15.デートだなんて、それ所じゃ無いってのに
お読み頂き有り難う御座います。
レルミッドとティムを降ろした後のアローディエンヌ目線でお送りします。
「ふふ、よしよしアローディエンヌう。可愛いねえだあいすき!」
「……いや、いい加減離れてください。後、ボタンを開けないでくださいな」
テンションを振り切った義兄さまが頭を擦り付けてくる。
さりげなく剥かれそうになった襟元のボタンを閉めると、私は息を吐いた。その姿で迫られると犯罪だからね。
……オルガニックさんのロリコン嫌だって叫ぶお気持ちが、分かる気がしてきたわね。
「ふふふう、アローディエンヌが好きって言ってくれたあ。ふふふふふふう!」
は、恥ずかしい。思い返すと恥ずかしいわ!
ちょっと私、テンションがどうかしてるかもしれないわ。
ティム様のお言葉に動揺しすぎたのね。きっとそうよ。
キャラでもないのに、ツンデレみたいな科白を吐いてしまったし。
今、レルミッド様とティム様を見送ったのよね。……御者さんに何か言われた義兄さまは手ずからさっさと扉を閉めてしまった。
私が何か口を挟む隙もなく、馬車は走り出す。
見届けなきゃいけないのに。何だか、口を出しづらい。
私が付いて行った所でお荷物だけれど。
……モヤッとするわ。
「……」
「アローディエンヌう、どしたのお?」
ガタガタと馬車が王都のメインストリートより少し離れた道を進んでいるみたい。
……王都育ちの癖に、さっぱり何処が何だか解らない為体だけれど。未だに一人歩きもしたことないしなあ。
一度、人の姿のシアンディーヌと近くにお散歩にでも行くべきかしら。
一応公爵夫人だから、流石に誰か着いてきて貰わないと無理かなあ。
「わっ」
「大丈夫?」
義兄さまがちょっとつんのめる私の背中を、小さな手でポンポン叩いてきた。何時もと違う大きさなのに、触り方が同じだわ。ちょっと和むわね。
「義兄さまは大丈夫ですの?」
「平気い」
よろける私とは違って義兄さまはビクともしてないな。バランス感覚すらもモブとチートの差が……。大人と子供のアドバンテージすら無きものとなるのね。
しかし、結構揺れたわね。
車輪が石でも踏んだのかしら。
「若様、奥方様。申し訳御座いません!!」
「あっ、いいのよ、謝らないで。私は平気だから」
「思ってたより集まってたねえ」
義兄さまが私の膝の上に乗っかって来た。
……最早我が物顔で普通に乗ってくるわね。……何だか何時もと逆ね。別に良いけど。
「義兄さま?ぶふっ!?」
窓を開けて……急に入ってきた風が前髪を吹き散らして口に入るし!
しかし何で私の膝に……。いや、理由無くくっつきて来るひとだけどさ。
ああ、私の膝を台にして後ろを見ているのね。
私も覗こうとしたけど、義兄さまのフワフワした赤い髪が邪魔で見えない。
「ふふ、大丈夫?アローディエンヌう」
「ちょ、義兄さま!」
オマケに、覗こうとした私に気付いた義兄さまが振り向いて、私に頬擦りやらキスやらしてくるもんだから、台に徹するしかない。
民家の2階の窓とかから見えるから!!
何時もの姿なら……それでも恥ずかしいけど、ショタコンになる気もないし、世間への披露は間違っても避けたいし、嫌!!
子供にしてはじゃれつき方が、何か、R指定と言うか、こう、い、淫靡に見えかねないのよ!!
