9.獣人の番は難しいのね
お読み頂き有り難う御座います。
ブライトニアが荒らした宿から始まります。
……グレッグさんのお話をちゃんと聞けば良かったわね。
ブライトニアが保護した獣人の子の中に、グレッグさんの亡くなった奥様の甥御さん……つまり、義理の甥御さんがいらっしゃるらしくて、それで私達、いえブライトニアを追っておられたみたい。
失礼ながら、単なるナンパだと思っていたんだけれど……違ったわね。
私の人を見る目ってあんまりアテにならないからなあ。運が良いのか義兄さまの保護下で偶々安全に暮らせてるだけで。
……考えてみると有難いわね、義兄さまの存在は。
そりゃまあ、色々有るけど……今もシアンディーヌを見ていてくれる訳だし。いい伴侶、よね。うん。
……面倒がらずにお土産のひとつやふたつ持って帰らなきゃな。忘れそうだわ。
「はわ!アロンさん!足元濡れちゃいます!!」
「あ、有難う、フォーナ」
ぼんやり歩いていたら水溜りに嵌まる所だった。鈍臭いわね。
やっぱり……ううむ、散らかってしまっているわね。断られたけれどお手伝いしたいわ。
でも未だ、片付けが完全には済んでいないのだけれどマデル様のお話を伺う事になったの……。
フォーナと一緒に手伝いたいと申し出たんだけど、返ってお邪魔だとの事で。
……素人だけど、実に申し訳無いわ。
何時の間にかテーブルセッティングが出来ているし……。仕事早いな……。私も何かてきぱきやれるようになりたいわ……。今出来るテキパキ……義兄さまへの叱責とかツッコミ位しか自信ないな。
ってそんな事はどうでもいいわ。
この場をしっちゃかめっちゃかにした本人……いえ、本蝙蝠ウサギは私の膝で気を失ってぐたっとしているの。
……大丈夫なのかしら。ふすふす鼻鳴らしてるから恐らく大丈夫だとは思うんだけど。
あの魔力吸い取り水って言うの、強力なのね……。流石攻略対象が用意したもの、悪役令嬢に効く……。いえ、他の風属性の方にももれなく効くんでしょうけど。そこまでの物を作らなきゃならん風属性の方々って……そんなに激高しやすいのかしら。人によると思うんだけどなあ。
しかし、落ち着かないわ。グレッグさんとフォーナもみたいだけど。
いつの間に来たのか、お茶片手に優雅にされてるのはマデル様だけだな。流石名家の公爵令嬢。いや、一応私もそうだったけど狼狽えが止まらないのよね。見た目は無表情でしょうけど。いいのか悪いのか。
「それで、あの……」
「……ウサちゃんをー怒らせちゃったお手紙なんだけどねー」
「あのあの!グレゴリオさんを御引止めしてもいいんでしょうか」
あ、確かに。聞いて貰ってもいい話なのかしら。滅茶苦茶ブライトニアのプライバシーよね。
100%オルガニックさん絡みのことだろうしなあ。言いたかないけれど、例えば肉親に何か有ってもブライトニアはあそこまで……キレなさそうだなあ。
……同じでは無いけれど肉親には縁が薄いから分かるような、分からないような……。
まあ、キレて破壊衝動に駆られたい訳では全く無いんだけどね。そんな力も無いしな。
「フィオールちゃんに用が有るからね。彼女が起きないと困るんだよ。話の間、席を外そうか?」
「そうしてーくださるー?」
「じゃあ、片付けを手伝って来ますよ」
フットワーク軽く、グレッグさんは宿の従業員さんの方へ行ってしまわれた。
て、テキパキされてるな。何かしたいけど断られてオロオロしてた私とは物凄く違うわ。
やっぱり傭兵でお医者様だから緊急事態とか不測の事態にお強いのね。それに、ブライトニアの事情にも首を突っ込まれないし……。
私なら……プライバシーだし積極的には聞こうとはしないけど、聞けるもんなら聞きたいというミーハー心を抱えたまま悶々とすると思うわ。
「……詮索されないのね」
「グレゴリオさんはいい方なんですよ!皆さんにもお優しくて、中でも幼馴染さんととっても仲良しだったんですが……」
「ちょっとー、色々事情とーをーお持ちみたいねー」
え、他に何か有るのかしら。気になるな。
いや、でもそのお話は最優先するべきじゃ無いわよね。ブライトニアが激高した理由をお伺いしなきゃ。
まあ100%以下略だろうけど、違う可能性も……有るかなあ。
「ブライトニアはオルガニックさんの何を知らされましたの?」
「ニックちゃんがーウチの国のー令嬢にー口説かれちゃったのー」
「はわぁ!?」
やっぱりオルガニックさんの事だったわね、納得納得。
って、ええ!?オルガニックさんが!?地味にオルガニックさんってモテるのね!!
