11.魔封じの医者と悪役令嬢
お読み頂き有り難う御座います。
タイミングよすぎな義兄さまの登場かつ、殺伐なバトルパートです。苦手な方はお戻りを。
「……妻?フォーナ、結婚してたのかな。……何とまあ美しい。随分綺麗な旦那さんだね」
………え?
「はへっ!!!?ち、ちちちち違います!!あああああそんな滅相もありません!!アロンさん、アロンさん!!」
フォーナは青褪めつつ即座にグレッグさんに否定しているわ。
……まあ、そりゃフォーナよね。私でも義兄さまとフォーナが並んでたらお似合いそうって思うもの。
残念ながら……相性は死ぬ程悪いけど。
そんなにフォーナが悲壮な顔をしなくてもいいんだけど。大体私なんぞ義兄さまと並んでバランスも見た目も悪いのは自覚しているし。義兄さまは綺麗だものね。
……うん、別に気にしてないからそんなに揺らさなくていいわよフォーナ。ええ自覚があるからちゃあんと正気よ。ちょっと他人に指摘されるとショックかもってだけで。
「と、言う事は……アロンちゃんの王子様かな?」
「気安くアローディエンヌを見るな、呼ぶな、失せろ。薮医者」
同意を求められているのか、柔らかいオレンジ色の目が私を見ているわ。
下らないことで呆けてる場合じゃないわね。
しかし……見られれば見られる程こんなことしそうな人に見えないのがまた……。
うーむ、どうして私、怯えて無いのかしら。どういう事なの。α波でも出されているの?そんな馬鹿な。
義兄さまが助けに入ってくれたとはいえ、フォーナと何処かに連れ去られようとしているのよ。マデル様とブライトニアは倒れられてしまって、他の従業員さんも無力化されているのに。
「……相違ございませんわ、確かに彼は私の夫です」
「へえ、彼が王子様か。綺麗な金髪と聞いていたけれど、綺麗な赤毛だったんだね」
「はええ……」
いや……其処は有ってるんだけどな。本物の王子様はルディ様の金髪とティム様の白髪……。否定したもんなのかどうなのか。
しかし、金髪の王子様が話題に出たって事はルディ様に御用なの?
どういう事なの?
頑なに私の伴侶は、グレッグさん的に王子様で決定なの?畏れ多いんだけどバレないだろうな。
いやでも、義兄さまの正体を此処でバラしてもいいかも見当が付かないのよね。
…………それにしても……義兄さまが逆光で怖いわ。表情が全く分からないのに怖いわ。火花も散ってないのに、何なの?このお腹から焼け焦げそうな迫力は。
義兄さまは、どうして王子様に間違えられてことを否定も肯定もしないの?
ツッコミたいのは山々なんだけど、義兄さまのお考えが有るのなら……要らん事を喋らない方が良さそう。
反応を探ろうにも、逆行で顔が全く見えないのが不安。滅茶苦茶嫌そうな顔してるんだろうなあ。
……それに、義兄さまが来てくれたのは良いんだけど、あまり状況は好転してないわね。
私のやったことでグレッグさんを手間取らせて、憎まれるであろうことをしたのも事実。
後ろにグレッグさんが居て、動きを封じられているもの。
……何かこう、抜け出せる手立ては……ないかしら。
フォーナも居るから、足を踏んで出来た隙に……とかは無理か。
後、そんな行動が成功しそうなの運動神経が良い人だろうし。出し抜ける奇策も思い付かない……。
「……驚いたな。私のスキルで倒れない人がいるなんて」
「魔力封じ対策してないで来たと思ってる?馬鹿じゃ無いの」
「魔力……封じ……?」
……途端に何だか不穏そうなRPGっぽいファンタジーな要素が来たわね。
て言うか、その魔力封じでマデル様とブライトニアはぐたっとしてるの!?
じゃあ、何故私とフォーナは無事なのかしら……。フォーナはヒロイン補正で無事!ミラクル!でいいとして、やられそうなモブ真っ盛りな私は何故?封じる程魔力がスッカスカで元々無いからかしら。
ゴゴッ!!ガンッ!!ゴロッ!!
首を傾げてると、また後ろで破壊された音が!!
今度は何を壊したの義兄さま!?
「アローディエンヌから離れろ、と言ったんだ」
「………アレッキオさま!」
て言うか義兄さまが持ってるの何!?武器!?
左手には……細長い抜き身の剣を持ってるみたい。背後の光を跳ね返してるんだけど、刃が波打った変わった剣ね……。
右手は何?銃?にしては大きいような。……何なのかしらあれは。
「連続発射出来る弩か。銃は軍属でもないと持てない規制が掛かってるからね。王子様は騎士爵はお持ちではないと」
いしゆみ?……全く分からないわ。何それ。
と、兎に角さっきからゴゴだのガガだの周りを破壊してるのはその弩のせいなのね!?飛び道具系の武器ってことかしら。
って、何ちゅう危ない物を持ち出してるの!!
