22.悪役令嬢の信奉者(第三者目線)
お読み頂き有り難う御座います。
今回は三人称でお送り致します。サジュが部屋を探しに行った後の話と、その少し後で御座いますね。
「ああ、来てくれた……。来てくれた……現れた……」
「ああそう。私はお前、嫌いなヤツをとことん痛め付けたい。
でも面倒。私を愛してくれる、私の最も愛する者の為に私は有るのだから、お前に遣いたくない」
光沢の無い深い深い青のドレスの裾が翻って、チラリとくすんだ黄色の靴が覗いた。
「拷問器具を誂えるとか、無駄。嫌いなヤツの為に考えて拵えて破壊するなんて無駄過ぎ。態々骨を折るなんて考えられない」
アレッキアは目の前で這いつくばった者に対して、形だけ唇を上げて見せる。
「分不相応にも私に会いたかったんですってね、痴れ者。出てきてやったよ」
「私の……女神……理想の化身……」
這いつくばった男……スティフ国王は瞑目した。そんな様子に誰がお前のだ、と吐き棄て、アレッキアは嘆息する。
それすらもウットリと見つめられて、彼女の機嫌は落ちる一方だ。
「……おやおや、アレッキアを女神呼ばわりとは……。
スティフ国王陛下は、こんな怖い女神をお望みなんですねえ」
少し後ろ側に立つティムが、嗤いながらも眉根を寄せる。
アレッキアは苛立っていた。何故このようになったのか。
話は少し遡る。
フォーナをお湯に浸ける話になり、サジュが場所を出て行ってから……入れ替わりに騎士が報告に入ってきた。
「アレッキアに全てを懺悔したいそうだぞ」
「は?
懺悔とか何様?聞きたくないし要らない。
何の為に呼んだんだ。サッサと抜かせろよ」
「抜く!?何をですのよ!?と言うか何方をお呼びしましたの!?」
「えー?大事な物って言うか、身ぐるみ?かなあ」
「身ぐるみ!?王城で身ぐるみ剥がしたんですの!?」
「ぴええ……!!」
アローディエンヌが無表情に突っ込んだが、アレッキオはへらりと誤魔化し、恐怖するニックを睨んだ。
「オルガニックさんを睨まないでくださいな、義兄さま!!」
「その存在と鳴き声が鬱陶しいんだもん!綿毛神官もな」
「しゅしゅしゅ、しゅみませえん!!」
「は、はわあ……!!すみません!!」
「オルガニックが鬱陶しいですって!?お前こそ鬱陶しさの塊ではないの!!その口ぐちゃぐちゃにしてやってよ!!」
「幼稚な苛め方すんなや!!フロプシーも落ち着け!
大体スティフのヤツの身ぐるみ剥いだのかよ……。ヤリクチがゴロツキじゃねーか」
フォーナ……今は石だが、その前にレルミッドが立ちはだかるも、アレッキオはそんな彼ごと冷たく鼻で嗤った。
「煩いなあ鳥番。各国の要人を留め置いてるだけでも無駄な費用掛かってるんだけど?
お綺麗な無駄口叩く前に、別の方法でどうやって補填するのか、現実的で実現できる案を出して全額賄ってから言え」
「義兄さま!お言葉が過ぎますわよ!」
「嫌味な馬鹿兄貴ね」
「まあ、補填はもう決まったことだし終わりそうだから仕方有るまい。
誘拐は王侯貴族相手だろうが平民相手だろうがれっきとした犯罪だぞ。やった事には責任を持たさねばな」
「で、ですが……私が迂闊だったせいで」
「フォーナのせいじゃねーだろーが!」
「まあまあ。落ち着いてくださいよ皆さん。
それにしても、大使は居ましたけど何時の間に国王迄来たんでしょう?影の薄い僕は、周りをよく見る様にしてるんですが、気付きませんでしたよ」
朗らかに笑いながら、ティムが首を傾げる。
コイツに宥められたくない、と面子の大半が思ったが疑問におかしな点は無い。
「ああ、それ?大使の愛人共の中に女装して紛れてたらしいよ」
中に男性も紛れていたので、良い目眩ましになったようだ。アレッキオの言葉に、レルミッドが顔をしかめる。
