悪魔の居場所
イルヴァは広い屋敷の中を、名前を呼びつつ歩きまわる。勝手知ったる我が家でもないのに。
「アンネリエ! アンネリエ! どこー?!」
「ここよ」
ここってどこなのかしら、とたくさんある扉を見つめる。そうするとひらひらと手招きするのが目に入った。
「みーっけ、ふふふー」
「見つかってあげたの。どうしたの? 中央の知り合いに顔出すって言ってたじゃない。早かったのね」
両手に持った資料をパラパラめくりながら見かけよりも大人びた表情で笑った。
「それがね、みーんな忙しいっていうのよ。つまんなーい」
「イルヴァの交友関係って結構広いわよね」
「そーお?」
「普通に街の人ともしりあいだったじゃない? 信じられないわ」
私には無理だわ、と首を振る。
「逆に困っちゃうのが、相手が私を覚えてる時なんだけどね」
「そうよね。そういうこともあるわよね。どうしてるの?」
長く生きていると変なところを見落とす。
「娘ですって言い張ってる。孫です、とか」
それを聞いてアンネリエはくすくす笑った。
「それより見てみて。このコートに髪飾り、素敵でしょう? どーお?」
ふわふわのコートにゆらゆら揺れる飾りのついた髪留め。確か出かけるときにはつけていなかった。これを見せたかったのだなと、アンネリエには予測がついた。
「とてもよく似合ってるわ。どうしたの?」
「トゥット…街で買ったの」
わざとらしくなってしまったところで、アンネリエが深くため息をついた。
「トゥットファーレに行ってたのね。誤魔化さなくていいのに。レイモンドさんはお元気?」
「だってぇ…はぁ。戻ってきたらネレムはいないし。ってかだーれもネレムの話題に触れないし? アンネリエは今や黒薔薇のトップになっちゃって罪人の血を浴びるほど飲んでるし」
そりゃあもう十年とちょっと経ちますものね、とアンネリエは書類の端をトントンと合わせた。
「取り締まりは黒薔薇である我が家の仕事よ。それに浴びてないわ」
飲んではいるけどね。
「そうだけど!」
「…お父様が奥の領地へお戻りになられたから化粧で年を誤魔化すことができる間は私が当主に。そのうちにみんなが父の顔を忘れたら叔父だか弟だかといって父が中央に戻ってくるわよ」
「そうじゃなくて…町で取り締まりが厳しいってきいた。子供にも容赦ないって。私の目の前でも…」
しょぼくれたようにイルヴァは見てきたことを話した。
「罪人は罪人よ。それに彼らの血液が私たちには必要なの」
「確かに必要な子たちもいるけど。でも私たちは別に飲まないでもいれるじゃない」
「どうして我慢しないといけないの?」
あっけらかんとアンネリエが答える。
「どうしてって、同じ人間じゃない」
同じように食べて、同じように眠って、笑って、泣いて。
「同じ? こんなに違うのに。大体人間は家畜の話をいちいち聞くっていうの? 聞かないでしょう。それと同じよ」
「アンネリエ! 本当に何があったの? 昔はそんなこと言わなかったわ」
アンネリエは変わってしまった。私が居なかった十年ちょっとの間に。
「自分の正体を知っただけよ」
そうつぶやく。
「正体?」
「そう。どうやったって私たちは”悪魔”ってやつなんでしょうね。赤薔薇の言う通りだわ」
「そんなことないわ。ちょっと年を取るのが遅くて、人間の血を飲みたくなってしまったり、飲まないと生きていけなかったりするだけで。それにきっとわかってくれる人もいるもの」
「ちがうのよ。イルヴァ。他人がどう見るかじゃない。結局”悪魔”は自分の中にいるの。…いたのよ」
悲しそうで、強い意志の目に、イルヴァは言葉を返せなかった。
「それにしてもその服本当によく似合ってるわ。あのお店に服なんて置いていたかしら」
急な話題変更に、本題を思い出す。
「最近、置き始めたらしいの。この髪飾りも新作だって」
「まぁそうなの。本当によく似合ってる。前の店主は流行り病で亡くなられたと聞いたから、今はレイモンドさんが?」
昔は二人でよくアンネリエのお父様のお使いをしていた。その時から考えるとレイモンドはもうおじさんになってしまっている。
「ええ。口ひげはやしてたわ」
「まぁ」
想像したのか、ふふふとアンネリエが笑った。もしかして子供の顔に髭を生やしたところを想像したのだろうか。
「ねぇ、今度一緒に」
「無理よ」
「アンネリエ…」
「私はもうあそこへはいけないの」
悲しげに目が伏せられる。
「アンネリエ、本当に何があったの?」
「…私仕事が残ってるの、行くわね」
ぱたんと扉が絞められた。書類の山の部屋に一人残され深くため息をつく。
「…一体何があったのよ…」




