29.困ったわ!運動不足なのよ!!(ドリー視点)
お読み頂き有難う御座います。
ユール公爵邸でのドリーとシアンディーヌで御座います。
ドリーは色々規格外ですので現実の妊婦さんとは異なります。ご了承くださいませ。
「昔々、えーと結構昔のモブニカ伯爵領にウシヤッターという牛の中の牛がおりましたの!」
「まもあ?」
「その頃はえーと、何代目だったかしら。兎に角その頃はお金持ちでも家宝も有ったし70匹も牛がいて、ウシヤッターは強い牛でしたのよ!!」
「んもあ!もあー」
ふふ、お可愛らしいわよね、シアン姫様は!最近お腹と足の動きも滑らかで激しくてまさに芋虫らしいわ!
このままだとサナギも近いんじゃないかしら!シアン様のご成長はよく分からないけど、芋虫はサナギになるものだしね!
「むあーん」
ああ、ゴロゴロされているわ……。私もシアン様とお庭で木登りしたりして遊びたいなあ。
でも、妊娠してるもんだから、駆けっこはダメ。登りっこもダメ。重いものを持って全力疾走もダメ。……これはちょっぴり偶にしてるわね。まあ仕方ないわね。大安売りは逃してはいけないもの。
シアン様のお守りとして不便な生活を強いられてしまっているの。いえ、シアン様のお守りはとってもいいんだけど、もっとこう、機敏に動きたいのよ!!全力で遊んで差し上げたいの!!でも、ダメなんですって……。うう、悪阻も今の所控えめなのに……。
だから御本の読み聞かせ……としたい所なんだけど、絵本って意外と読み聞かせ難しいのよね……。それに、流石公爵家のお嬢様の御持ち物だけあって、滅茶苦茶高そうで綺麗で触るのも畏れ多いのよー!それに、つっかえつっかえになるもんだから、しゃらくさいし申し訳無くて!ええ、下手なのよ!!
で、覚えているお話……我が家の昔話をお聞かせすることにしたの!それなら臨場感も出るものね!それにシアン様もお喜びな気もするし!
「そんな訳で、当時のモブニカ伯爵は勇敢にも牛を投げ、勇敢な牛はその勢いで縦回転蹴り!見事に敵を追い払ったのでした!!」
「むえー」
ふふ、グネグネとお体を曲げておられるわ。何てお可愛らしいのかしら。芋虫なシアン様はまるで童話のお嬢様のようよね。
「ウチの先祖のお話、気に入って頂けました?シアン姫様」
「もあー」
まあ、お腹に這い登って来られるご様子が何とも愛らしいわね……。
今、お腹にいる子供もこんな感じかしら……。きっと芋虫ではないのよね。そりゃそうか。
うーん、ルーロさまの御家系に獣人は居ないって聞いたけど……ウチは何か有ったかしら。聞いたこと無いからフツーの見た目の子かしら……。まあね!私とルーロさまの愛の結晶だからどんな見た目でもいいんだけど……きゃっ。……出来れば……出来ればでいいの。やっぱり頭はルーロさまに似て欲しいわ。
「うもー」
「あら、シアン様ったら。我が家の伝説の牛がそんなにお気に召しました?
もし縦回転蹴りする牛が今でも生きてたら凄いですわよね……」
「んもも?」
まあ、牛みたいな可愛らしいお声!お体を捩られて捻れた模様がお可愛らしいわ。ちょっと水玉っぽいわね!撫でさせて頂くともにもにで本当に癒されるわね!
「あ、サジュとレッカの子供……甥か姪が出来れば、レッカみたいな鱗の有る子かもしれないのね。
何だったかしらあのカッコいい生き物……。ガーガー言う名前だったわね。まあ細かいことは良いか」
忘れたものは仕方ないものね!後でルーロさまに聞かなきゃ!
「むえーもも?」
「産まれた我が子がもし地味でも、仲良くして頂けると嬉しいですわ、シアン様」
「うも……むにぇ……」
まあ、もうお昼寝の時間だったかしら。澄んだ若様似のおめめがトローンとしてるわね!
「モブニカ伯爵夫人、お疲れ様です」
「いいえ!とんでもない!
シアン様はすっかり眠ってしまわれたわね」
使用人さんが虫籠型寝台にシアン様を寝かせに行ってしまわれたわ。
あの寝台、画期的よね……。見るからに虫籠だもの。きっと特注よね。お似合いだし実用的だし素敵だわ……。偶にシアン様が逆さにしがみついておられる様なんてとっても素敵なのよね。
あんな立派な虫籠、ウチに虫系の赤ちゃんが産まれたとしても、絶対真似できないわ。
あ!あらやだ忘れてた。
……汎用性が有る中古の赤ちゃん寝台探しに行かなきゃ!
