1.おふたりの皇太子(第三者目線)
お読み頂き有難う御座います。
今回の話はソーレミタイナメインで御座います。
久々の皇太子レギの登場ですね。ソーレミタイナ皇帝の唯一の息子にして、四代目ヒロインフォーナと四代目悪役令嬢ブライトニアの弟です。
此処は、かつてより少し静まり返ったソーレミタイナ王宮。
その少し奥まった所に皇太子の執務室が有る。抑えた赤い壁に、黒い調度品が設えられたその部屋で、皇帝から勅命を受け、若き皇太子……ふたりが政務をしていた。
この国には皇帝の子女が多い。だが、殆どの皇女は不幸にも亡くなったり、生死不明になってしまった。
主に政争のせいである。
主な貴族が側妃や皇女らを担ぎ、争い、一時国が揺れたこともあった。
そして驚くことに何と皇太子がふたりいる。
かつてはひとりだったが、つい先日もうひとりが加わったのだ。
当然、臣下達に激震が奔った。
しかし何時もやる気の感じられない皇帝の珍しい勅命である。臣下は各思惑を抱えつつも、その場は何とか静まった。
表面上は穏やかを装い、不満は燻っているようだ。
もうひとりの皇太子が王宮を歩けば、ひそひそと交わされる会話。
噂を語る顔はどれもこれも彼女を蔑む目をして、悪意に満ちている。
今迄陰に隠れていた皇女が一体どうやって父親に取り入ったのか、それとも弟である皇太子をその美しさで誑かしたのか。そう言う下賤な噂から、彼女の母親のキャス妃の出自が農民だから卑しいのだろう、と言う酷いものまで様々だった。
だが彼女は彼らをじっと、その美しい紫の目で見るだけだった。
彼らは調子に乗り、何もしない大人しい皇女だと侮った。
……ひとり、ふたりと噂話に興じていた同僚や部下、上司がジワジワと減らされていると知るまでは。
「塩害?此れは前回もその前も何度も起こっているわね。領主は何をしていて?」
「はっ、陳情を」
美しい少女が書類を眺め、ふたつに括った先が黒の薄い茶色の髪が揺れる。
隣の椅子に居た、書類を覗き込んだ褐色の肌に黒い髪の少年が中身に首を傾げた。
「陳情……だけですか?」
「一刻も早く皇太子レギ殿下にお伝えしようと、早馬を飛ばして参りました」
陳情に来た文官は、褐色の肌の少年にのみ胸を張り、遜った態度を向けた。
少女には全く顔を向けない。
「初手は何をしていて?」
「は?」
だが、全く気にせず少女は文官を問い詰める。
「この領主は此処にお前を越させる際に、何の対策を取っていたの?」
「はぁ?いえ、特に何も……」
「あら、上にお伺いを立てなきゃ何も出来ない能無しなの?すげ替える必要があるわね」
「なっ!?」
「フィオール姉さん、人手と物資を送る方向で書類を作らせて良いですか?」
「そうね。確か貴族街に獣人の傭兵がたむろして困ってると聞いたわ。暇は良くないわね、仕事をやりましょう」
彼を置いてポンポンと進められる会話に、文官はポカンとし、そして頭に染み渡ったらしく激怒した。
「は!?なっ、フィオール皇女殿下!!あんな野蛮な者共に!!」
「野蛮?力仕事に上品さが必要あって?」
「折衝役は必要ですね」
「皇太子殿下!!」
文官の叫びに、少女は美しい紫の目を細め、初めて文官を見る。
サラサラとした、ふたつに耳の上で括られた髪がまるで動物の長い耳のように揺れ、薔薇色の頬に、整った輪郭。そして、底知れぬ闇のような、美しい紫の瞳。
今迄まじまじと見た事は無かったが、恐ろしく美しい少女だった。
ただ、何故だろう。
何故彼女の背後に、昏いものを感じるのだろうか。
怒りと、何故か怯えのような感情が湧いてきて、文官は混乱した。
「レギだけでなくあたくしも皇太子よ、其処の。獣人でもあるわね」
