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君とおもちゃのクリスマス

作者: 早藤 尚

 ガラスケースに展示された綺麗なアクセサリーはまるでそれ自体が発光してるみたいで、私はキレイだと感じながらもちょっとの眩しさを覚えていた。

 ショッピングモールの一角にあるジュエリー店は普段なら立ち止まったりしない場所なのだけれど、今日くらいはいいかな、なんて足を向けさせてしまうのがクリスマスという日の誘惑だなぁ。冷やかしにしかなれないのが寂しいところだけど。あとまわりがカップルだらけなのも寂しさが増す一因だと思います。

 クリスマスにアクセサリー贈るなんて漫画やドラマのなかだけの出来事だと考えていたけど、実際にいるんだな、そんなキラキラした人達って……。

 私は意識的にまわりを見ないよう、ショーケースに視線を落とす。フラワーモチーフのピンクダイヤモンドのネックレス。すごく可愛い。衝動買いしようという気も起こらないほど高いけど。

 ため息をつきかけたそのとき、突然耳朶に低い声がかかった。


「そういうのが好みなんですか?」

「ぅわっ!」


 私は驚いて飛び上がって、ぐるりと振り向いた。


「あ、すいません」


 後ろにいたのは水沢さんだった。いつものスーツの上にネイビーのステンカラーコートを着た、相変わらず背が高くて見上げるのが大変な。

 びっくりしたのとあまり見られたくないところで鉢合わせた気まずさと、可愛さのカケラもない声をあげてしまった恥ずかしさで一気に体温が上がる。ていうか、いま、ものすごく耳元でしゃべ、しゃべりませんでしたか?


「な、な、なんで」


 かけられた声の感触がまだ残っているような気がして耳を手のひらでおさえる。


「あ、いや……たまたま見えたので」


 水沢さんは私と一瞬だけ目を合わせるとすぐ逸らした。口元を手で覆って、何かもごもご呟いてる気もするけれど、クリスマスのショッピングモールの混雑具合のなかでは聞き取れるはずもなく。

 そうこうしてる間に店員さんが近寄ってきて、


「お客様、プレゼントをお探しですか?」


 さっきまで見向きもされなかったのに、なんでだろう。と考えて、気づいてしまった。もしかして、カップルに見られてる、のでは。


「い、いえ」


 無性にいたたまれなくなった私は水沢さんの背中をぐいぐい押してその場を離れる。


「えっ。どうしました?」

「店員さんにつかまりそうで……」

「あーなるほど」


 買う気があるならまだいいけどさすがに買うつもりのないときに店員さんとは話せない。通路の端まで水沢さんを押し込んで、ふぅと息を吐く。


「でもよかったんですか?」


 水沢さんはジュエリー店へ視線を向けながら私に訊いた。


「何がですか」

「いや、あのー……買い物、しなくて」

「もともと見るだけの冷やかしですから。贈る相手とか、いませんし」


 そこまでは聞かれてないのについ口を滑らせてしまう。そう、いません。去年も一昨年もそのまた前のクリスマスも、ずっと。


「そうなんですか」


 特に何の抑揚もなくそう返されて、私は少しだけほっとした。こういう話題になると決まってあれやこれや言ってくる人はいる。いい人いないの? ひとりとか寂しくない? 仕事ばっかりしてるから。行き遅れるよ。もうそんな言葉聞き飽きた。言われるたびにモヤモヤが溜まって、恋への憧れすら抱かなくなってきてしまう。だから、単なる会話のひとつとして受け取ってもらえて、ありがたかった。

 水沢さんを見上げると私にはあんまり興味なさそうにどこかよそを見つめている。あ、そうか、いつも目が合わないのはそういう理由かな。それはそれで気が楽かもしれない。

 目は合わないけれど見上げればその表情はしっかりわかるのでついついじっと見てしまうのだけど、水沢さんは困っているような戸惑っているようなそんな顔をしていた。その理由を考えた私は、すぐに察した。

 近い。近いからだ。距離が近い。

 そういえば力任せに押してここまで連れてきて、そのままだった。手を伸ばせばどころかちょっと動けば触れ合うくらいの距離で、しかも私はそんなそばで顔を見上げてるのだからそれは困るに決まってる。


「……すみません、くっつきすぎですね」


 そろそろと後ずさると数歩もいかないうちに人混みに背中を押されてつんのめる。よろける私の肩を水沢さんの手が支えてくれた。


「大丈夫ですか? 人混みで離れると危ないですよ」

「……そうですね。ありがとうございます」


 肩を抱かれて、さっきよりずっと近いところから話しかけられて、動揺しかける私を一気に冷静にさせたのは、水沢さんのもう片方の手にぶら下げられた大きな大きな袋だった。


「これは……?」

「あー、これは」


 いつものようにおっとりしたしゃべり方で、水沢さんは答える。


「忘年会でやるビンゴの景品ですね」

「こんなに、たくさん……?」


 どれくらいたくさんかって言うと、ちょうどサンタさんが抱えるプレゼント袋ほどの量だった。


「人数多いんで。……内海(うつみ)さんも来ますよね?」

「顔は、出します」


 忘年会なんて気が重いだけだけど……行かないわけにもいかないし……。それにしても、また用事を任されているのか……。


「景品、水沢さんひとりで用意してるんですか?」

「まさか。さすがに俺ひとりじゃないです」

「そうですよね……よかった」


 ほっと胸を撫で下ろす私を水沢さんは屈んで覗きこむ。近いです。


「よかった?」

「あ、いえ。水沢さんて、見かけるたびに何か頼まれているような感じなので、今回もそうなのかなと……。何事もひとりでやるのは大変ですし……」

「あー、それは、えー、っと」


 ぱっと顔が離れて何やらぶつぶつ呟き始める水沢さん。また手で顔の半分を覆っているから表情はわからない。でも目元が少し赤い気がする。いつもは合わない目がちらっと一瞬だけ私を見て、


