山田です。2
「ねね、私の浴衣姿、変じゃない?」
屋台の立ち並ぶ中、待ち合わせ場所にて私は、修一の前でくるりと一回転する。
「お、おう……い、いいと思うぜ」
「何よ〜?その感想」
ぷくーっと頬を膨らませ、修一を睨みつける。
「ちゃんと見てよ。ほつれとかない?似合ってる?」
「だ、大丈夫だ。似合ってる!問題ない。ノープロブレムだ!」
やはり目を泳がせながら、ぎこちなく感想を述べる修一。
「そ、それより西郷のやつおせーな。そろそろ時間だぜ」
修一は無理やり話題を逸らし、わざとらしくスマホ画面を眺めてぽりぽりと髪をかく。
「まだ時間じゃないからね。しかもそれ、3回目だよ。どうして話変えるのー?」
「い、いいじゃねぇか、別に……お!やっと来たぞ!」
またこちらから視線を外し「おーい!」と手を振る修一。
集合時間ぴったりに歩いてやって来たのは、私にとって憧れの男子、柚木くんだ。
すらりとした背筋、ちょっとボサついていてクールな黒い髪。
目つきもキリッとしており、今日の黒い浴衣姿と見事にマッチしている。
「うす、西郷。時間ちょうどだな」
「山田です」
「柚木くん、こんばんは」
「山田です」
柚木くんの口数は相変わらず少なくて、表情を決して崩さない。
私の浴衣姿、どう思っているのかなあ……。
「……そ、それじゃ3人集まったことだ。花火までまだ時間もあるから、ちょいとそこいらを回ろうぜ」
柚木くんに見惚れていると、唐突に仕切り出す修一。
「そ、そうだね。柚木くん行こっ」
「山田です」
一瞬、柚木くんに手を差し出そうかと悩んだが、修一の手前で恥ずかしいのもあって引っ込めた。
☆
今回の花火デートを考案してくれたのは、幼馴染の修一だった。
前に一度、柚木くんのことで相談を持ちかけたところ「なあ、それなら今度、花火大会に行こうぜ」ということになり、気付けば手際良く柚木くんをラインで誘い、3人で行くことが決まった。
「やい西郷。俺と射的で勝負しな!」
「山田です」
「お!柚木くん頑張って〜!」
「山田です」
いざ柚木くんと対面すると、話題が思い浮かばないものでカチコチしていると、修一が透かさず話題を提供してくれて、非常に助かっている。3人で行ったのは正解だった。
「は!?嘘だろ西郷、どんだけ神エイムしてんだよ!?」
「山田です」
修一が挑んだ射的勝負は、圧倒的な差で柚木くんの勝利だった。外見だけでなく、能力も高いなんてすごいなぁ。
「柚木くん凄い!」
「山田です」
「くっ……」
私が柚木くんを賞賛していると、何故か修一は悔しそうに歯噛みする。
その後も三人で屋台を巡り、美味しいものを食べたり金魚すくいで勝負したりと、楽しい時間を過ごした。
「ん?どうした西郷」
「山田です」
「ああトイレか?トイレならあそこだ」
修一は柚木くんがトイレに駆け込んでいく姿を見送ると、その視線を外さぬまま「美香」と私の名前を呼ぶ。
「今日一日、お前のこと見てたけどさ、本当に西郷のこと好きなんだな」
「うん!」
即答すると「……そっか」と、どこか残念そうに呟く修一。
「付き合わねーのか?」
「つ……!?ゆ、柚木くんって確かにすごくクールでカッコいいんだけど、何考えてるのか分からなくて……」
「ははは、確かに」
修一は肩をすくめて苦笑し、こちらに向き直る。
「いい組み合わせだと思うぜ、お前ら2人って。それに脈アリだと思う」
「ほ、ほんとに?」
「おうよ。幼馴染の俺を信用しろよ。何年一緒だと思ってんだ」
ううむ、確かに。
修一はバカだけど、こう言う時に嘘は言わない。
「……あっ!やっべ!忘れてた!!」
その突如、スマホを見て飛び上がる。
「ど、どうしたの?」
