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第13話


 お風呂だというのに、リジンは一向に服を脱ごうとしない。きょろきょろと脱衣所を見回して、カンファーと目も合わそうともせずに先からずっとその場で立っている。

 子首を傾げて問うた。


「どうしたの」


 リジンは、もじもじとして小さく願ってくる。


「あ、あの……逃げませんから、やっぱりお風呂はひとりで……」

「絶対許さねえからな!!」


 と、ドアの向こうからボルネオ。

 そもそも脱衣所の外に張っているのなら、ひとりでの入浴を許可しても構わないと思うのだけれど、兄が認めないというのなら仕方がない。

 カンファーはリジンを優しく諭した。裸なんて、見られても見ても恥ずかしくない。人間はそういう構造なのだから。


「大丈夫だよ。お風呂は暗いし、よく見えないし、浴槽は広いから」

「……わかりました」


 そう言ってワンピースを脱ぎ始めていく。ただ、袖のところが絡まってしまった。枷があるからだと遅れて気付いて、いっとき、手枷を外してまたすぐに着けた。

 リジンは痩せていた。

 肋骨が浮き上がって、骨盤が浮き上がって、膝も鎖骨も浮き上がって、出っ張りを押したら簡単に折れてしまいそうなほど華奢だった。ボルネオの体を何度も見てきたけれど、それにも似ているような気がするし、もっと弱い気もする。

 目が合って、逸らした。


(あまり見ないようにしよう。リジンはきっと、あまり見られたくないはず)


 一方で、カンファーは物怖じせずに衣服を脱ぎ捨てた。裸など、別段、見られて困るものでもない。それに、女性と入浴するという意味が、あまりわかっていなかった。


 ふたり共に全裸になると、リジンが目を背けているのがわかって、そのまま手を引いて浴槽に向かった。


 改めて考えると、鎖で繋がったままの風呂というのも、なかなか不思議なものである。

 リジンは相変わらず俯いていて、体が見えないようにと膝を抱えて隠している。なんだか申し訳ない気持ちになって、弁解した。


「あのね、あに、意地悪な人じゃない」

「……はい」


 兄はいつでも優しかった。

 彼が成し得なかった仕事をカンファーに引き継がせることに負い目を感じていたのか、あるいは、自分と関わってくれる数少ない弟だからと、いつでも優しかった。

 むしろカンファーとしては、血の繋がっていない自分が跡継ぎとなったことに後ろめたさを覚えていたのだけれど、それが杞憂で、互いに気遣っていただけとわかったのは両親が亡くなってからだった。

 奇しくも、親を殺されて初めて自分達は兄弟になれたのだと思う。


「……その傷は、やはり襲撃に何度もあったのですか」


 問われ、自分の体に目を落とした。

 傷だらけの体は、むしろ本来の皮膚を探すほうが困難で、切り傷や火傷がそのまま残っている。


「襲撃は半分以下」

「……えっ……じゃ、じゃあ……」

「半分は、父から」


 人の首は太い。

 皮があって肉があって筋肉があって脂があって骨があって筋肉があって脂があって肉があって皮がある。一刀両断するにはコツを要するし、それが出来なければ処刑人として失格だ。


 だから、父は厳しかった。


 早く一人前の処刑人に仕立て上げたくて、カンファーがミスをするたびにミス以上の罰をカンファーに与えてきた。痛みで恐怖を刻み、痛みを味わわぬよう上達を促したというわけだ。それは概ね成功した。


 リジンは愕然としていた。


「もう痛くない」


 その表情が、傷の痛みを心配しているのだと思って言ったのだけれど、リジンの表情は相変わらずだった。


 変化があったとすれば、おそるおそると指が伸びてきたことだ。


 カンファーの左腕にある7針に及ぶ縫合跡をなぞって、今度はそれを掌で覆った。まるで聖女様が傷跡をなくしてしまうみたいに。


「もう、痛くないよ?」

「……わかっています」


 その目が潤んでいるのは、湯で体が火照ったからなのだろう。頬が赤いのも、髪を結い上げた項から雫か滴り落ちて、それを見てカンファーの腹の奥のほうがズンと熱くなっても、やっぱりそれは湯に浮かされているからなのだろう。


 触れたくなった。


 その細い肩に、腕に、顎に首に。



 ボルネオの言っている意味がわかった。


 逃したくない。

 放したくない。


 けれど肌に触れると壊してしまいそうな気がして、できなかった。

 カンファーは沸き上がる欲情が何なのかわからぬまま、リジンに噛み付きたい衝動をなんとか抑えた。


 抑えきれたとは言わないが。


 カンファーは自分の腕の傷に添えていてくれたリジンの手を掴むと、人差し指を舐めた。

 細くて華奢で、なにかの薬のように艶めかしくて引き寄せられる。

 指先に、手の甲に、掌に口付けをするとリジンがぴくりと肩を跳ねさせた。

 舌が肌を這う粘着質な音が風呂場に響く。

 肌に吸い付くたびにリジンが肩をびくびくとさせるから、声を押し殺しているように見えるから、声を出させたくなる。


 どこを噛めば鳴いてくれるのか。

 どこに触れれば鳴いてくれるのか。

 鳴いてほしい。

 そう思って、カンファーはリジンに覆い被さっていた。


 深く口内を貪った。


 逃げる舌を追って執拗に絡ませると、今度は体ごと逃げようとするから腰を捕まえ頭を捕まえ引き寄せる。


 熱い息がリジンから漏れた。


 違う、声が聞きたい。

 鳴いてくれ。鳴いてくれ。


 鳴いてくれ。



「カ、ンファー様、く、苦し……」



 はっとした。

 気付けばリジンの唇から血が流れていて、それでもキスをしたから口の周りが真っ赤になっていた。


 なんていうことをしたのだ。


 そう思う反面、リジンを汚したのは自分なのだという優越感が凄まじかった。清廉にして潔白な彼女を淫れさせた優越は、カンファーを虜にした。


 うっとりした。


 あまりにもリジンが美しくて、自分だけのものにしたくて、自分だけがリジンを汚れさせたくて、どくどくと血流が腹に溜まっていく。


「ごめん、なんだか、僕ちょっとおかしい」

「カ、ンファーさ、ま」


 血を舐めとる。甘くて苦い味。


 ああ、でもこれ以上はだめだと、頭の中で誰かが言った。体を離すと、ようやく、ここにいてはまずいと悟る。

 慌ててリジンを抱き上げて脱衣所に向かい、タオルを巻いてやった。


 カンファーは冷めやらない自分を見て呆然とする。


(僕、どうしたんだろう)

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