10.春への列席準備
お読み頂き有難う御座います。
お花を食べる美少女達から始まります。
「案外この花、素朴で不細工だけどイケるわね」
「頂き物に何て事を言うのよ。そもそも、生で齧って大丈夫なの?ブライトニア」
「何か問題が有って?シアンだって齧っていてよ」
「あきゃーも」
「いやそうなのだけど」
……お花って、生で食べたことなくてお茶か砂糖漬けなら食べたことはある。でも何て言うか、私みたいなショボいモブでなくて、可愛い子が食べてると優雅に見えるわよね……。
でもなあ。
悪役令嬢が巨大芋虫の横で、一緒にお花と葉っぱを生で齧るのって、ちょっとシュールよね……。いや蝙蝠ウサギの姿なら良いのかって意味では無いのだけれど!!
朝起きて、起きてきたブライトニアと一緒にシアンディーヌの世話をして、朝食に……なんだけど。
最近シアンディーヌは、ドートリッシュが持ってきてくれたカブの花……菜の花みたいな葉っぱと花を齧るのが好みみたい。結構よく齧ってるのよね。葉っぱは兎も角、花って……一応一歳児なんだけど、消化的に大丈夫なのかしら。
ふたりとも、お腹壊してないみたいだけど。
うーん、獣人……の内臓の強さ、分からないわ……。
しかし、お花食べる生活なんて、メルヘンチックだと思っていたけど……。間近でブライトニアとシアンディーヌが齧ってるの見ると、何だか思ってたのととても違うわね。
シアンディーヌはガチの芋虫だからダークメルヘンの世界……なのかしら。て言うか普通の芋虫ってお花齧る生き物だっけ。
いや、シアンディーヌは普通の芋虫と違うんだろうけど……一体何の生態と比べれば良いのやら。最早常識って何なのかしらね。
「ふう、あたくしちょっと出掛けてくるわね」
「そうなの。レギ様をお迎えに行くのね?」
「もにやーん」
……あんなに山盛り有ったカブの花と葉っぱがもう無いわね。あ、シアンディーヌが裏向いてるいや仰向けでコロコロしてるわ。
「何であたくしが愚弟を構わなきゃいけないのよ。あの愚弟、多少酷い目に遭っても無傷で何とかなるようにお付きなら死ぬ程付着させていてよ」
「いや、言い方!」
「兎に角、あたくしオルガニックへのお土産を探すのに忙しいの」
「え、付いて行きましょうか!?」
ま、また物量戦を繰り広げないかしら。店ごと買うとかさあ!し、心配になってきたな。
「いいえ!きちんとした常識的なお買い物が出来る女性って素敵だよね……ってオルガニックが言ってたの!」
「そ、そうなの」
い、一応オルガニックさんも予防線を張ってらっしゃるのね。
……でも、気合い充分みたいだし、水を差すのは良くないわ。そもそも私が付いてってもそんなに役立たないでしょうけれど。
「見ていてオルガニック!!あたくし、常識的に買い物をして素敵に飾り立ててよ!」
「ひ、控え目にね」
……ふ、不安だな。大丈夫かしら。
……まあ、また窓から出ようとしたから玄関まで見送って……何か塀を乗り越えようとしてたのをまた止めて……。
うん。つ、疲れたかもしれないわ。
まあ、考えても仕方無いし、一息吐いて新聞でも読もうかなーと思っていたのよ。シアンディーヌも寝ちゃったし。
そしたら、何故か使用人に義兄さまが帽子とヴェールを片手にきゃっきゃしている部屋に連れて行かれてしまった。
朝から見ないと思ってたら、何してたのかしらこのひとは。
「義兄さま、これは」
「ヴェールだよ。今回は帽子と組み合わせてみたんだあ」
……まあ、ヒラヒラはとても似合うけど何してんのかしら。
「お仕事はどうしましたの義兄さま。行かなくて宜しいんですの?」
「やだなあアローディエンヌう。今日ってば公休日だよお」
そ、そうだっけ。
いかんな、ずっと家にいてカレンダーが見ないからボケてたわ。
「それより見てよお。可愛いでしょお?」
「いやそりゃ可愛いですけれど、何でこんな派手な帽子とヴェールが一杯有りますの?」
応接間の至る所に様々の素材ながらも可憐な帽子とキラキラ光る素材のヴェールが置かれているわ。
帽子の箱も山積みね……。
売る程有るって言うか、帽子屋さんのようよね。……行ったこと無いけどさ。
……しかし矢鱈有るなあ。
何十人の貴婦人が一斉に被れそう。
「あ、義姉さまが被るんですの?」
まあ義兄さまが被っても目茶苦茶似合うとは思うけどさ。
このひと意外と異性装の趣味は無いのよね。どっちにでもなれるからかしら。まあ、男装義姉さまも女装義兄さまも似合うとは思うけど……いや、余計に訳分からんわね。やろうとしたら止めましょう。
しかし、久々に義姉さまのご気分なのかしらね。ああ、成程。それで持ってこさせたの。納得。
って、……変な事企んでなきゃ良いんだけど。
「え、私?違うよお」
「じゃあ何でこんなに散らかしてますの」
んん!?ボソッって音したけれど、何!?
「ええ!?」
耳元で音がして、急に視界がボヤけたと思ったら!!何!?
「うん可愛いよお。顔を隠したら僕のアローディエンヌは神秘的さが増して、とおっても可愛い!」
「はあ?神秘的ぃ!?意味が分からない。程遠すぎるんですけれど!」
そもそも増す神秘的さと可愛さが無いんだけど!!
