小瓶
日差しが強くなってきた頃。その日は来客を知らせるベルが良くなる日だった。
「いらっしゃ…あれ、今日もお一人ですか?」
「えぇ、最近お父様のお使いをしてますの。中央へ来てる間だけのお楽しみですわ」
「そういえばうちの父が最近よくアンネリエさんをお見かけするといっていましたね。お嬢様自ら来られるなんて、目的はお使いというよりも…」
訳知り顔でにやつかれてしまいアンネリエは赤くなってしまう。そこへ、
「レオナルドさーん、こないだの商品は棚の、あっ、アンネリエさん! いらっしゃい!!」
「こちらでしょうか」
なんて言われるものだから。
「もう!」
「あれ? 風邪? 顔が赤い気が…」
「こ、こんにちは。だ、大丈夫ですわ!」
顔が赤いのなんて鏡を見ないと分からないのに、指摘されるときになってしまう。
「くすっ。ネレム。いらっしゃいではなくいらっしゃいませだろう?」
「あっ、いらっしゃいませ!」
「ど、どうも」
わざわざ言い直すネレムにアンネリエも腰をかがめて挨拶を返す。その様子を見ているレオナルドは笑いをこらえきれずくすくすともらしてしまった。
「な、なんですか?」
「いいえ、何でもないですよ?」
「何か楽しい話?」
「何でもありませんわ!」
「そう? 今日はまたおやじさんのお使い?」
「黒薔薇のご当主をおやじさんっていえるのはこの子くらいだよ…」
事情が事情なだけにいいとこのお嬢様という情報くらいしか与えてないので、いやそれにしても、とレオナルドが悩んでいるうちにも話は進んでいく。
「ええそうですわ。いつものをいただけるかしら」
「おっけー! じゃあすぐとってくるから待ってて」
店の奥に行く背中をアンネリエが見届けるのを待ってからレオナルドが言った。
「いつの間にやら仲良しですねぇ。イルヴァさんが見たらなんというか」
「べ、別に何も言いませんわよ」
「くすくす。いつも言葉を直すように言っているんですけどなかなか直らなくて。すみません」
「いいえ。私にはそれが新鮮で。嬉しいんですのよ」
媚びへつらわない態度は、新しい風のように心地いい。
「そういうものなのですかねぇ」
「まぁ、ほかの方がどう思うかは別ですけれど」
きっと商売としてはいけないことなのだとアンネリエも分かっている。だからいつかネレムにも様付けされたり丁寧な言葉で話されるようになると思うと、今の時間を楽しんでいたいのだ。
「それはネレムが特別だということでしょうか?」
「特別…?」
「ええ、イルヴァさんともご家族とも、ほかの誰とも違うような」
「? 彼は彼なんだからあたりまえでしょう?」
わかっていない様子のアンネリエに、そうですね、とレオナルドが返す。
「不思議なことをおっしゃるのね」
そうだ、とレオナルドがカウンターの下からいつもより一回り小さな小瓶を出してきた。
「うちの父からアンネリエ様にこれを預かっていたんです」
「これは…いつものとは違いますの? 少し小さい瓶のようですけど。それに今ネレムがとりにいって…」
「これはアンネリエさんに、だそうです。試作品なので少量ですが是非」
「試作品…ですか? でも」
いつもと違う対応に困っていると、
「その代わり、必ず感想を聞かせてほしいとの伝言もあります。商品開発にご協力いただけませんか?」
と提案された。商品開発の手伝いならばいただくわけではないのに受け取りやすい。
「じゃあ…頂戴いたしますわ」
「お願いしますね。もしよければイルヴァさんとお試しください、とも申しておりました」
「イルヴァと?」
「はい。そしてできればイルヴァさんの感想もお聞きできればと。お客様の声は多いに越したことはありませんからね」
「わかりましたわ」
と、話がうまくまとまった頃だった。両腕に木箱を抱えたネレムが奥から戻ってきた。
「お待たせー。これで大丈夫?」
一度カウンターに置いて商品を確認する。
「ありがとう。ええ、間違いないわ」
「じゃあ車まで…っととと」
箱を持ち上げようとした時だった。ネレムがふらついて蹲ってしまった。
「大丈夫!?」
「いきなり目の前がぐるぐるまわって。なんだろ」
「最近暑いですからね。少し上で休んでいなさい。あとは私がやります」
その言葉に、
「ラッキー」
とは答えたものの、顔色が良くない。
「気を付けてくださいね」
「ああ。すぐ治るよこんなの」
ネレムが二階へ上がると、車までレオナルドが荷物を運んでくれた。細く見えても持てるものなのだなと、アンネリエは少し感心してしまった。
「それでは私はこれで失礼いたしますわ」
「はい。ありがとうございました。感想、お待ちしておりますね」
「ええ、ではまた」
その腕には、あの一回り小さな小瓶が握られていた。




