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間話.逃亡者達

今回のはちょっと暗いお話です。

アドルフの一人称を、俺から僕に直しました。

「ねえ、アドルフ。もう逃げるのはやめましょうよ。逃げる事はなんの解決にもならないわ。きちんと神と国に謝罪して、悔い改めるべきだと思うの」

「リリアン!」

 この二人は、デイジーの兄と姉の前に、ザルデンブルグ王国の賢者と聖女であったアドルフとリリアンである。

 あともう少しで目指す国ワーゲンハイト帝国との境という所で、リリアンが国境を越えることに反対を示したのだ。


 リリアンは、アドルフにドンッと肩を強く押され、その場に倒れ込んでしまう。

 服も、ついた手も土まみれだ。

「何を……」

 アドルフの行為に、眉間に皺を寄せ、彼から受けた行為を非難する。


 彼らが言い争いになる、少し前。

 彼らは、ザルデンブルグと隣接する同盟国のハイムシュタット公国と、シュヴァルツブルグ帝国との国境の境で、『奴隷』という存在を目にしたのだ。彼らは荷運び用のボロ馬車に乗せられ、皮と骨が露わな状態にまで痩せた奴隷達が、足と手を鎖で全員繋がれた状態にされて、逃げられないように拘束されて乗せられていた。

 奴隷はこの中間国、ハイムシュタット公国でも非合法な存在だ。だが、奴隷を合法とする国との隣接国であるハイムシュタットでは、闇ルートでの奴隷取引など、闇金貸や子の間引き目的などで、いくらでもあったのだ。彼らは、闇ルートで奴隷使役が合法なシュヴァルツブルグへ運ばれるのだ。


 アドルフとリリアンは、それを目の当たりにした。

 アドルフは、それに既に心揺れることないほどに心は堕ちきり、リリアンはそれを見過ごすまでは堕ちることはできていなかった。

 リリアンやアドルフの生まれた国、ザルデンブルグには存在し得なかった存在。それが、外にはあることを初めて知ったのだ。


「私は。……私はっ。人を、人をものとして扱う国に乞うてまで、生きたくない!」

 リリアンは、アドルフの心をなんとかして打とうと、訴える。

 だが、彼は既に腹を括っていた。

「リリアン、お前はまだいい。お前は新しい聖女に喧嘩を売っただけ。……だけどな、僕は、国王陛下と枢機卿猊下の御前で、禁忌である悪魔召喚をしたんだよ! シュヴァルツブルグ以外のどこに、逃げる場があると思う⁉︎」

 アドルフのその吐き出すような叫びに、リリアンは、はっと息を詰める。


「……お前には、まだ救いがある。行けよ」

 アドルフが、そう言って、リリアンの肩を再度打つ。

「……アドルフ」

 名を呼んでも、アドルフは今後は彼女を足蹴にするだけ。

「アドルフ! 私も一緒に謝罪するから……!」

 そう訴えても、帰ってくるのは、同じ痛みだけ。


 ……彼には、故国での救いの余地がない。

 それを、彼自身がよく知っていたから。


「……お前は、まだ、平穏な国で生きる術があるだろ」


 アドルフは悟る。ここまでリリアンを引き摺り込んだけれど……。連れ歩いた少女は、救いのないところまで堕ちる必要のない娘だと。

 そして、彼女を自分から解放することが、自分に出来る、最後の人らしい行為なのだろうと。


「アドルフ!」

 アドルフは、もうリリアンが叫ぶのが耳障りだった。


「お前を、解放してやると言っているんだから、さっさと逃げろよ!」

 それが、最後の彼の人としての善意だろうと。彼の国に入る前の彼は覚悟する。

「行けよ! 目ざわりだ! 僕の前から失せろ!」

 そんな言葉が、彼が人に対して優しさを持って言える最後の言葉だろう。


 ……僕は、堕ち切るしかない。


 アドルフは知っていた。


 だから、せめて、目の前のリリアンにはまともな人生を送らせたいと。

 そう思い、罵倒し、彼女がその場を離れるまで、蹴り飛ばし続けた。

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