9.他人の立場から関係を築かなかった私達
お読み頂き有難う御座います。
ニック救出から2日経ったようです。
「アローディエンヌとの、切ない諍いとかあ、思い違いとかあ細かいすれ違いとか無かったよねえ」
……また義兄さまが要らんことを言い出したわ。
あ、イラッとして動かない表情も動き出しそうよ。動かないけど。
諍い……思い違いねえ。
そもそも、私と義兄さまがガチ対等の立場……ってのも何か違う気がするし。いや別に低く見られてる訳ではないのだけれど。
えーと、何か求められてんの?面倒だわ。
諍い……諍いねえ。こう、ツンケンした感じかしら?に、似合わないなあ。
「必要でしたら諍いましょうか、お義兄さま」
うーむ……こんな感じかしら。我ながら小声だったし迫力無いし小者っぽいし……。他人様から嫌悪感をそそれそうなのって無表情位かしら……。ショボいな……。
「やめてえええええええええ!!」
「煩っ!!」
え!?何!?
うわ、涙まで流してきたわ!!何なのよ!!顔真っ赤にして目茶苦茶泣いてる!!何で泣くのよ!?自分で言ったことでしょうが!!
「酷いよアローディエンヌううう!!僕はアローディエンヌと一瞬だって諍いたくなんか無いのにいいいい!!」
「だったら何で言い出しますのよそんなことを!!」
「なかったね!って言っただけ!!確認の為にそう言っただけなのにいいいい!!」
「いや知りませんわよ!!義兄さまの意図が全く分かりませんけど!?」
「いっつも汲み取ってくれるのに酷いよおおおお!!」
いや汲み取ってコレなんだけど!?ああもう外したからって煩すぎるわ!!て言うか私が悪いの!?酷いのはそっちでは!?
「さっきの仰りようでは諍いたいって言ってるとしか分かりませんわよ!!て言うか、今此処、王城ですわよね!?ユール公爵である義兄さまの執務室ですわよね!?」
そう、此処は……何てこったな事にウチじゃないのよ。オルガニックさん……は血塗れながらも無傷……心の方は大ダメージでしょうけど、昨日お救い出来たのは良かったわ。
未だフォーナも誘拐されているから、その協力を申し出たら義兄さまにブーブー言われて……。その許可を得た対価として何故か義兄さまの執務室に居るの。今日で二日目。……居る意味が本当に無いと思うのだけれど。
……仕事中も一緒に居たいとかで。何の意味もなく執務室の壁の方でね。居づらいけど言ってしまったからには仕方ないわよね……。ちなみに義兄さまの膝に来いって言われたのは断ったわ。出来る訳無いでしょうが。人前だっての!!
ええ。本当に何でや。
面倒で時間が掛かるってだけで……安請け合いするなって典型よね。
あんまり来ないけど、それでも誰か来る度にビクッとされて……肩身が狭いったら無いわ。
それに、……フォーナは大丈夫なのかしら。
「何か気に入らない家具でも有るう?窓枠は他と一緒くたなのが嫌なんだよね。アローディエンヌもそう思うでしょお?」
「いえ、素敵な窓枠だと思いますし王城にピッタリですわ。そうでなくて!!」
いや、ボケッとしてたら何で窓枠にケチを付けると思われてるの!?どうでもいいったら!!て言うか目茶苦茶改装させたのね。道理で何かウチと似通った雰囲気だと思った。
……所で、テーブルとソファを設えて貰ったけど……この後ろの黄色のカーテンは何なのかしら。窓でも……いや隣の部屋側だな。有る訳無いわ。チラチラ視界に入るのよね……。謎だわ。
「所でそこの壁のカーテンは何ですの?」
「絵だよ。埃を被ったら嫌だからひとりの時にしか開けないの」
「へー」
「開けて良いよお」
その泣き喚いてた事もすっかり無かったかのような笑顔……。
……うっ、嫌な予感がするわね。て言うか自惚れ野郎みたいだけど、私……じゃないわよね?ああ、でも私とシアンディーヌ、とか。いや、シアンディーヌ単体って方が子煩悩として世間的には良いかあ。
「描かれているのは……シアンディーヌですか?」
このカーテンの色、シアンディーヌの髪色に見えなくもないわね。いや、自分の頭からも生えてる色では有るけれど。
「え、何でシアンディーヌ?家に帰ったら会うじゃない」
……そりゃそうなんだけど。何か義兄さまって……シアンディーヌを可愛がってるんだけど、ドライよね……。いや、猫可愛がりされるより良いのか。
んん?じゃあこれは何なのかしら?……義兄さまの気に入ったお高い絵なのかしら。
それなら気になるわね。私はカーテンを開けることにした。
あら……丁度私の身長位の所に掛けられて……。
「……はあ!?」
何じゃこりゃ!?
