薔薇の蕾
街の街灯が灯る頃だった。
「おや、レオナルド。もう店を閉めるのかい?」
むしろ今から飲みに来る客が増える頃なのに、と声をかける。
「マティアス様」
「手紙を読んだよ。トーマスのこと、残念だ。すぐ来れなくて悪かったね」
あの手紙が届いて数か月が経っていた。
「お久しぶりです。はやり病であっという間でした。もう年でしたしね。今日はお二人は?」
いつも周りを飛び跳ねている二人を探すが隠れている様子はなかった。
「今日はお留守番だよ。ああ、あとこれ。あの子の薬。そろそろ無くなるだろう」
「ありがとうございます。あと一つしかなかったんです」
「ぎりぎりだったね。間に合って良かった」
「今日は何をご用意いたしましょうか」
「あの子たちのおやつになりそうなものをいくつか頼むよ。それにしても、いつもより店を閉めるのが早いんじゃないかい?」
「それが、あの子がもうずいぶんと来ていないんですよ。まだ病も流行っていますし、ちょっと様子を見に行こうと思いまして」
「ほう、では私も行こう」
好奇心が擽られたのか探求心がそうさせるのか。声をかけられた時に何となくこうなる気はしていた。
「何か聞かれても医者ってことにすればいいだろう? 実際に主治医みたいなものだし」
「その顔は、面白がってますね?」
「人聞きが悪いなぁ、レイモンド君。自分の患者を心配しているんだよ」
「ダメだといってもついてくるんでしょう。わかりました。えっと、おやつは…これと、これと…これも入れておきましょう」
二人の好みを熟知しているので選ぶ手には迷いがない。
「君はあいつよりも融通がきくようだね。好きだよ、そういう子は」
「子って…もう子供じゃないですよ? おじさんって言われる年齢なんですから」
「私からすればみんな子供みたいなものだよ」
「まぁ、そうでしょうね。こんな感じでいかがでしょう?」
袋一杯のお菓子に二人が喧嘩しないように二つずつ入れてある。
「ああ、十分だよ。君はあの子たちに甘いんだなぁ。こんなにたくさん。お使いに行きたがるはずだ」
「御贔屓にしてもらっていますから」
「迷惑をかけていないといいんだけど」
お使いを一度させてみたら気に入ったらしく、時々自分から町へ行きたがる。危ないからあまり行かせたくはないのだが。
「迷惑だなんて。いつも可愛らしい姿でお客様のお相手をしてくださっていますよ」
「そんなことをしているのか。知らないところで成長しているものなのだな」
感慨深くなるのも束の間。
「まぁ、お手伝いのお駄賃としてお菓子を片っ端から食べて行かれますが」
「だから帰ってくると夕飯を食べないのか、謎が解けたよ」
はぁ、と大きなため息がでた。
「おっと、言ってはいけないことをいってしまいましたかね」
情報は大事な商品ですからね、とわざとらしく口を押える。
「いいや、さぁ、行こう。今すぐ行こう」
「あぁ、ちょっとお待ちください。準備をしますから」
「準備?」
「はい。…これでいいかな」
ガサゴソと店先の棚をあさり銃を取り出す。
「物騒なものを持っていくんだねぇ」
「備えは大事ですから。何が起きるかわかりませんからね」
「これは楽しい時に来れたかな」
「何楽しんでるんですか。楽しいもんじゃないですよ」
「いやぁ、森の中には娯楽がなものでね」
非常時を娯楽というのもどうかと思うが。
「何事もないといいんですがね」
「薔薇の蕾はもう咲いたころだろうか」
目に浮かぶのはカリナたちよりほんの少し年上に見えるくらいの姿だった。
「薬が効いているのか、普通に成長していますよ。それにしても人が悪い。あの薬が広まれば…」
「蕾ちゃんは実験台なんだよ。青薔薇が自分の命を懸けた薬の。更なる実験に娘を使ってもいいから時期が来るまで必ず彼女を隠し通してくれというね」
「子を想う親の愛、というやつですか」
私にはまだわかりません、とレオナルドは笑って見せた。
「…想いの形は様々なもの。時には歪むこともある」
「え?」
「いや、何でもない。準備はできたかい」
「あ、はい。これで完璧です」
扉を閉めて看板を片付けた。
「ああ、楽しみだ」