「……石か何かですの?」
うわ、またガタッとしたわ。ボケッと座ってらんないな。
「うん、ゴミが集まってたかな」
「え、道にゴミが?心ない人が居ますのね」
うーむ、ポイ捨ては何処にでも居るんだな……。ごみ捨てはマナーを守らないといけないのに。嫌になるわね。
「ああ、騎士団がゴミを拾いに来たね」
「素晴らしい事ですわね」
流石騎士様は街の美観維持にも協力的なのね。素敵だわ。
何なら拾いにお手伝いに行きたいところだけど、義兄さまがガッチリ手を握ってる。……行動パターンを把握されてるのね。
さっきよりも、馬車の窓を占領して眺める義兄さま……つまらなさそうに赤い睫毛を瞬かせる姿は何気なくとも耽美ね。本当に腹が立つ程美少年ね。
「ふふう、デートだねえアローディエンヌう」
「何だか後ろの方で騒ぎになってません?」
複数の人の声……ザワザワが聞こえるわね。
何だか若干焦げ臭い気がするわ。
「ゴミをバラ撒く奴が捕まったんじゃなあい?」
「成程。焦げたものをバラ撒いたのかしら」
それだと火事になるし滅茶苦茶迷惑よね。
「其処に炭の串焼き屋が有るねえ。お腹すいたのアローディエンヌ」
「いや、そういう訳じゃないですけど」
串焼き屋さんかあ。美味しそうかも。
確かに香ばしいお肉やお魚にトウモロコシっぽい匂いもしているわね。義兄さまの後頭部越しにそれっぽいお店が後ろに流れていってるわ。
「この辺はちょっと騒がしいからあ、もうちょっと行った所に屋台街が有るしねえ。其処で食べ歩きしよおよお」
「そうですわね」
食べ歩きかあ。それはちょっと心惹かれるわね。
お昼時だし。
「あっ、やっといた!アレッキオ卿に義妹殿!!」
「サジュ様?」
騎馬かしら。サジュ様が窓からお顔を出された。
まさか騎馬で並走されてるのかしら。馬術はサッパリ分からないけど、凄い技術ね。格好いいなあ。
「て言うかアレッキオ卿!アレはねーだろ!」
「何?アローディエンヌが言うから、騎士サジュの意見を聞いてやったんだけど文句?」
「は?私が?」
えっ、私?そもそも、レルミッド様の呪いを解けって頼んでも解かなかったのに。
「それにしても、あんだけ焦げたのだと話聞けねーじゃんか!」
「其処を騎士団が何とかしろよ。ゴミ拾い頑張って」
「あっ!義兄さま!何してますの!?」
「待てって!」
話の途中で窓閉めちゃった!!
「全く、文句が多い」
「いや、文句がって……そもそも何が。と言うか、本来の目的は」
そうよ、レルミッド様の呪い解きよ!
何だかティム様にこんがらがった事を意味深な感じで言われて、義兄さまに誤魔化されてたけど!!
「愛し合う伴侶同士であるアローディエンヌと僕が、お互いをメロメロに可愛がり合うデートだねえ」
「そんな話はしてませんけど!?て言うかサジュ様に失礼でしょう!」
「はじめてのデートお誘いだよね?記念日だもん。どんどん増やしていこうねえ」
「いや、記念日は量で競うもんじゃ有りませんでしょ」
「勿論何もない日でもアローディエンヌは可愛いよ」
「退いてください!」
さっきから窓を開けようとしてるのに、然り気無く邪魔してくるし!!
「て言うかもう鳥番とティミーに任せたし、ゴミ拾いは騎士サジュに任せたし」
「えっ、サジュ様にゴミ拾いを!?」
「えー、別にいいじゃなあい。王都の民の手伝い位給金の内でしょ。庶民気質寄りの貴族なんだし」
「じゃあ私もお手伝いしますわよ」
私の気質も庶民寄りだし別に構わないわよね。貴族としてしか暮らしてないけど気品が育たないのも……良かあないけど、この件では良さげかもしれないわ。
「残念、もう結構過ぎちゃった。駅馬車の停留所3つ分くらいかなあ」
「ええ!?早すぎやしません!?
