3.幼い蝶々の怯える番
お読み頂き有り難う御座います。
かなりの虫嫌いなのに、どえらい存在に見初められてしまったらしいレギを労るアローディエンヌです。
兎に角、レギ様にはお休みを……。お茶でも飲んで貰って……落ち着いてお話をしないといけないわ。
お疲れの所を階段を上がって頂くのも何だから、1階の応接室にご案内しようかしら……。
「誰か、其処の応接室にお茶を用意してくれるかしら」
「もちゅがー!」
「えっ、うわっ!?シアンディーヌ!止めてちょうだい落ちるでしょう!!」
「ひぃっ!?っ!っく!っう!」
うう、シアンディーヌが急にもにもに動いて、歩きにくいわ!落とす!!
そして、背後のレギ様がシアンディーヌが動くごとにビクビク怯えてらっしゃるし!!
ああ、万が一落としたらレギ様の元へ這って行ってしまう!
この頃、芋虫時の這うスピードが早まってる気がするのよ!せめて更なる接触は防がなきゃ!!
「愚弟を招き入れるの?どうしてアロン。叩き出しても良くてよ」
「何で叩き出すのよ!?折角いらしてくださったのよ!?」
ブライトニアは何でそんなに物騒なのよ!?本当に弟に厳しいわね!!いや、姉にも厳しいけど……!!
「さっきから悲鳴がウザいのよ」
「レギ様は虫が苦手なんだから、怖がられるのは仕方ないでしょう!?」
「それに愚弟はシアンに無礼だわ」
「もももも申し訳ないと思ってますよ!フィオール姉さん!!」
「いや、普通にシアンディーヌを受け入れるひとの方が珍しいわよ」
何たって今は巨大芋虫なんだし、一般ウケは先ず見込めないでしょ。正直私も娘でなきゃこんなにがっつり抱えるような関係にはならないと思うしな。うーむ、人生って不思議よね。
「アローディエンヌさん、本当に優しい……」
「兎に角、落ち着いてお話を……シアンディーヌ!落ちるから」
「もももちゃー!ちゅがー!」
「シアンは暴れたいみたいね」
「ううううう怖い!!」
いやもう落ちるっての!!のけ反りすぎでしょ!!レギ様の方へ行かないようにするのが大変なんだけど!?
ああもう、力強いし重いわ!!デカイ魚を釣り上げてビタンビタンしてるのを抱えてる気分よ!釣ったことも抱えたことも無いけど!!
「シアンディーヌを虫籠に入れてきますわ。レギ様はブライトニアとお部屋でおくつろぎを」
「奥方様」
うん?珍しいわね。私の言葉を使用人が遮るなんて。
って言うと私が我が儘暴君みたいだけど、ウチの使用人ってば常に忍者みたいだからあんまり喋らないのよ……。
「何かしら」
濃い茶色の髪の使用人が、応接室のドアを開けてくれた。そしたら、何だか熱気が。
……?あれ、何だか暑いわ。何で?コオッて、気配が。
「うっ!?」
レギ様が急に怯えてらっしゃるけど……いやまさかな。この、暑さは……?
思い当たる相手は、王城でお仕事中……なんだけど、なんだけれど!?
…………!?
今!パチって、耳元で何か弾けた!?
な、何で!?心霊現象!?昼間なのに!?って、そうじゃない!!
「若様がお戻りで御座います」
「げっ」
「ヒッ!?」
「ふん、嗅ぎ付けるのが早くてよ」
扉の向こうには、長椅子の真ん中に座り込む長身の人影。
その影に纏わりつくのは、パチパチと音を立てて弾ける火花。フワフワと漂っては離れ、消えていく。
このエフェクトは、何故。どうして、此処に居るの!?
いや、家主だけど!そもそもお仕事はどうしたのよ!?
「げってえ?もおー!アローディエンヌったら、酷いよお!」
「いや、居るなんて思わないからつい出ましたのよ!」
出現の仕方が唐突で非常識なのよ!足音がしないだけでもビックリするのに!
何で帰ってるのよ!?ワープ魔法?で帰るならせめて自室にしてよ!!
「仕方ないじゃない、アロンはお前が嫌なのよ馬鹿兄貴」
「害獣が2匹もチョロチョロと……」
何でブライトニアだけは落ち着いているの?私とレギ様は超ビックリなんだけど!?
ああもう、本当に何で居るのよ!?
本当に、何時戻って来てるのよ!?またサボり!?図ったようなタイミングで……!
「……本当に、さあ。鬱陶しいのが入り込むよなあ……」
大して大きい声でもない、義兄さまの声は……今日も甘い。蕩けるような声が、この部屋に籠る熱気に溶けていくみたい。場違いにも、ボケッと聞き惚れてしまうかも。
いや、そんな場合じゃないから惚れないけどさ!しっかりするのよ私!魅了無効はこういう時に役立っているのねきっと!