「忘れてたわ!今夜、アイドルゆまみんのライブイベントがあるんだったわ!わりーけど、こっからは2人で楽しんでくれ!」
「えっ!?ち、ちょっと……!」
私の止める声も聞かず、くるりと踵を返して走り出す修一。
「ちょっと修一……!」
急にどうして……と言おうとしたところで、修一は再びこちらを振り向くと、親指を立て、
「頑張れよ!」
と、叫んでそのまま走り去っていった。
「な、なんなのよ一体……」
腰に手を当てて頬を膨らませていると、ぽんっといきなり肩を掴まれて思わず飛び上がる。
「ひゃっ……!な、なんですかいきなり!?」
「見てたぜ、カレシさんとケンカだろ?」
振り向くと、そこには2人の男がニヤニヤしながら立っていた。
「だったらよぉ、代わりに俺たちと遊ばねぇかあ?」
「気晴らしになるよ。ね?」
「え、遠慮します。離してくださいっ!」
「まーまー、そう言わずに……あ?なんだお前……うぉっ!?」
慌てて逃げようとしたところで、トイレから戻ってきた柚木くんが私と男を無理やり引き剥がす。
「ゆ、柚木くん!」
「山田です」
「くそっ!なんだテメェは!?」
「山田です」
「ヒーロー気取りかあ?こっちは2人いるんだ、調子に乗るんじゃ……いででででっ!」
柚木くんは、殴りかかろうとした男の腕を掴み、ぐりっと捻る。
「や、やべぇぞコイツ!逃げろ!」
「諸君、ナンパをしてはいけない。でないと僕たちのように……」
2人がそそくさと人混みの中に消えていったのを確認すると、柚木くんは相変わらずクールでありながら、どこか心配そうにこちらを見つめてくる。
「あ……大丈夫だよ。柚木くんのおかげで助かっちゃった……えへへ」
「山田です」
「ごめんね、心配かけちゃって……柚木くんはやっぱり、強いね」
「山田です」
あれ……これ、ちょっといい雰囲気なんじゃ?
「そ、それから修一は用事があるからって、先に帰ったの……」
その言葉を口にしてから、ようやく私は気が付いた。
修一はもしかしなくても、私が柚木くんに告白できるように、2人きりの状態を用意してくれたのではないだろうか。
だとすれば、この時間、チャンスを棒に振るうわけにはいかない。せっかく修一が気を利かせてくれたんだもの。
「ねぇ、柚木くん……」
「山田です」
口元が震える。
でもここで逃げたら、せっかくの修一の気持ちを無駄にしてしまうことになる。
「私ね」
大きく息を吸い込み、私のこれまでの想いと一緒に吐き出す。
「柚木くんのことがーー」
花火が鳴った。
大きな一発が打ち上がったかと思うと、後に続くように次々と夜空を照らしていく。
そして人々の歓声により、私の小さな声など簡単にかき消されてしまった。
そんな……ひどいよ……せっかく勇気を出して言ったのに……。
空気の読めない花火に、苛立ちよりも悲しみが上回り、わなわなと震えていると私の手を取る柚木くん。
「ゆ、柚木くん?」
「山田です」
柚木くんの手はとても頑丈でありながら、暖かかった。
「柚木くん、私の言葉……聞こえてたの?」
「山田です」
肯定の言葉と頷き。
よかった、花火の中でもちゃんと届いたみたい。
「じゃ、じゃあ……返事は?」
今日一番の大きな花火が打ち上がる。
それでも私は、柚木くんの口の動きを見逃しはしなかった。
『山田です』
彼の返事をしっかりと聞いた私は、嬉しさで胸がいっぱいに満ち溢れる。
「ありがとう、柚木くん……」
「山田です」
「嘘じゃないよね。今日から恋人同士なんだよね……私と柚木くん」
「山田です」
「柚……ううん」
彼の名前を呼ぼうとして、口を紡ぐ。
これからは恋人同士なんだもん。下の名前で呼び合いたい。
「……太郎くん!」
「寛治です」
fin