いや、ええ!?えええええ!?
「あ!いいよお!やっぱり本物の方がいい!その可愛い眉間をちょっと寄せて、結構イラッとして振り向くところ!!ああ僕のアローディエンヌは世界一可愛い!!」
「何で私の絵なんですか!?いや、若干そうかとは思ってましたけど!!杞憂で有って欲しかったのに!」
それは美しく描かれた夜をバックにした……灰色掛かった黄色の髪をしたチビで貧相モブ顔が描かれていたの。
そう、どう見ても悲しいことに、私が!!
……何でや。
しかも、本人である私の見たことの無い満面の笑み!?え、何?妄想?
……あっ、何かヴェールが後ろに飛んでいる……?ってことは、アレか!!スキル壊された時の!!何でこんな絵が!?何時誰が描いたの!?モデルになった覚えがまるでない!!この絵はイメージです、みたいな感じ描かれたの!?
……上手な絵、なのに。満面の笑みでも……地味なモブ顔だわ。とてもこんな立派な部屋にそぐわない……!!
「元気なアローディエンヌの絵も良いんだけど、ほら病める時も如何なる時も愛してるからねえ。気分によって色々交換して掛けてるの」
「うわっ……恥ずかしい。何てこと」
義兄さまが開けた……書類入れっぽい戸棚の中には……私の絵ばっかり!!うわ、子供の頃の……義姉さまとお揃いで最高に辟易してたピンクフリフリのドレス姿迄!!
うーむ、本気で……無表情ね。何と言う……ドレスの造形しか可愛らしくない可愛げのなさなの。人物画で見所がドレスのみって斬新よね……。
しかし、シアンディーヌが表情豊かで可愛らしくて本当に良かった。無表情だとしても、これから生まれるであろうアウレリオくんが顔が良くて良かったわ。頑張って育てなきゃ。
「そお、アローディエンヌが恥ずかしがるの、最高に可愛いよね」
何処がなのよ。
「……絵の具の無駄ですわよ。我ながら最高に可愛く有りませんし。あ、義兄さまご自身の絵を飾れば宜しいのでは」
「ええーもお、何でえ?自分の肖像画を自分の部屋に飾って何の役に立つのお?鏡見たらいいじゃない」
そ、そりゃそうだけど。確かに……何に使うのかしら。でも飾ってる人、居るわよね?えーと、偉い自慢?若い頃自慢、とか?……義兄さまには必要ないわね……。
「いやまあ……自尊心を育てるとか……?」
「僕の自尊心?えー足りてないかな?」
「いや……全然多いですわ……。足りてますわね」
……適当に言うの良くないわね。でも絶対にこんな素敵なお部屋に飾るなら義兄さまの絵の方が華があるんだけどなあ。
絵は上手なのに……見れば見る程満面の笑みの私が……ショボいわ……。
「僕の自尊心はアローディエンヌが守ってくれてるからねえ。うふふう」
「そうでしょうか?」
「そうだよ」
常々……全力で当たってはいるけれど、未だに義兄さまが良く分からないわね……。
何時の間にか、義兄さまが私の後ろに来て肩を抱いてきた。
「優しくてかあわいい僕のアローディエンヌ、だあい好き」
「……有難う御座います、アレッキオ。私も」
「アロン!!アロンは何処!?オルガニックの新たな服を買いに行こうと思うの!!付いてきて良くてよ!!」
あれ?何処かで聞き馴染みの有る悪役令嬢の声がするわ。いや、目の前にも居るけどもうひとりの方が。
……何でまた。
「いや薄着っ子!!義妹殿はアレッキオ卿のとこだって言ってるじゃねーか!」
……目茶苦茶近くから聞こえるわね。
て言うかまさか、サジュ様がブライトニアのお世話を!?ああそんな、何てご迷惑な!