しかし、室内なのに。義兄さまの燃えるような赤いフワフワした髪が揺れて、火花が散ってるわ。だからか、部屋が暑い。
こっちを見つめる薄い青の目は、細められたまま。
こ、これ、明らかにご機嫌斜めね。
どうして……いや、使用人から連絡が有ったのよね!解ってる!いつものパターンを忘れてた私が愚かなんでしょうけど!!義兄さまの訳分からんチートが非常識過ぎて、脳が拒否するんだわ。
「……アレッキオ、どうしてお帰りなんですの」
「ふふう。ただいまあ、アローディエンヌ」
この、笑顔の癖にラスボスが居たような雰囲気なのは……何故なのかしらね。ラスボスに会ったこと無いから適当な脳内妄想だけど。
後ろの暗褐色の色のカーテンが悪いのかしらね。部屋中に散ってる火花がおどろおどろしく映えすぎているわ……。まあ、仮にパステルカラーのカーテンでも義兄さまなら怖くなるんでしょうけど。
嫌だわ。現実逃避が捗ってしまうわ……。
「それで?何をしに来た?」
「もああああ!!もちゃー!!」
「わっ、シアンディーヌ!!」
「うわわわわあ!!う、裏側が!!」
うっ、このタイミングで、シアンディーヌがレギ様の方へもにもに動き出してる!!ああもう、体反ってるし!!
「へえ」
「あっ!!に、アレッキオ!?」
つか、いつの間に私の直ぐ後ろまで来てるのよ!!さっき、窓際の向こうの椅子に偉そうに座ってたのに!?
私の腕からふわっと重みが抜け出して……シアンディーヌは義兄さまに抱えられてしまった。
「ちゃわーもちゃわー!」
「うん?シアンディーヌ、アレが気になるの?」
「ううっ!よ、寄せないでください!!うううあう!」
「ちゅがわー」
義兄さまがシアンディーヌを抱いて、レギ様に近寄ってしまった!!
寒っ!
急に何なの!?
レギ様を睨んでる薄い青の目が細められて……見開いただけ、なのに。な、何でこんなに空気が冷え冷えとしてくんのかしら。さっきまで暑かったのに!!
いや、基本的にこの場に居る人、私とシアンディーヌ以外迫力が有る立場よね。悪役令嬢ふたりも居るし。レギ様は皇太子様だし。
いや、そうじゃなくてよ!!
「死骸?シアンディーヌ、こいつを死骸にしたいの?」
「死骸!?いや、絶対に違うでしょう!?」
何でよ!!番呼ばわりよりも更に酷い!!てかそれ絶対義兄さまの願望でしょう!!
うう、突っ込みたいけれど!!言ったら肯定してやりかねないから言わないけれど!!
「馬鹿兄貴、お前、分かっていて言ってるわね」
「さあ、何のことやら」
「アレッキオ!?」
……え、どういうこと?
あっ、そうか!!使用人から詳細が行ってるってことよね!?そりゃ知ってるわよね!!そうなのよ!そうだったわ!
……せ、性格の悪い!!何て人なの!?知ってたけど!!
いや落ち着いて!私ったら混乱しすぎよ!!義兄さまが絡むと余計事態がややこしくなる上に、何方かが死にそうなリスクが高まるのよ!阻止しなきゃ!!
「アレッキオ、いい加減になさってください!レギ様が嫌がってらっしゃるでしょう!?」
くそっ、シアンディーヌを取り返したいのに、肩の上に乗せる!?届かないじゃないの!!モブの私が義兄さまに飛び付いた所で、無様に足を捻る未来しか見えない!!
「えー、シアンディーヌは重いから僕が抱くってばあ。でもアローディエンヌったらあ、そんな目で僕を見つめちゃってえ!可愛いんだからあ」
「いや、可愛いもへったくれもありませんわ。顔変わってないでしょう!!」
「アローディエンヌさんは可愛らしいですよ!」
「煩いんだよ蝙蝠ガキ」
「ヒッ!」
「ちゅー!」
あああ、義兄さまがシアンディーヌの裏側をレギ様の顔にくっつけようと!!
滅茶苦茶お顔の色が……!!多分あの位置からして、虫嫌いには滅茶苦茶怖く映っている筈!!
何て事をするのよ!!レギ様の鳥肌がめっちゃ凄くていらっしゃるんだけど!!
「止めてくださいな義兄さま!レギ様は虫が苦手なんですのよ!!」
「うん知ってるう」
「知ってるなら止めてあげてくださいってば!!」
「えー?やだあ」
「やだあじゃないでしょう!!」
「うわああ!!」
あああ!!今にもレギ様が倒れそうに!!
「この反応に、シアンディーヌの挙動。……ふーん」
「アレッキオ!!」
「お前、生意気にも本当にシアンディーヌに見初められたの」
「ヒッ!?」
「答えろよ、フェレギウス・ナサニエル・ソーレミタイナ」
ちょ、義兄さまが言葉を発するごとに、火花が凄いことになってるんだけど!!暑いし!
だから何でイチイチ火花を出すのよ!!抑える気は無いの!?
「ちゅが、ちゅが!!」
「熱っ!!」
「義兄さま!!火花はやめてくださいな!部屋が燃えるでしょうが!!」
室内で火を出すなってあれ程言ってるのに!!ああもう、カオスが過ぎる!!
「……シアン、愚弟は止めておいた方が良くてよ?」
「ブライトニア!?」
「フィオール姉さん!!僕を助けてくれるんですか!?」
め、珍しい!!ブライトニアが止めてくれるの!?
弟を労る心が残っていたのね!?きっと姉弟として優しい心が生まれるかもって信じてたわ!!
「母親を好きな男を番として選ぶだなんて、金蔓以外の使い道しか無いじゃない。大衆小説じゃドン底迄不幸にさせるか殺害する未来しかなくてよ」
「フィオール姉さん!!」
「いや、どんなモノを読んだのよブライトニア!!」
本気で、この子の読書による曲げられた恋愛観が心配になってきたんだけれど!!
後、本当に姉弟を労ってあげてよ!!
義兄さまは甚振ることに躊躇しませんね。




