32.お式の誇示と執着
お読み頂き有難う御座います。
マデルが来たようです。
これで本編の終了までの話は終わりですね。
「ごー機嫌よーうー。お花ちゃーんにー芋虫ちゃーんー」
「にゃも?」
「お久しぶりで御座います!!ご、ご機嫌麗しゅうマデル様!!」
玄関でお出迎えのマナーってどうしたらいいの!?と慌てふためきつつも、お迎えして……。ああ、使用人がいつの間にか綺麗に並んでる……。も、もっと端!?いえ中央!?斜め前!?
ああ、迷ってる内にマデル様がお側に……!!滅茶苦茶上品で何だかよく分からないいい匂いが!!目の前に美しい鎖骨と豊かな胸に埋もれるチェーンが……。うう、格差社会……!!格差だわ!!僻みではないの!でも悲しんでしまうのよ、つい!!
それにしても、本当に……お久しぶりでもマデル様はお美しいわねえ。スッと伸びた背に少しだけ垂らされた白いお髪に聡明な黒い瞳が今日もお美しいわー。
ああいや、ボケッとしてる暇無かった。ええと、ええと!!
こういう時にはこの全く動かない表情筋が若干有り難いわね!!背中は汗で冷たくなってきたけれど!!
「よくぞお出でくださいましたわ。私から伺いたかったんですが申し訳御座いません。
此方でお茶でも如何ですか?」
「乳飲み芋虫ちゃん抱えてー無理しちゃ駄目よー」
「あ、有り難う御座います……」
……その通りなんだけれど、滅茶苦茶パワーワードよね。乳飲み子ならぬ乳飲み芋虫……。いや、まあ……真っ赤なボディがウネウネ動いてる芋虫だし乳飲み子だものね。間違ってないのに何なのかしら。滅茶苦茶日常なのにこの非日常感は。
……そういや見るからに高貴なご令嬢のマデル様は、虫大丈夫なのね……。意外だわ。シアンディーヌを触られた手で平然とお茶を飲まれているもの……。いや、勿論ちゃんとお風呂に毎日入れているし清潔を心掛けているけどね。豪胆でいらっしゃるわよね。
そういや、お知り合いに限るけど虫嫌いの人口が少ないわね。逆にレギ様がお気の毒でならないわ……。
「色々聞いたー?ウサちゃんがー中途半端にー色々掻き回したみたいねー」
「い、いえ……」
ま、まあ中途半端っちゃあそうなんだけれど。
ブライトニアは基本喋りたい事しか喋らないものね……。聞けば答えてくれるんだけれど、その聞く知識が私には無くて、情報惰弱なもんだから……。
そういや義兄さまもそうよね……。悪役令嬢の性質みたいなもんなのかしら。
「あの子もーちょこーっとだけー聞いてからー、即座にぱあっーっとー行くもんだからー驚いたでしょー?」
「……け、慶事って重なるものですのねえ……」
「そーおねーえー。私もー吃驚よー。最近色んな事が目まぐるしーくてー」
人差し指を頬に添える姿がまた嵌まるわ……。ご結婚を控えて公爵位を継がれるのよね、マデル様ったら……。
うーむ、凄すぎる。滅茶苦茶格好良すぎるわね……。
この嫋やかなのに何でも来いとばかりな頼り甲斐……。ううむ、どうやったら備わるのかしら。一応人生やり直してる筈なのに全く備わりそうな気がしないわ。
「いっその事ー私達のお式はー姫様の後にー日替わりにしようかと思うのー。会場の設えもー楽でしょー」
「ひ、日替りですか!?」
「ちゃむー!もは?」
け、結婚式を日替り……聞いたこと無いわね。いや、滅茶苦茶メジャーで、私が知らないだけなのかもしれないけれど。……いやでも新聞でも見たこと無いわね……。い、異例な認識で良いのかしら。て言うかシアンディーヌが滅茶苦茶膝の上から仰け反ってきて気が散る!!なにその姿勢!どうやって重力に逆らってるの!?うっ、変な所で関節が曲がっている!!
