみな訝しんだものの、どうすることもできなかった。
そんな中、ようやく回復した姫だけは持ち前の好奇心を抑えられず、その後数日に渡っておりを見てはゼムイやサルやムネに何かと尋ねた。いろいろと聞き出そうとしたものの、結果はやはり良く分らない。三人とも口は堅かった。ただ、ムネが「神々の・・・」と言いかけて口をつぐんだ。
それから一ヶ月。
六人の不可解な行動など、誰も気にすることもなくなった頃、骨折していたキヨがようやく動けるようになり、そろそろオオヤマトへ出発しようということになった。
「オオヤマトか」
ヤスニヒコが懐かしさのあまりそうつぶやいた。
スクナはたびたび使いとして往復していたから、いまさら特別な感慨はないようだが、多忙によりタケノヒコもヤスニヒコももう何年も帰っていない。
傍らには姫もいた。姫はオオババ様のもと修行をしたのだが、その場所は港近くの山の中であって、はるか内陸の都までは行っていない。その頃からどのような都か、興味があった。
「どのようなところなのだ?」
そう聞く姫に、ヤスニヒコは相好を崩して答えた。
「麗しきクニだ」
「うるわしい?」
「そうだ。まあ、そなたも来ればわかる」
「タクマノ国よりもか?」
「うむ。水の良さは変わらぬな。やまなみがタクマノ国より近いから水の手が豊富でみずみずしさがあって、山の幸にも恵まれている」
「その違いがよくわからん」
「まあ、これから行くのだし慌てることもない。きっとそなたも気に入るぞ」
タケノヒコ一行がおよそ四ヶ月、もののけ退治に専念している間にも、オノホコやヨナを中心に新しき世をつくる動きは進んでいた。賛同する国々から木材や石材が次々にオオヤマトへ運び込まれ、いわば突貫工事のように新しき都の骨格が急速に姿を現し始めていた。その大まかな報せは届いていたが、激変する故郷の様子を知らぬまま、ヤスニヒコは郷愁の想いを募らせていた。タケノヒコは都造りのことよりも、クニに戻ればとにかく臣下の豪族らを中心に、人心の刷新をせねばならぬと思い定めていた。
さて、オオヤマトを目指して出発しようという日がやってきた。
辺りには霧が立ちこめ、駆け上がるようにして峰みねの頂へ流れていた。
どこか物寂しく、肌寒い朝であった。
誰よりも早く目覚め、旅装を整えたタケノヒコは、大きな石に腰を下ろし、皆の準備が出来るのを待っていた。
「思えば長い旅でしたな。兄上」
そう言ってヤスニヒコはタケノヒコの隣に腰を下ろした。
「うむ。三年か」
「はじめはほんの半年くらいの軽い思いでございました。それがこんなにいろいろあって三年にもなろうとは夢にも思っていませんでした」
「そなたには、どうであったか?この旅は」
ヤスニヒコは照れ笑いのような笑みを浮かべた。
「まあ、今にして思えば楽しゅうございました。戦続きでありましたから、覚悟の時も何度かありましたが」
「そうか。うむ。そうだな」
「それに使いの者の話では、新しい都も進んでおるとか。まさかこのワノ国全体が動き出すとは、それこそ想像すらできませんでした」
「私もそう思う」
「それに仲間もたいそうできました。実り多き旅でございました。ただ」
「ただ?何だ」
「もうしばらくは旅に出たくはありませぬ。しばらく国で骨休めできればと」
タケノヒコは再び苦笑いした。
「まあ、そうだが、そうもいかぬかも知れぬ。あのオノホコ殿が今はオオヤマトにおって都づくりの陣頭指揮にあたっているそうだ。楽はさせてもらえぬぞ」
ヤスニヒコは大笑いした。
「そうですね、兄上。かの賑やかなお方がおられましたな。今度は何を言い出されることやら」
ふと、ヤスニヒコは笑うのをやめ、急に神妙な顔つきとなった。
「それは、そうと・・・」
「どうかしたのか?」
「いや、キヨのことで・・・」
「ふむ」
「いよいよ出発となりましたせいか、今一度我々とともにあるか、その覚悟のほどを確かめた方がよろしいかと」
タケノヒコはいまさらの事のように思え、怪訝な表情を浮かべた。
「いや、やはりクニを離れることは、難儀なことで。さきほどの話ではありませんが・・・」
「ふむ」
「先日、姫にオオヤマトの話を聞かせてやったのですが、楽しそうに聞く反面、悲しそうな笑顔もありまして」
真顔で話すヤスニヒコのその心情を、タケノヒコには察することができた。
突然断ち切られたとはいえ、平穏に暮らした肉親たちとの日々。その思いがつまった故郷を離れる日の、あの姫の表情を、タケノヒコは思い起こした。涙のあとに気丈に振る舞ったとしても、その場にいた皆が胸を押しつぶされそうだった。
「そうかも知れぬな」
タケノヒコは、ふとそう漏らした。
「兄上、確かにキヨは役に立ちます。でも、それに甘えこのまま一緒に旅立つことが、本当にキヨの幸せなのでしょうか」
「わかった。そなたの思うようにせよ」
クロとタクは、宿営地の入口で見張りを命じられ、もう半刻になる。そもそも、準備でき次第出発と聞いていたのに、何故か主だった者たちがキヨとともに一棟の竪穴式住居の中に入ってしまったきり、出発の気配が見えない。
「なんじゃろうのう・・・」