丈夫でお安いのが有ると良いんだけど……。家具屋さんって時間限定大安売りとかやってるかしら?
うっ、胃がぐにょって鳴った!!
「お、お食事には少し早いですわよね」
「左様ですね」
そうなのよね……。前はお菓子を頂いたりしてたんだけど、妊娠中は体重を気にしないと赤ちゃんに良くないらしくって……お菓子は控えめ、お砂糖なしのお茶のみなのよ。ルーロさまからの指示で。
い、いえ別に、此方に伺うのはお菓子目的では全然無いのよ!?
確かに出されたら出された分を丸ごと平らげてよくルーロさまに怒られてるけど!!でも、残す方が良くないわよ!!その分動けば問題無いと思うの!!
「地下の訓練用案山子でも蹴ってきたらダメかしら……」
「控えめに、お散歩になさっては如何でしょう」
うっ。
あの案山子、とっても殴りやすいし蹴りやすいのに……。あの弾力……固すぎず柔らかすぎず、とってもいいのよ。
丸太にくくりつけてある革袋に灰が入ってるそうなのよね。お庭に出たゴミを燃やした灰だそうだけど……肥料になさるまえに訓練用案山子にされるのは何故かしら。あっ、肥料置き場を兼ねてるのかしらね。流石若様のお屋敷!合理的だわ!!
あんな広いお庭だもの、落ち葉とか滅茶苦茶ゴミが出るわよね!堆肥はお外でしょうけど、一時置き場とか居るわよね!
「ふくらはぎで軽く、軽ーくよ?撫でるだけでもダメかしら……。手足なら子供の居る胴体には影響なさそうだし……ちょっと、ちょっぴり……」
こう、軽く!軽くでいいのよ!二、三時間動ければそれで!!
最近お屋敷と我が家と生活用品の買い出しの往復だけで鈍るのよ!!実家のお手伝いに行ったら断られるし、この前こっそり懸垂してたらルーロさまに見つかって滅茶苦茶怒られたし!!
このユール公爵邸なら、少し位訓練室を使わせて頂けないかしら!?
「腕を振り回したり足を上げる動作も止めろって行ったよねドリー」
「ひあっ!?る、るるるる……」
ああ、私の愛してやまない砂色の髪に、夏の光ような黄色の瞳……。背丈は最近また伸びて、私を僅かに越したらしいわ!
……並ぶとよく分からないけど、越したらしいって言われてるから信じてるけど、頼りになる素敵で魅力的な旦那様。
……何時までも見ていたいのに、眼光が鋭すぎて怖いわ!!
「君の胴体には子供が宿ってる訳だけど、手足は影響無いの?そもそも君の手足は胴体に繋がってないの?へー外れるの?」
「そそそそそんな訳無いじゃない!」
何て事言うのよ!!外れたら怖いわよ!!滅茶苦茶怖いわ!!
「だったら大人しくしてろ。君と子供の命が掛かってるんだ」
……ルーロさまのご心配は有り難いしキュンキュンしちゃうんだけど……。
ウチ、滅茶苦茶安産の家系なのよね……。
牛の世話も妊娠後期迄してたって言うし。多分私も出来るでしょうけどやらせて貰えてないわ。お父様もお母様もルーロさまの一言にピタッと従ってて……。うう、分かるけど。ルーロさまに命令されると何だか背中が未だに延びるもの。
でも、先祖はいいなー。きっと周りに頼られてる方なんでしょうね。
良いわよね、お元気かつしっかり者なの。
「……でも、ルーロさまの子供でもあるものね……。はっ、繊細だったりするかしら」
「産まれても居ないのに細かいかどうかなんて性格とか知らないよ。大体妊婦は大事にするもんだろ」
「ウチでは妊婦も戦力だったらしいし」
勿論今は平和だけどね!恐ろしいしお茶会はご勘弁願いたいけど、頼りになる姫様のお陰よね!!
「……言いたかないけど本当にコレッデモンは戦闘脳だな……」
「まあ!戦わないといけない時にしか戦わないわよ!その備えは大事よ?後、体力作りしていたらお医者様要らずで節約にもなるわ!」
「モブニカ伯爵領の建て直しは終わったし、此れからも不自由はさせないから自由に医者くらい掛かれよ。後、いい加減17時の特売やら売れ残り処分に並ばなくていい」
「特売に並ばなくてもいい!?」
ええ!?何ですって!?何て事なの。
ルーロさま……何て男前なのかしら……。でも目線を和らげて欲しいわ!!