この馬車、そんな高速で走ってますの!?街中で滅茶苦茶迷惑じゃないですか!?」
「一頭建てだけど早い方では有るねえ。そもそも駅馬車じゃあないから、いちいち止まんないし」
「そりゃそうですけど……」
「それよりさあ、アローディエンヌう。僕可愛いでしょ?」
……一体何を言い出すのかしら。
「未だそのネタを引っ張りたいんですの、義兄さま……」
「可愛い僕とお揃いのアローディエンヌが見たいなあ。結局、お着替えしてないもんねえ」
「いや、ですから」
自分で可愛いって言うなって言いたいけど、可愛いし顔が良いのよ腹が立つ!!
その子供に似合わない、トロッとした瞳の上目遣いを止めてくれないかしら!!犯罪臭い!!
いや子供の時もこんな顔してたっけ?
子供の頃から耽美な雰囲気だったから、イチイチ覚えてないけど!!
近い!!息が掛かる!!子供なのに義兄さまの匂いがして脳が混乱する!!落ち着かない!!
「……お揃いだと今なら親兄弟にしか見えませんでしょ」
「別にそれでも良いよお?あ、お店ではちゃあんとアレッキオって呼んでね。義兄さまだとおかしいもんね?」
「……分かりました、アレッキオ」
「あ、僕がアローディエンヌをねえさまってえ……呼んでもいいけどお?」
「はあ!?」
何言い出すのこの人は!!
余計に犯罪臭いから、エキセントリックな事を考え付くのはやめて欲しいわ!!
「似てませんし、止めてください」
「元々から顔の造形は違うじゃなあい。アローディエンヌはアローディエンヌだから可愛いんであって、僕に似てる顔なんてつまんなあい」
「つまるとかつまらないとかの問題じゃありませんわよ」
「あ、着いた!」
「にい……アレッキオ!」
馬車の扉を開けて、ピョンって飛び降りてしまった。
こ、子供の身軽さって手に追えないのね。いや、義兄さま自体が手に追えないけどさ!!
て言うか止まった感触も無かったのに!何で分かるの!?改めてウチの御者さん凄いわね!?
「こ、此処は」
何時の間にやら、蔓薔薇が垂れ下がる小綺麗なショーウィンドウの有るお店の前の馬車停まりだった。
置いてある小物も高価そうでは無いけど、まずまずのお値段って感じ、かしら。
ちょっと裕福な商人とかが利用してそうなランクのお洋服のお店、みたいね。
庶民ならわー素敵ー。素通りー。みたいなお店だわ。
何処でこんな所見つけてんの義兄さまったら。
「さあ入ろうアローディエンヌう。あ、君が選んでくれるなら今日は僕、スカートでも良いよ」
「じゃあ義姉さまいえ、アレッキアでいいでしょうが」
性別チェンジを使える癖に、何故女装しても良いよとか言うの、この人は。昔着替えずに性別チェンジしてた名残なの?
そもそも義兄さまは性別への拘り、有るんだけど根本にはどっちもなお考えっぽいしなあ。
いえ、それでも駄目よ。王都で義兄さまに女装させるなんて!!万が一バレた時に……いや、子供の姿で性別がバレるかなんて、状況が特殊過ぎるわね。
それこそ誘拐……いや、今の義兄さまは誘拐されないでしょうね。寧ろする方っぽい悪どさの悪役令嬢だもの。
……身内に言いたかないけど、敵には本当に容赦しないもんなあ……。チラチラ物騒な発言も聞こえたしさあ。
義兄さまが敵とする人は大概悪い人だけど……いや、ルディ様は悪い方じゃないわ。
「んもう、アローディエンヌとデートする時は僕だもん」
「はあ。じゃあもうそれらしい格好で良いですから」
て言うかいい加減元の姿に戻りゃいいのに!
