4.過去からの来訪者
お読み頂き有り難う御座います。
ほんの少し成長した攻略対象が出てきます。
うーむ、此処は何処なの。
義兄さまが、いない。
………えーっと、夢か。イマイチ覚えてないけど、義兄さまがムクレてたわね。……まあいいか。
兎に角………いつの間にか義兄さまの部屋に拉致られて眠っていたのね。
……眠いわ。布団から義兄さまの匂いがするな。
「シアンディーヌは……何処かしら」
「ドリーが面倒を見ています、奥方様」
「義兄さまは?」
「お客様をお迎えするよう仰せつかっております」
お仕事に行ったってことかしら。そりゃそうか。
………昨日の記憶が本当にぼんやりしてるわね……。何故なのかしら。そして使用人は何時入ってきたのかしら。
されるがままに着替えを手伝って貰って、私は義兄さまの部屋を出た。
……うーん、雲の隙間から差し込む朝日が眩しいわね。シャキッとしないと。ドートリッシュにシアンディーヌの世話を任せてしまったみたいだし、申し訳ないことをしてしまったわ。お礼を言いたいし……そもそも、悪阻は大丈夫だったのかしら。心配だわ。
「おはようございます、アローディエンヌ」
逆光気味の食堂に柔らかな……少し掠れた癖のある声が響いている。
殿方のお声、よね?でも義兄さまでもルーロ君でもない。
………えっと、誰?来客?
………目の前で上品にお茶を飲んでらっしゃるのは、少し日に焼けた見慣れない青年だった。背中まで伸びた白い髪が綺麗に整えられて、金属の飾りで止められている。
そして、無害なようで、厚めの瞼に包まれた毒のあるこの眼差し……。
知らない人?いいえ、知ってるわ。
白い髪に濃い緑色の目……は同じ。背は伸びられた。だけど、右頬を横切った傷は……草原で負われたものなのかしら。
ええと、まさか。もしや。
「ティム様……」
「はい、ティム・ジニーですよ。お久しぶりです、アローディエンヌ」
ティム様あ!?いや、思わず言っちゃった当てずっぽうが当たってしまった!?
何故、ウチにおいでなの!?
草原に事実上追いやられてしまったお立場なのに!?
て言うか育たれたわね!?2年ほどお会いしてないのかしら?成長期怖いわ!!
「………そんなに見つめられては照れますねえ」
「不躾に失礼を致しましたわ。お久しぶりで御座います」
………本当に、何故家にいらっしゃるのかしら。
思わず後ろの使用人を見てしまったけど、リアクションも返事もないわ。
「子供が産まれたそうですね。お祝いが遅くなりました」
「とんでもないことで御座いますわ」
まさかお祝いの言葉を頂けるとは……。いや、基本この方は礼儀正しいか。慇懃無礼な……いえ王子様だから偉そうなのは当たり前ね。でも、卑屈さもお持ちなのよね……。過去虐げられた事がお有りだから、なのだけれど。
でも少し、毒のトゲのような雰囲気が減ってる、かしら?
「何で此処に居るのか、疑問みたいですね」
「……王命でお戻りになられたのですか?」
「まあ似たようなものですね」
うーん、毒気のないような、毒のあるような含み笑いは……どう見てもご本人ね。見目は少し擦れた優男みたいな風に変わられたけれど。
……痩せられたなあ。草原でご苦労なさった……のかしら。
「アレッキオから召集を受けましてね。相変わらずですよねえ。放逐された王子を呼び立てるのは」
「……義兄さま、いえアレッキオが?」
何でまた義兄さまがティム様をお呼びするのかしら。
……何かまた、変なことを企んでないといいのだけれど。
「神官は君で、魔法使いと言えば、僕ですからね」
「……ま、魔法使い……?」
前に聞いた単語だな。でも唐突ね。
神官は私の祖父で、魔法使いはティム様のお祖父様の事よね。どっちかと言うと、レルミッド様のイメージが強いんだけどな。
そして神官要素は私にはゼロだしね……。
「特に聞きたくも無さそうですよね」
「興味がない訳では御座いませんが」
「アローディエンヌは魔術と魔法の違いを御存じですか?」
本当に唐突だなあ。
………一応、違うらしいってのは知ってるけど。本当にニュアンスだけね。結局……子育ての片手間に勉強しても基礎がこなせない魔力だと言うことが分かった位かしら。
しかし何で突然朝から訪問されてそんな話を?気になるテーマではあるけれど。
「まあ、一般的には魔術は人体に流れる魔力を使った術で、魔法はよく分からない超常現象みたいなものですね」
「そ、そうですの」
今明らかになる魔法の正体!!みたいな感じかしら。
……その割にはイマイチよく解らなかったけれど。
超常現象……。つまりUFOとかミステリーサークルは魔法の範疇なのかしら。って、この世界にUFOとミステリーサークル無さそうね。……超常現象の発想が貧困で泣けてくるな。しかも比べた所でよく分からないわ。私の魔法……いや魔術?は桶の水をグルグル回せるレベルから全く変わってないし。……超常現象と比べるのも烏滸がましいわね。
「と、兎に角この世界はよく解らない事で溢れているんですわね……」
「そんな感じで不思議ですよね」
ティム様は一体私に何を言いに来たのかしら!?義兄さまに用事じゃないの!?いやそもそも義兄さまは何処に!?仕事か!
