知っている者は他にいる
お読み頂き有難うございます。
悪行に沢山使われた塔の前にやってまいりました。
「……案外、高いのですわね」
ゲームでしか知らなかったから、近寄るのは初めてかも……。
勿論、高層ビルみたいな高さじゃないけれど……。
見上げる首が痛くなる程、まあまあ高いわね。……私がチビだからじゃないわよ、断じて。
「フィオール・ブライトニア……。……変な火の魔力と言うのは、彼ではないですよね?」
「え?」
彼? 誰かいらしたのかしら。しかし、此処に来れる方って……限られているわよね。火の魔力持ちの高位の方……誰……。いや、目を逸らしたくてボケようがひとりしか思い当たらない!! 伴侶なことを除いても圧が強いのよ!
でも何で来たの、あのひと!
「勿論馬鹿兄貴では無くてよ」
「ええ……やはり、義兄さまなの……?」
逢いたくないって訳でも……あるわね。だって、面倒臭い予感しかしないわ……。頼りにはなるけれど、気分でシッチャカメッチャカにもするし……。
「なあにい? アローディエンヌう」
バラバラっと火花が降ってきたかと思ったら……。
う、上から義兄さまが……!? 上!?
いや、何で塔の上に……!? ……ニコヤカに見下ろしてくるのがまた悪役令嬢らしいわねえ。
……やっぱりスタッとこう……ベタな腹立つ軽やかさで意味有りげ〜に降りてくるのかしらと思ったら、全く眼の前に現れないわ……。何を勿体ぶっているのかしら。劇的に派手にとか要らないのだけれど。
まさか、もうとっくに降りて左右……は呆れた顔のティム様と仏頂面のブライトニア……いないじゃないの!
と、なると、まさか。
「じゃあーん! 朝ぶりだねえ。
かあわいーい僕の愛しいアローディエンヌう。忌々しい荒れ地にいても煌めいてるよ!」
「ぐえっ! いや、何故後ろに!?」
満面の笑みの耽美な顔が、後ろから抱きついて覗き込んできた! いや、慣れてるけどギョッとするし、何なのよ!? 何で此処に居る訳!? ちゃんとセオリー通り、眼の前に現れなさいよ腹立つな!
「ヌッと無意味に湧き出たのよ。不審者らしく現れるのが好きな男ね、馬鹿兄貴」
「悔しいなら移動魔術くらいこなしてみせな、無能フロプシー」
「フン! 有能なあたくしにも向き不向きが有ってよ!」
「そもそも、移動魔術は困難と混沌と渾然一体に溢れる古代魔術の一種ですしねえ……。
ホイホイと使えるアレッキオとレルミッドとルーロ君がおかしいかと。
あ、ダンタルシュターヴ伯爵もでしたね」
古代魔術……。困難と……何とかよく分からない古代魔術をサラッと使える皆様って、知ってたけれどウルトラなチートなのね……。
しかし、チートって普通に多いものなのかしら……。そもそも、お知り合いは私以外は全員何らかのチートな件よね。実に肩身が狭いわ。せめてお邪魔にならない程度の底辺脱出を頑張らないといけないわ……。
「その辺にいるし、使える人数多いわね。そんなに居るなら大した希少魔術でも無いんじゃなくて?」
「いやいやいや、失礼でしょう?
他の大多数はそもそも古代魔術を扱えないのよ、ブライトニア」
世界レベルでも充分希少だと思うわ……。何でお知り合いに多いのか意味不明だけれど、瞬間移動なんて、強キャラ感が凄いわよね。
まあ、私にチートが有ってもきっとモブさのおかげで使いこなせないでしょうし……実に羨ましいわ。
「そおでしょ僕って凄おいでしょ? アローディエンヌう! 遠慮なく褒めてえ!」
「……凄いですから離れてください、義兄さま。
見上げる度に首と肩が疲れます」
「あー、疲れたあ? 抱っこするう? 見つめ合うの楽だよお」
「別に見つめ合わなくて結構です! ほら、正面にお出でくださいな」
しまった、義兄さまを調子に乗らせてしまった。頬を膨らませないで欲しいわ!
それに、何でこんな野外で抱き上げられなくてはならないのよ!? 人目は少ないとは言え、恥ずかしいじゃないの! 何だかティム様から向けられる視線も生温くなってるし!
