2.我が子は可愛いものよね
お読み頂き有り難う御座います。
衝撃の報告を受ける前後のアローディエンヌ視点です。
えーっと、シアンディーヌを日向ぼっこさせようか……いや庭に出したら植木を齧らないか心配だわ、じゃあ家の中?壁を登ったら困るわね……と迷っていると、玄関に黄色い輪とひび割れみたいな形の光が輝いたの。ぐりんぐりんと!
こ、これって………怪奇現象!?
……!?ど!どうしたらいいの!?えっ!?今更怪奇現象!?
ま、まさかこの世界にもUFOが!?
あっ、いや、室内よね!?じゃあ未確認えーと……飛行しない何!?解らん!!
と、ひとりで無様にアタフタ驚いていたら……その中心にはルーロ君とドートリッシュが!!
…………ど、どういうこと!?
「まあ、ルーロ君にドートリッシュ!?」
………まあ、じゃないわよ私ったら。何この驚きも表現出来てない凡庸な文句。
顔も恐らく無表情だろうし。……かなり驚いてるのになあ。
いやそんなことどうでもいいの。もしかしてこれって移動魔法、かしら?
そういやルーロ君は使えるって聞いたわね。ええ、その筈よ。
だとしたら成程、エフェクトが派手な筈よね。以前にミーリヤ様の移動魔法を見たけど緑色の魔方陣に草がブワッとなって凄くメルヘンだったわ。素敵よねえ。
義兄さまのは……運ばれる側はよく体験するけどそういや見たことないな。……確実に物騒そうよね。ああ嫌だわどうして気づかなかったのかしら。今度から遅まきながらも周りに気を配らないと!!
って、あら?
ドートリッシュはキャベツを沢山抱えているけど、どうしたのかしら。あ、もしかしてふたりでお買い物して、お得品をゲットした帰りかしら? ドートリッシュは倹約家だものね。
と呑気に考えていたら………。
「ドートリッシュ⁉」
あ、あれは……見事なえーと、床に飛び込んで前回りを……突然ドートリッシュが披露してくれた……。
凄いわ、カーテシーみたいな姿勢からあんな……私が挑戦したら首を折って死んじゃう未来しか見えない。運動神経凄いわよね!
って、どういうこと⁉
ああ、キャベツが四方八方にゴロゴロ転がっていく!!
「………ドリー!?」
ルーロ君もビックリしてるわ!! そりゃそうね!
私達がドートリッシュの謎の行動にアワアワしている内に、綺麗に前回りを決めた彼女は……あっ!! 床に!!しかもそのまま動かないんだけれど⁉
慌てて駆け寄ると、ルーロ君がドートリッシュを抱え起こしていた。
「……何やってるんだよドリー!! 奇怪な行動は止めろってあれほど言ってるだろ!!」
「うぐーん……」
呻き声を上げているドートリッシュは、目茶苦茶顔色が悪いわ。一体どうしたのかしら。何時も元気で快活でプラスのエネルギーの塊のようなドートリッシュが……。
「ルーロ君!! ドートリッシュの様子がおかしいわね……。
顔色も悪いわ。何だか服も緑に染まっているし……。気分が悪いのね⁉」
「それは……ドリーがはしたなくも力任せに粉砕したキャベツの汁です……。お屋敷を汚して申し訳ありません」
「い、いえ。それは気にしないでいいのだけど」
えっ、何故キャベツを……? 粉砕⁉ ど、どうやって?
………も、もしかしてキャベツを粉砕するイベントでも有って、帰りなのかしら。いや本気でそんなものが有るのかしら……。
いやでも……私の知らない奇祭って、この世界には山ほど有りそうだけれど!!
「本当に申し訳御座いません奥方様。先程から顔色が悪い割に奇行に走っておりまして! ほら起きてドリー!」
叱責する口調の割に、揺らし方は優しいわ。
流石ルーロ君。愛妻家ね。
「むもま……」
「あっ、こらシアンディーヌ! ドートリッシュに乗ろうとしちゃ駄目!」
シアンディーヌはドートリッシュによく面倒を見て貰っているお陰か、とてもよく懐いているのよね。
だからって、具合の悪いときによじ登らせる訳には行かないけれど!
