この身を賭して
足を組み腕を組み、だが手は組まないとイリスは突っぱねた。
「お前を実験台になんてできるわけないだろう」
十年程ぶりに会った幼馴染は、ムスッとした顔でスティーグを見据える。
「私はどうなってもいい。私がいなくても領地はまわるようにしてきた」
「そんなことをいっているんじゃない。大体青薔薇の当主を実験台になんてできるか」
「頼む。何かつかんでいるんだろう?」
どこから漏れた、とトーマスの顔が思い浮かんでちっと舌打ちをした。
「スティーグ様、どうされたんですか?」
剣呑とした空気にヨエルが口をはさんでみる。
「スティーグ:娘が…」
「お嬢様、ですか? 赤薔薇に連れていかれたという…」
「いや、新しい娘だ。黒髪で紫の瞳をしている」
「お前…またか。懲りろよ…」
また人間と。
「愛の前に、私は奴隷のようなものなのだよ」
こいつのこういう所とは一生合わないと思う、とイリスは思った。組んだ腕を解いてお茶を口に運ぶ。
「相手が普通の人間ならこうなることは分かっていただろう?」
「それでも、なんだよ。わかるだろう」
恋情というものの激しさを。
「…分かっても、俺は選ばない…」
知らない、わからないと突っぱねるかと思えば、素直にそれは認めた。そんなイリスのことを可愛らしいとスティーズは思った。
「そうか、そうだったな」
話がそれてしまっているところでヨエルがごほんとわざとらしい咳をする。
「それでスティーグ様、いったいどうしたんですか」
「ああ、その子を、ケイトという名前なんだが、ケイトをかくまってほしいんだ」
「かくまうって、ここでか? 青薔薇も白薔薇も大差ないだろう。中央からは多少離れるが…」
「いや、手放すんだ。普通の子として生かしたい」
こいつは一体何を言い出すんだ、とイリスは一瞬固まってしまった。
「お前、何を言っているんだ。それは…外見ですぐにばれてしまうだろう
「そんな事わかっている。だからここへ来た。お前の力を借りたい。何かつかんだと聞いた」
「…あいつ」
「手掛かりは掴んだのですが…まだ私たちの手に余る状態なのです」
ヨエルが言っていることは本当だ。まだきちんと解析できたわけではない。だが、
「…はぁ。大体のことは頭の中でできている」
その言葉に驚いたのはヨエルだった。
「イリス様!? 私にも黙っていたなんて!」
「話を聞けよ。…危険なんだ。とても。我々の体を弱らせるのと変わらない。製法を二つにまで絞ったんだがきっと一方は我々にとって毒となるだろう」
「なぜ今までお話しくださらなかったのですか!?」
「完全じゃないからだ。期待を持たせるのは好きじゃない」
そういってからまた一口、紅茶を飲む。良くしゃべった後の紅茶はうまい。
「危険でもいい。それを試してくれ。私はどうなってもいい。…もう、十分に生きた」
まるで死に場所を探しているように聞こえて、ヨエルはトレイを持つ手に力がこもった。
「スティーグ様」
「もう一つのほうも、うちのナタリーという使用人に試してくれ」
この話をしたとき、私より先に自分を実験台にといっていたんだ。とスティーグは苦笑する。
「…本当にいいのか」
「ああ。いなくなった娘を探すためになら何でもするといっている。やらせてやってくれ」
「…わかった。来年までに用意しよう」
忙しくなる、と空になったカップを置くと立ち上がった。
「…ありがとう…本当に…ありがとう…」