「っ!!失礼致します!!」
文官は震えながらも、忌々しそうな顔を隠しもせず勝手に退出した。
何故、こんな野蛮な皇女が……と吐き捨てるのを忘れない。
「不愉快な男ね」
「そうですね、家格に驕っている所が見受けられる人物ですが……今日は特に酷いですね」
閉められた扉をちらりと眺め、ブライトニアは書類に目を落とした。
「酷いわね。この酷い塩害の前に津波が有ったんでしょう。それにも大して対策をされていなくてよ」
「国の費用をどうしたんでしょう。私腹を肥やしたんでしょうか」
「どの道、屑ね。その癖にさっきの手先が偉そうにするもんだわ」
「何故でしょうね……。他の姉さんなら兎も角、フィオール姉さんはあまり、政治に関わられていないのに」
「推してた家の駄姉が死んで、あたくしが此処に座ってるから気に入らないんでしょ。楽しい程露骨ね」
楽しそうにクスクスと笑う姉に恐怖を覚えた。彼に姉は沢山いたが、全員に会った事はないが、危険な思想の姉も不安定な姉も沢山居た。だが、この姉は彼女ら以上に危険な力を持ち、何を仕出かすか本当に分からない。
オマケに、彼女を止められそうな人物は国外と言う状況だ。
レギは慌てて彼女を穏便な方へ向けられそうな方法を考えた。
「……表面しか物事が見れないのは悲しい事ですね。フィオール姉さん、彼を……かの領主を更迭しますか?」
「そうね、忘れた頃が良いわね。あたくし物覚えは良くてよ。さぞかし色々やらかしていそう、楽しみだわ」
以前、習ったのだろう薄化粧をした姉は実に美しく、薄い赤い花のような色に塗られた唇で弧を描いた。
実に穏便にならなさそうな笑い方だった。
この姉は基本、この国では誰よりも短気なのである。
先程怒り狂わなかっただけで未だマシになった方なのかな……とレギは諦めそうになった。
「あの、せめて更迭を……穏便におしとやかにするって、師匠が……」
だが、最後の切り札を出して見ることにした。
「ええ、おしとやかに大人しく座ってやってるでしょ、愚弟」
「………後に処罰は大人しくありませんよ、フィオール姉さん。あまり残酷ですと……師匠が知られたら顔色を変えられますよ」
「そう、オルガニックが過去の処罰を気にするような事態が起こらなければいいのね。
じゃあ、塩害なんかどうでもいいようだから、領主と一緒に塩漬けが良いかしら。汚染されて廃棄予定の塩田が有ったわね。最後に有効活用しましょう」
穏便のおの字も無いような発言が返って来た。
「………え、塩田を処刑場にするんですか?」
「どうせ煮ても焼いても味付けしても食べられないんだから、良いじゃない。塩害の大変さを反省するまで埋めたら良くてよ」
「いえ、塩漬けなんて死にますよ……。フィオール姉さん、過剰な刑罰はちょっと……」
「あら、他の駄姉はもっと面白い事をしていてよ」
ぽん、と放られた書類には今は死んでしまった姉たちの傍若無人や非道な扱いの私刑が列記されている。
彼女らに意見をしただけで逆らったと投獄された者も沢山いるようだった。
初めて見るものに、レギは思わず絶句した。
「コレは……」
「一応あのエロダメ親父も裏で何とかしようとはしていたみたいだけど、死者も出ているわね」
「そうだったんですか、僕は何も知らず……」
「責任転嫁な駄姉に振り回されていたものね」
「ファーレン姉さんは……」
同じ両親から産まれた、歳の離れた姉。
基本真面目でマトモなのに、ふとした拍子に酷く不安定なファーレン・カリメラ。
想い想われる姉弟関係だと、レギは思っていた。
……何時の間に、狂気が正気を飲み込んで、歪んでしまったのか。
「まあ、駄姉の話はどうでもいいわ。預かり先から書類が来てたし」
