176.冥界の女神
星のエルフの里の世界樹さんは、体がボロボロ。治してあげなきゃね!
私はアゾットロッドの中のハイポーションの残量を確認する。
多分、陽のエルフの里の世界樹さんより、状態が悪いから、ケチケチしないでたくさん使いたいわ。
……うん。これなら十分ね!
私はアゾットロッドから惜しげもなくハイポーションを出して、魔力コントロールでたくさんの水球の形に整える。そして、全ての水球に、私の魔力を込める。
そして、魔力コントロールで、水球を空高く飛んで行かせる。
そう、世界樹さんより高くよ!
『ポーションは限りなく細かい霧状にして……』
空に飛んでいったハイポーションの水球を、霧状に変える。
「癒しの霧雨!」
サアアア……と微かな音を立てて、枯れた世界樹の枝をハイポーションが濡らしていく。陽のエルフの里の時よりもたっぷり、枝や葉に染み渡ったら、土に染み込んで根っこも癒してくれるように!
やがて霧雨が止むと、上から注ぐ日の光を受けて、七色の虹を世界樹の上に作る。
……陽のエルフの里の時もだったけれど、やっぱり綺麗だわ!
そんな私の感想以外にも、その光景にエルフ達が、感嘆のため息を漏らす。
だが、それで終わらなかった。
急に若い緑色の芽が幹のあちこちから顔を出し、手のひらの形に開き、それがぐんぐんと大きくなる。虹をいただく世界樹は、若葉でいっぱいになったのだ!
『愛し子様、ありがとう。これで僕もちゃんとお仕事ができるよ!』
地面がぼこぼこと持ち上がり、新たに元気な根っこが大地を支えようと、修復し始める。
冥界と繋がる穴も、その根っこが絡み合って覆い隠し、きっちり蓋になってくれた。
「おお! 穴も塞がったぞ!」
星のエルフさん達が大喜びしている。
……ところで。
『愛し子様〜。僕たちはどこへ行けばいいんだろう?』
『冥界の暗い揺り籠で、また眠りたい……』
私の周りに、レイスさん達が集まってきてしまったのだ。
本来、「きゃー!」と叫ぶところなのだろうが、この子達は無害で困っている子だわ。
なんとかしてあげたいけれど、どうしたらいいんだろう?
「あなた達を本来いるべき場所に戻すには、どうしたらいいのかしら……」
レイスさんに問いかけてみても、彼らも分からず困っているらしい。
すると、私の背後が緑色に発光した。
驚いて振り返ってみると、そこには、久しぶりにお目にかかる緑の精霊王さまが降臨されていた。
「精霊王様だ!」
「とすると、彼女は愛し子様!」
慌てて、星のエルフ達が膝をついている。
そんな状況には構わずに、精霊王様は、優しい笑顔を私に向けてくださる。
「デイジー、よくやってくれたね」
にっこり笑って、私の頭を撫でてくれる。
「でも精霊王様、この子達……冥界にいるべきレイス達を戻してやる術を、私は知らないのです」
精霊王様に撫でられているというのに、私の心は沈んだままだ。
だって、この可哀想な迷子達をどうしたら助けてあげられるのだろう?
「優しき子、デイジー。世界樹の維持は、エルフの使命、地上に生きる者の領分だ。だけれど、冥界で眠って転生の時を待つこの子達の管理は、神の領分だ。君が気に病まなくても、大丈夫だよ」
そう言うと、精霊王様の右手が輝いて、頭頂部に緑の宝石を戴いた木でできた杖が現れた。
精霊王様は、その杖を握って、地面をコツコツと叩く。
「冥界の女王たる女神よ、あなたの子供たちが迷子になっている。迎えにきてはくれまいか」
すると、精霊王様の杖の影から、すうっと黒い影が靄のように現れて、人のような形を形成する。
そして、それは、だんだんとはっきりした人型になっていき、一人の女性の姿になったのだ。
「久しぶりだね」
「ああ、私が冥界に入って以来か」
二柱の神が、挨拶をする。
女神様は、黒い豊かな波打つ髪に、黒曜石の瞳、白き陶磁器の肌、カラスの濡羽のような美しい漆黒のドレスを身に纏っていらっしゃる。
「人やエルフ達、地上の民の領分に、神が過剰に干渉するのは禁忌。どうしたものかと、考えあぐねていたのだよ。だが、ここの世界樹は助かったんだね」
そう言って、視線を巡らせて、私と女神様の目があった。
「……緑の精霊王の愛し子か。君だね、世界樹を救ってくれたのは」
冥界の女神様の声は、女性にしては低めで、とても静かなんだけれど、それでいて心に響くような、そんな美しい声だった。
そんな方に急に感謝の言葉をかけられて、私は慌ててしまう。
「はっ、はい、ですが女神様。私には、この子達までは救えないのです」
私は、私と女神様の周りを漂うレイス達に手でそっと触れる。
「大丈夫。この子達は、私の子だから」
そうおっしゃると、女神様の手に、大きな黒曜石のような石がついた杖が現れ、女神様はそれを手に取り、レイス達に見せるようにしてかざす。
「迷い子達。冥界に帰る時間だよ! 集まりなさい」
女神様が命じると、レイス達が、その杖の周囲に集まり、先端の石に吸い込まれていった。
「ありがとう、愛し子。私は、この子を連れ帰らせてもらうよ」
女神様は、優しげに微笑み、私の頬を撫で、次いで、緑の精霊王様に視線をやる。
「世話になったね、緑の精霊王よ」
緑の精霊王様が頷くと、女神様は大地に溶け込むように消えてしまった。
残されたのは、私と精霊王様。
「デイジー、ありがとう。世界の崩壊を防いでくれて。最後の子も、頼んだよ」
そう言って、愛おしそうに目を細めたかと思うと、しゃがんで私のおでこに唇で触れる。
「……また会おう」
その言葉を最後に、精霊王様のお姿も見えなくなってしまった。
いよいよ『王都の外れの錬金術師』の書籍が今週2/10に発売になります。
『家族愛』をテーマに、兄姉を含めた家族の交流を描き増しました。そして、デイジーの錬金術師としての『成長』をよりわかっていただけるよう、デイジーの心理描写もしっかり書き足ししております!
WEB版と比較していただいても、なるほど、こうしたのか、とご納得いただけるのではないかと思います。
よろしくお願いいたします!