疑惑の匂い
石畳の道は気を付けていないとすぐに滑ってしまう。今月は何度滑ったかしら、とカトリーナは常々思っていた。
「お野菜かったし、他に足りないものあったかしら…それにしても最近服がよく売れて嬉しい、ふふふ」
「ちょっと待ってくださいってば! どこに行くつもりですか。ルートが違いますよ! ヨハンネスさん!! 聞いてるんですか!?」
「おい」
「っっててて、いきなり立ち止まらないでください!!」
長身にいきなり立ち止まられると前が見えなくて困る。ぶつかったのは決して自分のせいじゃないのだとステファンは思った。
「そこの女」
「えっ、と…私ですか? …赤薔薇の、方?」
そこの女、というものをステファンも彼女と同時に理解する。一体どうしたというのだろうか。
「みつけたぞ、こいつだ」
「え?」
言っている意味が分からなかった。
「へ?」
それは彼女も同様のようで、ぽかんと口をあけている。どこからどう見てもただの町娘じゃないか。
「急にどうしたっていうんですか」
「赤薔薇の御印のもとに。吸血鬼は排除対象だ」
そういうと、ヨハンネスは銃口を彼女に向けた。
「きゃっ」
驚くのも無理はない。実際パートナーであるステファンも事態を呑み込めていないのだから。
「まってまってまってまって。しまってください」
「おとなしく我々に同行しろ」
ヨハンネスは人の話を聞く気がないのだろうか。
「だから待ってくださいってば! 武器を市民に向けない!!」
こうなったら強硬手段に出るしかない、と銃を無理やりおろさせた。
「何をする。武器を返せ」
「返しませんし返せません! 今返したら何やるかわかんないじゃないですか」
「ちょっと、いったい何ですか?」
「それが、僕にも何が何だかわからなくて、すみませんすみません」
謝るためにパートナーになったのかと思うほど謝っている気がする。
「私に何か御用でしょうか?」
「はぁ、それがちょっとよく分からないことになっておりまして…いや、でも金髪に碧眼だし…」
ぶつぶつとステファンが考えているうちにも彼女を待たせてしまっている。
「そんなもの関係ない。この匂、」
「あの! 吸血鬼、とかってどう思われますか?」
動揺するかと思い突拍子もなく聞いてみる。
「カトリーナ:…はい? 吸血鬼、ですか? 怖いなぁとは思いますけど、あれは物語や迷信みたいなものじゃないんですか? 悪魔の子は教会が浄化してくださっているそうですし…」
「ですよねー」
百点満点の回答だ。
「もし吸血鬼や悪魔や生き返りがいても皆さんがいらっしゃいますし、守ってくださるでしょう?」
「勿論です!」
頼りにされるのは心地がいい、とステファンはこの仕事についてから良く思うようになった。
「だが、」
「彼女のどこが吸血鬼だっていうんですか!! 彼女悪魔の色なんて持ってないでしょ!? あの、大変失礼ですが生まれながらの御髪の色ですよね? ある日バーッと変わっちゃったとかじゃないですよね?」
「はぁ…この髪色以外なったことは記憶にありませんが…もしかして黒髪紫眼のことをおっしゃっているのなら、きっと小さい頃に赤薔薇の教会で浄化を受けていると思いますわ」
「ですよね!!」
「この匂いは間違いない。間違いようがない」
それでもヨハンネスは譲らなかった。
「えっ、私臭いますか!? ちゃんとお風呂には入ってるんですけど…」
「いやいやいやいやすっごくいい匂いです!! ってそうじゃなくて!」
一緒にいるステファンはフォローしようとして墓穴を掘ってしまっている。
「お前はこれがいい匂いなのか…」
と、ヨハンネスにまで言われてしまった。誰のせいでこんな目に合ってると…。
「だぁあぁああぁ何でそんな目で見られないといけないんですか! もう! これ以上は上に報告しますよ! さぁ、帰りましょう!!」
「何を報告するというんだ。お前が吸血鬼を見逃したということをか」
「わかりましたから、それはかえってお話ししましょう。じゃあお騒がせ致しました。失礼します」
最初が肝心だという。こういうことはきちんと話しておかなければならない。といってもパートナーになってしばらくたつがこんなことは初めてだった。
「はぁ…お疲れ様です…? …赤薔薇の方まであんなこと言いだすなんて。何かあったのかしら。まぁいいわ、帰って服でも作って忘れましょ」
カトリーナは荷物を持ち直すと家路についた。