「態々女装して悪さしに来るとか……バカなのかよ」
「アレキが出席者のご婦人がたにヴェールを被せる知らせを出したのが、また悪かったな」
「うっ!本当にアレッキオがすみません……」
「ええー?何でアローディエンヌが謝るのお?」
「アレキちゃんが悪ぃんじゃねえか!!」
「馬鹿なの?悪事を働くならヴェール被ろうが何だろうが、他の手段で来るに決まってるだろ。頭悪いな無能鳥番」
「悪事の為の良い頭とか要るか!!」
「まあ、そんな訳だからアレキが責任を取れ。王命だ」
「嫌だね。そこの無能王子ふたりがここぞとばかりに活躍してやれば?」
「義兄さま!」
アローディエンヌがアレッキオの袖を掴んで揺さぶった。
無表情の青い瞳にじっと見詰められ……アレッキオの顔は緩んでいる。緩みまくっていた。
「沢山の方に被害が及びましたのよ。その方々の悲しみを晴らす為に、真相解明をしなければ。
酷い方の……懺悔なんて綺麗に装った言葉を論破してきてくださいませ」
「論破だけでいいのお?」
「……法にお任せして裁くべきですけれど、取り敢えずは過激な方法は……」
アローディエンヌは言葉を切った。悩んでいるのだろう。だが、アレッキオはにこりと邪気の無い微笑みを頬が擦れそうな距離で、彼女にのみ向ける。
「アローディエンヌの頼みなら叶えなきゃね。ギタンギタン程度にしとく」
「ギタンギタン!?程度って何ですのよ!後、近いんですけれど!!」
「ヒイイ……ぼ、ボクの考えるギタンギタンと凄く違う気がしゅる……」
「オルガニックの考えるギタンギタンってどの程度なの?あたくし教えて欲しくてよ」
「失言だったからドマジで気にしないでえええ!!」
「あはは、ギタンギタンですかあ。それ、僕も見物したいなあ」
「趣味悪ぃ」
「やるなら何でもいいんだぞ。早くしろ」
恐らくニックの考えは当たっている。だが、やる気になったアレッキオを止める者は、アローディエンヌ以外に居なかった。
「……何か変な空気だな。風呂貸してくれる先見つけたんだけどよ」
「まあ、サジュ様お帰りなさいませ。ご足労有り難う御座います」
「本当に有り難う御座いますサジュさん!有り難う御座います!」
ペコリ、とアローディエンヌがサジュに向けてお辞儀をして、フォーナも感謝を述べた。
「いやいーって。でもどーする?風呂まで先輩が転移させっのか?」
「そーするしかねーだろーが」
物理的に……例えば担架に載せて、と言うのも難しい。何せ物理的にフォーナは石の重さになっているようなのだ。
「レルミッド様、私もご一緒させてくださいませ。流石に婚約者とは言え、お風呂ですし。お手伝いを」
「あ、アロンさん……何てお優しい!!」
「ええー?何でアローディエンヌが手伝うのお?勝手浴槽に沈めて溺れさせればいいじゃなあい!」
「何でですのよ!?」
「アレキちゃんテメエ!!」
「まあ、侍女にさせれば良いと思うが……レルミッドの信奉者が何処に潜んでいるやも分からんな」
「ハァ!?信奉者!?何だそれ!?」
「ふへえ!?」
「へー、何気に野郎人気は高えけど、女に人気も有るんだな先輩」
「騎士サジュも変なのに好かれてるけど」
「え!?は!?ソレマジかよ!?え、どれ!?オレの何が!?」
「あ、分かりみ。
レルミッドさんはギャップ的に胸キュンで頼りになるし、サジュ君はサッパリしてカッチョいいからにゃあ……」
「あ、あたくしよりこのふたりを褒めるの!?オルガニック!!」
ニックがふたりを褒めたのが気に入らなかったらしく、ブライトニアのツインテールが逆立った。ガタガタと調度品が動き始めたのを見て、慌ててアローディエンヌがブライトニアの腕を抱く。
「ちょ、ブライトニア!!暴れないで頂戴!?
