8.報われなかった優しさの行方
お読み頂き有難う御座います。
今回王家の血を引く皆さんのしんみり話で御座います。
「……伯母上、元気そうだな」
「ルディ、呼びつけて悪かったわね」
あまり従兄と似ていない伯母は、少しだけ微笑んだ。
草原に居た時とは違い、装いが貴婦人然としている。お茶を入れさせた侍女を目線で下がらせてから、ルディは口を開いた。
「此方は便利だけど地味にあっちに帰りたいね」
「分かるぞ。何なら僕と父上と一緒に帰るか」
「だと、いーけどね」
腕を少し叩かれた。
にや、と笑った顔が少しだけレルミッドに似ている。
「赤い目の姫君の呼び名は決まったのか?」
「……色々案は出たみたいだね。ただ、私は……」
伯母は先程までの威勢を引っ込めて目を伏せた。
「ティナとジーアを詳しく知っている訳ではないよ。離れて暮らしていたし、接触も阻まれてた。
だけど、あの目は。あの赤い目は、あの白い髪は。そして、あの眼差しは。
どう見ても、魔法使いディレク様のお姿を受け継いだティナかジーアにしか見えない」
おかしいのは分かってるけどね、妹に会いたい。
そう伯母は自分を嗤うかのように、口許を歪めた。
「過去には、手出し出来る手段も影響力も無い小娘だった。でもそれでも何か出来た筈。そう思うのよ。
でも、ジェラルディーヌにも、口だけなのが嫌われたんでしょうけどね」
「母上は口が悪いと聞いたぞ。気にすることはない」
「確かにね。初対面で『実際血の繋がった他人ですもの。私にはお兄様しかおりませんわ。気楽に放置してくださいね』って言われた」
「そうか……。父上に聞いたのと大差無いな」
「まあ、その後私も意地を張ったのが良くなかったけどね。だから、遺されて思ったのよ。妹達に顔向け出来る機会が巡ってきたら、多少面倒でも関わろうって」
だからと言って、父親を傷付け、彼女達を傷付けた女……憎まれる異父妹の娘にまで心を砕かなくとも。
ルディは言いかけて、言うのを止めた。
「レッカはキャワに棄てられた。私は個人的には嫌っては居ない」
「まあ、利用価値より厄介が上回るからな」
伯父の養子であるサジュがレッカを庇わねば、正直アレッキオに放り投げて居ただろう、とルディは思っている。
「ルディに私のやり方を押し付けようとは思わない。私にも父上を傷付けられた恨みが無い訳でなし。ただ、それは産みの母親に起因するからね……」
かの女の影は、未だ深いらしい。伯母の握り締めた両手は力が入りすぎて白くなっていた。
「恨みを無限に広げてしまうのは、辛い。ルディもティムにも辛い思いをさせておいて、今更だが」
「気にかけてもらえるのは嬉しいが、僕達の母上は伯母上ではない。貴女に寄り掛かって壊したいとは思っていない。母上を喪った事は悲しいが、父上と僕が乗り越えることだ」
ルディは今に不満は多少有れ、自由だった。決断を撤回する気も無い。だが、こんな風にこんがらなくても良かったのに、と思った。
「あっ今日は、王子様……あっ、ルディ様?いえ、ショーン殿下……」
「ふむ、レッカか」
派手な薄赤と金の混じったフワフワした髪に、茶色の目は右目だけ眼帯に覆われている。
そして裾の長いワンピースに隠された上腕と膝から下が金の細かい鱗に包まれており、鉤爪の三本足は大きな特注のブーツに包まれている筈だ。
手足と目以外は、嘗ての王の姉に似た、金色のガーゴイルの獣人、レッカ。
本来ならネテイレバかドゥッカーノの姫君として育つ筈だったが、ゴミ箱に棄てられ、紆余曲折有ってこの国に戻ってきた。
あんな話をした伯母と別れた後に会うとは皮肉だな、とルディは首を傾げた。
「王城に何をしに来ている?」
「あ、あの。マナーとかを教えて貰って、ます。陛下のご好意で、です」
ルディの従妹に当たる少女は、彼の問いにビクつき、オズオズと答える。
「この後、徴呪章院で本運びのお手伝いに行く予定、です。レルミッド様……さんの」
「ほう。僕もレルミッドに会いに行くところだ。違う道から行くか。レッカはこのまま行くといい」
てっきり同道するとばかりに思っていたらしい。クルリと方向を変えてスタスタと歩き出すルディに、レッカは目を白黒させた。
「ええ!?ちょ、ちょっと……あの!」
「何だ?」
「い、一緒にあの、行きませんか?場所、一緒です、し?」
「ふむ、折角の誘いだが嫌だぞ」
「……」
にべもなく断られて、レッカは言葉を失う。
ルディが、レッカに好意的に接してくれると思っていたようだ。
「えっと……」
「何だ?保護下に置くとは言ったが、僕は個人的に君とツルみたくないし、雑談をしたくないんだぞ」
「……そ、その節はご迷惑を掛けました、です」
「御託はいい。用件は何だ」
「お、お聞きしたい事が、ある、です」
ルディは金色の睫毛を伏せ、少しだけ伏せ、従妹を見た。
辺りには生きている人影はない。ルディだけに見える影は多く彷徨いているようだが、基本は構ってこない筈だった。
「まあ、良かろう。何の話だ?」
「その、ルディ様って、次の国王様なんですよね?」
子供のような問いにルディは一瞬白けて瞑目したが、他国に長く居たら知らなくても仕方がないかと諦めた。
どうやら、レッカにはマナーの講師だけしか付けられていないらしい。
変な思考を植え付けられても困るので、下手な教育係を付けていないと言うことだろうか。確かに人手不足ではあるが。
「僕は確かに王位継承者第一位だが、王太子に叙任されていないからな。継ぐとは限らんぞ」
「えっ、何でなんですか?」
「そもそも僕の継承権は『前国王の第一子』という偽りから成り立ったものだからだ」
「偽り?」
首を傾げるレッカに、ルディは淡々と返す。
「僕は、女性継承権の無い国で第一子として生まれた君と、すり替えられた。その上での継承権だ。だから立太子の儀も無かった。
言わば、国王夫妻に男児が生まれるまでの保険でもあったな。ティムは更にその次の保険な訳だが」
「……すみ、ません」
「僕が君を厭う気分を分かってくれたか?
