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第27話


「えっ、お嬢様から手紙が?」


 ボルネオの呼吸も落ち着いたところで、改めて家族となった3人は料理を寝室に運んで穏やかな時間を過ごしていた。今朝の経緯を聞き、石と共に投げ込まれた手紙を受け取る。


 確かにモルファインの字と香水だった。


 この癖のある字は、間違いない。この香水は特注品で、モルファイン以外に持っているものはいないはずだ。

 不安になったのは母親のことだ。自分に手を下せなかったことで、母に矛先が向かないだろうか。


「母の様子を知ることはできないのでしょうか」

「なにかあれば報せが入ってくる。ないってことは、今のところは無事って意味だ」


 そうは言っても、陰湿な嫌がらせというのもある。表立っていないだけで、水面下での攻撃はいくらでもできるはずだった。


 母の顔には隠しきれない痣がある。


 生まれつきのもので、そのせいで母は後ろ指さされながら育った。リジンが生まれてもその環境は変わらず、母が嫌味を言われているところを何度も見ている。心配でならない。


「護衛のひとりに聞いてみるよ。屋敷までついてくる護衛だけは、姻族を含めた家族構成を知ってるから」


 カンファーの送迎は数人の護衛に任されている。だが、最初から最後まで付き従うのは、たったのひとりだけだ。


 それを処刑人の右腕というらしいとは、つい先日聞いたばかりだった。他の護衛達は途中から合流し、また途中で抜ける。


「そうしていただけると助かります」

「それか、様子を見てあげる」

「そんなことが可能なんですか」

「多分。リジンと家に帰ってくるとき、途中で会った人が母なら、ぼくはもう顔を覚えた。それにリジンの母も、ぼくを覚えたと思う。ぼくが処刑人であることはわかってるはず。もしかしたら、処刑場に行けばリジンに会えると考えて来るかもしれない。今までは広場を避けていたけれど、次はよく見てみるよ」

「本当ですか! よかった、よかったです。……でも、そんなことをしてカンファー様は危なくないのですか」


 問うと、代わりにボルネオが答えた。さすがに食欲はあまりないようで、温かいスープばかりを飲んでいる。


「大丈夫だ。処刑場に処刑人以外の人間が刃物を持ってくることは禁止されてる。剣にしかり、弓にしかり、武器は御法度。もし持ってる奴がいたら、その行為ひとつで処刑人暗殺未遂とみなされる。


 つまり、その場での処刑が認められる。


 司法なんて経由しなくて結構。それに、公衆の面前で処刑人を襲おうなんて馬鹿はいねえはずだが、万が一にでも襲ってくる奴がいれば、即刻、首を斬っても正当ってのが今の法律に明記されてる。そしてカンファーは誰にも負けねえ。つまり、安全だ」

「な、なるほど」


 カンファーが最強であることが前提の結論だが、片手であれだけの速さで剣を振るうところを目の当たりにすると、それも事実なのだとわかる。


 それに、聞けばリジンに対してのあれは本気の一欠片も出していないお遊び程度の腕力だったとか。カンファーが全力で剣を振り下ろしたのなら、初撃を避けられるはずがなかった。


 ならば、じっくりと待とう。

 母が無事なのか、やきもきするが、焦ってもいいことはない。果報は寝て待てというし、水曜日を待つしかない。



◇◆◇◆◇◆



「……すごい熱ですね」

「あに、雨に打たれて走ったから?」

「そうだよ! なにもかもお前のせいだ! うげっほ! ごほ!!」


 ボルネオが発熱したのは、翌日のことだった。

 色白で細いボルネオの体が燃えているみたいに熱く、咳もひどい。しかも、どうやら薬は残りひとつしかないらしい。今日中に熱が下がるとも思えないし、下がったとしても、念のために予備はあったほうがいいだろう。


 そうなると、リジンにできることはひとつしかない。


「では、私がお薬を買ってきます」

「駄目」


 と、珍しく揃う兄弟の声。

 とはいえ、他に選択肢はないはずだ。どう足掻いても目立つ外見のカンファーを外に出すのは危険すぎるし、体の弱いボルネオを体調不良だというのに動かすのも無理な話だ。


 となると、やはりリジンしかいないことは兄弟達も理解しているだろうに、一向に認めてくれる気配がない。


「地下道の道順を教えて下さい。お薬だけ買って、すぐに帰ってきます。逃げたりしません」

「いや、逃げるってのは、もう、大丈夫な気がしてきたような気がしなくもないんだが、やっぱり襲われる危険性を考えるとひとりで行動させたくねえんだよ」

「しかし私はそんなに目立つ顔はしていませんよ」

「うーん……げほ、げほっ」


 乾いた咳の感覚がだんだん短くなっている。これでは喘息を引き起こしてしまう。なるべく早く薬を買ってこないと。


「それにしても、常備薬の保管数が少なすぎます。もっと買っておかないと」

「そうだよなあ⁉ 俺もそう思うよ!? か弱い俺だもの!! でもねぇ、これまでずっと家の中にいて? 走ったりもしないから? 薬の必要性がほとんどないところまで安定してたってのに? どっかの馬鹿な弟の? 尻拭いをするはめになって? こうなってんだから? 薬がねえのは俺のせいじゃねえっつうのッ‼‼ ケッッッ!!」


 ごもっとも、としか言いようがない。


 しかも、リジン自身も風邪の片棒を担いでいるといえなくもないので、リジンはそれ以上の追求をやめた。カンファーも同様に、わざと視線を逸らしたりしてみている。


 とにかく、今は薬だ。

 現状を考え、説得を続けるうちにボルネオが折れてくれた。


「ダイヤル錠の数字、覚えてるか?」

「ああ、あのやたら桁数の多い鍵ですね、覚えてません」

「97、64、82、55」


 8桁もあったのか。

 リジンはメモにはせずに、頭の中で半数した。

 くなむしやっつ、ごーごー。くなむしやっつ、ごーごー。


「それが道順だ。東に97歩、北に64歩、西に82歩、南に55歩。あの地下道は反時計回りに、渦を巻くようにして山を下ってる。だからその道順で行けば、ぐるっと旋回する要領で街の家に出る。戻ってくるときはその反対。覚えたか?」

「はい、覚えました! くなむしやっつ、ごーごー!」

「ちょっとその覚え方はよくわかんねえけど、とりあえずそれで行って帰ってこられるはず。気を付けろよ」

「わかりました!」


 いざ行かんとすると、処刑人のときの迫力など微塵も感じさせない猫背でカンファーが謝ってくる。彼の二極化じみた性格には驚かされるばかりだ。


「リジン、ごめんね、ぼくのせいで」

「いえいえ! どう見ても原因の一端は私にもありますから、気になさらないでください。それでは行ってきます!」

「自分が男っていう設定、忘れんなよ!」

「はーい!」


 そうしてリジンは完璧に変装を整えて、カンファーに見送られる形で地下道に潜り込んだ。


 無事に終わるといいのだが。

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