13.ふたりきりを目論まれる
お読み頂き有難う御座います。
邪魔が存在しないので義兄さまペースで進んでおります。
「ふふう、アローディエンヌの衣装はどうしようかなあ。やっぱり襟の装飾は控えめにしてえ、ふわっとした裾が翻る感じのドレス?一緒に手を繋いで歩きたいからあ、お忍び街娘な感じかなあ。お揃いがいいねえ。色は抑えめかなあ。うーん、それとも季節的に」
いやね、何を頬っぺたピンクにして、ウンウン楽しそうに唸ってるのよ。
私の服装なんて死ぬ程どうでもいいってば!!頬擦りしないで欲しいわ、テンション高いな!!
「義兄さま、ですからそうではなく!依頼されたんですから監督義務が御座いますでしょう!」
「まだ居たのお前ら。潰すまで戻って来なくていい。潰しても戻って来るな」
「ブッとばしてえ……」
分かりますわレルミッド様!!
私も子供姿の義兄さまを人前でハタく訳にもいかない、この葛藤を!!
……。
…………?
「そんな馬鹿な」
いや、別に私は義兄さまをハタいてもいいのか。何を躊躇してんのかしら。
ままままさか私、義兄さまに魅了されてる!?今になって!?嘘でしょう!?
と言うことはこの万年無表情が解消されて、魅了無効のスキルが義兄さまの無差別魅了押されてるってこと!?
くそっ、顔触っても、動いてんだから動いて無いんだか分からない!不便!!
「どしたのアローディエンヌう」
「鏡……」
私の様子に義兄さまはきょとん、としてニコーッと満面の笑みを浮かべて来た。いや、また独自に曲解して察せられてるわね!?そんな気しかしないわ!
「うんうん、お着替えは鏡の前だよねえ。お前ら早く拐われに行けよ」
「いやそうじゃなくて!ああもう、私の顔どうなってますの!?」
「ハァ?とつぜんどーした、いもうと」
「鳥番煩い。今日も世界一可愛いよ僕のアローディエンヌう!幾つになっても君は愛らしさの塊だからね!出会ってからずうっと僕の心を総浚いしてるう」
「そんな事は聞いてません!」
義兄さまの目はおかしい!!
はっ、いかん。つい心配の余りに挙動不審になってしまったわ。
大体今魅了される訳にはいかないのよ!どんなシチュエーションなら良いんだって突っ込まれても困るけれど!!
落ち着くのよ。此処で慌ててはいけないわ。テンパり過ぎて更なる混乱を引き起こしてはいけないのよ!只でさえややこしいのに!
深呼吸よ!
「……私の無表情が無くなってやしないかと心配したんですわ。義兄さまに魅了されてやしないかと心配で」
「ん?義妹殿は相変わらずおんなじ顔だぜ」
えっ、マジか!良かったあ!
サジュ様のお言葉なら信用できるわ!
「つかなんだ、そのしんぱい」
「まあ、義妹姫様ったら。愛し合うご夫婦なのに、ちょっと位魅了されてはいけませんの?何だかよく分かりませんけど!」
「よく分かんねえのに勧めんなよ姉さん」
いや、そりゃ……いやいやいや!魅了されて良い筈がないわ!
大体、義兄さまって魅了された人間お嫌いでしょうし。
別に、魅了されてないから取り越し苦労だったけれど!考えると腹立つわね。ってそうじゃなくて。
「良くないわよ、ドートリッシュ。魅了された私なんて更に何の価値も無いじゃないの」
「えー、魅了されても価値しかないし、大好きなのに変わりは無いよお?て言うか、どしたのアローディエンヌう。小さい僕にベタベタしたくなった?やったあ、してえ?」
「はあ?しませんけど!」
……腹が立ったから本当に魅了されて無いわね。
ま、まあ、ちょっとは嬉しいけどさあ。て言うか、さっきから膝の上に乗ったっきりで重いのよ!近いし、いい匂いするし!
「フツーのいもうとじゃねーか」
「あうもは」
レルミッド様からもお墨付き貰ってしまったわ。
ドートリッシュに抱かれたシアンディーヌも、私の方を向いてるけれど、特に変わったリアクション無いな。
つかこの子にしたら母親が無表情がデフォルトなのよね。……何とも出来ないのが歯痒いな。愛情が足りてないって将来思われるかしら。私はシアンディーヌを愛してるのに。
っていやいや、要らん方向に考えを飛ばしてる場合じゃないわ。シアンディーヌの事は悪いけれど後にする。私、モブな上にマルチタスクに向いてないのよね……。
「ははあ、流石アローディエンヌですねえ。アレッキオに魅了されたくないんですねえ」
「ティミー、煩い」
「そもそも、私が魅了されたら義兄さまを野放図にしてしまいますわよ」
まあ、ええ、義兄さまへの何のストッパーにもなってないけどさあ。居ないよりはマシレベルだといいのだけど。
あ、ご想像されたのかレルミッド様とサジュ様とティム様が苦い顔になられてるわ。
おふたかたは兎も角、ティム様がそんなお顔されるの珍しいわね。
「それは滅茶苦茶困んな」
「かなり困りますね。アローディエンヌが理性的で良かったです」
「良かった、少しはお役に立ててますのね」
「アローディエンヌを役立てるな。大体鳥番もティミーも駄弁ってないです早く行けよ。本当に愚図だな、動かない足なら不要だね、燃やす」
「やめてください義兄さま!言い方!!」
「ふーんだ!」
それで結局……。主に私が危ないってんで、馬車の中からレルミッド様達を伺う事になってしまったの。
いや、何でよ。
私みたいなのより、慮られるべきはティム様とレルミッド様では!?
