16. 呪いは解けて、先行き明るいのかしら
お読み頂き有り難う御座います。
一夜明けて家族での団欒から始まります。
……。
「もああん。むあーん」
膝の上でシアンディーヌが伸びつつ、欠伸をしてるわね。
今日は人の姿で居るのかしら。柔らかい生地のベビー服にオムツ姿で、私の膝を移動しようとグネグネ動いている。
……一般的な赤ちゃんって、こんな動きするのかしら。分からん。
それにしても今は普通の赤ちゃんなのに、芋虫姿が被るな……。眼精疲労かしら。
今のシアンディーヌは、未だ赤ちゃんなのに、義兄さまに似てるわよねえ。髪の毛は私の色だけどそれ以外は生き写しっぽい。
背中をこっちに向けて、モコモコのお尻が動いてるの可愛いわ。
未だ乳児の筈なのに、キャベツ舐めてるのがシュールよね。
このキャベツ好きは離乳食とはまた違う気がするのよ。噛った後がとても芋虫っぽいわ。いや、芋虫獣人なんだけど。もう歯が生えたのかしら。
普通の子供でも色々有るでしょうけど、育児本と比較も出来ない……。
虫系の獣人の育児本無いのかしら。日記でも付けようかな。
「昨日は楽しかったねえ!」
人が悩んでたら、義兄さまが我が物顔に横に座ってきた。
昨日……。
いや、本当にデートだけで昨日は終わってしまったわ。
私、何してんのかしら。役立たずにも程があるわ。
義兄さまのリクエストにお答えていうか振り回されただけ?
昨日の私は頭が煮えて沸いていたとしか思えないわ。
ショタッ子にノータッチを誓っているのに、萌えってマジ怖いわね。ある意味スキルより強力だわ。
「昨日の僕とお揃いなアローディエンヌ可愛かったねえ。歳の差が有っても僕達ってさあ!とおってもお似合いだもんね!」
「そうですかしら。道行く人々に義兄さまは誉められてましたわよ」
義兄さまには絶賛の視線の後、大概私に視線が動いて……ガッカリみたいな反応を貰ったわね。街中歩いてる最中三度見が止まらなかったけどなあ。
顔面偏差値の高低差と違和感がバリバリなんでしょうね、きっと。分かるしもう慣れたけどさ。
魅了を抑えてようが、義兄さまだもの。小さくてもモテるのよね。
まあ、イラッとしないこともないけど。
「有象無象に褒め称えられてもねえ。ウザいなあ燃やすぞとしか思わないじゃない?」
見目麗しさで騒がれるのも目立つのも好きじゃないのは知ってるけれど、コメントが酷すぎやしないかしら。
「褒め言葉位受け取ってあげたらどうですの?」
「えー?聞こえよがしは不愉快だよ?慰謝料取りたい位だもん」
それでも褒め言葉でしょうに。陰口叩かれてる並みに嫌な顔してるわね。いや、義兄さまに陰口叩かれてるの見たこと無いけど、酷い目に遭わされそう。
「義兄さまには人様を思いやる心が無いんですの?」
「えー必要が有ったら湧いてくるかもね。でも、僕はアローディエンヌへの好きで溢れてるから無理かもお」
義兄さまのスタンスが変わらなくて泣けてくるな。欠伸かクシャミか目に何か入った以外に最近は涙腺緩まないけど。
イチイチ鏡見ないけど、無表情な私のクシャミって端から見てたら怖かろうな。うーん、嫌な事実に今更気付いちゃった。
私がボケっとしていると、長い指が私のほっぺたをつついてくる。
……うん、何時も通りね。イラッとするわ。
家に帰ると。義兄さまの姿は元に戻った。それこそ魔法のようにね。
そもそも時限式だったみたいなの。私のあの苦悩と焦りは何だったのよ。爵位を返上しようとかシアンディーヌと小さい義兄さまを抱えてどう生活しようかしらって苦悩を返せってのよ。
いやまあ、何時まで経ってもモブ仕様な私が悪いんだけど!!
