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第6話


「結婚したとか聞いてねえんだけど!?」


 ひとまずいくつもある応接間のうち、ひとつにカンファーの兄、ボルネオを運んでから彼の覚醒を待った。

 目覚めた彼にリジンが事の経緯を説明すると、彼は立ち上がって激昂したというわけだ。怒りの矛先は当然に報連相ができていなかったカンファーに向けられたのだが、カンファーは我関せずといったふうにちまちまと編物をしていた。クッションを作っているらしい。


(なるほど、あの白いのも手作りだったのね)


 カンファーの暇潰しを垣間見たところで、無視されたボルネオはさらに熱くなって弟に詰め寄った。


「お前な! 自分が処刑人って立場、わかってるか!? そんな簡単に結婚できねえんだぞ! まだ公に宣言はしてねえんだろうな!?」


 カンファーはやはり反応しない。豆腐に釘打ちといったところか。自分の望んだ返事が得られないでいるボルネオはリジンに意識を向けた。


「処刑人の妻になるって意味、わかってんのか!?」

「い、意味……ですか?」

「そうだよ! いいか!? 処刑人はこの世界で最も恨まれる仕事だ! だからいつ狙い撃ちされるかわからねえ! こうして雨戸も締め切ってんのも、敷地全部を鉄線で覆ってるのも襲撃を避けるためだ!」

「あ、なるほど……」


 そういう理由があるのならば納得である。どうしてこんな暗黒に包んでしまったのか、ずっと疑問だったのだ。

 ボルネオは苛立ったように頭を抱えている。


「お前なぁ……! 処刑人には自由が許されねえってことなんだぞ!? 外出もできねえ、人に顔を晒しちゃならねえ、人と話してもならねえ! そんな処刑人の妻なんかになっていいのかよ!?」


 そう言われても、妻にならなければ首を跳ねられて殺されてしまう。妻になったら、闇討ちされて殺されてしまうかもしれない。どちらも死ぬ運命であるならば、まだ生き残れる可能性のある後者を選ぶのが普通ではないか。


「考え直せ! 今すぐこの屋敷から出ろ!」


 両肩をがっしりと掴まれて説得されるも、逃げられない理由がある。



 リジンは罪人ということだ。



 逃げたところで、見つかればまた牢に逆戻りだ。母のもとへ逃げ込めば、母は自分を隠してくれるだろう。けれど、そうしてくれたせいで母も罪人になってしまうのは避けたい。


「し、しかし、私は死刑囚なのです。屋敷から出ても殺されるだけです。カンファー様には、むしろ処刑の寸前で助けていただいた御恩もございますし、出て行くのは……」


 ちらり、とカンファーを伺い見るとクッションが完成したらしい。長方形の太ったクッションをふにふにとして感触を確かめると、おもむろに立ち上がってリジンに差し出す。受け取ると、小さな花柄の可愛らしい生地だった。


