覚悟の結果
広い客間。息苦しそうなスティーグは時折胸のあたりをつかむ。
「っく…はぁはぁ」
「あなた…気が付いたのね」
虚ろな視線と目が合ったのは数日ぶりだった。アデラは跪いてスティーグの手を取る。ひんやりと冷たい。
「アデラ…ケイトは…?」
かすれた声で娘を探す。
「別の部屋に。こちらの使用人と遊んでいますわ」
「そ…うか…」
はじめはナタリーとじゃないと嫌だと騒いでいたものの、今は他の使用人とも仲良くしているようだ。
コンコンコン、とノックのあと扉が開く。
「ああ、起きていたか。具合はどうだ」
「今目が覚めたんですが、とても苦しんでいて…」
スティーグの代わりにアデラが答える。イリスはそれを事細かに書き留めた。
「失礼します」
アデラがイリスにスティーグの様態を伝えている間に、ヨエルがスティーグの傷の包帯を変える。
「傷は…治っていない、というよりやはり悪化しているな」
いつもなら一瞬出直ってしまう傷が治るどころか悪化している。それは薬が効いている証拠であり、効きすぎているということでもあった。
「包帯を変えますね」
「っっくっ…ナ、ナタリーは…」
同じように治療を受けているナタリーの状態はどうなのか。望みはあるのだろうか。スティーグはかすれた声を絞り出す。
「あの子の傷も治ってはいないが安定している。ただ瞳の色に変化が見られた」
「そう、か…」
それがどういうことなのかは分からなかった。だが安定しているのならまだ望みはある。
「やはりあの花の成分が我々の回復力を著しく下げているようだ」
見せてもらった乾燥した赤い花にそんな力があるとは。
「そう、だな…こんなに傷が治らないことなど、今まで、なかった…」
話すと声が止まらない。
「イリス様。熱が高いようです。脈にも乱れが」
どんどん衰弱が進んでいくのが分かる。アデラがスティーグの手を必死に握って話しかけている。でも、それがだんだんと届かなくなっていくのも、自分にはわかるのだ。と、イリスは自分の不甲斐なさに腹が立つ。
「スティーグ…すまない」
「いいんだ。わかって、いた、こと、だからな」
「どうにか、どうにかならないんですか? こんなに苦しんでいるんです! もう、やめてください…」
アデラの願いはもっともだった。できることなりゃめてしまいたい。娘は死んだものと思え。と言ってしまいたい。だが、
「だめだ。それでは、薬の、効果が、分からない」
咳き込みながらもそう訴えるスティーグを、イリスは止められなかった。
「…これが一過性のものなのか、毒になっているのか、何か変化の途中なのか、見届けなければならない」
これがどんなに非情なことなのか、わかっているつもりだ。
「そんなっ」
潤んだ瞳のアデラに、自分も泣きたくなった。
「花の成分の抽出方法、配合の割合、投薬方法、期間、情報が足りないんだ」
早くその情報を集めないと犠牲者が増えてしまう。だから、そのためには。
「危険な、ものを、ケイトに与えるわけにはいかないからな」
スティーグはよろよろと手を伸ばしアデラの髪に触れた。
「アデラ…私はもう十分に生きたのだよ。君にも出会え、ケイトのためにこうして身を賭すことができる」
「もう、今日は寝ていろ」
イリスはそういうしかなかった。他に、何も言えなかった。
「ああ、ありがとう、ヨエル。後は頼んだよ、イリス、アデラ」
「…はい」
「…あぁ」
どの会話が最後のになるかもしれない。そう思い始めてからか、スティーグは最後にそう言って眠るようになった。あとは、頼んだと。
「…っくそっ」
さっきまで手にしていた記録紙を机の上に叩きつけた。だめだ。このままではケイトまで死なせてしまう…何か、何か方法があるはずなんだ」
スティーグがあそこまでやっているのにできませんでした、では話にならない。ナタリーの薬の方も体に負担がかかりすぎてしまっている。しかも使うのは黒髪紫眼の子供だ。我々のような体質とはまた少し違うかもしれない。そうなるとまた新しい実験データが必要になってくる。
「…もしかしたら、もしかしたら始祖様なら何か知っていらっしゃるかもしれないです…けど、無理ですよね…」
ヨエルのつぶやきにハッとする。
「…いや、それしかない。ヨエル、トーマスに連絡を。始祖様に至急我が領地へお越しいただかねば」
いずれ時が来たら、とおっしゃった。その時は今じゃないのか。




