お忍びのお約束
鏡台の前。髪が帽子に入ってしまうようにナタリーが綺麗に編み込んでいる。
「お嬢様、いいですか? あまり遠くへは行かないでくださいね。くれぐれも知らない人について行ったりなどは、」
「わかってるわ、何度も聞いたし。大丈夫よ」
座ってる間、今日準備している間何度聞かされただろう。
「本当ですか? 甘いお菓子などにつられるのではないかと私は心配です」
そんなに小さな子供ではなくってよ、と思ってしまう。
「本当に! 私そんなに子供じゃないもの! それより、」
「なんでしょう?」
ヴィオラは好奇心に目を輝かせた。
「私気になってることがあるんだけれど」
ナタリーにはその先に続く言葉に思い当たることがなかった。
「何かございましたか?」
「ナタリーって…お姉さんなの? お兄さんなの?」
「え…今更ですか」
生まれた時からといっても過言ではないほど小さなころから面倒を見てきた。それなのにだ。それを聞かれるのが今だとは。
「気にしたことがなかったのよ。男の人だとか、女の人だとか。ナタリーはナタリーだったんですもの」
まだ自分には大きい椅子。持て余した詩をぶらぶらさせた。
「それではいけないのですか?」
子供をあやすようにナタリーがたずねる。
「ちょ、ちょっとね!」
「ふむ、なんでしょう」
「それは! …内緒よ」
察しのいいナタリーに、気づいているのか気づかれていないのか分からないヴィオラは気が気ではない。
「…ついにお嬢様に秘密を持たれるようになってしまったのですか…」
だが返ってきたのは斜め上の返事だった。
「何よそれ」
「あんなに私には何でも話してくれていたお嬢様が…成長がうれしいやら何となく寂しいやら…」
「ナタリーったら変なの」
「ずっと成長を見守ってきたんですから」
当り前じゃないですか、と完成した頭を優しくポンポン叩いた。
「ちょっとお姉さん? お兄さん? なだけじゃないっ、ってほら! こういう時困るわ!」
「困りますか」
「ええ、困るわ。ずーっと考えていたのだけれどわからなくって」
「はぁ…最近大人しく本を読んでいると思っていたらそんなことを考えていたのですね」
「世の中にはいろんな本があるのよね。絵本やお料理の本や図鑑や物語まで…もっといろんな本を読んでみたいわ」
「本の中に答えはありませんでしたか」
答えはなかった。問題は見つけてしまったが。
「あったらきいてないわよ。むしろそんなことが書いてある本があったら今すぐ持ってきてちょうだい」
「残念ながら本に書かれるような人物ではありませんからね、そのような本はございません」
「そうでしょう? それで、こたえは?」
「ここですんなり答えるのももったいないですねぇ。考える力をこうやって伸ばして…」
「もう! そんなことしなくていいのよ!」
ぶつぶついうナタリーに癇癪をおこす。
「では、私が用事を済ませる間、いい子にしていることができたら教えてあげます」
その言葉にヴィオラの表情がパッと明るくなった。そんなの簡単なことだ。だって私はいい子だもの、と。
「わかったわ、任せて頂戴」
自信満々にそういえば、
「本当に大丈夫ですか? 私は本当に心配で…」
と返ってくる。信用がない。
「大丈夫だっていってるじゃない。んーと…あ、今日は雑貨店みてるわ! みて、本がたくさん置いてあるところがあったじゃない」
「あー、あそこですね。今日は曇りですし店内も薄暗いようですから、いいでしょう」
「荷物重くなったらもってちょうだいね
「どれだけ買うおつもりですか。街へ出たのがばれますよ」
「う、じゃあちょっとにする」
一体どれだけ買うつもりだったのだろう。
「お願いしますね。では、行きましょうか」
「う、外ってちょっと蒸し暑いわね、汗かいちゃっ、何するの? 汗ふきたいんだけど」
「お嬢様、いいですか。お屋敷の外にいる間は絶対にこのフードを取らないこと。約束しましたよね?」
早速約束を破ろうとするヴィオラにナタリーは不安でしかない。
「…したわ」
「人の目を見て話さないこと」
「うん、覚えてる」
「今回の外出は内緒なんですから。何かあったら大変です」
「すっごく見づらいけどしょうがないから我慢してあげる。久しぶりのお外ですもの。じゃあ、いきましょう!」
「…はぁ、何もないといいんですが…」