うっ、何だか服に粘液が垂れてる! どうやらヨダレ的なものらしいのよね、コレ。ってことは、キャベツの匂いにつられたのね! もう!
「ドートリッシュ夫人は運動神経がいいね」
「……に、義兄さま⁉」
はあ!?って、このすぐ横に来た赤毛は……。
い、何時の間に私の背後に⁉ 扉はルーロ君側のあっちでしょ⁉
「うん、アローディエンヌの愛する伴侶、アレッキオだよお?」
「……お早すぎるお帰りでは?」
まだ15時なんだけど、どういうことなのよ。
後、言外に名前で呼べってプレッシャー掛けてきてるな。
イラッとするわね。……しょうがないじゃない!! 口が慣れてしまっているのよ!!
いやまあ、呼ばなきゃって時は呼ぶけど……決意しないと何だか恥ずかしいわ!!
「若様、醜態を晒し申し訳御座いません」
「医者を呼ばせたよ。珍しいね、ドートリッシュ夫人」
「はい……」
「大丈夫なのかしら……」
ああ、ルーロ君もションボリしているわ。
でも床に寝かせたままにしておけないわね。具合が悪いのに冷えてはいけないわ。
「義兄さま、ドートリッシュを」
「うん、担架を持って来させよう」
「有り難う御座います、若様」
担架……。いや、合理的でいいんだけれど、ウチに担架が有ったのね。
……義兄さまが運んであげたりしないんだ。いや、それはそれでルーロ君に申し訳ないわね。奥様を他所の殿方に運ばせたくないわよね。私ったら考えなしだわ。
ルーロ君とは体格があまり違わないから運ぶのは残念ながら無理でしょうし……背を伸ばす為に頑張っているらしいのよね。殿方に失礼かもしれないけどその心意気、可愛らしいわ!
頑張ってルーロ君!いずれドートリッシュをお姫様抱っこ出来た所をコソッと見たいわ。
「ん?僕はねえ、アローディエンヌとシアンディーヌ以外運ばないよ?」
「……何も言ってませんけれど」
何のチートなのかしら、偶に義兄さまがエスパーみたいな事を言い当てて来るのよね。最早チートに突っ込むだけ無駄だからスルーしているけれど。それが良くないのかしら。でもスルーする癖が付いちゃってるのよねえ。
グダグダ考えている内に、ウチの使用人によってドートリッシュが運ばれて行ったわ。ホント、何時の間に来たのかしら。
存在感消してるのに、本当にに手際いいわあ。あ、ドートリッシュが手放して転がっていったキャベツまで姿を消している……。
私と言えば無能にも、もにもに動いてるシアンディーヌを押さえてただけだわ。キャベツくらい拾えば……いえ、シアンディーヌに齧られるわ。
「じゃあ、僕達は彼らを待とうかあ、アローディエンヌう」
「義兄さま、お仕事はどうされたましたの?」
「午前中の会議終わったら他はどうでもいいんだよ」
「………他の方々にご迷惑掛けてませんわよね?」
出来るだけ睨んだつもりだけど、蕩けるような笑みが返ってきたわ。
……くそう。不機嫌オーラを出してるのに!
「僕は、常に王城の業務迷惑を被ってるんだよお?」
「義兄さまが激務を捌いてらっしゃるようなのは存じておりますが、こうホイホイ家に帰られては下に示しがつかないのでは」
「えー?僕はアローディエンヌと領地に引き篭ってたいのに、出てやるんだよ?随分有り難がってるよお」
「えっ、引き篭るおつもりでしたの⁉ ………碌でもありませんわね」
「僕の世界はアローディエンヌで出来てるからねえ」
「その他で出来てますから大丈夫ですわ」
「もおー、アローディエンヌったら照れちゃってえ」
いや、義兄さまが引き篭ってどうすんのよ。チートが引き篭りなんて国にも迷惑だわ。
後、無駄に頬っぺた撫でてくる手がイラッとするわね!