「ルーロさまには本当にお世話になり通しで……で、でも傾く時は一瞬よ!?」
「は?俺がドリーと子供を飢えさせるような甲斐性なしって言いたい訳?」
「違うわよ!!特売品を選ぶのは楽しいのよ!?」
「せめて混雑を避けろ!妊娠中は止めろよ!今日は俺が買い物してくるから!!」
うう、怒られてしまったわ……。
お腹が大きくなると歩くのに苦労するから余計に慣れたいから動きたいのに……。
「でもルーロさま、お仕事は良いの?」
最近お城でゴタゴタが多いから、若様も義妹姫様もお戻りが少し遅いのよね。
流石国の中枢に居られる公爵にその奥方様だわ。
だからシアン様のお世話に時間を決めて来させて頂いているの。偶に泊めて頂ける事もあるしお小遣いとは言えない破格のお給金も頂けるし、お食事は素晴らしいわで……幸福過ぎるのよね。お金は貯めなくちゃ!
「……今日は庭のゴミが酷いから手伝ってくれって言われたんだよ」
「まあ!それなら私もお手伝いすれば良かったわ!!」
「だから!ドリーは身重って分かってて言ってる?」
「に、睨まなくっても良いじゃない……」
今日は風が昼から強くなったから、花びらの散ったのとか落ち葉が大変だったのねきっと。
春だし、お庭の手入れは大変そうだわ。
「まあ、多少多かったけど家臣で片付いたし、王宮に持ってったから、今俺は暇なんだよ」
「王宮にゴミ処理の施設が有るの?凄いわね」
規模が大きそうよね……。
「全く、害虫が多い……」
「此方のお庭は広大だものね。次はお手伝い……いえ、子供が産まれてから全力でお手伝いするわ!」
ルーロさま眼力が強すぎじゃない!?眉間のシワが怖いわよ!!若くて可愛いのに!!言ったら怒られたから言わないようにしてるけど!!
「……まあ、此処までは入らないと思うけど、いざと言う時には頼むよ。君の強さは非常識だけど、無理の無い範囲でシアンディーヌ様をお守りして」
あら珍しい。って、ええ!?
「ってどういう意味よ!!非常識!?私は至って普通よ!!」
「……ああまあ、……あの国自体が非常識だもんな」
「酷いわよルーロさま!!それに妊婦さんが戦ってたのは昔の話よ!?」
「分かってるんじゃないか。大人しくしてろ、ドリー」
うっ……口でルーロさまに叶う筈も無かったわ……。
「まあ、ルーロ君にドートリッシュ!」
「あっ、義妹姫様!!お帰りなさいませ!」
ああ助かった!じゃない!義妹姫様がお帰りになられて助かったわ!……いえいえ、でなくてよ。
「ドートリッシュ。身重で辛い中、シアンディーヌを何時も見ていてくれて本当に有難う」
義妹姫様は本当にお嬢様って感じのお喋りをされるし、御優しいお言葉遣いだし……お顔の表情が変わられずとも本当に高貴なお嬢様って感じよね……。
あ、奥方様だからお嬢様じゃないんだけど。
「奥方様、お役に立てて光栄です」
「全然辛くなんて有りませんのよ!?大丈夫ですわよ!!」
「そうなの?貴女の笑顔は本当に素敵ね。でも、辛い時は迷わず言って欲しいし、私も貴女の役に立ちたいわ。只でさえ迷惑を掛け通しなのだし」
「義妹姫様!!」
ああ、御優しい!!
滅茶苦茶御優しいわ!!義妹姫様!!
「ルーロ君、奥方様にご苦労を掛けて申し訳無いわ」
「とんでもない事です、奥方様。
俺もドリーを家に閉じ込めたい訳ではないので、活発な彼女の気晴らしになっていると思っています」
「る、ルーロさま!!」
そ、そんな風に思ってくれていたなんて!!
「だったらルーロさま!!地下に案山子を蹴りに行っていいかしら!?」
「え、蹴る!?案山子?ウチに案山子が有るの!?なぜ!?何の為に!?」
「ドリー……」
……その後、滅茶苦茶怒られたわ。義妹姫様が宥めてくださったけど、本当に滅茶苦茶怒られたのよ……。
我が子に早く会いたいけど、本当に!!運動不足が!!
世の中の貴族のお母様はどうやって乗り越えているのかしら!?
ルーロも大変です。