そりゃおふたかた、私なんぞより物凄く強いけど!!お荷物なのは分かってるけど責任ってものが有るでしょう!
「えーやだあ。何でアローディエンヌが鳥番とティミーなんか観察しなきゃならないのお?」
「わ、私が見たいからです。そして何か有ったら通報したいからですわ!」
「アローディエンヌ、通報してみたいの?じゃあしょうがないねえ」
何がしょうがないのよ!うう、結局私、ボタンを押しまくりたい幼児みたいな言い分でしか義兄さまを丸め込めなかった!!腹立つわ!!
レルミッド様の微妙な視線もいたたまれない!!
違うんです!説得ド下手くそですみません!理知的に義兄さまをやりこめられなくてすみません!人生経験引きこもりの世間知らずですみません!!元三十路以下略がまるで役立たずですみません!!
……理詰めで丸め込めたの、最早幼少期だけだったわね!虚しいわ!!
そして、結局サジュ様は先行なさって、私達は目立たないバージョンな馬車で拐い易そうな道へと進行中。
……拐い易そうな道って何なのかしら。差し出がましいけど、そんな道は何らかの対策を立てるべきでは無いかしら。いやまあ、その辺りにお住まいの住人の皆さんや利用者の事情を鑑みて警備なり……。
私が口を挟む前に上奏されていそうね。
「僕の立場は、親戚の近所で評判の可愛いイトコに会いに来たお兄さんで良いですかね」
「ブッとばすぞ」
吹きそうになってしまった。
し、失礼だけど確かに似合わないわね、その設定。
……従兄弟同士ではいらっしゃるけど、そういう円満なご関係築いてらっしゃらないからなあ。
「もうちょっとマシに丁寧に喋れないの?本当に鳥番は駄目だね。見てくれだけで拐われ甲斐無さそうなガキ過ぎる」
「そんな甲斐性なんて有りませんから!
大体何なんですの、拐われ易いなんて!?そんな言い方、誘拐組織位しか使わないでしょう!?」
いや、誘拐組織に知り合い居ないから適当に妄想だけど!恐らく間違ってないと思うわよ!
「あはは。まあ、確かに拐う側の科白でしたね」
「おまえらイカれてんな」
「まあまあ。そうだアローディエンヌ」
「はい?ティム様」
ティム様の笑顔は、長じられても何だか怖いわね。
「君、巻き戻しの塔って知ってます?」
「は?巻き戻し?」
それって、今は懐かしいテープ系の録音や録画機器の話?
こう、ボタンを押すタイプの。
カセットの中のリールが磁気を塗ったテープ状のリボンを巻いて読み取って、音を出す奴よね。
久々に聞いたけど、何でこんな所で出てくるの?えっ、どういうこと?
どうしてティム様はご存知なの?
お顔を見ても……意図が全く掴めない。
それを聞いてどうされる気なの?
と言うかそんな奇天烈な名前の塔はからっきし知らないけど、外国の観光スポットか何かなのかしら。
イメージ的には、こう、山林のガードレール下とかに違法に捨てられてるカセットテープの山しか浮かんでこないわ。
山じゃなくて塔って仰ってたけど、ああもうイメージが貧困!
「なんだ?はきもどり?そうじか?」
「違いますよレルミッド。巻いて戻すんです」
「ハァ?なにを?なわか?」
「ティミー、お前……何出し惜しみしてんの?燃やすよ」
「ばしゃのなかで、ひばなだすんじゃねー!」
はっ!ボーッとしてる場合じゃない!!
また、義兄さまが短気起こして火花出してるし!!子供の姿なのにどういうことなの!?
いや中身はそのままで、魔力もそれっぽいな!測れないから適当だけど!ああもう、ガワだけ可愛い詐欺みたいなひとね!
「アローディエンヌは意味を知ってるみたいですよね。良かった、僕の推測は当たってたみたいです」
「……あの、その塔?を知っていたら何か御座いますの?全く存じ上げませんが」
そもそもドゥッカーノと領地の行き来に、ちょっとソーレミタイナに行ったこと有るだけだし。
「ああ、巻き戻しの塔は知らなくて当然ですよ。僕の祖父の実家みたいなもんですから」
「そうですの」
そりゃ知らんわよ。て言うか、あの名前の物騒で長い王城の塔といい何だか引っかかるな。
ティム様のお祖父様、魔法使いディレク様のご実家……。平民だとお聞きしたけど、まさかアパート的な集合住宅の名前か何かなのかしら。
現代でも有ったしなあ。パレスとか、外国語のお城的なそういう系。流石にタワマン系では無さそうな雰囲気だけど。
異世界の集合住宅事情、サッパリ分からんしなあ。
「へんなちめいだな」
「ええ。中も変わってるそうですよ」
「ティミー」
「まあまあ怒らないでアレッキオ。アローディエンヌの不安の一端を潰してあげようっていう親切心じゃありませんか」
「私の不安ですの?」
私の不安ってどういうことなの?