身動きして廊下の方を振り向こうとしたら、動けない!?
……って、また!!火の粉が漂い始めた!!
「……フロプシー……あの蝙蝠ウサギを裂いて中途半端に炙って蝋燭野郎の食卓に並べてやろうか。蝙蝠とウサギとどっちの味がしたか、吐かせよう」
「止めてくださいな!大体、きっと蝙蝠もウサギも味を御存じありませんわよ!」
「アローディエンヌ知ってるう?蝙蝠は結構民家の隙間とかにぶら下がってるし、ウサギはその辺の森に居るよお。食べ比べさせればいいものね。ふふふう」
「野生動物を無闇に捕まえて迄、嫌がらせは止めてください!」
あああああ!!笑い声が悪どい!!
「此処ねアロン!!」
「うお、何で分かるんだよ!?スゲーな薄着っ子!」
本当よね。
最近、音波振動を使いこなしすぎよね。流石、悪役令嬢。
「サ、サジュ様お久しぶりです御座います。いらっしゃい、ブライトニア」
「おお、久しぶり義妹殿!わ、悪ぃなアレッキオ卿」
「ふふん、あたくしが来てやってよアロン!」
少し身長が伸びられてお体に厚みが出られたのかしら。うーん、サジュ様は理想的な騎士様よねえ。
「……忌々しいフロプシー……よくも結界をかき消したな」
うわ、義兄さまが苛々してるの忘れてたわ。
「結界?そんなしゃらくさい物知らなくてよ」
え、知らないのにかき消したの?何か凄そうなチートが働いたみたいだし、メカニズムはよく分からないけどどう言うことなの?ああ、子育てが一段落したら今度こそ魔法?いや魔術の常識を学ばなきゃ!!いや、それよりも!
結界って、周りからシャットアウトしてたってこと!?
道理で人通りも訪ねてくる人も何か少ないなーって思ったのよ!!お偉いさんなのに!!
「いや何ですのよ結界って!そんな大層な物を何故お仕事場に掛けてるんですの!?周りの方に迷惑でしょう!!」
「えー、そんなに僕に用事があるなら殺される覚悟で来なきゃあ。と言う訳で覚悟は良いなフロプシー」
「やるって言うの?別に構わなくてよ。お前のような下らない奴からからアロンとシアンを保護してやるわ」
ああ、サジュ様がこの場にお出でで本当に良かった。
他人様に頼るのは良くないけれど、私だけじゃ止められる気がしない!!
