めぐり合わせ
広場は混乱を極めていた。次から次へとけが人や家を失った人が集まってくる。
「リィナ! カリナ! あちらへこの薬を!」
「はーい! せんせーい!」
「はーい! てんてーい!」
マティアスの指示で、現場はまわっていた。
「よく働いてくれますわね、二人とも」
アデラは洗濯物を干し終えて二人を懐かしそうに見る。
「遊びくらいに思っているんだろうね、こんなに大変な時なのに」
困ったものだよ、とマティアスが笑った。
「マティアス様、交代しましょう」
テントから出てきたのはイリスだった。少し休憩して顔色が戻っている。白薔薇は真っ先に駆り出されたのでそれこそ不眠不休だったのだ。
「ああ、もうそんなに経つのか。じゃああとは頼むよ」
「こんな時だからこそでしょうか、二人を見ていると和みますわ」
にこにこと二人を目で追う。
「アデラ、君も来てくれていたのか」
「イリス様、お疲れ様でございます。少し前にマティアス様に呼ばれてこちらへ来ていたのです。私でお役に立つのなら使ってください」
「アデラ、君も少し休むといい」
「いいえ、私はまだ、」
「休憩も大事だよ」
不眠不休で働いたイリスが言うのだ。
「…はい。では少しだけ」
アデラは空になったかごをおいた。テントの中は思いのほか広かった。横になるスペースも確保されている。
「失礼しますよ! 薬はうちの在庫をじゃんじゃん出していきますので使ってください。黄薔薇は白薔薇を支援します」
「レオナルド! 助かる」
「通達も出しましたので、ありったけの医療品がここにあつまります」
「うちの手持ちのものでは足りないところだったのだ」
テントの前で話していると遠くから叫ぶ声が聞こえた。
「イリス様! こちらへ! 手が足りません!」
「今行く!」
今は休む暇などない。だがテントの中だけは、ほんの少し穏やかな時間が流れていた。
「マティアス様、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「なんだい?」
「なぜ、私をお呼びになられましたの? まさか地揺れを予知なさったわけではないでしょう」
「ああ、そんな力は私にないよ。君に会わせたい人がいてね。こんなことになるとは思いもしなかったよ」
「私に会わせたい方、ですか?」
もう、知り合いと呼べる知り合いなど等しい自分に会わせたい人なんているのだろうか、とアデラは不思議に思った。
「失礼致します」
「ちょうどよかった。とりあえず君だけ入ってくれ」
入口が揺れる。入ってきたのは赤薔薇の制服を身にまとってはいるが、数少ない思い出を共有できる存在だった。
「…! ナタリー? ナタリーなの?」
「御無沙汰しております、奥様」
「少しやせたかしら? 元気にしているの? ひどい目にはあっていない?」
「お、奥様、少し落ち着いてください」
どこから何の情報がもれるかわからない、と連絡は取っていなかった。当主代理としてアデラの名がついてはいるが、当主不在のままだ。その様子を見て、いたずらが成功したようにマティアスが笑う。
「ナタリーに会えるだなんて思ってもおりませんでしたわ。まるであの頃のよう」
「まぁ、ナタリーもなんだけどね。それより会わせたかったのは…はいっておいで!」
マティアスが少しだけ声を張り上げて呼ぶと、金色の髪を揺らした少女が入ってきた。
「は、はい…失礼いたします」
訳も分からず、という感じで困った顔をしている。
「カトリーナ…? まぁまぁ、あなたも無事だったのね! あの辺りは被害が大きかったみたいで心配していたの、よかったわ!」
家族のいなくなってしまったカトリーナは自分によく似ていると思って気にかけていたのだ。だがナタリーが告げたことは想像もしないことだった。
「奥様、ケイト様です」
「え…?」
「彼女はケイト様なのです」
「え…えっ? だって、そんな、」
混乱で他の三人の顔を見比べる。何といった? ケイトだといったのか? あの時手放してしまった自分の娘だと。
「お母、さん?」
ぎこちなく、聞きなれた声が自分を母親だと呼ぶ。不思議な感じがした。
「記憶を元に戻したばかりだからね、まだ少し混乱しているんだ。まぁ、記憶をいじっていない君も混乱しているようだけどね」
「この指輪、奥様のものですよね」
そういってナタリーが差し出したのは確かに最後の別れの時に持たせたものだった。
「これは…ええ、確かに私がケイトに持たせたものよ…じゃあ、本当に…」
「えっと…その…私、まだ何が何だかよく分かっていなくて…でも、小さい頃にみたお母さんの顔がアデラさんだった時、とってもびっくりして、嬉しくって」
涙で後が続かなかった。
「ああ、こんなに大きくなったのね…ああ、ケイト…気づかなかったなんて…私…ケイト…」
「別れた時よりも更に色素が抜けているし、気づかなくても仕方ないよ」
「私もこの指輪がなければ気づきませんでした」
「お母さんのこの匂い、懐かしい気がします」
「こうして抱きしめているとすぐに眠ってしまったのよ。…ああ、また会えるなんて…」
ぎゅうっと抱きしめると肌のぬくもりが伝わってくる。
「マティアス様! っと、お邪魔でしたか」
そんな場面にレイモンドが飛び込んできた。
「まぁ、少し、ね。どうしたんだい」
「それが、酷いけが人が一気に運ばれてきて我々だけでは対応が追い付かないのです」
「確かに。血の匂いが濃くなってるね。よし、いこうか。三人も手伝ってくれるかい?」
マティアスが立ち上がると同時に、三人は大きく頷いた。
「イリス様ー! こっちおねがいしますー!」
「ちょっとまってろ!」
「待てません! あっ、指切っちゃいました」
「お前がケガしてどうする!!」
対応できる人数が圧倒的に足りなかった。それでもやるしかないのだ。それでも。いくら悪魔だと蔑まされたことがあろうとも。それに心を痛めたことがあったとしても。今はやるしかないのだ。