「相変わらず足取りが聞こえない上に軽々しいですねえ、アレッキオ」
「お前がアローディエンヌをこんな煙臭い所に連れてくるからだろ」
「馬鹿兄貴が無遠慮に、無理矢理乗り込んできて図々しいのよ。そもそも此処を煙たく焼いたの、お前じゃなくて?」
「え、分かるの? ブライトニア」
やはり、悪役令嬢同士悪事が分かるとか?
嫌な分かり合い能力ね、それ。
「時間が経ち過ぎてて魔力はよく見えなくてよ。でも、大抵馬鹿兄貴がやりそうだもの」
「別にどうでもいいだろ」
「フン、愚かね! あたくしならもっと大規模に派手にやっていてよ!!」
「破壊行為で張り合わないで、ブライトニアに義兄さま!」
うう、義兄さまとブライトニアの間に入ろうとしたら、義兄さまに、普通に抱きとめられた……! 何時でも何かこう……ひょいっと抱きしめられると腹立つわね!
「わあ、アローディエンヌからぎゅうって」
「してなくてよ」
「してませんねえ」
「離してくださいな! んもう! 義兄さまがいらっしゃると話が進まないでしょう!」
「話ねえ。アローディエンヌが進めたいなら進めるう?」
くそう! 義兄さまの胸を押しやってもビクともしない! 普段のスクワットが足りないのかしら!? 腕力を鍛える為に花瓶でも運べばいいの!? 割る気しかしない!
「話を妨害しといて何をヌケヌケと言ってるのかしら、馬鹿兄貴」
「そもそも、アレッキオ。僕達の話を聞いていたんですか? 油断も隙もないですねえ」
「お前が気に入った面子を連れ回してたら、大概分かる」
「……そんなに判り易いですか?」
「普通に不審で目立つんだよ」
うっ、この組み合わせはそりゃ目立つのかしら……。そりゃふたりは華やかだけれど。私だけだとオーラは皆無だし地味なんだけどなあ。
「それで、馬鹿兄貴が何の話を進められて? 下手人は死んでティナの遺骸もない。証拠はない上に証言もあやふや」
「フロプシーの癖に状況把握はマトモだね」
「あたくしは皇帝なのよ。目的の為なら推理程度夜食前だわ」
「其処は夜食なのね」
目的……。オルガニックさん未承諾の手作りグッズの為とはいえ……流石悪役令嬢、頭脳明晰よねえ。
しかし此処の慣用句、朝飯前ではないのね……。実に太りそうな気もしないでもない時間帯だわ。良いのかしら、健康的に……。
「ええ、アロン。今日の夜食は柔らかい葉っぱを用意なさい。シアンを相伴させてやって良くてよ」
……葉っぱかあ。夜食なのに途端にヘルシーになるわね……。シアンディーヌに夜食とかあげて良かったのかしら。最近ご飯が足りないのか、毛布を齧るのよね……。欲しがるだけあげていいのか、芋虫の許容範囲が判らないわ……。
「何が夜食だ。勝手にその辺の死骸に生えた野草でも食べてろよ」
「流石に死骸に土は掛かってますよ、アレッキオ。そんな事言いだしたら、その辺の地面は死骸だらけですし」
いや、ティム様もそこじゃなくて……。
「しかし、本当にアレッキオは何をご存知で? アローディエンヌを連れ帰りたいだけでは?」
「ティミー、お前が聞くことが出来ない人物と話をしてるって考えないの?」
「そんな方居ますかね。
嫌ですけど、僕はこの国の第二王子ですよ。大体の臣民が、一切合切素直にお話せざるをえない立場だと自負してますが」
そうよね。ティム様は……お願いして駄目なら、失礼だけれど権力でなんとか平伏させるタイプだものね。改めて怖い方だわ。
「ジャド・ルカリウムに聞いた」
「知らなくてよ。誰なの、それ」
「ぞ、存じ上げないわね……」
ルカリウム……。ルカリウム……えーと、レルミッド様の御家名だったわね。同じ御家名ということは、御親戚の方かしら。普段家名でお呼びしないから、記憶がイマイチだわ……。もうちょっとしっかりしないといけないわね。
「……兄上様の父上です」
「ええっ!?」
「ああ、ルディの父親? それなら満面の笑みのルディと出かけているのを町で見てよ」
ルディ様の、お父上!