「二度はない」
「あ、アレッキオさん!!はわあ!!は、はわあえええ!!」
「アローディエンヌを離せ」
ええ………めっちゃ怖い。義兄さまの凍りついたような甘い声が……更に相乗効果で怖いわ!!
私は……気を付けてはいるけれど、未だ未だミーハー気質なのね。………前に魔法がドカドカ放たれているのを見てるから、剣と魔法の世界に慣れたかと思ってたの。
ソーレミタイナで見たレルミッド様V.Sサジュ様のバトルカッコいい!!とか呑気に思ってたの!!
でも訂正するわ。愚か者だったわ。
間近で目撃する本気の剣戟は、こんなに怖いなんて!!安全圏からじゃれあいの見物とは全然違う!!
魔法でなくて、武器同士が打ち合う火花が散っているの、怖い!!
「っ!!いい腕だね!」
いつの間にか踏み込んで間近に迫った義兄さまが、グレッグさんの胴を義兄さまが斬り払いに!!だ、大惨事!!
よ、避けられた!?いや、グレッグさんは腕に嵌められた大きい籠手で防がれたみたい!!
目が付いていけない!!
「あ、アレッキオさん!!おおおおお待ちください!!何だか分かりませんがお待ちください!!」
「アローディエンヌを身を呈して守れ、綿毛神官」
「は、はいいい!!」
こっちを向いた義兄さまは………にやあ、と悪そうに笑っている。
薄い青の目が細められて、唇が歪んだ……悪どい何時もの笑みの筈なのに……怖い!!何度見ても怖い!!
漏れ出る殺意を浴びて、私は引っくり返りそうになってるわ!!見慣れてる筈なのに足が竦み上がりそう!!
「魔術職が剣も弩も達者とは……反則だな」
「殺す」
波打つ刀身の細長い剣を音もなく振り回す義兄さまの薄い青の目が……キラキラしてるけれど、完全に氷点下!!あれ、瞳孔開いてない!?
「にいさ………アレッキオ!止めてくださいな!!これには訳が有りますのよ!!」
「どうして?どうしてアローディエンヌはそいつを庇うの?」
「いや庇うとかじゃなくて!!
兎に角丸腰の人に斬りかかるのは良くないでしょう!!」
義兄さまって……あんな細いけど長い剣、よく音もなく振り続けられるわね!!
そしてグレッグさん、よく籠手だけで避けられるな!!普通なら死んでるんじゃないの!?
……でも、義兄さまと、義兄さまの振るう剣がキラキラ光って美しくて、思わず場違いながらも一瞬見とれてしまっていた。
「この剣はねえ、フランベルジュ。この波打つ刃が肉を抉って斬り裂くからね。死んだ方がマシな痛みをもたらすんだよ」
「治りが遅くなるというか、治療手段が即時にないとのたうち回って死ぬ武器だね」
いやいやいやいや!
見てたからってそんな怖い説明は要らないんだけど!!グレッグさんも義兄さまの剣当たりそうになってるのに!!間髪避けながら何を解説されているの!?
「はわ、あわ……」
「でも当たらないとね。もしかして脅しのつもりなのかな?」
「殺す気が無いのに脅しで武器は握らない。脅すなら他の手がある」
「成る程、道理だ。でもね、王子様」
がこん、キインッと……高く澄んだ音が響き渡ると思ったら……お、折れてる!!義兄さまの剣が!!
こ、籠手に何か隠していたの!?何あれ!?短い……ナイフ!?十手みたいな形してるけど何あれ!?
いや、それより義兄さまが!!
義兄さまが、ナイフを至近距離で喉に向けられてる!!
あの、義兄さまが!!
義兄さまなのに………!!
………義兄さま、殺されるの!?
先程震えた恐怖よりも、更に血の気が下がっていくのが分かった。
「殺す気なら、殺される覚悟もないとね?」
「…………」
グレッグさんの声は穏やかだった。
それこそ、人を殺めるに相応しくない穏やかな顔で……義兄さまに、アレッキオに……その白い喉にナイフを突きつけている。
「アレッキオ!!や、止めて!!私のアレッキオを殺さないで!!」
「アロンさん!!あ、アレッキオさん!!」
「元々仕出かしたのは私のせいですわよ!!罰なら私が受けます!!」
ああ、息がしにくい。
久々に大声を出した喉はひりつく。
でも、でも!!此処まで暴れておいて義兄さまは関係なく……はないけど!!
でも元々私があの子達を保護しようなんてブライトニアに言ったから!!