「まくら」


 それだけ言って、また元いた場所に戻っていく。

 枕は充分にベッドに用意されていたのだが、受け取っておこう。


 視線を戻すと、ボルネオはぽかんとしていた。


「……え、お前、死刑囚なの?」

「そうです」

「なにしたの?」

「お仕えしていた令嬢をぶん殴ってしまいました。そうしましたら、罪状に尾ひれ背びれがついて、結局の下された罪名は外患誘致未遂罪です」

「はー……。つまり、処刑される寸前の牢屋でカンファーと結婚する約束をして、ここまで来たわけか」

「左様でございます」

「つまり、処刑のために集まっていた大臣達の前で、妻にすると宣言したわけか」

「そう、だったのかもしれません。よくわかりません。大勢の人がいたのはわかったのですが、それが誰だったのかは……」


 項垂れたボルネオはリジンから枕を引っ手繰って、先まで気を失っていたソファに横になった。枕に頭を乗せて、さらに両手を頭の後ろに回す。


「……あにのじゃない」

「俺が枕使ったっていいだろうがよ!」


 兄弟の言い争いはそれで終わった。少しばかりカンファーの人間らしいところが見えたようだった。

 少ししてから回想でもしているように、ボルネオは語り始めた。先と違って落ち着いた口調だ。


「処刑人ってのはさ、貴族以上に重宝されんだよ。死刑はギロチンみてぇな機械仕掛けの処刑じゃなくて、人の手で下されるものだという意見も根強い。だが罪人を苦しめるのは倫理に反するっていう人も多くいる。人の首を一発で斬り落とすっていうのは、体格にも恵まれてねえといけねえし、なにより筋力とテクニックがなくちゃならねえ。しかもその体を維持し続けなくちゃいけねえときてる。毎日毎日、努力しても、罪人にも、罪人の家族にも恨まれる。挙げ句の果てに──


 処刑人という偏見を他人が持ちやがる。


 処刑されてもいねえ他人がだぞ? 余計なお世話だ。だったらテメェらがこの生活してみろってんだよ。ボケナス共が。

 ……カンファーが給与として、国からいくら貰ってるか知ってるか?」


 リジンは「いえ」と呟いた。


「一ヶ月でこの屋敷を買えるくらいだ。体を維持して、自由を奪われ、こんな暗いところで永遠に暮らし、人との関わりもほとんどなく、処刑執行の日である毎週水曜日には必ず誰かの首を落とす。金があっても、使い道がない。砂漠に黄金があったって水は買えねえだろ? 意味がねえんだ、そんな場所に金があったって。それと同じで、この屋敷に金があっても、貴族のようには過ごせない。そんな生活に耐えられる腕のいい処刑人は、世界でカンファーだけだ。カンファーは、いつだって一発で首を跳ねる。一瞬だ」


 とてつもなく優秀な人だったのか。リジンは急に畏まって視線を整えた。メイドの職業病だろうか。


「貴族達はとてもじゃないが、そんな生活は耐えられないという。平民達は処刑人を嫌う。どちらかといえば、処刑されるのは平民だからな。法は貴族が牛耳ってるから。けど、平民共も、もしもどうしても処刑人が必要ならば、やっぱり腕のいい奴がいいとくる。だから嫌な仕事を押し付ける代わりに給与が高く、護衛も付けてもらえる。だから特権もある」


 特権は必要だろう。こんな生活では、心が先に折れてしまう。

 体格を見るに、ボルネオは華奢だ。カンファーの体の半分ほどしかなく、背も頭ひとつ分、足りない。

 処刑人は家業であると聞いたことがある。代々、一家で引き継いでいくのだ。体躯の理由で、責務が兄であるボルネオからカンファーへと回ってきたのかもしれない。リジンは深く追求しないことにした。


「特権のひとつに、必要な手続きが免除されるってのがある。人との関わりを極力減らすために、そういった役所仕事をなしにしてやろうって話だ。だからお前は、正式な手続きをしなくても既に正式なカンファーの妻だ」


 なるほど。わかりました──と返事をしようとしたが、さらにボルネオは続けた。


「だが、ひとつ、制約がある。




 相手が死刑囚のときだ」




 ぎくりと肩が震えた。


「カンファーは誰にも処刑を執行する平等な立場でなくちゃならない。死刑囚を前にするたびに結婚する、助ける、離婚する、結婚する、助けるの繰り返しじゃ刑が成り立たなくなる。



 だから、処刑人が死刑囚と結婚できるのは一度だけ。


 離婚は絶対にできない。



 そういう制約だ。お前、それを知ってたのか?」


 流し目で答えを促され、リジンは答えた。


「存じ上げませんでした」


 ボルネオの目が同情に染まった。溜息を長く吐くと、目を閉じてしまう。


「可哀想に。そしておめでとう。せめて俺だけでも、結婚を祝福してやるよ。



 ようこそ、義妹さん」



 なんだかとんでもない場所嫁いでしまったようだ。

 カンファーが糸を切るハサミの、ちょきん、という音がやけに響いた。

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