悪魔祓い
石畳の上。流行り病のせいか人どおりはない。
「次の角を曲がったところにある洋裁店です」
「案外近いんだねぇ。街はずれだけど立地がいいじゃないか」
人通りのない夜は声が良く響く。
「何かあったらすぐに対処できますからね、今回みたいに。父が選んだらしいです」
「子供のいない老夫婦に預けられた蕾はどう育ったんだろう。会うのはあれ以来で楽しみだよ」
「会ったことがあるのですか?」
「ああ、昔ね。あの子はきっともう覚えていないけれど」
「ということは記憶を…」
「覚えておかない方がいいこともあったからねぇ。時が来るまでは忘れてもらわないと」
「そうでしたか。私は店に出るようになって、かいつまんだ話を聞かされただけなので、簡単な事情しか知らないんです」
「まぁ、秘密は他言無用なのが世の常だからね。君に詳しい事情を洩らさなかったのはいいことだよ。知らなくてもいいことってあるから」
「ふむ。仕事にかかわることなんですけどねぇ。信用がないようでちょっと傷つきます」
「おや、案外繊細じゃないか」
「商売人として、ですよ」
「そういうものなのか、商売人というものは」
自分がよく知ってるのはトーマスくらいだからなぁ、と思い浮かべると、繊細さのかけらも感じられない。
「ああ、あの看板の…おや…声がしますね」
「いやぁあああぁあっやめてっいやぁああぁあああ」
「この悪魔め!! この子から出ていけ!!」
「私たちのカトリーナを返しておくれ!!!」
扉の向こうから聞こえる声は不鮮明ではあるが物々しいものを感じる。
「おっとこれはいけない。急ぎましょう」
「やめて、おじいちゃ、やだ、いやああああああ」
「くっっおじゃましますよ。少々乱暴にですが」
鍵がかかっていることをみこして蹴破った。細いわりに力はあるようだ、と少し感心する。
「でも、鍵がかかってるからって蹴破るかい?」
「これがはやいでしょう」
とにっこり笑うトーマス。
「君、実は短気だろう」
それには答えず、ぐったりとして柱に括りつけられている真っ黒な髪の少女に近づいた。きっと薬を飲めなかった期間があったのだろう。そのせいで元の姿に戻ってしまったのだ。
「カトリーナ、大丈夫かい…これは随分派手にやられてしまいましたね…」
「レ、レオナルド、なぜここに」
「大事な預かりものに何してるんですか」
預かりもの、という表現に、店同士で何らかの契約があったらしきことが分かる。
「こ、これは仕方がなかったんだ!」
「気を失ったね。ああ爪がボロボロじゃないか。髪もこんなに切られてしまって…かわいそうに。縄を解いてあげよう」
そっと近づくと、気を失ってもう何も聞こえていないカトリーナに話しかける。怖かっただろう、痛かっただろう。体についた切られた髪を払ってやる。
「この子に悪魔がとりついたんです。私たちの看病してくれていたと思ったら今度はこの子が倒れて寝込んで…いつの間にか髪は真っ黒になって…瞳まで紫に!」
手に持つ小鍋が目に入った。
「今度はその煮え湯を浴びせるところだったんですか? 殺す気ですか」
「このまま悪魔に乗っ取られるくらいならカトリーナもろとも…」
「この子は私が預かるよ。よっと。気を失ってる人間は重いねぇ。こんなに大きくなって」
「ちょっと、どこに連れて行くんだいっ! まさか赤薔薇に」
焦ったように追いかけようとする前をさえぎる。
「そんなことはしないよ。じゃ、あとはレオナルド頼んだからね」
「承りました、マティアス様」
「そんな、誰かに見られでもしたらカトリーナが殺されてしまう!」
「大丈夫ですよ。病が流行ってるこんな夜中に誰も出歩いてません。赤薔薇に通告しなかったのは良しとしてもこれはよくない。えぇ、良くないです」
「何なんだ、あんたらは一体なんなんだ!!!」
「…知らなくていいこともあるらしいですよ。ああ、あなた方の記憶を消していただくのを忘れてしまいました。仕方ないので…消えてください」
準備は何事もしておいた方がいいのです、と、懐から銃を取り出した。
パンパンと乾いた音が二度聞こえた。
「ほーら、やっぱり短気だ」
それをマティアスはそっとカトリーナを抱きながら背にした。