確かにお二方は素敵だし、憧れの存在だけれど話がズレてるわ!」
「憧れの存在!?どおいうことアローディエンヌ!?」
「義兄さま煩いですわよ!!もう!いい加減お仕事に戻ってください!!」
「何で嫌だよお!!まさか鳥番と騎士サジュに浮気なの!?酷すぎるよおおおお!!憧れるなら僕にして!!」
「少なくとも今の発言こそどういう事ですの!?私が何時浮気しましたのよ!!」
滅多に出ないアローディエンヌの大声に、アレッキオはビクッと肩を震わせた。
他の面子も吃驚したらしく、目を丸くしている。
「い、義妹殿がブチギレてんな……」
「……全く表情変えずに声だけキレてるってどーゆー顔芸だよ」
「は、はわあ……はわあああ!」
「アロンが怒ったの!?」
「結構に怖いですね……」
「ぜ、絶対に仕事なんてヤだ!!僕悪く無いもん!」
「は、はわわわわ。エライコッチャ……」
「ふむ、中々に煩いんだぞ」
「ルディ!」
小首を傾げたルディは、アローディエンヌへと目をやる。
「アローディエンヌは少々疲れているのか?普段と違うんだぞ」
「えっ?さ、左様で御座いますか?……そ、そんなに?と言うか皆様、大声を上げて申し訳御座いません」
アローディエンヌの具合が悪い?アレッキオは彼女の顔を覗き込んだ。何時もよりちょっと感情が豊かに見えるし、顔色が何時もより白く、鼻のソバカスが際立っている……。
アレッキオは苛々していて気付かなかったと気付き、彼の顔色の方が蒼白になった。
「……し、しんどいの?そおなの?アローディエンヌう?」
「えっ、いえ、そんな……別に……ええと?」
自覚が無いらしく、アローディエンヌは頭や頬に手を当てている。
「困惑してる顔も可愛いけれど、心配だよ。やっぱり家に即帰ろお?」
しかし、アローディエンヌは延びてきたアレッキオの手を押しやり、首を振った。
「いいえ、帰りませんわ。
それに貴方は王命を拝命されてますのよ。私に構わずお仕事を為さってください、アレッキオ」
「ええ!?王命なんてその内でいいよお!」
「いや何でですのよ!?王命は大体第一に火急にやらないといけませんでしょう!」
「全くだぞ」
「ショーン煩い!!」
「ブブガア」
「あ、アロンさあん!!すみませんすみません具合がお悪いのに!!今回復魔術を」
フォーナの申し訳なさそうな声と共に、石が何だかボンヤリと光りだした。何時もとは違って、フワンフワンと不安定だ。
「ほう、怪談のような光り方だな」
「うううわ!?要らんことすんなフォーナ!!石の先が無駄に光って何か気持ち悪ィ!」
「いや先輩、キョドるの分かるけど言い方あんだろ!」
怯えるレルミッドの大声で更に大騒ぎになりそうな所を、ルディは遮る。流石に王子。その声はよく通った。
「薄着の皇女。ニックと共にアローディエンヌを守れ。公爵の執務室なら大概何でもあるから寛ぐといいんだぞ」
「何でお前が仕切る。アローディエンヌう、ちょおっと待っててねえ?」
「……物騒な真似は控えてくださいませ、アレッキオ」
「……仕方無いわね。馬鹿兄貴の部屋ってのが気に入らなくてよ」
「いや止めてブライトニア。もうおにいたまに喧嘩を売らないで……」
「くれぐれも、穏やかにお願いしますわね」
憮然とした雰囲気のまま、アローディエンヌは頷き、ブライトニアと手を繋いだニックと廊下を去っていった。
「さて、懺悔の相手には、アレッキアをお望みだそうだぞ」
「は?俺に着替えろと?……その懺悔とやらにそんな価値有るの?」
先程までのアローディエンヌへと向けていた顔と打って変わって、アレッキオは不機嫌だった。
「……さあ?懺悔の内容には神々についてご高説したいようだが」
「また神……?どうでもいい。隠されているんだから、イチイチ暴くヤツの気が知れない、面倒」
「オイ、本気でアレキちゃんに任す気かルディ。燃やされんぞ」
「『アローディエンヌが居る城内』では、万が一にも火災は起こるまい」
「た、確かに」
図星を刺されて不愉快なのか、アレッキオは不機嫌を隠さない。ルディとの会話で不機嫌で無かったことは無いのだが。
「サジュは伯父上達へ報告を頼む。ある程度は静観しろとな」
「あ、ある程度……?オレ、アレッキオ卿に付いてなくていいんすか?それに、ルディ様は何をするんすか?」
「アレキに張り付いても碌な事にはならんぞ。王城内の物理的な制圧の方に向かえ。
僕にはやることか有るからな。見物したいならティムだけで行くと良いぞ。レルミッド、伯母上にフォーナの世話を頼もう」
「は?母ちゃんにかよ?……いや、本当にいーのか?放置して……」
「はわ……」
危険ではないのか。主にこの組み合わせ。
確かにルディとアレッキオをふたりにするよりは……いや、それでも穏やかに行くとは思えない組み合わせに、レルミッドは不安になった。横のフォーナも不安そうだ。サジュも何か言いたそうにしている。
だが、当のティムは何時も通りで、アレッキオは肩を竦めただけだった。
「分かりました兄上様。
アレッキアの姿も久しぶりですし、懺悔とやらを見物させて貰いますね」
「悪趣味物好きティミー」
そしてサッサと着替えて姿を変えたアレッキアは部屋に踏み込み、冒頭に至る。
久々に義姉さま出ましたね。
次は残酷な表現が御座います。