疑問が顔でなく声に出ていたのかしら。ティム様が満足そうに笑われた。
「ええ。もし貴女の魅了無効のスキルが無くなったら、アレッキオに手酷く棄てられる未来とか、考えたこと有りません?」
優しい、毒の滲みたお声が、体の芯に流れ込んだよう。
心臓が、ゴリって鈍く鳴った気がした。
この感覚、何かに似てるわ。
そう、レギ様に……スキルを割られた時かしら。アレに似てる、軋む音が。
「はあ、馬鹿なのティミー。アローディエンヌを離す訳が無いだろ」
「未来は、何が起こるか解りませんからね」
「おいティム」
義兄さまが私の腕ごと抱えて、レルミッド様が立ち上がろうとされたら、ガコン!って急に馬車が揺れたわ。
うわっ、何?石でも踏んだのかしら?
「着いたみたいですね」
「ハァ?」
「あの、……ティム様」
「まあまあアローディエンヌ、また今度ですね」
ドアを開けたティム様の背後には、赤と白の鳥がバサバサと羽ばたいて……。ぶわりと赤と白の羽が散った。
太陽の位置の関係か、キラキラと羽と、ティム様の白い御髪の輪郭を照らしていたの。
チープな表現だけど、絵画のように綺麗。
いや、スチルだわ。
うわ、攻略対象だわこの人、なんて。
今更ながらに思ってしまったの。
……笑顔、怖いのにね。濃い緑色の目が逆光で真っ黒なのがまた、闇っぽいと言うか。黒い瞳のマデル様にはそんな事は全く思わないのに。
「なんだおまえら!またついてきたのかよ!?くっしゅん!」
「馬車に羽入れるなよ、汚れる。早く出ろ」
……レルミッド様は兎も角、義兄さまの雰囲気ブレイカーは絶対わざとよね。
滅茶苦茶、体を寄せてきてるし!!狭い!!
「アローディエンヌう」
「何ですの」
おふたかたが、降りられて。
言い合いの末、少し離れた路地に入って行かれた。
お頼みしたのだから、見届けを。追いかけないと。
でも、義兄さまが、私の腕をぎゅっと掴んだまま膝に乗り上げてきた。
向かい合って私の膝に座る、義兄さまの長くて赤い睫毛が白い頬に影を落としている。
子供の時から、本当に耽美で綺麗。
「安心してえ?君の杞憂は、僕が全部燃やしてあげる」
「いやでも」
流石に義兄さまは、私の前世迄……。
いえ、其処を、突かれると。
いや、そもそも、それの何が……私と義兄さまとの関係が揺らぐかも、しれないかも。
その暗い考えが、やけにジワジワと体に染み込まされる、気がする。
「義兄さま」
「大丈夫、大丈夫。ティミーの言葉に揺らぐことは無いよ。アローディエンヌはなあんの心配も要らないから。ずうっと」
……後で考えてみりゃ、『ティム様は義兄さまに呼び出された』のよね。
つまり、グルなのよ。
渋る私を義兄さまべったりにさせるには、どうすればいいか。
凹ませて慰める。弱った心に付け込む。
単純だけど、効果的な手段よね。
すっかり、義兄さまの思惑に乗っていたのに、気づかなかった私は。
……すっかり義兄さまに嫌われるかも、と怯えてしまっていたの。
義兄さまの顔をその時見てりゃ、気付いたでしょうに。
「気落ちしないで。気晴らしにデートしようねアローディエンヌ」
「……本当に」
「うん?」
「ティム様は何を考えておいでなのでしょう」
「ああいう男だからねえ」
いやまあ、そうなのだけれど。笑顔で引っ掻き傷を、付ける方なのだけれど。
「そう、ですわよね。義兄さま」
「僕がアローディエンヌと離れる時は、未来永劫死んでも無いからね」
……私って本当に流されやすいわ。
「義兄さま」
「なあにい?」
「色々有りますけど、好きです」
色々、前世を打ち明けるのは今更。いえ、怖い。
嫌われるのが怖い。
もう向こうに未練なんて無いから、義兄さまに嫌われるのが一番私の心臓を凍らせるの。
「!!僕もおおおおお!!」
その後、テンションの上がりきった義兄さまに、馬車の中で剥かれそうになったし!!
無駄なポエム思考になると本当に碌でも無いわ!!
ああレルミッド様、本当に申し訳御座いません!!
私はまんまと、その日義兄さまべったりにくっつき、義兄さまの事で頭を一杯にする事になった。
アローディエンヌの願いは出来るだけ叶えますが、自分の欲望も叶える悪役令嬢義兄さまです。