「ええー?透けるヴェールで、君の深あい青い目が余計に神秘的だもん。よく似合うよお。見たい?大きい鏡が要るねえ」
「いや、自分の顔が神秘的さ皆無で見映えしないのは、とてもよく知ってます」
「もお!見てよお!!」
何時の間にか鏡がセットされてるし……。無理矢理向かされたら、何故か私が帽子を被ってるのが映ってる。
義兄さまがさっきゴソゴソくるくる回してた大きい薔薇の付いた青い帽子と薄いグレーのヴェールよね。これ。義兄さまがさっき私の頭の上に置いたみたい。
良いものだとは思うし可愛らしいけれど。
私が身に付けると……似合わない訳もでないのに、パッとしないな!って感じね……。
顔が隠れてもスタイルがな……。チビだし、この頃弛んできてるし。うーむ、分相応に装ってる弛んだモブ……にしか見えないわ。
「貧相な顔が紛れると、貧相な体つきが目立つんですのね」
「アローディエンヌ!」
「何ですの」
「何で君は自分の可愛さを自覚してくれないのお!?」
ええー?……また変な事を言い出したわ……。
「無いものを自覚してはおかしいのでは?そもそも別に宜しいじゃ有りませんか。私の感想なんですし」
「そうだけどお!偶にはアローディエンヌが可愛いお洋服似合って嬉しいってきゃっきゃ喜ぶの見たいんだもん!素直なアローディエンヌ可愛いけど意地悪!容赦なくてそこも好き!」
「何仰ってますの義兄さま」
モブにドレスを着せてもモブなんだけど……無茶な。
ただまあ、義兄さまに喜びを伝えてないってのは、不義理なのよね。オーバーリアクションは無理なのだけれど。
「義兄さまが選んでくださるのは嬉しいですわ、有難う御座います」
「知ってるう!お礼嬉しいよ!」
「ただ、私には素敵に着こなす顔面偏差値と体型が無いんですのよ。それを強く自覚しているから、卑屈に聞こえてしまうんですのね」
そもそも周りに美形が多過ぎるのよね。今目の前で小首を傾げてる耽美の権化な悪役令嬢とか。
「僕、全くそうは思わないよ。ずうーっと伝えてるけど、根が深いよね。小さい頃はアローディエンヌって自信に満ち溢れてるって思ってたけど」
うっ、それはちょっと前世知識でイキってたってのが有るわね。黒歴史だわ……。
「ほ、他は少し、自意識過剰、でしたけど。顔や体型に関しては何の自信にも満ちてませんでしたわ」
「……誰か吹き込んだ?あの頃は害獣多かったからなあ……」
義兄さまの手が私の頬っぺたを撫でてきた。
う、そこソバカスが濃くなってきてるからあんまり触らないで欲しいんだけど。
「ふふう、アローディエンヌの鼻と頬っぺた、可愛いね」
「……綺麗な義兄さまに言われても嫌味ですわね」
「アローディエンヌに嫌味なんか言わないよお。可愛いって言ってえ」
イラッと来るわね。
手近に積んであった茶色でヒラヒラしたお花のコサージュ付きの帽子で義兄さまの胸を叩いてやったら、デレデレしてるわ。
「あ、コレがいい?お揃いにするう?」
「そもそも何のお揃いなんですか」
「え、陛下の結婚式」
「え、そうなんですの?そのお服に合わせる為の帽子ですか……」
言ってくれりゃいいのに。いや、それでも多いな。この部屋、ウチの中じゃ狭めだけど普通に15畳位有るしね。適当な目算だけど。
しかし、帽子は兎も角ヴェールは何でなのかしら。そういう王家独特のしきたりが有ったりするとか?
「義兄さま、お式にはヴェール着用が義務なんですの?」
「ううん。だってアローディエンヌ目立っちゃうし」
「は?目立つ?私が?」
目立つ?何で?
未だ嘗て目立ったことなんて皆無よ。いや、そんなええーって目で見られても!そもそも義兄さまの方が目立ってるでしょ!!
「もおーアローディエンヌってばあ。分かってるう?きみってユール公爵夫人なんだよ?」
「ええ、義兄さまの妻ですけどそれがどうかしましたの?ぐぇ!!」
「そういうところ好き!!」
「苦しい!!急に抱き締めてこないでください!!」
何なのよ!!そんな流れじゃ無かったでしょ!!くそっ、離れやしない!!
「あーあー可愛いよアローディエンヌう。僕への愛を感じるう」
「いや意味が分からない!!何でヴェール着用なんですのよ!!」
「んもう!其処らの王族共にアローディエンヌを見せびらかしたいけど、見せたくないだけ!!」
「はあ?どういうことです?」
「まあ、アローディエンヌには近寄らせないけど」
「そもそも寄って来られませんでしょ。あ、スキル狙いですか?」
うーむ、未だ居たりするのかしら。『魅了無効』狙いが。
……しつこいなあ。
「それとも義兄さま狙いの方々が、私に何か言いたいことでも有るのかしら。それで顔を隠した方が宜しいとか」
「アローディエンヌは賢いよねえ」
「結局何なんですのよ」
「まあいいじゃなあい。春だから、頭のフワフワしたのが多いんだよ」
……結婚式で何か起こるって事、かしら。
それを、防ぐ為に義兄さまは私にヴェールを?……いや、ヴェールでは何も防げないわよね。うーむ、フルフェイスの兜の方が良かったりする?首に自信が無いわね。
て言うか、そんな危険な事が……起こり得るのかしら。結婚式で?
「ああー、やっぱりヴェール被ってるアローディエンヌ可愛いよお!結婚式思い出すねえ!!やっぱり場所を変えて新たな感じでもう5回僕らの結婚式やらない!?やろうよお!!」
「何の話ですか!しかも多い!!やりません!」
いや、単に義兄さまの趣味なの!?どっちよ!!
ブライトニアとシアンディーヌは食生活が似ているようですね。




