別れの時
広い庭でリイナ、カリナと遊ぶ少女をみてマティアスは目を細めた。
「あの子はずいぶん変化したね。髪も栗毛だし、瞳の色も青くなってる」
「時間はかかりましたが、効果が緩やかな分体への負担が少ないようです」
「んーいい感じだねぇ。体の成長も普通と変わらなくなってきたようだし」
「あの頃だと、私たちは1年で3年分ほど成長しますからね」
「身長の伸びも落ち着いてきたことだし、これなら街で人に紛れても生活できるだろう」
「…この薬、私たちには弱すぎるのですよね…」
「そうだねぇ。私たちには緩やかすぎるようだ。リィナとカリナにも飲ませてみたんだが全然ダメだったよ。ナタリーもダメだったね」
実験書類の山をみてため息をつく。
「カリナとリイナは、私たちとも何か違うのでしょうか? 幼いまま成長が止まってしまっているようですね」
「ああ、今ではケイトのほうが姉のようだ。ケイトがしっかりしている。…あの子たちは特別なんだよ」
「特別、ですか?」
「まぁ、色々ね。私の方の薬は効かなかったが、ナタリーはどうだい?」
「はい。私の作った薬で傷の治りは遅くなっています。瞳も緑になったままです。投薬をやめればすぐに戻ってしまいましたが」
「もともとは青い瞳だったんだって? 興味深いねぇ」
「今は私の薬を飲みつつ赤薔薇へ潜入し、攫われたケイトの姉を探しているようです。トーマスに薬を渡してもらっています」
ここで飲んでいる頃から時々血を吐いていたこと思い出す。そこまでしてナタリーは…。
「あれをずっと飲み続けているのか…体に負担が大きいだろうに」
「ここにいるときも数回血を吐いていましたが、スティーグと約束したと言い張って…」
会話がちょうど途切れた時だった。扉を叩く音がした。
「失礼します」
「ヨエルか、入れ」
「トーマス様がお着きです。お連れしました」
「おう! 来たぜ」
開かれた扉から入ってきたのは一応正装したトーマスだった。自分だけならまだしもマティアス様もいるんだから、と無理やり着せるようにしている。
「悪いな、呼び出して」
「そう思うなら店のほうにも顔出せよ」
この服は窮屈でいけねぇや。
「無駄ですよ。イリス様、私が中央に行くのも嫌がるんですから」
「中央は赤薔薇の直轄地だからな。面倒ごとは嫌なんだ」
実際ヨハンネスは中央で問題を起こしたじゃないか。
「まぁ、マティアスを白薔薇の領地まで呼びつけたくらいだからなぁ」
「あれは! ここを離れるわけにはいかない状況で、ってマティアス様を呼び捨てにするなと何度も言っているだろう!?」
兄弟げんかのようなそれを微笑ましくみるマティアスとヨエル。
「いいよいいよ。で、見つかったのかい? ケイトの新しい両親は」
区切りのいいところで、マティアスが今日の本題を切り出した。
「あぁ、うちの近所の洋裁店だ。歳はまぁくっちまってるがまだぴんぴんしてるから問題ねぇだろ」
「もう、ですか…早いですね…」
「だがこれがスティーグの願いの一つだ」
死に際にスティーグが言った。二つの願い。生きている頃からずっと思い描いていた願いだった。
「俺も息子がいるから気持ちは分かる。手放してでも安全に生きていてくれってな」
「そう、ですね」
「じゃ、早速ちゃちゃっとケイトの記憶をいじってしまおうか」
マティアスがポン、と手を鳴らす。
「記憶を!? そんなことができるんですか」
「催眠のようなものだよ。記憶があるままじゃぁ不都合だろう。どうするつもりだったんだい?」
「いや、…どう、しようかと…」
「そういうところ抜けてるんですよね、うちの当主様は」
「そういうことなら、アデラにも伝えてくるぞ」
「あぁ、最後の別れはちゃんとさせてあげて」
「ヨエル、ケイト嬢ちゃんを連れてきてくれ」
「あっ、はい!」
ヨエルとトーマスが二人を呼びに走り去った後。
「この部屋は香を焚くから誰も入らないように。記憶の混同を避けるために催眠後は私とトーマス以外はもう会えないからね。そのつもりで」
「…私も、ですか?」
「君も何か忘れたいことがあるのかい?」
意地の悪い笑顔だった。
「…いいえ。忘れてはいけないことばかりです」
イリスは、少しだけ悲しそうに笑った。




