3.幼き日の花占いから
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「うええええん!!アローディエンヌうううう!!」
あーーーー。煩い。
………まただ。また義姉さまが泣いている。
この声がするやいなや、使用人が縦横無尽に屋敷内を駆け回り、私をラグビーボールのように抱えて、義姉さまの元へ連れてくの。
このだだっ広い屋敷には、宥められる人材が私しか居ないから。
………いや、本当に私の人権が無さすぎよね。
「ア、アローディエンヌううえええ!」
「ねえさま、ごようですか」
「ちがうよお!!ぼくなのおおおおお!!」
「…………にいさま、何のごようですか」
部屋のど真ん中で、吃驚するぐらい耽美な幼児が泣きわめいている。吃驚するほど美形なのに、泣き顔は汚いし声も大音量で喧し過ぎるんだけど。
この男女どっちでもなれる不思議な悪役令嬢は、性別を間違えると本当に煩い。
大体義姉さまでいるんだから、態々私のいる時だけどうして性別を変えるのよ面倒臭い。
ドレス着てる幼児なんだから義姉さまでいいでしょ。
「おはな、お花が……アローディエンヌがぼくをきらいだってえええ!!」
「おはな?」
何じゃそりゃ。
よく見れば部屋の中には草とお花の匂いがしていて、花びらと葉っぱでグチャグチャになっている。
……花瓶でもひっくり返したの?こう見えてチートな義姉さま……義兄さまは変なドジは踏まない筈。
と言うことは自主的か。何故お花を散らかすの?どういうことで?
………使用人を見上げても、壁のように動かない。
説明しなさいよ。
「っぐ、お花をね。むしってね、アローディエンヌがぼくのことすきかって、えええええん!!」
「はあ?」
お花を毟ってアローディエンヌが僕の事を好きか?何じゃそりゃ。
んん?もしかして……花占いの事かしら。
床をよく見れば6枚の花弁の花が付いたままの花が落ちている。
偶数じゃないと『嫌い』で出るわね。
………つまり6枚で花占いやったからこの大泣きってことか。
「奇数の花でやりゃいいじゃありませんの」
「どんなおはなでもじゃないとだめえ!アローディエンヌはぼくをすきじゃないとやだあ!!」
ええ義兄さまってば、花占いの理屈は分かってんのよね、チートだからね。
分かった上でこのワガママ。
………叩きたいわ、この泣き顔。
でもそれじゃ解決しない……。ああ腹立つ。どうすりゃいいかしら。
「じゃあ茎も入れりゃいいじゃありませんの」
「ふええ?………そっかあ。アローディエンヌはかしこいねえ」
やっとこさ泣き止んだ義兄さまは、ウルウルした薄くて青い目をこっちに向けてきた。
恐ろしく可愛らしくて、色っぽい。まだ子供なのに。
……この顔で魅了してしまって……計らずも、幾人の人生狂わせてきたのよね。私には効かないんだけど……。
……まあ、物凄くやっつけ仕事で適当な意見が通って良かったわ。
「おはなで占うときはね、アローディエンヌがぼくのことせかいでいちばん、だあいすき!にするね」
「へえ………そうですか」
それはそもそも占いじゃないわね。
突っ込むのも泣くから適当な返事をしたなあ。
ああ義兄さま、本当に貴方はしょーもない事で泣きすぎよ。
後、お花が勿体無いわ…………。
「ふぐっ……」
………あれ此処何処だったかしら。
いや、自分の部屋よね?その割にはやたら寝具が青いな。こんな色の掛け布団だったかしら?
……見た事有るような、無いような。此処でよく寝てる事もあるような。
「……アローディエンヌう」
ぞわっとする位甘い声が耳を焼く。
……しかも何だか苦しいわ。何でなの?
眠すぎてくっつきそうな目を無理矢理抉じ開けると……そこにはフワフワした頭が。色は、暗がりで分からない。だけどこの感触とデカい図体は……。
……義兄さまがデカい。いや、当たり前か。この人突然私の身長抜いたのよね腹の立つ。って何時の話よ。
……落ち着いて私。そもそも、何で義兄さまにがっちりホールドされてんの!?
いや、違う!
私が義兄さまの頭を抱えこまされてるんだ!
何でよ!?私相当寝ぼけてるけど、色々展開がおかしいわ!!
「んんう、アローディエンヌう」
「ちょ、ええ!?んん!?何で私義兄さまと寝てますの!?」
「うえー?んん?うー、もうちょっと寝ようよおアローディエンヌう」
スリスリと無い胸に義兄さまがすり寄ってきた。
襟元から髪の毛が入ってきて擽ったい!
「いやいやいや!!起きてください普通におかしいですわよ!記憶が飛んでます!!」
そうよ!!
私、ルーロ君とドートリッシュのお子さんが授かった話を聞いていた筈よ!?
義兄さまが要らんワガママを言い出して……ええ!?何処をどうなってこうなるのよ!?