小さい手にぐいぐい遠慮無く引かれて扉を開けたら、『兄弟姉妹でお揃い週間!』ってキャンペーンの張り紙が目についた。
サイズ違いの子供服とか、婦人用の服とか、あ、殿方の服もある。
……。
何て言うか、随分タイムリーと言うか、都合が良いわよね。
「これどお?」
「アレッキオ」
義兄さまが指したのは、珊瑚の海のような青の、タックが沢山寄せられた上品なワンピースドレス。それと、同じ生地で作られたそっくりの上着と膝丈のズボンの付いた男児用の子供服。
そりゃ可愛いわ。義兄さまだけなら。でもこんなモブに鮮やか可愛い青が似合うとは思えんな。
「既製服に、寸法が合いますかしら」
何せ、スカスカな胸が貧相なのにタルんだ寸胴だしなあ。泣きたいわよ。
あー断りたいわ、こんな綺麗なワンピース。どうせならフォーナとかブライトニアが着てくんないかしら。目茶苦茶見たいわ。
「アローディエンヌに合わないのは勧めないよお?」
「いや、寸法が」
「大丈夫だってばあ」
何でよ。
グイグイ押し付けて来ないで欲しいんだけど!!
て言うかお店の人の目が有るから、嫌な貴族っぽくは有るけど穏便に断りたいのに!!
……結局押し負けて着ることになっちゃったわ。
あれ?
でも、この服……寸法が、ゆるくもきつくもないわ。
最近コルセット付けてないけど、粗も覆い隠す様な……オーダーメイドっぽい、着心地よね?
これ、本当に既製服?
まさか、私のような貧相なモブボディが規定になるサイズなの?
このお店の顧客は私みたいな体型?
んな馬鹿な。
何だか、仕込みっぽい?気がしてきたわ。
今日有った出来事、全て……。義兄さまの思うがままに動いてる気がしてきた。
いや、まさかね。
流石に、あの、過去に義兄さまへ危害を加えた貴族が押し掛けるタイミングなんて、操れないわよ、ね?
「なあに?白い縞のがいい?」
「縞でも無地でも結構ですけど、お聞きしたいことが」
「なあに?内緒話?」
はっ、そうだ。
こんな店の中で騒ぎ立ててはいけないわ。他にお客さんが居ないのが益々仕込みっぽい気になるわね。
こそっと首を傾げる義兄さまの耳許に口を寄せた。
……赤い髪の隙間からシャリシャリと、耳飾りが覗いてる。私とお揃いの、アクセサリーが。
……どうでもいいけど、私達お揃いだらけよね。
「ふふう、くすぐったあい」
……ふるふる頭を振るリアクションが、あざといわね。
「とおっても似合ってる。愛してるよアローディエンヌ」
「ぶっ!?」
何を言い出すのこの人は!!
言いたいことが纏まらなかったのに、吹っ飛んだ!!
いやしっかりして私!!
「アレッキオ!」
「僕も着替え終わったらお外で食べ歩きだよ、アローディエンヌ」
……頬っぺたに、吸い付くようなキスをされた。
……避けられなかった。いや、避けられた例が無いけれど。
駄目だ。
小さい義兄さま、鬼門だわ。
何時も以上に、やりにくい!!
ぽけっと、お店の人に勧められた白いフカフカの座面の椅子で義兄さまを待って、その可愛らしさに悶絶してイラッとする未来しか見えない!!
いや別に、可愛い!って萌えたら良いんだけどさ!!夫婦なんだし!?
でも、私が浮かれると碌な事にならないし、重大事項をスルーさせられるのよ!!
絶対何か見逃してる!!そんな気しかしないわ!!
「どお?」
うわ、ほら、可愛らしいしさあ。
膝丈ズボンの下もソックスだからあんまり露出が高くないのがまた禁欲的で余計妖艶と言うか。
ああ、絶対義兄さまの術中にハマってる!!
「ええ、それはもうお可愛らしいですわよ!!アレッキオが一番可愛いです!満足ですか!?」
「やったあ!」
絶世の美少年に抱きつかれて、此処までイライラと萌えが混在するのって、有るかしら!?
多大な犠牲と巻き込んだ人々のお陰で、義兄さまはアローディエンヌから一番可愛いを引き出せましたね。