そんなつぶやきを繰り返していた。
トヨ、タケノヒコ、姫の三人は、キヨとともにヤスニヒコの話を聞いていた。
シンは、その住居の前で見張りをしていて、他の者たちは隣の住居で待機を命じられ、仕方なく酒を飲んでいた。
「わかりません。私は置いて行かれるのでしょうか?」
そう言うキヨに、ヤスニヒコは何度も「違う」と言い続けた。
「良く考えよと言っているのだ。我らはこれからオオヤマトへ向かう。それはつまり、ワノ国をまとめあげるという大仕事の道のりなのだ。逆らう輩は討伐せねばならぬし、弱きものには手を差し伸べねばならぬ。そのような先も見えぬ遠い道のりに、そなたは巻き込まれることが、本当に分かっているのか?」
トヨも、タケノヒコも、姫も。何も言わず成り行きを見守っていた。
キヨはうつむいた。
しばし静寂が流れた。
「よいか、キヨ。そなたはそんな苦労をせずとも、そなたの国で幸せを求めることができる。このムラであの二人と暮らしても良いし、セイがそなたの事はアニト殿に掛け合ってもくれる。そうすればいつかはそなたのムラですら再建できるかもしれぬ。しかしな、我々とともにあるということは、戦が続き、いつ果てるかもわからぬのだ」
かすかに、キヨの唇が動いた。わずかな声を発したようだが、誰にも聞き取れなかった。キヨも気づいたようで、言い直した。
「先も見えぬとおっしゃいましたが・・・」
「うむ」
「でも・・・でも、私にはお日様が見えてます」
「は?」
思いがけぬ反論に、ヤスニヒコは困惑した。
キヨは顔をあげ、大きな声をあげた。
「皆さまにも見えておいででしょう?トヨ様こそお日様なのだと。希望の光なのだと」
キヨの両眼から涙があふれた。
「私はトヨさまと一緒にいたい。皆さまと一緒にいたい。置いていかないでください」
トヨは冷静に言った。
「ふるさとへの想いは断ちがたいものがある。一時の感情ではなく、冷静に考えよ」
トヨもツクシ大島へ旅立つ日、大いに迷った。だから、キヨにももう一度よく考えて欲しいと思っていた。
「ふるさとって・・・」
キヨは大声をあげ、つっぷして泣き出した。
外で見張りをしていたシンにも話は聞こえていた。キヨの泣き声にいたたまれなくなった。思わず屋内に飛び込み、キヨの肩を抱いた。そして土下座をするような格好で、ヤスニヒコを見上げた。
「シン、いかがした?」
「家来の分際で申し訳ありませぬが・・・」
タケノヒコが言った。
「かまわぬ。思うところを言ってみよ」
「私が、私が・・・、私が必ずキヨを守ります。必ず。お願いでございます。お願いでございますから、一緒に。一緒に」
シンの目からも涙がこぼれた。
ことの成り行きに、トヨも、タケノヒコも、ヤスニヒコも、姫も言葉を失った。
「ふるさとっておっしゃるなら、今の私のふるさとは、皆さまがおられるところです。信頼できる人たちの笑顔のあるところです。戦いだって、その覚悟はあります。お役に立ってみせます。だから、だから、置いていかないで。そんなの嫌だ」
あとはもう、二人とも泣くばかりで話にならなかった。
やがてタケノヒコが口をひらいた。
「確かに、心のあるところが、私はふるさとだと思う。キヨにとって今や我々とともにあることがふるさとなのだな?」
キヨはつっぷしたまま、何度もうなづいた。
ヤスニヒコが聞いた。
「父母の地を忘れよ。とは言わぬ。いつ戻っても構わぬ。しかし、今はお日様のもと、我々と遠き旅をするというのか?」
キヨはうなずいた。
「私のような境遇の者が増えて欲しいとは思わぬ。しかしな。お日様のもと、これはこれで楽しいものだぞ」
姫はそう言って笑った。
トヨ自身、あの出航の日の決断を間違っていたなどと思ったことはない。
「よし。キヨも来い。期待している」
トヨのその言葉に、キヨは顔をあげて笑った。涙に濡れたくしゃくしゃの笑顔だった。
「よかった。よかった」
そう言って、シンはさらに涙を重ねた。
ヤスニヒコはかがんで二人の肩を抱き、穏やかに言った。
「キヨの想い、あいわかった。私は意地悪で言った訳ではない。何がキヨにとって幸せか。もう一度考えて欲しかった」
二人は何度もうなずいた。
「あらあら、いつのまにこんなことになっていたのかねぇ」
カエデが入口に立ち、二人を冷やかした。
見ると、他の仲間たちが全員入口に集まっていた。
ジイが言った。
「こうして見ると、なかなか似合いの二人じゃなあ」
サルが憎まれ口をきいた。
「ふん。シンにはもったいない美人じゃ」
一同の笑い声が、キヨには心地よく思えた。
朝霧はいつのまにか消えていて、それはまばゆい日の光が、辺り一面に降り注いでいた。
麗しのヤマト編 もののけ討伐記 了
以降、「麗しのヤマト編」衷心記、東征記 「我が名は日御子編」へと続く。
完読御礼!
次回から「衷心記」が始まります。
オオヤマトへ向かう途中、戦時下の小さな村を救うため奮闘する一行の様子を縦軸に、それぞれの心の底にある想いをつづります。また、ヤチトとヤカミが再登場!そして「我が名は日御子編」で活躍予定のキャラも初登場です。
ご期待ください!