いや地味って失礼だな、何様なの私ったら。流石攻略対象よねって吃驚しなきゃならない所なのに。
キャラが親しみやすいからかしらね……。フォーナも超驚いてるけど。
「……オルガニックさんが口説かれたと言うのは、夜会か何かで何度かお会いになられて、お付き合いをしてくださいと申し込まれたって事ですか?」
「いいえー、多分初対面でー婿入りしてくださいっていうー若干形式めいた申し込みねー」
「はわ?!む、婿入り!?」
段階すっ飛ばしすぎよね。いや、ブライトニアも結構すっ飛ばしてるとは思うけど。
それにしても……アグレッシブだな、コレッデモン王国の令嬢って。
いえ、もしかして形式めいたお申し出をされるって事は遠回りなのかしら、まさかなあ。
……問答無用で断るのが面倒そうなパターンに見えるわ。形式ばってプロポーズされた事無い私が適当に考えたとしても、流石に『ごめーん無理ー』みたいなお断りは出来ないでしょうしね。
「あのあの、形式ばったお申し込みって言うのは、お断りしづらいものなんでしょうか?あの、ニックにはオールちゃんが……」
「普通はー代理人をー立ててー申し込むんだけどねー。どうもーウチではー本人がー恋文めいた渡し方をする方がー多いのよねー。手っ取り早いけどー悪しき習慣だわー」
「た、確かに本人同士の御心が同じなら手っ取り早いでしょうけれど……御心が違うなら断るのが大変なだけなのでは」
「お花ちゃんのー言う通りよー。そうなのよねー」
だろうなあ。……手っ取り早いってデメリットも有りそうよね。
両想いでなきゃ使えないっぽいものね。オルガニックさんを口説かれたって方、相当自信が有ったのかしら。長期戦が面倒くさくて手段を選ばなかっただけなのかもしれないけど。
ん?何だか膝の上にもぞもぞ動くものが……。
「グブ……。グゲ!?」
「はわ!!」
おわ!!ブライトニアが起きたの!?
膝の上を見たら……淡い茶色の塊がもぞもぞ動いてる!!あ、紫色の目が開いた!!
「ググググギャアアアア!!!」
「ちょ、落ち着いてブライトニア!!」
「グエゲグガアアア!!ブブブブア!!」
「お、オールちゃん!!お、落ち着いてくださああい!」
どうしましょう、怒ってるのは分かるけど何言ってるのかサッパリ分からないわ!!
兎に角、な、撫でればいいかしら!?
「よしよしブライトニア、ちょっとマデル様のお話を聞きましょう?ね?」
「ゴゲガアア!!」
「は、はわあ!!」
鳴き声だけ聞いたら何処の怪獣って感じなんだけど!!見た目はモフモフの蝙蝠ウサギなのがもうね!!
いや、力いっぱい抱きしめなきゃ飛んでフォーナを蹴りそうだから、ホント必死だけど!!
相変わらず力強いな!!こんな小さいのにどういうことなの!?飛び出そうとして動くとモフモフが首筋に当たってくすぐったい!!首開いた服着てくるんじゃなかったわ!!
「怒ってばっかりだとー、機会を逃すわよー?態々来てあげたんだからー、味方してあげるって分かるでしょー?」
「ブブゲ!!」
……うーむ、分からんけどニュアンス的に「だから何なの煩くてよ!!」とかかしら。
通訳……ウサギ系の獣人さんが都合よく居られる訳無いしねえ。
そもそも蝙蝠系の獣人さん寄りなのかしら?分からん……。
獣人の言語の習い事って有るのかしら。シアンディーヌの事も有るし、有るなら即習いたいわ!!
「差し支えなければ、その方がどういう方なのかお教え頂けませんか?」
「ゴゴブブブ!!!」
この鳴き声……物騒な事言ってそうな気がするわね。分からないけど!!だしだし前足で私の腕叩いてるし。
「そうねー。名前はーバーバラ・キエラ・カサニ。お洗濯業務を一手に引き受けてるー部署のー統括してる子爵家のー令嬢ねー」
「お洗濯ですか。重要ですね!」
「ブグゲッ!!」
「ちょ、フォーナを蹴ろうとしないで!!ブライトニア!」
油断も隙も無いわね!!発言が気に入らないのは分かったから抜け出してフォーナを蹴ろうとしないで!!
