夢の中は懐かしげ
お暑い中、お読み頂き有難うございます。
残酷な愛に殉じる塔の前でアローディエンヌとブライトニアとティムが駄弁っておりますね。
「アローディエンヌはあの塔を見て、何かしら思う所は有りますか?」
「……鳥が沢山居て、高い塔ですわね」
義兄さまがロージアを突き落として、でもロージアが生きていて……ロージアをティム様が利用して……。
……思い出すと中々濃いわね。ロージアのビジュアルが最早過去の攻略本くらいにしか思い出せないわ。眼の前で私を貶し生きて動いていたのに……。考えるとボヤッとするのは何故かしら。
「アローディエンヌは前世混じりですよね?」
「え?」
「見えたりしません? 特殊な夢で」
「そ、そう言われましても……」
そもそも今、お昼よね。あら?
どうしてティム様は、私が前世の記憶持ちニュアンスを感じ取られたのかしら?
「変な期待を掛けるんじゃなくてよ、ティム」
「何なら、君の愛しいオルガニック師匠でもお連れしたいんですが」
「焼け跡で逢引も斬新で良いわね」
「受け答えが強すぎるでしょう。
どういう趣味なのよブライトニア」
焼け跡でデートだなんて悪趣味過ぎ……。
「あ、ら?」
眼の前が、突然暗くなったのよ。私は、座っていて、塔を眺めていた、筈よね?
「お招きしてないひとは、追い出すけれど……まあ、いいわ」
慌てふためいて狼狽える耳朶を震わせたのは、低い掠れた甘い甘い女性の声。
だ、誰なの……。
「? 迷い込んだのあなた。可愛い魂をしてる」
「……!?」
な、何、此処!! 暗さがマシになったと思ったらお、お店……の中?
薬缶とか、金ダライとか……実用的で、尚且つ懐かしい系の品物が置いてあるお店ね……。古い商店街に有りそうなお店……。えーと、こういうのは何屋さんなのかしら?
……奥にある滅茶苦茶大きくて白いぬいぐるみが気になるわね。何かしら、アレは。
それに、奥の和室の電灯がチカチカしてるのも気になる。お店自体が古いのか暗くて……蚊取り線香の、匂い……。
懐かしい感じなのに……此処、初めて伺うわよね? 外にはセミの鳴声がけたたましい……。まさか熱中症で倒れたのかしら、私。此処でご迷惑をお掛けしてしまったのかしら?
「此処は、金物屋のカナの、お店」
「金物屋……」
金物屋さん……は納得だけれど。カナさんって誰かしら。しかも金物屋でカナ? さんって失礼だけれどベタなお名前ね……。
「!」
目を上げると……滅茶苦茶麗しい美少女がこっちを、私を見ていて……あれ、何だか観たことがあるわ。
実写版で悪役令嬢をふたり見てきたけれど、この娘もかなり悪役令嬢ぽい……。
……いや、観たことあるのよ。きっと……ええと……何処だったかしら。遥か遠く、何処かで……。
「夢で世界をフラフラ出来るの、凄いわ」
「世界を? あの、貴女は……何方?」
「私、アリア」
「アリア……」
意味はイタリア語で独唱……よね? でも、人に使うその名前を、何処かで聞いたことが有るわ。
暗がりで濃くなっているけれど柔らかに揺れる青い髪と、熾火のような昏い赤い瞳……。キャミソールワンピースを押し上げる羨ましい程の豊かな胸……。いや、セクハラね。つい見ちゃうな。
でもそれ以上に、黙っていても溢れ出す威圧感と妖艶で底知れぬ雰囲気。
彼女は……悪役令嬢……。
「日向アリア……さん?」
「そうよ、好ましい感じのひと。誰かの伴侶になってなかったら、傍に置いておきたいわ」
誰かの伴侶……?
私が……?
いえ、日向アリアって誰? つい口から出たけれど……どうして私は知ってるの。
「……あつい」
「えっ」
私へ伸ばされた華奢な手に向かって、火花が散った。
何故、何処から火花が……? え……まさか、漏電?
「揺らいでいるから置いておこうかしら……。
でも、迂闊に触れたら燃えそう。
このお店が燃えたら困るの。愛してるひとの実家だから」
私に触れたら燃える? 確かに、燃えたら困るわ。でも、このアリアさんの言うことは不思議過ぎて付いていけない……。私の頭の回転が更に鈍ってるみたい……。
「あう、ああ……あうえ……」
向こうの方で、赤ちゃんの泣き声がする。ひとの子供だわ。
あら? 人でない子って、何かしら?
「あの子はアリカっていうの。私とカナの子」
「カナさんって殿方なのですか」
「そう。未だ生まれてないけれど、直ぐに塔へ渡ってしまう。そして、あの男へ繋がる」
「え」
どう言うこと? 生まれていないのに、赤ちゃんの声って……ホラー展開?
あの男って誰……。
「貴方の伴侶は私と同じで、危険」
「あの、アリアさん……」
「フワフワチラチラと弾けて、何処にいてもきっと、逃さないわ」
私の伴侶。
それは……しゃりん、しゃりんと耳元で煩く鳴り止まない。さっきまで静かだったのに、装身具が鳴り止まない。眼の前を火花が弾けながら煌めき、通り過ぎる……。
「だあめだよお? アローディエンヌう」
甘い甘い、頭をグラグラ揺らす声。
引き戸越しに見えるアスファルトが、電柱が融けるように歪んでゆく。
蝉の声が薄れて、此処は。
私は……。
「アロン、アロン」
「えっ」
「ああ、良かった。帰ってきたんですねアローディエンヌ
何か見えましたか? 僕の両親の行方とか」
眼の前には見事なテーブルセッティングが設えられた丸テーブルに、心配そうなふたりの顔。
茶色から黒に変わるグラデーション髪の悪役令嬢と、白い髪の王子様。
そして私は……アローディエンヌ。よね?