「そうそうー。どうせーやるならー合理的にしなきゃねー。4日位ならーどれかは都合ー付くでしょうしー」
「ご、合理的に……ですか。良いことですわね」
会場の飾りつけとかは工夫なさるんでしょうね……。高位貴族のご令嬢方だもの。確かに出席者の方々、お忙しそう……。合理的……成程なあ。
「合同だとーやっつけ仕事っぽいからー日替りなのー」
「ま、まあ……結婚式も津々浦々、色んな形態が有りますものね……」
「んもー」
「まー、芋虫ちゃんはーご機嫌麗しいのー?」
そもそも巨大芋虫を膝に乗せ……ウネウネ動くのを縦抱きして、しかも撫でて頂いて……美女とお茶してるってのも絵面的に滅茶苦茶おかしいものね……。
シアンディーヌは可愛いのだけれど、違和感が巨大すぎて毎回混乱するわ……。
「是非とも出席させて頂きたいのですが」
「アレッキオちゃんがー許可するかよねー」
うっ、流石マデル様は話がお早い。
「特にーミーリヤとルディちゃんのお式に出席するのはー難しそうよねー」
「そ、そうですわよね……」
何方のも余すところ無く見たいけど、ルディ様とミーリヤ様のお式は……格別そうだと思うの。
王子様と美女との結婚式よ!?何がなんでも……あああ、見たい!!
「ルディちゃん自体はー、お式は一度でいいらしいしねー」
「そ、そうなんですのね……」
ルディ様は、あのお立場であの御容姿から派手好きに見えて……全くそうでないものね……。
義兄さまは見た目通り……いや、何故か私が絡む時だけ派手にしたがるけど。アレ本当に控えめにならないのかしら。普段は寧ろ目立つの嫌がるのに、何故!?
でもなー、一度なら余計に見たいんですけど!?
ああ、でも乳飲み芋虫連れでは……どのお式も危ういな。流石に公共の場でこの子は……虫嫌いの出席者が阿鼻叫喚になられるわよね。そんな地獄は他国で……とても連れて行けはしない。
かと言って、流石に4日間シアンディーヌを置いて他国へは行けないわ。
只でさえ姿のせいで狙われやすいみたいだし……。子供の姿なら其処まで……まあ、美形な赤ちゃんレベルの視線しか向けられないけれど。
この子がもう少し大きくなれば、姿を操れるのかしら。ブライトニアは……自由に変身……?いや、癇癪起こしたら変身してる時も有るわね。
うーむ、参考にし辛いな。
どちらにせよ、今のシアンディーヌは無理よね……。治安的にも芋虫的にも普通の赤ん坊的にも。
……芋虫的にもって何なのよ。
「他国へ連れていくには未だ幼い娘が心配ですし、涙を飲んで……飲んで、諦めますわ……。お祝いしたい、したいんですが……」
「だ、大丈夫?お花ちゃん。そんな悲しそうで悔しそうな貴女の声、初めて聞いたわね……」
しまった。悔しすぎてガチトーンになりすぎた。ウッカリ歯軋りとかしてない!?は、鼻水とか出てないわよね!?
「突然だからー此方もー内輪向けみたいなものなのー。あくまでー私達のお式よりもー姫様のーお式のー前座みたいなものーだからー」
「臣下の鑑ですわね……」
「いいえー、此方こそー小さい子が居るーご家庭にー御免なさいねー」
「いえ、仮に娘が居なくても、義兄さまいえアレッキオが……ルディ様に喧嘩を吹っ掛けて、そちらにご迷惑を掛けてもいけませんから……」
「それもー心配ー?あの子達はー壊滅的さんだものねー。いけない子達ー」
そうなのよ。
義兄さまのルディ様への嫌がらせが高じそうだし、お式を滅茶苦茶に破壊しかねない。
四騎士の皆様なら何とか……いや、只でさえおめでたき日に何て自己中な事を考えてしまったの!?
他力本願はいけないわよ!!
……今回は涙を飲んで見送ろう。うう!
「お式に行けなくとも、皆様のお幸せをとてもとてもとても願っておりますので!この子が落ち着いたらそちらへお訪ねさせてくださいませ!」
「まあー、お花ちゃんったらー可愛い子ー」
「ちゃむーん」
「芋虫ちゃんもー良い子ー」
「もあーん」
……親子で滅茶苦茶撫でて頂いてしまった。うう、美女に撫でられるのって気恥ずかしいわね。滅茶苦茶いい匂いがするわ……。
「だからー、此れからもー仲良くしてねー」
「此方こそ宜しくお願い致します!!」
オルガニックさんは参加されるんでしょうね。羨ましい。
でもお式の熱にブライトニアがテンション上がって……心配なことにならないといいけれど。
オルガニックさんが恐れる自体に押し切られないかが気になる所よね……。
……オルガニックさんにお手紙を書こう。
「フォーナちゃんもー元気そうよねー」
「ええ!?フォーナですか!?会えなかったんですが、元気なんですのね……」
「まあーちょぉーっと特殊能力が芽生えたみたいだけどねー」
「……え」
ど、どういう事なの……。
まさかこの期に及んでヒロインが何かの力に目覚めて……!?
