正念場
革張りの椅子にゆったりと腰掛けじっと液体の入った小瓶を振っている。
「へぇ、ここまで頑張ったのか。短期間でよくやったね」
「始祖様。単刀直入にお聞きします。知っていることを教えてください」
「知っていること、ねぇ。色々あるよ? 食べられるキノコに子供が好きなお菓子だろう? あとは」
小瓶をあかりに透かして見て、にやりと笑った。
「この薬がこれじゃあ使えないってことかな」
その答えに唇をかみしめる。
「残念ながら、我々の知識では足りないのです」
悔しさに握りしめた拳が震える。
「おい、イリス。んなこえー顔すんなよ」
「急いでいるんだ! お前があいつに情報流さなきゃこんなことには…いや、もうそんなこと言ってる場合じゃない。スティーグが、もう危ないだ。せめて死ぬ前に安心させてやりたい」
決めたのはあいつと俺だ。トーマスに当たることではない。
「ほう、この薬を試しているのかい」
「ええ、一つは我々の体を弱らせるだけの毒となりましたが、もう片方は瞳の色の変化と回復力の低下がみられました。いずれも我々の結果でしかありませんが、黒髪紫眼の子供に使いたいと考えているのです」
「状態が、安定しないのだろう。あと強すぎる。だがこれ以上薄めればただの液体でしかなくなる」
「はい…限界なのです。私の力では…どうか、どうかお力をお貸しください」
言われたとおりだった。
「私のメリットは何だい?」
「メリット、ですか」
メリット、それは用意できるだろうか。
「ああ、私に何のメリットがある?」
「お前のそういうところは俺以上だよな。ここに来るのにも向こう数年分の食料を持っていきやがって」
「私はね、イリス君。自分の目的のために研究をしてきたんだ。途方もない時間、組み合わせや量を変え、わが身に試したりもした。それをただ欲しいからくれ、といわれてもねぇ」
何もかも持っている彼を相手に使えるのはただ一つ。
「…黒髪紫眼の子供を実験に使ってもいい、というのはいかがでしょうか」
「そんな子、探せばいくらでもいるよ。赤薔薇に見つかる前にさらってしまえばいい」
「でもあなたはそれをしていない」
「情報は聞いてきても、そのあとどうこうしたって話はとりあえず俺の知る限りねぇな」
「経過観察は白薔薇も協力しますし、安全は黄薔薇も合同で確保します」
「ま、しょうがねぇな。やるぜ」
「…ふぅ…トーマス。こうなるとわかっていて私のところまで誘導したね? むしろこうすることが望みだったんだろう。裏切者め」
軽口をたたくとへへへ、としてやったりとトーマスが笑って見せた。
「裏切っちゃいねぇよ。あんたにとっても都合のいい話だろう?」
「わかったよ、わかりました」
「では!」
「ほら、これ。今君が使っているものよりも穏やかに体に取り込まれるよう調整してある」
「これはどうやって、」
「作り方は秘密」
大事なレシピはそう簡単に渡せないよ、と指を振って見せた。
「大人気ねーなぁ」
「トーマス、だまっていてくれないか」
「へぃへぃ」
「…薬と毒は紙一重。安全を保障できない薬の製法なんて広められない。君ならわかるだろう?」
何を知っているのか知らないが、そういわれたイリスは噛みしめるように答えた。
「はい」
だからこそ思いついた製法も、薬効も、効果が確実になるまではヨエルにさえ漏らさない。
「ただこの薬は非常に弱い。すぐに効果が出るものじゃないからね。数か月単位、もしかしたら年単位で見ないといけないと思ってる。しばらくここに滞在させてもらうよ」
「部屋はもう用意してあります」
「トーマス、家からあの子たちを連れてきてくれ。あとあの子たちに言って資料を、」
あの子たち、とは花畑にいた子たちだろうか、と思い出す。
「俺が!?」
「だって私の家を知っていて生きているのは君しかいないからね。ほかの人に教えるんじゃないよ」
「ったく…」
「情報を流した罰だと思え」
「それとイリス君。始祖様はやめてくれないか? 私はマティアス。これからよろしく」
「はい! よろしくお願いいたしますっ!」
「…早く知らせておいで。よくない匂いがしている」
「っ!!」
「匂い? なんか匂うか?」
「さ、」
「はいっ、失礼します!」
「さぁ、忙しくなるよ。トーマス」
「あぁ、正念場ってやつか」




