日常の終わり
トントントントン、と少し乱暴に戸を叩く音がした。ウリカはそっと身を隠す。
「母さん…じゃない…」
声を潜めて呟いた後聞こえたのは男の声だった。
「赤薔薇のものだ。ここを開けて全員外へ出ろ」
赤薔薇?
「ディックったら威圧的すぎぃ」
「こわぁい」
「じゃあお前らがやればいいだろ」
眼鏡の端をくいッと上げるのはディックの癖だ。良く二人にまねされて更に怒られている。
「やだよーいきなりバーンって襲ってきたりしたら嫌じゃーん。ディックが守ってくれるんでしょう?」
意味ありげにエミリアがディックを見上げる。
「ほら、そんないちゃついてないでお仕事お仕事」
しらけたようにネレムがパンパンパンと手を叩いた。
「アカバラ…? 外に出ろって、母さんだめって言ってたし…どうしよう…」
「もう一度言う。速やかに全員出てこい。従えば手荒なことはしない」
「…窓から見えるかな。よっと…うわっ…ってててて」
椅子の上に登ろうとして失敗してしまった。その音を聞き逃す三人ではない。
「あっれー音がしたね」
「確かに、したわね」
「いるな」
三人の意見が一致したとき、パンと乾いた音とともにドアは蹴破られた。
「ひっっ」
突然現れた三人組に身を固くする。
「んふふ、みーっけ」
にやぁっと嬉しそうに笑う。
「な、何だよお前ら!」
精一杯の虚勢だった。
「黒い髪に、紫の瞳。通告通りだね。良くここまで育ったもんだよ」
「お前、一人か」
「なわけないでしょ。この子が一人でこの生活してるとは思えないわぁ。んーおいしそうなシチュー!」
勝手に室内を物色し、鍋に入った夕飯を覗いている。
「母さんは…今街に…あ、母さん!」
遠目に母親の姿をとらえ、走り寄ろうとするがそれは止められてしまった。
「ウリカ!? これは一体…」
「我々は赤薔薇への通告できた。悪魔、これは…吸血鬼、か。こいつを連れて行く」
「赤薔薇ですって!?」
「んー‥あんま似てないね」
ネレムが二人を見比べる。それどころじゃない。
「母さん! こいつらいきなり来て、扉壊して」
「ウリカ! こっちにきなさい!!」
「それは困るな。エミリア」
「はーい。つっかまーえたっ」
二人の間を阻んでいたエミリアは、簡単にウリカの腕をひねり上げてしまう。
「はなせよ!」
「ウリカ!!!」
アデラが飛び出そうとするも、それはかなわない。
「俺たちはお前みたいなのを捕まえるのがお仕事なの。分かったー?」
「その子は違います! 人に危害を加えたりしません!!」
必死になって叫んでも助けてくれる人などいない。
「今はそうかもしれないな。血は…お前が飲ませていたのか? ずいぶん血色がいい」
「…約束します。この森から決して出しません。だから」
続く言葉は分かっていた。だからこそ言わせない。
「だめだ。今回のこの捜索は赤薔薇への通告からだった。報奨金ももう出ている」
「通告って…一体誰が…!?」
「守秘義務っていうのがあるんだよねぇ。内緒ってやつなの」
片目をつむって困ったようにネレムが笑っても、アデラは望みを捨てきれなかった。
「離せよ!!」
「おとなしくしてちょうだいねぇ」
エミリアの拘束から逃れようと派手に身じろぎをする。
「まって!! その子を連れて行かないで!!!」
そばに寄ろうとする母親を、今度はネレムが引き留めた。
「はいはい、お母さんも大人しくしてね」
力が入っていないようで男の力は確実にアデラを動かさない。
「はなして!!!」
「母さんを離せ!! おい!!! きけよ!!!!!」
ウリカは叫ぶのをやめなかった。その声が耳に入るたび、どうしようもないことを知り涙が止まらない。
「エミリア、鎖まいときなねーあばれてるから首輪も」
「おっけい」
「なんだよこれ! はずせ!! …っく」
首輪が食い込むのか叫べなくなってしまった。
「離してください、私たちは何もしていないじゃないですか」
静かにアデラがディックを見つめる。見逃してくれと。
「無駄だ」
ディックは決してそんなことに情を奪われない。眉一つ動かすことなく、
「さぁ、行くか」
とこともなげに言った。
「やめて! 離して! その子を連れて行かないで!!」
それに反応してアデラが必死にもがく。
「あんまり騒ぐとお薬使わないといけなくなっちゃうのよねぇ」
「っっなんだよ、なんなんだよ!」
苦しそうな声が森に響く。
「お前は我々の災いになる。だからこうして駆除するんだよ。我々赤薔薇がな」
「俺、何も、してない」
鋭い視線で、ディックを見上げる。
「これから何か起こるかもしれないだろう」
でもそれはきっと何が起きても悪魔のせいになるのだということも分かっていた。
「そういえば母親はどうした」
「この薬で動けなくなってもらった」
「…や…めて…」
虚ろな目で、ふらふらと地面に膝をついている。
「母さん!!」
「あ、私のカバンいつの間に漁ったの」
「今さっき。だってあんまり暴れるからさぁ」
うるさいのっていやじゃん? と小首をかしげる。
「こいつにも使うか。こううるさくてはな」
「了解。ちょっとおねんねしてもらうよー子供が寝るのはこれくらいの量かなー」
「何だよこ…れ…」
「うわぁ、あっという間」
「…お前が悪魔だから、仕方ないんだ」
ディックの言葉はウリカの耳には入らなかった。
「おやすみー」
「さぁ、今度こそいくぞ」
「あいよ。よっと。結構重い…」
「か…さん…オオカ…ミ…」
「寝言かしら」
四つの影が小さくなっていく。ぽつりぽつりと雨が降り出した。アデラは力なく、地面の土を握りしめる。自分の力の無さが悔しくなる。
「ウリカを…その子を連れて行かないで…もう失いたくないのよ…い、や…いやああああああああ!!!」