「外部と交流出来て何よりですわ。そんなことより、ドートリッシュは大丈夫なんでしょうか」
「医者に診て貰ってるよ」
義兄さまは本当に手回しが良いわよね。こういう所は尊敬出来るんだけどなあ。
首筋から襟の中に手を突っ込んで来るのをイラッとしながら避けていると、丁寧なノックが鳴るのが聞こえたの。
キャベツ汁で汚れた体を綺麗にしたドートリッシュとルーロ君がやってきたみたい。
「若様、奥方様。只今戻りました」
「若様! 義妹姫様!! 先程は失礼を致しましたわ!!」
「ああ、カーテシーは良いよ」
そうよね。さっき勢い余ってドートリッシュは飛び込み前回りしてしまったものね。
「それで、どうだったの?」
「あ、う。ええっとですわね」
「子供を授かりました」
ええ⁉ まあ、ええ!!
や、やったわね! おめでとう!!と祝福をしようとしたら。
「ちょ、ルーロ様!! さっきから直接的すぎよおおおおお!! どうしちゃったのおおおお⁉」
「どうもこうも、俺は元から合理的なんだよ。ドリーこそ何をモジモジしてるの。報告は速やかにが基本でしょ」
「そそそそそれは! 乙女心よおお!!」
「何乙女心って。報告に要る?」
えっと、ドートリッシュが真っ赤になっているわ。あ、恥ずかしいのかしら。そりゃそうよね。デリカシーが無かったわ。
ええと、もっとこう雰囲気を盛り上げて静かな感じで聞くべきだったかも知れないわ。
しかし珍しいわね。ドートリッシュがルーロ君に食って掛かるなんて。
「えっと、ルーロ君、ドートリッシュ、おめでとう。どうぞ、座って?」
「まあ、妊娠中は気分が乱れやすいらしいから気を付けた方が良いね。おめでとう」
あ、成程。マタニティブルーか!
ドートリッシュは口を尖らせてるけど、ルーロ君の服の裾を掴んでるし……きっと不安なのね。
「ドートリッシュ、私で役に立つかは分からないけど色々相談して頂戴」
「まあ、義妹姫様!! 本当ですの⁉」
「ご迷惑では?」
「ももおむ……」
「まあ、シアン様!」
「むも!」
「あっ、こらシアンディーヌ! ……っ? ぎゃあ!」
「危ないアローディエンヌ!」
ジャンプしたわよ⁉
シアンディーヌが、私の腕の中からジャンプした!!
ああ、ドートリッシュが受け止めてくれて良かったけど!!
って結構離れてたのに、反射神経良いわね!!
「ご免なさいドートリッシュ! 安静にしてなきゃならないのに!」
「いいえ、義妹姫様!!何か不安でしたけど、シアン様のおからだのモチモチさを堪能してわかりましたわ!」
「むもまもも」
え、えっと。
シアンディーヌを撫でてテンションが上がったってことかしら?それなら良かったけど……。
それにしてもシアンディーヌ、海老みたいにジャンプしたわね……。生後半年くらいなのに、どういうことなの。芋虫ってジャンプする生き物だったなんて。
「ドリー、また意味の分からないことを奥方様に言うんじゃない」
「いいえルーロさま! 頭が私に似たらどうしようとか色々考えたけど、なるようにしかならないわよね!子供は皆可愛いもの!」
「……ドリーは悩みまで気が早いね」
ルーロ君もホッとしてるみたいね。やっぱりドートリッシュの様子に動揺してたみたい。ああ、いいご夫婦よね。
「そうよ、ドートリッシュ。子供はとても可愛いわよ。貴方達の子供なら素晴らしく可愛らしくていとおしいでしょうね」
「勿体無いお言葉です」
「義妹姫様もシアン様がお可愛いんですものね」
「そうね、シアンディーヌは手間が他の子より掛かるけれど、一番可愛いと思うわ」
まあ、この界隈で芋虫育ててるのウチくらいでしょうから、他と比べようもないのだけれど。
それともルディ様やレルミッド様に芋虫のお子様がお生まれになれば色々他の事例が聞けるかしら。ウチがサンプルになりゃいいけど。
「どういうこと、アローディエンヌ」
?
義兄さまがフルフル震えてるんだけど、こっちこそどういうことなのかしら。
「シアンディーヌが一番可愛いって、どおいうことお!?」
「はあ!?」
思わず顔を見上げたら……薄い青の目に涙まで溜まってるんだけど⁉
一体この会話の何処の何に、泣く要素が隠れていたっての⁉
義兄さまは、何時いかなる時もどんな立場でも、アローディエンヌの一番になりたい系の悪役令嬢です。