「そ、それでそのカサニ家のご令嬢が……何処でオルガニックさんを見初められたんでしょうね」
「ブブグ」
「今のーニックちゃんはー色んな部署にーお届け業務で行ってるみたいだからー、通りすがりかしらー」
意外と普通だわ。
いや、普通じゃないな。通りすがりの人にプロポーズって普通しないわよね。ラブレターレベルからならアリだとは思うけど、結婚、しかも婿入りのお願いかあ。かなり重いわね。そもそも私なんてヘタレモブだからラブレター渡す時点でも重荷だわ。渡したことないけど。
肉食系と言うか、アグレッシブだなあ……。
そうだわ、コレッデモン王国って義兄さまが婚活で賑わってるから危ないって言ってたわね。あの時は私なんざ狙われる訳無いでしょ大袈裟なとしか思えなかったし、勿論今も思えないけれど……。私以外の独身の方々にはきっとグイグイ来られるんでしょうね。婚約者がいたとしても。だとすると……オルガニックさんはお申し込みされるべくしてされたって事か。
「それとー、もうひとつー厄介なことが有ってねー」
「ググベエエエ」
「な、何でしょうか」
「はわ……」
ええ、何だろ。ブライトニアがこれ以上激高する以上の事なのかしら?
マデル様が薄い綺麗な桜色の唇を閉じて、また開かれて、閉じられた。
?何だか、言い難そうでいらっしゃるわね。……穏やかな口調で物事をズバズバハッキリぶった切られる方なのに。お珍しいわ。
い、一体……何が……?
「キエラ嬢はー、獣人さんの番なのよー」
「はえ!?」
「ええ!?」
「グググ……」
じゅ、獣人の番!?
その、オルガニックさんに婿入りを申し込まれた方が!?
「ええと、番って、獣人さんに見初められた人って事ですわよね!?ブライトニアがオルガニックさんを見初めたっていうか、盲目に齧りついていえ、ちょっと強めに慕ってるみたいな……」
「……つ、番さん同士でくっつきたいって、お申込み……は、それは、い、良いんでしょうか」
そ、そんなの……アリなの!?
あっ!!!ブライトニアが垂れ耳持ち上げて怒ってる!!
「ガギャアアアアアア!!」
「ブライトニア、落ち着いて!!」
「ブギャ!!ギギッギギャ!!」
「後ねー、先に言っておくけどー、そのキエラ嬢をー番に選んだ獣人はー私の親戚なのよねー」
な、何ですと!?マデル様のご親戚!?
せ、世間狭!!いや、公爵家のお血筋なんだし、コレッデモン王国のお城にご親戚が勤めててもおかしくはないけれど!!
それにしても、マデル様のご親戚が獣人さんで、その番さんがオルガニックさんに婿入りを打診……。
やっぱり世間狭いわね。
「ええと、マデル様。獣人のご親戚が居られたんですのね」
「今迄ー特にー何もー無かったからー特に何もー困らなかったんだけどねー。まさかー番の子とー上手く行ってないとはー思わなかったのー」
「ギャグゲゲゲ!!」
「怒ってるのー?ウサちゃんー。
悪いけどー仲のいいー親戚でもー常にー動向なんてー探らないわよー。でも悪いとは思ったからー、手を貸しに来たのよー?」
「は、はわあ。有難う御座いますマデルさん!!」
……マデル様は、ブライトニアとオルガニックさんを応援してくださっていると言う事よね。
勿論ご親戚の事も有るんでしょうけど、いい方だわ……。
……番システムって……相思相愛になる訳じゃないのね。当たり前か。ぐいぐい来られたら嫌がる方もそりゃ居るわよね。
オルガニックさんはどうしておいでなのかしら。恐らくお断りの方向へ動いてらっしゃると思うけれど。
「ねえ、ブライトニア、オルガニックさんを信じましょう?オルガニックさんはブライトニアの婚約者でしょう?」
「ギギギギブ」
「ブライトニアに誓ってくださったのを私やマデル様も聞いてるもの。ブライトニアの好きなオルガニックさんは不義理なことはなさらない方よね?」
「………」
………ブライトニア、垂れ耳が震えているわ。でもギギギギ鳴いてるのか歯軋りなの分からないし鳴き声が止んだみたい。
あ、摺り寄ってきた。もふもふするわ。
………やっぱり不安なのかしらね、ブライトニア。気のせいか、目がまだ不穏っぽいけれど。
アローディエンヌも義兄さまに獣人並みに執着されてるじゃんと誰も突っ込んでませんね。