……いけないわ。私ったらアタフタしてどうするの。この無駄に動かない表情筋で何とか乗りきらなくちゃ!!ティム様に勝てはしないでしょうけど、雰囲気に飲まれては駄目よ!!
「……それで、魔法使いというのは何なのでしょう」
「ドゥッカーノではとある民族の略称で使われてたりしますね。ウチの祖父は魔法の研究者だったので、厳密には魔法使いじゃないんですが」
「そうなんですの」
民族の略称で魔法使いかあ。……サッパリ分からん知識がまた増えたのは流石異世界なのかしら。どう役立てたらいいのかしら。役立つ時が来るのかしら。
と困惑しつつも感心していたら、ドンドン後ろの方で異音がしているのに気付いた。
……シアンディーヌの仕業?
まさかまた何処かに登ったのかしら。ああもう、何で色々高いところに登ろうとするのかしら。大体途中で力尽きるのに!無事でもゴロゴロ転がって泣きわめく姿は心臓に悪いのよ!!
「………気が短いですねえ」
「?娘かしら。ティム様、御前を失礼致しますわ」
「先程お会いしましたが、アレッキオにそっくりでしたね」
「ええ、とても似ておりますわね」
うわっ、またどんって音が!
ああもう!ドートリッシュに任せきりではいけないわ。幾ら懐いているとは言え……。
「まあそう焦らずに。アローディエンヌの思ってるような事では無いですよ」
「え?ですがお恥ずかしい事に、娘は結構暴れ者ですし」
「アレッキオ以上に暴れないでしょう?」
「ま、まあそれはそうですが……」
確かに義兄さまよりは暴れないけど……比較対象が間違ってる気がするわ。あの人の破壊規模はおかしいもの!!
いやでも、義兄さまの娘だから……シアンディーヌももれなく破壊に走ると思われているのかしら。どうしよう。
……情操教育と躾を頑張らないといけないわね。少なくとも義兄さまレベルで物を壊す子になっては困るわ。
「おそいんだよティミー!」
その時、可愛らしいのに何処か甘い、何処かで昔聞いた声がした。
……は?え?ドア何時の間に開いてるの?
え、ちょっと。
はあ!?
「若様、時期が……」
「ティミー!おまえほんとうに協力するきある!?能書きがながい!」
「若様……」
少々困惑気味の砂色の髪の青年……ルーロ君が抱えているのは……。
フワフワした、燃えて揺らめくような赤い髪に、融けた氷のような薄青い目。
ヒラヒラした生成色のブラウスに、後ろにヒラヒラと揺らめく紺色のベストを羽織り、同系色の短いズボンに膝丈のブーツ。
こんな濃い格好に負けていない、何処の二次元製のお子様なのと言わんばかりのその耽美な美貌は……ひとりしかいない。
「アローディエンヌう」
こっちを見て、輝かんばかりの笑顔を向ける、耽美な幼児は……さあ。
…………丁度、出会った頃位の……義兄さまじゃないのおおお!?
いや、当時は義姉さまの格好しか見てないから、厳密には初見で、あの頃の義兄さまとは違うのかもしれない!?
って、いや、えええ!?
どういうことなの!?縮んだ!?え!?義姉さまになったんでもなく、子供に縮む機能も有ったの!?
「………ううううう嘘でしょう!?」
「あ、魔法使いと呪いの関係を話すの忘れてました」
「はぁ!?呪い!?」
「ティム殿下、蛇足は結構です」
呪いって何なのよ!?
溜め息を吐いたルーロ君は、赤い髪の幼児を床に離した。
……トテトテ所か結構なスピードで来たわね。あっという間に足にしがみつかれた。
「だっこしてえ?」
「………いや、え、どういうことですの」
「アローディエンヌう、だっこお」
ぐいぐい袖を引っ張られたから体が傾いて、条件反射で義兄さまを抱きしめてしまった。
何時もと少し違う、懐かしい……子供の匂いがする。
「ふふう、アローディエンヌがおおきいね。しんせんな気分」
過去の声で、あの笑い声が耳を擽る。
ベタベタ髪やら顔やらを触られながら、私はさっさと再起動しそうで出来なかった。
混乱が止まらないわ。
そもそもね、義兄さまは碌な事をしないの。分かってるの。
男女入れ替われるのもおかしいし、メカニズムも解ってないし!!
いやそれでもね。どういうことなのよおおおお!!
「何で子供に変わってますのよ!?人体はどうなってますの!?質量保存の法則とかに謝ってください!!」
「あはは、アローディエンヌの怒りは独特ですか?よく分かりませんね」
「……お止めできず申し訳有りません、奥方様」
この場には、常識人はルーロ君しかいないの!?
幼児義兄さまは義姉さまの格好でしたので、男の子の格好は実はウルトラレアで御座います。