そうだわ、レルミッド様の父方の叔父様は、ルディ様のお父様……。
で、母方も異父姉妹なのよね。
……ふ、複雑でいらっしゃるなあ。
「確かに、盲点でした。兄上様がジャド殿に僕を近寄らせてくれる訳が有りませんね……」
「へえ。嫌がられてるのは自覚してるんだ」
「流石に、超えてはいけない線位は弁えるようにしてますよ」
「へえそう。なーんだつまらない。ズケズケ聞いてショーンにキレられて、埋められたらいいのに」
「義兄さまの方が嫌がられていそうですが、どういう繋がりですの」
「ふふう、ゴミ焼きした時!」
「いや、いちいち顔を撫でないでくださいな! 何なんですのよそれは!!」
滅茶苦茶誤魔化されてるわよね、コレ!
でも、此処で追求してもなあ。本来はティム様の御両親を探すのが目的だし、話が逸れるのよ。
「それで義兄さまは、ルディ様のお父様から何をお聞きになりましたの?」
「えー? アローディエンヌも気になるう?」
「気にならない訳が無いでしょう。ティナ様及びティナ様のご伴侶の事は、ティム様の悲願ですのよ」
「アローディエンヌ……」
「えー、そのティミーに向ける優しさを洗いざらい僕に向けてよお。寂しーい」
うっ、ウザいわ……。寂しいも何も、毎日貼り付いてくるのに……。そもそも今も肩を抱いてきてるじゃないの……。
どうしたものよ、これは……。
「アレッキオ」
「なあにい?」
「教えてくださいな」
「……」
「何で黙りますのよ!」
いや、何で睨み合いになってるのかしら。
義兄さまも頬を染めないで欲しいわ。くっ、グイグイ服を引っ張ってもびくともしない!
「アロン、馬鹿兄貴の足でも踏んでやったらどう? 喜ぶんじゃなくて」
「そういうご趣味はご家庭内でお願いしますね」
「致しません! 義兄さま、教えてくださいってば!」
「そんなに跳ねなくてもお。かあわいいアローディエンヌう」
「アレッキオ!」
「まあ単純な話だよお。ティナ様とジーア様の『処刑』には、ルカリウム兄弟がキャワ・エンジェルンに関わらされたってだけ」
「しょ、処刑……!?
この、残酷な愛に殉じる塔の上に……ルディ様のお父様がたがお出でになったと!?」
「へえ、中々の関わり方ね」
ティム様のお顔を思わず見たけれど、意外と落ち着いておいで、なのね?
激昂されているかと、思ったけれど……。
「成程……。それでは、兄上様はジャド殿に近寄らせない筈ですね……」
「ティミー、ルカリウム兄弟を恨んで殴りに行く?」
「いえいえ、まさか」
「あら、怒り狂わないのね」
「勿論、被害者同士を殺し合わせる手口に、ウンザリしたのはありますよ」
森が、風もないのに枝が不自然に揺れているわ。
ティム様の濃い緑の瞳が暗い……。怒りと悲しみと諦めを湛えているからなのかしら。笑みの形の唇が怖くて見ていられない……。
「だって、ジーア伯母上は生きて戻られましたから。
ルカリウムの御兄弟が影で尽力してくださったのでしょう? アレッキオ」
え、あ、成程。そ、そうよね! 勝手に悲劇一直線だと勘違いしていたわ。
処刑……多分突き落とすのだろうけれど詳細は判らないわ。でも、ジーア様は……御歳の不思議とか記憶の混濁とか、色々有るけれど今! 生きておられるもの!
助かるよう、当時の王家に気づかれないよう手を尽くされたんだわ! なんて良い方がたなのかしら!
という事は、ティナ様の御身も……! 明るい希望が……!
「ふーん。まあ、流石に気付くか。
其処に気付かず、ショーンと仲違いすれば面白いのに」
「アレッキオ! 何てこと言いますの!」
「いたあ! アローディエンヌ、手を解くなんてひどおい!」
「アロン、目を狙いなさい」
油断も隙もない! やっぱり引っ掻き回すつもりでも有ったんだわ!
と言うか、ブライトニアもドサクサに酷いわね!
頼りになるけど頼りきれない悪役令嬢義兄さまですね。