「ルーロ君とドートリッシュは!?」
「えー本当に記憶が飛んでるねえ。ふたりはね、泊まってくってえ」
「………シアンディーヌは?」
「ドートリッシュ夫人と遊び疲れて寝てるよ。初めて知ったけど、限界まで動くと死んだみたいに寝るんだね。よく伸びてるよお」
「………そうですか」
シアンディーヌって伸びるのか……。知らなかった。いや、芋虫の時は確かに可動域が多そうよね。
でも、それにしても静かだわ。
珍しく夜泣きしてないの?よく泣くのに……って、ドートリッシュと遊び疲れて!?ダメじゃないの!!
ドートリッシュは具合が悪かったのに!!
「ですけどドートリッシュは悪阻ではありませんの?どうしてシアンディーヌと遊んでくれて……」
「夕食は残さず食べてたよ?」
「そ、そうですの。それは良かったですわね」
ドートリッシュ、気分が悪そうだったのに食欲が戻ったのね……。
悪阻がきつくなくて、元気になったなら何よりだわ。
「私、どうしたんでしょう。義兄さま、何かしました?
えーと、シアンディーヌが私の腕から飛び出して……義兄さまが騒ぎだしてから全く記憶が無いんですのよ」
「えー?酷おい。アローディエンヌがうとうとしてたから、一緒に寝たんだけどなあ」
別に一緒に寝なくても良かったんだけど……。運んでくださったみたいだしなあ。
義兄さまの過保護さにはむず痒くて……嬉しいような、面倒なような、複雑だわ。
昔よりはとても面倒見は良くなった……けれど。
「そうですか」
「疲れてるんだよ。よく寝てたよお。アローディエンヌの寝顔は昔から可愛いねえ」
蕩けんばかりの美貌でそんな事を言われてもなあ。
「昔の夢を見ましたわ」
「えー昔い?何時の?」
「義兄さまが花占いで納得がいかないから、私を呼びつけた時でしたかしら」
「ああー。7歳の8月20日だね。12時前だったかなあ」
それだけの情報で何でそんなに細かく覚えてられるのかしら。
相変わらず意味の分からないチートの使い方よね。
「あの時の義兄さまはやっぱりシアンディーヌに似てますわね」
「………シアンディーヌより僕の方が可愛かったでしょ?」
「はあ?」
上目遣いにジト目で恨めしそうに見られる筋合い無いんだけど。
「だからあ!小さい頃の僕の方がシアンディーヌより可愛かったでしょお!?」
「そりゃ親子ですから似てますわよ」
私のDNAなんて髪の毛の色と髪質ぐらいなもんよね。モブ面が量産されなくて何よりよ。夢の通りなら次に生まれるアウレリオ君も義兄さま似だしなあ。
「違うのお!僕とシアンディーヌは親子だけど別人でしょお!?」
「何を当たり前の事を仰ってますの」
「だから僕の方が可愛いよね!?」
いや………義兄さまは何を言ってるのかしら。
「………親子ですから、義兄さまとシアンディーヌはおんなじような顔ですわよね」
「でも僕の方が可愛いよね!?」
「………」
いや、どういうこと?
この人は一体我が子と何を張り合いたいの?マジで大人げないにも程が有るわ。
「アレッキオ、お幾つになられました?まもなく二十歳ですわよね?」
「アローディエンヌは19だね。君は幾つでも可愛いよ」
「つまり、義兄さまは我が子が可愛くありませんの?」
「シアンディーヌは思ってたより可愛いよ。アローディエンヌには大幅に敵わないだけで」
「そうですわよね、シアンディーヌは可愛いですわね」
………良かったわ。これで義兄さまが我が子が可愛くないとか言い出したらどうしようかと。勿論信じていたけれど、叩く所じゃ済まされない話だわ。
「でも僕の方が可愛いよね」
「何故其処を対抗しますの?比べようが有りませんでしょう」
「其処は大事だよ。もし僕が今小さかったらシアンディーヌより可愛いよ」
「何で比べて欲しいんですの?」
「え?そりゃシアンディーヌより僕の方が可愛いもん」
堂々と何を言ってるの本当に。
それに……殆ど同じ系統の顔じゃ無いの。殆ど義兄さまの顔を可愛いって言ってるんだから、察しりゃいいのに。
「ふふう、分かったよアローディエンヌ。僕頑張る。頑張ってシアンディーヌより可愛いって言って貰う」
「……義兄さま、何を意固地になって居ますの?」
「そう言えばアローディエンヌは僕の事可愛いって言った事無いし」
薄暗がりの中でも義兄さまが頬っぺたを膨らましているのが分かった。
そんな顔も耽美で麗しいけど……少しゾクゾクするわ。
しまった……何だか面倒な事になって来たわね。
「ええと、義兄さま。可愛いですから機嫌を直してください」
「ちょっとぞんざいに褒めてくれてありがとアローディエンヌ。そうだ、いいこと思いついたあ」
ああどうしよう。目が笑っていないわ。
義兄さまの笑い方が……実に悪い。
また、要らない悪戯を企んでいる目だわ。
「僕、魔法使いじゃないんだけどね。夢に微睡むボクのアローディエンヌには……少おしだけ魔法を掛けてあげるよ。御伽話を体験してみるのも、悪くは無いよ?」
まるでスローモーションのように義兄さまの唇が私に近づき……重なった。
基本義兄さまはプレゼントとサプライズが大好きです。