「レルミッド様へはちゃんとお詫びして呪いを解いたんですわよね?」
「ああ、一応役には立ったからね……。まあ、子供の鳥番なんて煩いからどうでもいいけど」
こ、この言い種……。後で菓子折りでも持って平謝りに行きたいわ。この世界に菓子折りって有るのかしら。詰め合わせみたいなのは有りそうよね……。シアンディーヌが居るし、前程気軽に買い物行けないもんなあ。
「そういや、綿毛神官が小さい鳥番を猫可愛がりして怒鳴られたらしいね。良い気味い」
「とってもお可愛らしかったですしね」
良いなあフォーナ。レルミッド様はお身内か彼女しか愛でられないもんね。其処が魅力でいらっしゃるんだけど、良いなあ。
ガン見は失礼だったから控えたけど、羨ましいわ……。
「ふふん、アローディエンヌの一番は僕だもんね?」
ま、まだ言うの。執拗過ぎやしないかしら。面倒だわ。
「それで、レルミッド様の呪いを解いてくださったんですわよね?」
「したってばあ。もおー疑うの酷おい!」
呪いを掛けた張本人に言われてもなあ。頬っぺたにスリスリして来ないで欲しいわ。
て言うかそもそも呪いを義兄さまが嗜んでいるなんて、恐ろしいにも程が有る話よね。
悪事に使われる未来は困るわよ。イラッとしたから呪ったとか冗談じゃないわ。
「まさか、何処かの国を滅ぼしたりしませんわよね?」
「えー、何処か住みたい国でもあるの?アローディエンヌう」
嫌な予感しかしない返事ね。
脳裏に、サポートキャラの為なら侵略も辞さない可愛い蝙蝠ウサギの悪役令嬢が過ったじゃないの。
いや語弊があるな。オルガニックさんは侵略して欲しいとか国を掠ってこいとか言ってないでしょうし。
い、要らんこと言えないわ。
「そういや温泉に興味を示してたよね、アローディエンヌう」
「ええ、離れているから憧れるんでしょうね。近くにあると飽きるでしょうし。旅行って素敵だと思いますわ!」
大体、温泉がある土地なんか欲しくないわよ!!モブ庶民気質だし!!
「そお?近い内に行こうね。昨日のお出掛けで馬車の移動も大丈夫そおだしねえ」
「ええ……。人様の土地にお邪魔するんですもの。お行儀良くしないといけませんわね」
「大丈夫、お行儀良くしない輩は裂いて燃やしてあげる」
悪そうに笑わないで欲しいわ。
侵略から旅行に誘導したつもりだったけど、駄目かしらこれ。
いえ、諦めたら駄目よ。強い心を持つのよ!
「まあ、アレカイナ連合もそろそろ分裂しても構わないよね」
「いや、いけませんから!」
何を勝手に人の国の歴史を変えようとしてるの!?
「もあ、もむあ」
「あ、シアンディーヌ!危ないでしょ!」
よく動くなあ!膝から落ちそうよ。
義兄さまがキャッチしてくれたけど……これ、普通の赤ちゃんなら目茶苦茶危ないわよね。エビ反りといい捻りかたといい、凄い姿勢だな……。
子育ての常識って何なのかしら。
「……アウレリオ君が何時生まれるか分からないけれど、普通の赤ちゃんの扱い方を学びたいものですわ」
「ルーロの子供が生まれたら触らせて貰えばどおかな」
「成程。それは名案ですわね」
良いことも言ってくれるんだけどなあ。
「ドートリッシュのお産が無事終われば、皆で行きたいですわね」
「そうだねえ。その頃にはシアンディーヌも大きくなってるかもね。蛹になるのかなあ。それとももっと大きくなるのかなあ」
「大きく……蛹……」
其処は考えてなかったな。
て言うかこれ以上大きな芋虫になるのか……。だとしたら、どう頑張ってもダークメルヘンの世界ね……。我が子は可愛いし、嫌いではないジャンルだけど、虫嫌いにはえげつないと思うわ。
「蛹って、普通床とか壁とか柱とかにくっついてますわよね」
「そうだね。持ち歩き出来る蛹って蚕位かもね」
蛹を抱えて移動か……。シュールね。そもそも抱えられる大きさかどうかも分からないけれど。
「……まあ、なるようにしかなりませんし。蛹になったら出てくるまで待つしか有りませんわよね」
「むもー。あー……」
無理に旅行する必要も無いものね。
あ、シアンディーヌが義兄さまの腕の中で寝ちゃった。
赤ちゃん姿だと本当に可愛らしいわね。勿論、芋虫姿でも可愛いのだけれど。親バカよね。
「アローディエンヌは本当に豪胆で可愛いねえ」
「ドートリッシュの方が豪胆だと思いますわ」
多分だけど、虫嫌いでなくても、壁や天井を這う巨大芋虫を捕まえられる御婦人はそんなにいないと思うの。
背とジャンプ力が圧倒的に足りないから、親の私は無理なのよね。くそっ、チビの辛さがこんなところにも!