「申し訳御座いません。私、ボーッとしてましたかしら」
「真顔で固まってましたよ」
「アロンが真顔なのは何時もよ、愚かね」
「変な理由でティム様を罵らないで、ブライトニア」
「此処に連れてこれば、アローディエンヌが何らかの能力を発揮すると思ったんですが」
「すみません、無芸で無能なので……そんな大したことは出来ません」
「誤魔化してます? 何か見ましたよね?」
うっ、ティム様は鋭くていらっしゃるわ……。
だけれど……。何を話せばいいのかしら。
金物屋で、美少女ホラーを白昼夢?
……意味が分からなさすぎるわね。
「説明がし辛いのですが」
「誰かを見たんですか?」
「美少女を見ました」
「あたくし?」
いや確かにブライトニアは掛け値無しに美少女だけれど、臆面もなく自分で言うわよね……。可愛いけれど、こういう所が良いのだか悪いのだか……。
「ブライトニアは勿論美少女で可愛いけれど、違うひとよ……」
「何なの? 他人なんてどうでも良くてよ。
アロンにとって可愛いのだから、美少女はあたくしだけで良いじゃないの」
いや、そんな膨れなくても良くないかしら? 頭をグイグイ押し付けてくるし……。
取り敢えず撫で続けたら機嫌を直してくれたけれど……。
「髪は青で……」
「水属性ですか」
「瞳は赤かったのですが」
「火ですね。初代ドゥッカーノ王妃のような色彩じゃないですか」
「王妃様……」
あのアリアさんって、王妃様って感じ……でもなかったわね。
場所は庶民派な感じの金物屋さんだったし。
「ドゥッカーノは態々色味まで遺すの? 気味悪くてよ」
「初代国王が王妃に宛てた詩が有るんですよ。えーと、うろ覚えで恐縮ですが」
異界から来たれし我が最愛。
朝を染めた瞳に昼を映す髪。
そなたとの国を作ろう。
屍を積もう。
君を囲おう。
「……急に怖くなるのは何故なのですか」
「趣味と気味が悪くてよ」
特に後半……。建国には荒事も付き物でしょうけれど、愛が絡むならもうちょいオブラートに包んで欲しいわ……。
「散々ですねえ。仕方ありませんよ。初代国王は死骸動かしなんですから」
「し、死骸……動かし!?」
何それって、ネクロマンサー!? 初代国王って、ネクロマンサーなの!? え、怖! 知らなかった!
「はい、死骸を沢山動かして軍を率いて其の辺を征服したのが初代ドゥッカーノ国王です」
「傍迷惑な男ね」
「まあそうですが、動員したのが死者なので財政的には黒字だったそうですよ」
「あたくしのように自分で戦えば、自ずと黒字よ」
……そうだった。忘れがちだけどブライトニアったら、ネテイレバを侵略してたんだったわね……。
初代国王陛下のお話といい、眼の前の悪役令嬢皇帝といい……聞いてるだけで滅茶苦茶人外魔境かも……。
白昼夢を見た程度の私は、何が特殊なのかサッパリだわ。
「それで話を飛ばしてすみません、アローディエンヌ。
僕の両親の夢は見ましたか?」
忘れて頂いて欲しかったわね……。私の夢なんて大したこと見てない上に致命的な欠陥があるのよ。
それにしても、何故ティム様は私が変な夢を見ることを御存じなのかしら。
「それなのですが、ティム様」
「何でしょう」
「……僭越ながら申し上げます。
大抵の場合、知らない方の夢は……見ないと思うのですが」
お珍しくティム様のニコヤカに振る舞ってる濃い緑色の瞳が、緩んだわね……。意表を突いてしまったかしら。
で、でも、知らないものは見れないでしょう……。適当に誤魔化せる知識もないのだし……。夢について詳しい訳じゃないけれど、無理なものは無理よ……! そう察してくださるという期待を込めて……! ……表情が変わればきっと! お分かりくださるのでしょうけれど! 無理だからジッと見つめるしかないわね……。
「成程」
「分かってくださいましたか?」
「では、僕の母ティナの話をしましょう。あ、父の詳細は不明なんですよ」
何 で よ !
聞き分け良さげなフェイント掛けてくるの、止めて頂きたいわ! ルディ様もこういう所有るわよね! 従兄弟だと似てこられるの!?
「お前、アロンの話を聞いていて?
ティムの母親の話なんて、知りもしないし知らなくて良くってよ」
「そんな事は言ってないわよブライトニア!」
ティム様にふふ、と昏い微笑みで返されてしまったわ。
嫌な予感……。いや、ティム様のお母様が……ティナ様のお話はお聞きしたいけれど……。私には何も出来ないのに……! 最早予知とか無理なのよ!
「まあ、僕もある程度しか知らないんですが是非聞いてください」
「しつこい男ね……」
「それが生き延びるコツでしたので」
うっ、断りづらい笑顔で仰るわ……。
悪役令嬢率高めですね。




