懐かしい人
ひょいっと部屋に顔を出したイルヴァがものすごく嫌そうな顔をする。
「お客様? って赤薔薇じゃない…どうしたの?」
「大丈夫よ。ちょっと待っててもらえる?」
「待つのはいいけど…じゃ、あっちの部屋にいるね?」
「ええ。…で、お話とはなんでしょうか?」
イルヴァと話すときとはずいぶん雰囲気が変わるものだ。現当主ともなればそういうものなのだろうか。ずいぶんと幼く見えるが、きちんとした印象を受けた。
「はい。最近取り締まりが厳しいという苦情が赤薔薇へ上がってきているんです」
「赤薔薇に、ねぇ」
直接言えばいいものを、と彼女はハンカチで口元をかくした。
「黒薔薇へ抗議したところで取り合ってもらえないと、皆申しております」
「数件ならまだしも、もう何百件も来ておりますので、上からどういうことか話を聞いて来い、と言われまして」
「赤薔薇も暇なんですのね?」
にっこりと笑う花には棘がある。
「暇、ではないのですがね」
一応これも仕事なのである。
「ここへ来る暇はあるのでしょう? わざわざ足を運んでもらって悪いですけれど、改めるつもりはありませんわ」
品定めするようにアンネリエの目が細くなった。
「ですが」
「街の治安を守るのが黒薔薇の務め。父の跡を継いだわたくしの役目ですから改める必要性を感じておりませんの」
ディックの言葉をさえぎった言葉は正論だ。案の定、ディックは何も言えなくなる。
「そう、それなんですよ」
だがそこへ口をはさんだのはネレムだった。
「それ、とは?」
「アンネリエ様に代替わりしてから、抗議が寄せられるようになったのです」
昔から上がってくる報告ではなかった。ここ最近一気に増えたから自分たちは来たのだと。
「なんでも、幼い子供でも捕らえることがあるとか」
「罪は罪でしょう」
こともなげに言う。
「相手は善悪の判断もつかない子供ですよ?」
「なればこそ、ではないの? 悪いことをしたら罰を受ける。それを教えるのが大人ではなくて?」
何が間違いだというのか、とアンネリエはきょとんとしている。
「やり方ってもんがあるんじゃないか、ってことですよ」
「やり方? 母親のように家から閉め出す? 食事を抜く? 頬を叩く? それをここでやっているだけですわ。多少重くはなりますけれど」
「子供だけではありません。大人に対しても、です。物を取っただけで数年の禁固刑だなんて、牢がいくらあっても足りないじゃないですか」
「牢は作ればよいのです。そんなの、罪を犯すのが悪いんじゃありませんの。私が罰を下すのが間違っていると?」
「罪を犯した者に罰を下すのが悪いわけではありません。その方法が問題になっているのです」
「何でもかんでも罪に問えばいいというのも違うでしょう。事情も考慮したうえで判断するのが仕事なんじゃないかってことですよ」
「事情があれば減刑される、というのですね。赤薔薇は」
焼け石に水、とはこのことなのだろうか。言葉が通じない。
「事情は十分考慮されるべきかと」
「黒薔薇とは方針が違うようですわ。いくら話しても無駄でしょう。私は何も変えるつもりがございません。人を待たせておりますので。失礼いたしますわ」
すくっと立ち上がると、一礼して部屋を出て行ってしまった。
「聞く耳もたないねー」
「あれは無理だな。どうしたものか」
「ディックさーここ来たの初めて?」
「薔薇の屋敷を訪ねるなんて一般庶民には一生のうちあるかないかってところじゃないか? とりあえず初めてだ」
「だよねー」
「どうかしたのか?」
「なんか懐かしい感じがして」
「あのかたっ苦しい部屋が?」
ディックで堅苦しいと感じたのだ。よほど堅苦しかったのだろう。
「いや、部屋っていうか…あの黒薔薇の当主かな…?」
「どっかで知り合う…わけないな。薔薇の紋の、しかも黒薔薇の人間となんて」
「だよねー‥でもなんか、すごく懐かしい気がするんだ」
今日のネレムは少し変だった。あんな風に話し合いに参加することなんてめったにない。こいつもやるときはやるんだな、と思った時だった。
「笑うと可愛いと思うのに。もったいないよねー」
ネレムはどこまで言ってもネレムだった。