「いやいやいや!!止めような薄着っ子にアレッキオ卿!!」
「そうですわよ!争わないで教えて頂戴!!私に何か用事が有ったのよねブライトニア!?」
「そうよ!オルガニックの衣装はあの無礼者共に汚されたもの!番の衣服を手ずから用意するのは、妻の大事なつとめだとマデルが言っていたわ!!」
「え、そうなの?へえ、そんなお作法が有るのね」
……マデル様の仰有ることなら間違いないわね。でも獣人の番……の事まで御存じなのかしら。何かちょっと引っ掛かるな。
「おーい薄着っ子。貴族の妻してる義妹殿が知らねーっぽいぞ。曲解してねーか?」
「い、いえ……。折角ですがサジュ様、私は世間知らずですので、世間一般のお作法には疎いのですけれど」
サ、サジュ様もそう思われたみたい。
し、しかも、そもそもよ。私は義兄さまの服を用意とかしたことないわ……。え、するべきだったの!?いや、ご病気とかで判断が出来ないとかならまだしも、ご自身でされた方が趣味良いわよね……。
あわわ、余所の貴族の女性のルールが……まだまだ分からない。
「煩いな!大体蝋燭野郎の服如き、其処らの侍従に頼めよ!アローディエンヌの手を煩わせるな!」
「何ですって!?」
「……公爵、陛下より……うおビックリした。ウサギ姫いや皇太子殿下もか。義妹姫にサジュも」
「まあ、アルヴィエ様!お久しぶりで御座いますわ!!」
相変わらず渋いのに甘さも有るアルヴィエ様は素敵ねえ。あまり甥御様であらせられるレルミッド様に似ておられないけれど。今日も瀟洒な近衛騎士様の制服がよくお似合いだわ。
「アローディエンヌう?」
「な、何ですのよ義兄さま。お話を伺いましょう?」
「義妹殿が居ると話が早くて助かるぜ。オルガニック殿が目覚めて」
「オルガニック!!オルガニックがあたくしへの愛で目覚めたのね!?」
「あ!ブライトニア!!ど、どうしてだから、飛び降りるのよ!?」
……良い方に考えると……義兄さまとブライトニアがぶつかる前だから、タイミングは良かったのだけれど。
……マデル様にお手紙を書きたくなってきたわ。どうしたらブライトニアは窓から飛び出さないようになるのでしょうかってご相談出来ないかなあ。
ユディト王女殿下にお目通りが叶えば、淑女教育についてご相談出来るかしら……。
ああ、それ所じゃないのに……いや、誘拐事件については何の役にも立てないから、その辺を何とかするべきなのかしら。
「鳥番といいフロプシーといい。何で風属性って此処まで傍迷惑なの。滅びれば良いのに」
「はあ!?何て事言いますのよ義兄さま!!」
「んー、まあ、属性で性格は……少々喧嘩っ早くてアレですけどお平らに、公爵」
「本っ当に申し訳御座いません!!」
「いやいや」
ああもう、実の叔父様の前で言うこと!?
「取り敢えず追うか……。邪魔したな義妹殿」
「あの、僭越ながら私もオルガニックさんのお見舞いに」
「ええーーー!?」
「何なんですか煩っ!!」
「アローディエンヌ此処に居るって言ってくれたじゃない!!」
「いや……こう言っては何ですが義兄さまのお邪魔ですし」
それにオルガニックさんが心配だもの。押し掛けるのも申し訳ないかもしれないけどそれなら帰れば良いし。
……部屋の中でボケッとしてるよりは建設的だと思うわ。
「……こっちとしては薄着っ子を抑えるのに助かるけどよ。あー来るか?いやお出で願えますか、か。義妹殿」
「ええ。いいでしょう義兄さま。城内ですし直ぐに戻りますから」
「……」
「公爵、偶には離れて過ごすのも愛が育ちますよ」
「詭弁をどうも、騎士アルヴィエ。……アローディエンヌがそうしたいなら行ってくるといいけど。アローディエンヌを誰よりも僕が待ってることを忘れないでよお」
……う、怨みがましい目だわ。何でこんな大層な話になりそうなの。
この後手を目茶苦茶揉まれて頬擦りされて本当に居たたまれなかったわ……。何で部屋から出るだけで此処まで時間掛かるのよ!!
ドゥッカーノ王城は基本三階建てが連なっておりますが、渡り廊下が遠めなので、階段を降りて目の前の建物に行くのは時間が掛かります。
物理的に飛んでいけるのはレルミッドかブライトニア位ですね。王城の詳細を知っていてワープ出来る義兄さまは余計質が悪いです。