「……」
「生きてる連中は保護しておいてやったわ。随分罵声も浴びたけど、一応血は繋がっているのは事実だし、それは仕方ないから宙づりくらいで勘弁しておいてやったわ」
「……フィオール姉さん、……貴女ってひとは善い方なのか意地悪なのか本当に分からないですね」
「あたくしに文句を言いたいなら納得させてから言うのね」
ふん、とブライトニアは鼻を鳴らし、結ばれた髪の片方を肩へ払った。
「大体、オルガニックがあたくしの傍で常に見張ってくれるんなら喜んで大人しくしてよ」
「帰ってきてくださらないんですね、師匠………」
「そうよね。オルガニックの故郷は此処だものね。帰って来てほしいわ……」
オルガニックの話題になった途端、ブライトニアはウットリと顔を緩めた。
「…………仔ウサギが産まれたら傍に居てくれるかしらオルガニック」
「………それは何とも言えませんね。子供は授かり物ですし、そんなに焦らずとも………うううアローディエンヌさん!!」
そして正反対に想い人を思い浮かべたレギは机に突っ伏した。
「諦めの悪い愚弟ね。アロンにはシアンが居てよ」
「そうなんですけど!!それでも会いに行きたい………でも虫なんですよね、娘さん!!」
「……お前の虫嫌いは面白いわね。話だけなのに鳥肌立ってよ」
「子供の頃に………巨大な三角州ゲンゴロウの獣人に飛んで襲われてから……恐ろしくて仕方がないんですよ!!ああああああ、思い出すだけであの裏側が!!」
子供の頃の出来事を思い出すだけでも恐怖なのか、レギは頭を抱えた。
「ああ、番が欲しかったらしい行き当たりばったりの仕業だって聞いたわ」
「しかも男でしたし!!」
「そう。雄でも雌でも良いけれど無理矢理は良くないわね」
とても師匠に押し切ったお前が言うな、とはとても言えないレギだった。
色々嘗ての事件で助けて貰った事もあるし、相手は姉で立場がかなり弱いのもあるが、心優しい彼は姉にこの件で逆らう気は無かったのである。
「兎に角、ですね。僕は虫全般ダメなんです」
「そう、アロンへの比重よりも?」
「………………………お子さんを置いて離縁してくださるような事件って無いでしょうか」
「馬鹿兄貴に愛想が尽きて離縁した所で、お前に嫁ぐとは限らなくてよ」
「そう、なんですか!?まさかアローディエンヌさんに誰か近寄る不埒者が師匠以外にも!?」
アローディエンヌの話で頭が真っ白になったレギがそう口走った途端、ブライトニアの元々ツリ目がちな目が更に吊り上がる。
「何ですってレギ、オルガニックをアロンとくっ付けようって言うの!?」
「落ち着いて下さいフィオール姉さん!!今は口が滑って過去の事を思い出しただけで、断じて僕がそんな恐ろしい事態を願う訳ないじゃないですか!!」
「……オルガニック……こうしちゃいられないわ。アロンに釘を刺してこないと。相談も有るし」
「……え?」
ブライトニアは着ていた黄色のドレスの裾をたくし上げ、窓に近寄った。
「ちょ、フィオール姉さん!?」
「そうね、今回は2、3日で戻ってやるわ」
「待ってください、あああ僕もアローディエンヌさんに会いたいのに!!」
「まあ、シアンへの心の準備と馬鹿兄貴への対抗策が出来たら来るのね」
「フィオール姉さーーーーーーん!!」
そして、皇太子のひとりフィオール・ブライトニアは窓から飛び出し、庭に華麗に飛び降り……国外脱出を果たしたのだった。
大体威嚇か怒ってるかニックかアローディエンヌに甘えてるブライトニアが、仕事しております珍しい展開です。
レギが未だ拘るアローディエンヌに会いに来ない理由=トラウマレベルの虫嫌いで御座いました。




