177.仄暗い城の地下室で
短いです。
石づくりの立派な建物ではあるが、光も差し込まない、明かりは蝋燭だけという仄暗い室内で、黒いローブを被った老人が、苛立たしげに、テーブルに片腕を乗せると、それを横にざっと乱暴に滑らせた。
ガシャーン!ガシャーン!
テーブルの上に乗せられていた、ガラス器具が床に落ちて音を立てて割れる。
「折角、やっと一箇所の穴から魂を集め始められたというに! これでは全く足らんじゃないか!」
辛うじて破壊を免れたフラスコの中には、芥子粒にも満たないほどに小さい、宝石とも言えない赤い物体しかなかった。
「錬金術は、不完全なるものから完全なものを作る。死してまだ価値を持たぬ魂を原料にし、それを我が魔力で完全なる知を持つ賢者の石へと変換させる。それには、冥界の無垢な魂はうってつけの材料だったというに……」
男を覆う黒いローブに隠されたその顔は、一言で言って醜い。
顔にも、ローブから覗く手の甲にも濃いシミがまだら模様を描き、黒ずんだ歯茎に生える歯は、残っている方を数える方が早いだろう。
それは、賢者の石を求めるあまり劇薬である水銀に接してきた証である。
「賢者の石は、水銀と硫黄との結婚により、白き石が生まれ、赤き石に昇華する。そうやって作られるのが賢者の石だという定説が、間違っていることに気づき、儂は正しい材料を導き出した。それだというのに、忌々しいエルフどもめ……」
その黒ローブの老人は、エルフの里の事情など知らないから、実はデイジーが世界樹を癒し、例の地の裂け目を塞いだのも知らない。
そして、緑の精霊王の呼応に応えて、冥府の女王が、彼に囚われる前の魂を回収して、冥府のゆりかごに戻したことも知らない。
「……人の死、魂がいるのだ」
老人は呟く。
「賢者の石が完成すれば、それを元に不老不死の妙薬、完全なる治療薬であるエリクサーができるのだ!」
あっはははははは!
と、老人は、狂ったように嗤う。
「おい、出来損ないのホムンクルス! 何か知恵を授けたらどうだ!」
テーブルに残ったフラスコの中の一つの中。
『ホムンクルス』はいた。
老人の精子と、馬糞をフラスコに入れ、女の胎内の温度と同じ温度で腐敗させたもの。それがホムンクルスである。
「……僕は何も知らない。あんたの劣った精子でできた俺に知恵も何もあるものか。こんな狭い世界も嫌いだ。殺せよ」
「賢者の石が完成すれば、お前など用なし。喜べ」
老人は、ホムンクルスに興味を失ったように、その場を立ち去る。
「……まだ、ある。あと一本、アレが仕込まれている」
そこで、彼の地に行こうと思うが、彼にその術はない。
あくまで、呪詛として、例の『虫』を仕込んだだけなのだから。
ーーああ、そうか。
三本の世界樹がダメでも、その方法があるではないか。
彼は、扉を開け、地上へ上がる螺旋階段を登り、彼の傀儡たるべき男の元へ赴くのだった。
回収するかは今後次第。