「其処は似てると思うなあ。僕とルーロの伴侶の好みって掠ってるところも有ったんだね」
「私とドートリッシュは似てないと思いますが。彼女の方が明るくて素敵ですわよ」
あんなに朗らかで明るくないしなあ。私みたいなオタク気質モブと比べては失礼よ。
「アローディエンヌが居るだけで、僕の人生は明るいから」
悪どいのに。容赦ないのに。残酷な人なのに。
そんなに幸せそうに微笑まないで欲しいわ。
「まあ、楽しい旅行になると思うよ。その為に頑張るね、色々」
「色々……。迷惑と危ないことはなさらないでくださいね」
旅行の計画立てるの楽しいな、位でお願いしたいわ……。
近隣に迷惑を掛けない方向で……。恨み買ってる領地とかわざと通って殲滅してから行くとかならないように……。行く前から不安ね。
「わあ、アロンさん!お久しぶりです!お会いできてとっても嬉しいです!!」
紺色のショートカットを揺らしながら全身で喜びを示してくれたフォーナは、今日も可愛らしいわねえ。
ブライトニアとソックリなのに全く似ていないのだけれど、この姉妹はそれぞれ可愛らしくて美少女なのよねえ。
「これ、よければ皆さんでお召し上がりになって」
「わあ!とっても可愛いです!有り難う御座います!」
3日後。漸く義兄さまが出仕なされたから、外出出来たの。
取り敢えず前にビスケットがどうとか聞いていた気がするから、猫の形のビスケットをお持ちすることにしたわ。食べてくださると嬉しいのだけれど。
「それにしてもフォーナ、その鳥はペットなの?レルミッド様がお連れになってたわね」
訪ねたら、レルミッド様はお仕事に行かれているとかで不在。何でも王城の徴呪章院?にお勤めらしいの。
何の部署なのか分からないけれど、王城でお仕事をなさっていたのね。流石王族。
「えへへ、レルミッドさんの鳥さんなんです。お世話をさせて貰ってるんですよ!」
「へえ」
「そう言えばアロンさん。小さいレルミッドさんを見ました?あのですね、あのですねアロンさん。レルミッドさんは本当にお可愛らしかったんですよ。抱き上げたらとっても怒られてしまいました!」
「ええ、お可愛らしかったわね……。だけど、怒られたの大丈夫なの?」
庭で鳥に餌をやってたフォーナに、テンション高くレルミッド様の可愛さを語られてしまったわ。
そんなフォーナも可愛いわ。
「えへへ。そんなレルミッドさんも可愛らしくて!」
「まあ」
惚気られてしまったわ。
しかし、この鳥。見たこと有るんだけど、何の種類か不明な赤と白の鳥。本当にルディ様のエンディングで飛んでた鳥に似てるなあ。この辺りではメジャーな鳥なのね、多分だけど。
「そう言えば、お勤めに行かれたってことは元に戻られたのね?」
「サジュさんの義弟さんがいらしてくださって、解いてくださったんです」
「サジュ様の義弟……ああ、ルーロ君?あの子、多彩なのね」
「本当ですよね!」
伯爵様で呪いも解けるなんて凄いわよね。確か親戚の筈なのに、私には全くそういう技能は無いのかしら。まあ、期待するまでもなく無さそうね。
「本当にご迷惑を御掛けして御免なさいね。
侯爵様や、アルヴィエ様にもお詫びを」
「そんな、皆さんとっても喜んでましたよ!」
「いや、それでもよ。少なくともご本人には謝りたいわ」
「レルミッドさんはアロンさんには当たられるような方じゃありません!それにこんな素敵なビスケットを頂きましたし!猫ちゃん可愛らしいです!」
そんなキラキラした光輝く笑顔で言われてもな。
ついヒロインオーラに押し切られそうよ。目映過ぎるわ。
「あ、そうです。近々レギちゃんがこっちに来るって言ってました」
「え、皇太子殿下がそんな国外に出てきて大丈夫なの?」
ブライトニアにヒョイヒョイ会うけど、レギ様迄良いのかしら。
て言うか、そんなホイホイと私に教えて良いの?弟とは言え他国の皇太子殿下の来訪なんて、機密情報ではないのかしら。
「外交だそうですよ!」
「私が聞いて良かったのかしら」
「アロンさんにもお会いしたいそうですから!」
「え?私に?何で?」
「ええと、アロンさんがレギちゃんの理想の女性だからだと思います」
「ええー?有り難いけれど烏滸がましいわ」
言いたかないけど、義兄さまの次に趣味が悪いわね……。
と言うか未だ諦めて頂いてないのね……。どうしたもんか。
何もないと良いのだけれど。
そしてブライトニアがこの頃来ないわね。
本当に他国を侵略してるのかなあ。
してるんでしょうけど、どうなってるのかしら。
怪我をしていないといいのだけれど。後、なるべく穏便に侵略を……具体的に無血開城出来る手段は思い付かない。
ティム様や民衆を虐げた人は兎も角、善良な人は酷い目に遭わせていないといいのだけれど。
我ながら綺麗事ね……。
そしてレギ様がいらっしゃって、義兄さまがキレないといいのだけれど。無理か。
……まあ、なるようにしかならないのかなあ。
皇族に何か有るんでしょうかね。