「…………じゃあ、アロンちゃんにお願いしようかな?フォーナ、アロンちゃんを連れて私の元へ」
「グ、グレゴリオさん!!どうして!!」
濃い赤紫の大きな瞳から涙が溢れ落ちるのも構わないで、フォーナは叫んでいる。
私が必要なの?何の役にも立たないのに……。
「フォーナ、大丈夫だから。泣かないで。グレッグさん、私だけで宜しいんですの?」
「人聞きが悪いなフォーナ。アロンちゃんの望みを聞いただけだろう?王子様を助けたいんだから、私の願いも聞い………!?がっ!!はっ!?」
…………え?
あれ?
………グレッグさんが、蹲ってる。
え?
ど、どうして?瞬きしてる間に、ど、どうして?
混乱していると………。
ガゴンッ!!ドサッ!!
な、何なのこの重い音は!?
あ!!に、義兄さまの足がグレッグさんの頭に!!
け、蹴り倒したの!?い、いつの間に!?
「………は、はええ?」
「え、ええ?」
「やーっぱり、アローディエンヌは格好いいねえ。ふふう」
「は?」
………いや、何この緊張感の無い笑い声。
笑うところなんて何処にも無かったでしょ?
「大丈夫う?アローディエンヌう」
…………え、どういうこと?
何でナイフを突きつけられていた義兄さまが、グレッグさんの頭を踏んでんの?
「え、ええ!?いや、ど、どう言うことですの!?義兄さまはナイフを突きつけられて……武器を壊されて!!」
「コイツ、傭兵名乗ってる癖に戦い方が型に嵌まりすぎだねえ。魔術職が武器持ったらおかしいとか、トドメを刺す前に油断するとか……武器が壊れたら相手は戦意喪失して無力化したとでも?」
「え、あ、ええと……」
………と、取り敢えず……目の前の義兄さまはピンピンしている、みたい。うん、少し襟元は切れてるみたいだけど。
何が起こったのか……目の前で起こったのに何だか分からないんだけれど。
もしかして……隙を見て蹴ったのかしら。それも、エゲツない感じで全力で急所を?
あ、有り得るわね。
………それにしても、冷たい目で人の頭を踏みつける姿が似合いすぎるんだけど!!怖い!!
いや、そうじゃなくて!!人の頭を踏んで良い訳が無い!!そもそも過失はこっちにあるのに!!誤解を解かないと!!
「義兄さま!!グレッグさんは気絶されてますわ!!足を退けてください!!」
「ええー?何でえ?」
「何でも何も、目的をお聞きしなくてはいけませんでしょ!!」
「勿論、目的を吐かせるよ。その後は遠くの森の恵みにするからね?」
「はあ!?」
義兄さまはこて、と小首を傾げて………爪先を捻ってるし!!
言い方を可愛く変えても駄目でしょ!?踏むのを止めさせないと!!
「て言うかいい加減退いてあげてくださいな!!」
「は、はわあ!!アレッキオさん!!あのあの、助けてあげてください!!」
「綿毛神官はホント役立たないね。今から外で焼こうか」
「義兄さま!!」
「ええー?何でえ?アローディエンヌを連れ去ろうとした重罪人の末路は暗雲が立ち込めて這い上がれない場所行きだよ?」
何処だよ!!聞きたくないな!!
「何ですそのツッコミ所しか無い場所!!でも、いやだから!!私も悪いんですから!!誤解を解きたいんですってば!!」
埒が空かないから立ち上がって義兄さまを退かしに行くと、ふわりと肩を抱かれた。
……甘い、何時もの義兄さまの匂いがする。
「アローディエンヌう。さっきの私のアレッキオってえ、もー1回言って欲しいなあ」
「はあ!?後で言いますから取り敢えず退いてあげてくださいってば!!」
ああああ!!
思い返すと恥ずかしいんだけど、それどころじゃない!!
ブライトニアとマデル様、他の方々も助けないと!!
周りを見れば、散々たる壊れた物や傷だらけの壁や床。
ああ、グレッグさんのお話をちゃんとお聞きしていればこんな大惨事にならなかったのに!!
勿論義兄さまが助かって本当に心から良かったけれど!!
………やりすぎ、と怒れないわ。全身が凍るほどの恐怖だった。命が失われるかと思った。
未だ、手が冷たいけど……それどころじゃないわ!!
「まあ、殺すには少し早いけど裂くのは良いよね」
「止めてくださいな!!」
………連射式らしい弩の横に、波打つ刀身の破片が床に転がっているのを、じっと見ないで!!
魔術なしの武器で戦う悪役令嬢回です。
義兄さまが裂く裂く言ってたのはこの武器由来で御座います。フランベルクとも言われる名前は炎の揺らめきから来てるそうです。室内だと長柄物は不利ですしね。
 