世間が闇に包まれるとか!?
「砂の泡をー出せるようにーなったんですってー」
「……砂の、泡?」
砂の泡って何。
「ええー。この前にー石になった時のー副作用ー?らしいわー」
え、どういう事なの。
「あの、私魔力も殆ど有りませんし、魔術には本当にからっきしですので……それ、攻撃手段か何かなんでしょうか」
「フォーナちゃんはー攻撃手段にー使わなさそうねー」
「フォーナは優しいですものね。……ええと、それ以外は普通のフォーナなんでしょうか」
「アルヴィエ侯爵家でー、レルミッドちゃんにーしごかれてるみたいー」
「そ、そうですの……。少し思っていたのとは違いますけれど元気で何よりですわ……」
いや、勿論根底には愛が有るんだろうけれど、あの騒動から一体何が……。でもまあ、その砂の泡とやらは実害が無いよう……よね?
近い内に会いに行かないと……。いや、具体的な説明は未だ苦手なのかしら。
レルミッド様かアルヴィエ様に聞いた方が良さそうか。うーむ。
それにしても、ご結婚を控えておられるのにマデル様はフットワークがお軽い。
あ、バルトロイズ様に会いに来られたのか。そりゃフットワークも軽いわよね。
「じゃあー、またねー」
「本日は有難う御座いました」
シアンディーヌが眠り始めたのを切っ掛けに、マデル様は辞された。
お帰りになられるお背中がお幸せに満ちている。
本当に、良かった。滅茶苦茶涙ぐみたいわ。……涙出ないけれど。
……しかし、引きこもってる内に色んな事が起きるものね……。
それにしても、この2、3年で色々有ったなあ。
私のハイライトは17で終わって、もっと凡庸なボーッとした貴族としてフワーっと消えるものだと思っていたのに。
「んもお、アローディエンヌう!何でマデル様とベタベタしてんのお!!」
いつの間にか私の背中は誰かの温かい腕に包まれていた。
いや、誰かと言うか……義兄さましかいないな。
この距離で私を抱き締めるひとは、アレッキオか、アレッキアしかいない。
加減しない力で、骨が軋む。
「義兄さま」
「なあにい!?」
我が儘で、残酷な……面倒臭い悪役令嬢。
色々規格外で無茶苦茶。
このひとが、私の行方をきっと色々破壊してくれたけれど……。
「ある程度、義兄さまの傍にいますわよ」
私もこのひとの色々を変えたんでしょうね。……僅かにだけれど。
「ある程度……」
「アレッキオ」
私に執着させて、私のものにしてしまった。
「私のアレッキオ」
「……ズルいよお……」
クルリ、と体の向きを変えられて足が着かなくなった。
苦しい程に、酸素が奪われる。
脳から他の考え全てが奪われて……。
唇が離された時には……蕩けた薄青の瞳に、無表情の女が映っていた。
「……アローディエンヌは、時々僕よりも滅茶苦茶悪辣で、ズルいよ……」
「……」
答えずに、目の前のおでこに唇を落としてしまったら、耳まで真っ赤になっていた。
……確かに丸め込んでる悪女っぽくもある、かしら。
私を抱えて足早く家に戻るアレッキオの肩越しに見た空には、いつの間にか夕焼けが去り、星が瞬いている。
どれだけ傍に居ようとも、アレッキオの悋気は終わらない。
常に燃えているようなひとだから。それが怒りや悲しみでないなら……。
こればかりは……信頼とか以前に、本人にもどうにもならないんでしょうね。
関節が軋むのも、多少は仕方ないわ。
……ちょっと、やり過ぎた気もしないでも無いけれどね!
「いやもう本当にしつこいんですのよ!!」
「いたあ!!」
この後は少し時間が進んだお話の予定で御座います。
 




