あの日の記憶
広い家の中でも、ヴィオラは決して一人になることはなかった。ナタリーがいつでもどこでもついて回るからだ。それを鬱陶しいとかんじたこともなければ、一人になりたいと思ったこともない。まぁ、というだけなのかもしれないが。
「ねぇ、ナタリー」
「お嬢様? どうなさいました? さっきお休みになられたと思っておりましたが」
「怖くて眠れないの」
ヴィオラの腕には今日干したばかりおふかふかの枕が握られている。
「こわいんですか?」
「雷が…」
集中していて気付かなかったが、結構空が光っているようだ。
「ああ、今夜は嵐ですね。風も雷も強、」
と答えかけている間にも
「きゃぁっ」
ヴィオラはナタリーに飛びついた。
「本でもお読みしましょうか?」
からかうように言えば、もうそんな年じゃない、と返ってくる。
「もう、すぐ子ども扱いするんだから!」
「ほら、すきでしょう? この童話集」
机の上の一番端に並んでいるのは、小さい頃からナタリーが読み聞かせてくれていたものだ。
「好きだけど…」
なんだかとっても子供っぽい、とヴィオラは口を尖らせた。
「さ、横になってください」
「でもここは、」
「今日は特別にここで寝ていいですよ」
ナタリーが自分に甘いのは知っている。嬉しくなって雷のことを一瞬忘れていたのにぴかっと光って身をすくめた。
「本当!? あ、でももう一人で眠れるようにならないとってお父様が…」
「じゃあこれは私とお嬢様の秘密にしましょう」
「二人の秘密?」
口元に指を立てる。
「そうです。なのでスティーグ様にも誰にもばれません」
「本当にばれないかしら」
だってお父様ったら何でも知っているのよ、とヴィオラが言うと、
「毎朝隣の部屋へ起こしに行くのは誰ですか?」
と返ってきた。
「…ナタリー」
「そうでしょう?」
「でも、」
「じゃあ本は読まなくていいですね」
悩むヴィオラに意地悪く本を机に戻す。
「えっ」
どうしようかと揺れるヴィオラがかわいくて、ついくすくす笑いを漏らしてしまった。
「さぁ、意地を張ってないで横になってください」
「ナタリーはどこで寝るの?」
「私は本を読まねばなりませんから。お嬢様がいつ起きても雷に怯えることの無いよう、今夜は寝ずの番をいたしましょう」
「まるで私お姫様みたいね、昔読んでもらった絵本に出てたわ。騎士様がいつもそばにいて悪い奴らから守ってくれるのよ、きゃっ」
鳴り響いた轟音にナタリーに飛びついてしまった。
「おっと、ほら、気を付けてください。転んでしまっては怪我をしますよ」
「これは雷のせいで、」
「はいはい、このまま運ばせていただきますね」
何でもないかのように横抱きにすくわれる。
「きゃっ、まって、私歩けるわ」
足をじたばたすると、
「騒ぐと秘密がばれてしまいますよ」
瞬間ピタッと動きを止めた。
「っっ」
それでも恥ずかしさは変わらない。
「いい子です。さ、お嬢様のベッドより硬くて寝心地はよくないかもしれませんが」
ゆっくりと降ろされたベッドからはとてもいい香りがした。
「ううん。ナタリーのにおいがする」
「私のにおいですか? 一応洗濯は頻繁にしてるんですけど」
「いい…においよ…私…大好きなの…」
目がトロン、としてくる。さっきまであんなに騒いでいたのに。そういう所はまだ子供なのですね、とナタリーは微笑ましくなりヴィオラの黒い髪を撫でた。
「くす、そうですか。ではどの本にしましょ…もううとうとしてますね、くす。では…これにしましょう。昔々、ある国のお姫は、大きなお城で…」
「…はぁ…夢か…もう少し、もう少しで手が届きそうなのに…必ず見つけますからね