どんな理由であれ僕は家族を奪った関係者が疎ましいんだ。君の事情は鑑みないぞ」
「……」
「それで?何を訴えたいんだ?」
「私が、男の子を産めば継承権が変わるって、言われて怖くて、です」
どうやら、色々吹き込みたい慮外者が未だ潜んでいるらしい。
「それはそうだろうな。ただ、中々に不敬だな。陛下の婚礼が近付いている最中だというのに」
「不敬、ですか?」
「陛下は男系王族だからな。順序から言えば彼方が先に決まっている」
「……難しい、です」
「まあ、君の親が大体悪いな。後、『王女ローリラ』だ。まだ傷は疼くのか?」
「いえ、最近マシ、です」
レッカはルディが贈った右目の眼帯をそっと触った。
「そもそも、陛下のお子を何らかの不幸で望めないと仮定しても、次の継承権はレルミッドが一位でいい筈だ。
序列から行けばレルミッドの母上のノエミ様は長女だぞ。僕の母上は次女だ」
「あ」
「レッカにそれを吹き込んだ輩は、表面だけしか知らないようだな」
「……じゃあ、私には、王位関わって来ない、です!?」
「君に男児が生まれたとしても、ティムの次だろうな。いや、ジーア叔母上にご子息が居たらその次か」
10年以上前に姿を消した叔母が見付かれば、の話ではあるがな、とは言わなかった。
それにしても複雑過ぎる家系である。
「大衆ウケしそうな話ではあるぞ。王家から棄てられた姫君が、巡りめぐって王位を獲る、なんてな」
どうでも良さそうなルディの言葉に、レッカは左瞼を伏せた。
「……静かに、暮らしたい、です」
「僕も静かに草原でのんびり暮らしたい」
其処だけはこの従妹と一致しているようだ。
そして急にちり、ちり、と肌を焼くような気配を感じてルディは眉根を寄せた。
もうひとり、ルディが心底気に入らない、いや不倶戴天が近付いてくるようだ。
ルディの周りの気配が噂する声が、どんどん大きくなっていく。
「アレキが来たな。過激で残酷な従兄に燃やされたく無ければ帰った方が良いと思うぞ。あれは僕のような慈悲も遊び心も無いからな」
「え、ええ!?あ、アレッキオさん、が」
慌てるレッカを余所に、ルディは首を傾げた。
途切れ途切れに噂話が聞こえてきたようだ。生きているのか、死んでいるのかは此処からは判断が付かない。
「ふむ、ふーん。そうか、皇太子がなあ……」
「え、だ、誰とお話されてる、ですか?」
「本当に知りたがりだな」
言外に帰れと言った意図が聞こえないのだろうか。
少しのイラつきが魔力となって溢れたらしく、ガタガタ、とレッカの足元の石が軋んだ。
「ほら、騎士チェネレ見た?ショーンがガーゴイルを虐めてる。救い上げる真似をしといてネチネチと、残虐だね」
「もう来たのか。無駄に足が早いな」
「……ルディ様、公爵、レッカ嬢……スゲー面子ですね。はい皆様解散しましょう。厄介の臭いしかしねえ」
「もあーんむにゃー」
王城の渡り廊下にて、呑気なのはアレッキオに抱かれた灰色がかった黄色の髪の赤ん坊のみであった。
近衛騎士団団長と、呼びに行かせたレルミッドの努力により、少しだけ床石が削れた程度で済んだらしい。
窓から中庭で言い争う従兄とアレッキオを見下ろし、ティムは微笑んだ。
「……兄上様とアレッキオは本当に混ぜたら爆発的ですねえ」
「……」
ぼうっとした女性は、訝しげにティムを見詰め返す。
「ねえ、白い髪の王家の血を引くお嬢さん。貴女は、何方なんでしょうね。時を止めた僕の母上?ジーア伯母上?まさか僕の歳を追い越した妹?従姉妹でしょうか?……なら、良かったのに」
白い髪に深緑の仁美の青年は、よく似た女性の手を握り、涙を落とした。
謎の女性と結婚する国王陛下って地盤固めが大変そうですよね。
 