「……もしかして俺を心配してくれてます?」

「心配、というか、あまり人が好すぎるのもどうかとは思います。断るときは、きちんと断らないと」


 私は水沢さんをまっすぐ見上げて言った。当の水沢さんは、もう私からは目を逸らしている。あんまり親しくもない私からこんな踏み込んだこと言われても困るかな。ハッキリ言い過ぎたかもしれない。けれどそんな私の内心をよそに水沢さんは――


「……笑ってるんですか?」

「あ、や、気を悪くさせたならすいません、違うんです」


 そうは言うけど、肩が震えてるし、目はどう見ても笑ってるし。


「そんなに顔赤くするほどおかしいこと私言いましたか?」


 そこで初めて水沢さんは驚いたように目を見開いて、なぜかキョロキョロあたりを見回して、


「えっ!? 赤いですか俺。あの、違うんです、ホントに。店ん中、暑いでしょ。暑いですよね?」

「まあ……暖かいですけど」


 自然と口が尖ってしまうのは仕方ないと思う。


「や、本当に。あー、ハイ、あの。ありがとうございます」

「……どういたしまして」


 納得いかない気持ちを抱えつつ、そう言った水沢さんが少し照れながらも屈託なく笑うので私はまあいいかと許してしまった。老婆心からの言葉だとわかってもらえているならそれでいいかな。


「……おせっかいだったら忘れてください」

「いえ、大丈夫です。面と向かってそう言ってくれる人はなかなかいないので、うん、内海さんて優しいですよね」


 よね、って言われても自分では同意も何もできない。水沢さんには私がそう見えているのならそうだと思う。


「あー、そうだ」


 と水沢さんは袋の中を何やらごそごそ漁り始める。片手で袋を持って、空いた片手で何かを探すその姿に、私はつい自分の肩を確認してしまったけれど、そこには当然水沢さんの手はなかった。いつの間に離れたんだろう、気づかなかった。ううん、ただの同僚なのだからいつまでも肩に手を置いているほうがおかしい、うん。

 ぼんやりと考えごとをする私の目の前に、すっと何かが差し出された。


「ビンゴの景品ですけど、よかったらどうぞ」


 それはピンク色の細長い箱。四角くはなくて、六角形で、すごく……懐かしい感じの。


「あー、ほら、俺ちょうどサンタみたいですし。今年一年仕事を頑張っていた内海さんへ、ちょっとしたご褒美だと思って、受け取っていただければと」


 女児向けお菓子玩具の箱にはキラキラ可愛いネックレスがいくつも印刷されている。


「さっきのお店のジュエリーにはかないませんけど……」


 あのお店のアクセサリーとはもちろん見た目からして違うけど、それでも……大人になってもやっぱり可愛いと思える。


「ありがとうございます」


 クリスマスに、男の人からネックレスを貰うなんて。フィクションの世界だけのイベントだと思ってた。本物じゃなくて、おもちゃだけど、いまの私にはこれくらいがちょうどいい。変に穿ったりせず、素直に受け取れてお礼が言える。


「でもよかったんですか、勝手に景品貰ってしまって」

「一個くらい平気ですよ。あと、あのー……、慰謝料、的な」

「慰謝料?」


 私は首を傾げる。なんだろう? むしろズケズケ言ってしまったのは私のほうのような気がするけど……。

 私がわからない、という顔をしていると水沢さんはとても決まりが悪そうに、


「触ってしまったので……」


 とこぼした。

 触る? 人混みに押されたときのこと?


「あれは不可抗力ですよ。私がよろけたのが悪いんです。むしろ受け止めてもらえて助かりました」

「あー、ハイ、内海さんがそう言うならまあ……そういうことに……」


 水沢さんは相変わらず言葉を濁しながら、ひとりでうんうんと頷いている。

 肩を抱かれて、確かにびっくりはして、でも嫌悪感はなくて、仕方ない行動なのにこうしてわざわざ謝ってくれるなんて、律儀な人。

 私は手のひらの箱を見る。ネックレスは何種類かあって、どれが入っているかは開けてみないとわからない。開けるのが楽しみ、っていうこの感覚は、子どものころ以来。どれが出ても可愛いから、がっかりなんてしないし。

 ドキドキワクワクするクリスマスを、久しぶりに過ごせそうな予感に、隣のサンタさんへ私は心の中でもう一度感謝をするのだった。



〈君とおもちゃのクリスマス/完〉

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