111.秋の洗礼式での出会い②
馬車で教会を出る前に、王城のお父様に知らせを出しておいて貰ったので、私たちが馬車で家に着くのとあまり差はなく、お父様も職場から早退させていただいて、家に帰ってきた。
リリーも私も尻もちを着いたりして服が汚れてしまっていたので、リリーには私の小さい頃の服を着てもらい、私は自宅に置いてあった予備の服に着替えた。
リリーはふんわりした背中まで伸びた蜂蜜色の金髪で、私と同じ空色の瞳。瞳はくりくりとしていて大きく、愛らしい顔立ちをしていた。
「勝手なことをして申し訳ありません」
まず、私が向かい合って座る両親に頭を下げた。事情は、お父様には手紙で、お母様にはお父様が帰ってくるまでの間に伝えてあった。
「いや、デイジーの判断は正しいとお父さんは思うよ。よく連れてきてくれたね」
そして、お父様は、リリーに「おいで」と手招きをする。
すると、リリーは何故か首を横に振って、隣に座る私の腕をぎゅっと掴んだ。
「デイジーおねえさまといっしょがいいです……」
「おやおや、随分懐かれたものだね」
別に気を悪くするでもなく、お父様はくつくつと笑って、お母様と顔を見合わせる。
「シスター、娘の言う通り、ヴォイルシュ家には知り合いがおります。リリー嬢程の年頃の子は居なかったはずなので、縁戚なのだとは思いますが……。私でしたら、そこから伝を辿ることも可能でしょう」
すると、シスターが明らかにほっとした顔をする。
「リリー、話を聞いてくれるかい?」
お父様が話しかけると、リリーは私にしがみついたまま、顔をお父様の方へ向けた。
「デイジーのお父さんである私は、君の親戚と思われる人と知り合いだ。だから、君がこれからどうしていったらいいかを、一緒に考えてあげることが出来る。君が良ければなんだけれど、それが決まるまで、しばらくここのおうちでゆっくりとして行ったらどうかと思うんだ」
すると、リリーがじっと私を見上げてきた。
「デイジーおねえさまは、いっしょにいてくれる?」
……アトリエの方があるんだけど……。
「明日、リリーを連れて行って、アトリエのみなに聞いてみます」
お父様は頷いた。
「私は、明日にでも騎士団長のヴォイルシュ子爵に話をしてみる」
ああ、だから覚えがあったんだ。五歳の時の商談の時、挨拶した騎士団長がヴォイルシュ子爵だったのだ。
その夜は、実家に泊まることにして、「一緒じゃなきゃいや」というリリーと同じベッドで眠ることになった。
リリーは、産みの両親からの心無い言葉で、やはり心のどこかに傷を負っているらしく、夜泣きをしたり、夢にうなされて夜中に目覚めてしまう。その度に、私は一緒に目覚めては、彼女の体をさすってなだめ、眠りにつかせるのだった。
次の日、私はリリーを伴ってアトリエへ行くことになった。
店のみんなはちょうど朝食を食べたあとのようだったので、手短にリリーの紹介がてら、実家で預かっている事情やまだ精神的に不安定であることなどを説明した。
すると、ミィナは、『親に放逐された』という境遇に同情して目を潤ませ、マーカスは弟妹がいるためか、「小さな子供に酷すぎる!」と怒り、アリエルは「人間の親はなんてことするんだ!」と激昂していた(皆がみんなじゃないよ……)。
そして、その日一日リリーにはアトリエで過ごして貰った。せっかく来たのだから、『錬金術』とはどんなものか、触れていってもらおうと思ったからだ。
これに関しては、マーカスが積極的だった。末娘の私より、弟妹のいる長男のマーカスの方が子供の扱いに長けていたというのもあるけど……。
今は、蒸留器の前にマーカスが椅子に座り、その膝の上にリリーが座っている。
「リリー様、これは『蒸留器』と言います。普通のお水から、綺麗なお水だけ取り出すために使うんですよ」
「『じょうりゅうき』……。じゃあ、ふつうのおみずはきたないの?」
「そうですね、目に見えないほどの小さな細菌がいたりするんです」
「さいきん、ってなあに?」
「こうやって、お腹を痛くしたりするんです!」
そう言って、マーカスがリリーのお腹をくすぐる。
「それは、いたいじゃなくて、くすぐったいわ!」
リリーは身を捩ってキャアキャア笑っている。
そして、マーカスは、ぽんぽん、とリリーの両脇を叩いて落ち着かせる。
「じゃあ、これで『蒸留』をやってみましょう。これも立派な『錬金術』ですよ」
よいしょ、と一度リリーを抱き上げて降ろし、自分も立ってもう一個の椅子を持ってきて、ひとつにはリリーを座らせ、もう片方にマーカスが座った。
「これは『フラスコ』と言います。これに、そこの井戸水を入れてください」
よいしょ、とリリーは椅子から飛び降りてから、木桶に入った井戸水を入れて、フラスコをマーカスに手渡す。そして、また、よいしょ、と頑張って自力で椅子に腰かけた。
「フラスコは、こうして栓をします」
リリーは「うんうん」と頷いている。
「この赤いスイッチは、さっき水を入れたフラスコを加熱します。この青いスイッチは、蒸気になった水を冷やします。さあ、押してみて」
「えっいいの?」
きょろきょろとリリーがマーカスの顔と、二人を見守っていた私の顔を見比べる。
「うん、いいわよ」
にっこり笑って答えてあげると、ドキドキしているのか、しばらく両手で胸の辺りを押さえてから、赤と青のふたつのスイッチを押した。
「あっ、『ふらすこ』のまわりにちいさなぽつぽつができてきたわ!」
両手を作業台の上に乗せて、じっと覗き込む。
「ちいさいあわがおおきくなって、ぽこぽこしだしたわ!それに、しろいもやもやが、『ふらすこ』のなかにたまってきた!」
リリーの目は、その一連の変化を片時も逃すまいと、大きく見開かれている。
やがて沸騰し始め、冷却器で冷やされた水が、ぽたぽたと受け用のフラスコに溜まり始める。
「この青い機械に冷やされてできたこのお水が『蒸留水』ですよ」
そう言って、マーカスが蒸気の流れと、冷やされて水になったものを、ガラス管にそって指で指し示す。
「そろそろ空焚きになってしまいますから、スイッチを切りましょう」
「はい」
リリーがスイッチを二つとも切る。
「これが、リリー様が初めて作った蒸留水ですよ」
そう言って、マーカスが受け用のフラスコに溜まった水を指し示す。
「うわぁぁ!これが、『じょうりゅうすい』っていうのね!とってもきれいね!」
感嘆の声をあげて、リリーは蒸留水の入ったフラスコを角度を変えては覗き込んでいた。
……あれ?『とっても綺麗』って、目に見えるほどの差はなかった気がするんだけれど……、初めてのことで感動しているから、そう見えるのかしらね。
やがて店仕舞いの時間になって、私たちは先に帰らせてもらうことになった。話し合いの結果、リリーの気持ち優先で行こう、とみなが同意してくれたからだ。私は、状況に応じて、しばらく休むか、リリーを連れて店に来る。どちらにせよ、私が不在だとしてもいいように動いてくれることになった。
みんな優しくて、ありがたいわ。