13.離れた所で見守って(第三者目線)
お読み頂き有り難う御座います。
レッカを巡る物語、エピローグで御座います。
バルトロイズ邸での騒ぎから1週間。
流石に政務が溜まり、王城で留め置かれて執務をしていたルディに、来客の依頼が入った。
「殿下、謁見の許可を求める者が参りました。騎士サジュ・ミエル・バルトロイズで御座います」
「許す」
入って来たのは青い髪に赤茶色の隻眼の騎士だった。
瞳と似通った色に染められた皮に鉤爪の型押しをした眼帯をしている。
報告通りどうやらあの沼による顔の傷は消えたようだ。が、目の傷は未だ癒えないらしい。
「ショーン殿下、拝謁恐縮至極に……あー、存じます。」
敬語を途切れさせながらも騎士の礼を取るサジュに、ルディは書類を机の端に追いやった。
丁度集中力が切れていた所だ。
「ふむ、其処の者。茶を」
「あ、丁度腹減って……い、いやお構いなく」
正直に答えかけ、侍従の目線を感じ取ったのか、サジュは目を泳がせた。
「菓子とパンか前菜でも山盛りにしたのも頼む」
「……有難う御座います」
流石に昼食の時間では無いので食事の用意はないだろう。
そう考えたルディは彼の腹を満たしそうな注文を侍従に付け、下がらせた。
「まあ座れ」
「……えっと、高そうな椅子っすね」
「まあ普通に高いだろうな。だが椅子は座る為のモノだ。つまりお前を座らせて罰することはしないぞ」
高価な木造りの絹で張られた座面に恐る恐る座るサジュを面白そうに眺め、ルディは白と銀の金具で飾られた執務の机に頬杖を付いた。
「それで、怪我人のお前が態々御足労頂いて何用だ」
「いや、怪我は治りましたし……あの、コレのお礼を」
サジュは皮の眼帯の縁をなぞり、ルディに示す。
青い髪に包まれた頭を斜めに一周し、耳掛けの部分と繋がった眼帯はしっかりした造りらしい。
「レッカの分も、高そうな眼帯有難う御座いました。コレ無茶苦茶手触り良いしカッコいいし……気に入りました」
「お前の顔は精悍だから、眼帯が似合うな」
「騎士団の連中にも評判良いです」
「そうか、ミニアに伝えておこう」
何気なく出てきた人物の名前にルディにぴしり、とサジュが固まった。心なしか顔も青い。
「コレ……ミーリヤ様の趣味っすか!?」
「ミニアのご趣味でお前に合いそうなものを見繕わせた」
「……ミーリヤ様と、か、買い物に?」
「デートがしたいと言っていたからな、丁度良かろう」
「いや、絶対それ、デートにしたくないでしょミーリヤ様。オレの買い物とかねーわって思ってそーな……感じはなかったんですか?」
絶対、快く思われていない。
目的を告げられたミーリヤの反応を想像し、サジュの背中に汗が伝った。
「ふたりで出掛けるのがデートなのだろう?」
「いやまあ、そーかもですけど。あ、何かミーリヤ様に買ってあげたとか!?」
「時間も押し迫っていたからそんな暇は無かったぞ」
しれっと返すルディに、サジュの顔色が悪くなっていく。
ミーリヤが怒り狂っている可能性を考え、背筋が凍り付いていた。
「えと、御礼……オレ、もしかして間違えました!?」
「僕が費用を出したから僕に感謝を述べるので間違ってはいない。それに、僕は服飾に興味はないんだぞ」
「いや、そうなんすか!?ルディ様オシャレしてっし、興味超あんのかと……」
今彼が着ている服も、実に上質な白を基調とした王子らしいものだ。
水色と黄色がいい指し色になっており、オシャレを考えないサジュから見ても、実に彼に似合っている。
金色の髪に映え、実に理想的で爽やかな王子らしい外見であった。
見た目は、だが。
「王子という職業は基本的に見世物要素も大きい。だから用意されたものを着こなすよう手入れはしてはいるがな。他は我慢できたが……正直長髪は鬱陶しかった」
「……結構大変なんすね」
「そうだぞ、手間も暇も掛かるし実に面倒だ。サッサと普通の生活をしてみたい」
興味無さそうに、ルディは今はスッキリと刈られた短い前髪を摘まんだ。
その手は傷ひとつなく、爪もつやつやとしている。
怪我をしてもひと時も放置されない生活だっただろうが、呪いも掛けられた過去が有り……よく分かんねーな王子って、とサジュは思った。
「騎士団の隊長副隊長達には、洒落者が多いのではないか?」
「あ、ハイ。その層から超褒められたのでコレはいーモン貰ったって思いました」
実に歯に衣着せぬ物言いで正直に答えるサジュに、ルディは鷹揚に頷く。
「どうでもいいが、オシャレがどうとか煩いのはアレキだな」
「アレッキオ卿は男女両方オシャレですよね」
そう言った時、控えめなノックが響いた。
返事を受けた侍従が実に皿を持ったスタンドとポットを乗せたワゴンを載せ、ルディの前に紅茶を置き、サジュの前に机を設え、お菓子やパンや冷えた前菜がこれでもかと載ったスタンドとポットを置き、しずしずと出て行く。
その様子を見送り、サジュは浮かんだ疑問をルディにぶつけた。
「……前に居た奴と違くないっスか、ルディ様」
「市井で見つけて感じが良かったのでな。前の身分だけの者は解雇した。実に彼は有能だぞ」
「……そっすか」
「何だ、お前が王城を何とかしろと願ったんだろう?」
薄い茶色の目に見つめられ、サジュは困ったように首の後ろを掻いた。
「……いや、オレの意見が通ってるって意外でした」
「僕が聞かないとでも思っていたか?食べていいぞ」
「……有難く頂きます。うわ、旨」
山盛りに盛られた皿の中身を彼にしてはゆっくりと、だが充分早くサジュはモグモグ頬張った。
「それで?眼帯の礼に託けて何か聞きたいことでもあるのか?」
「……いや、眼帯は本気で感謝してます。そっちに回す金とか考えるのヤだったし。後、レッカの処遇に手を貸して貰えたことも」
「伯父上は知っているのか?」
「いや………独断です」
「また怒られないと良いがな」
「うっ……」
説教を思い出したらしく、サジュは苦い顔を誤魔化すようにカップの中身を飲み干した。
「まあいい、言ってみろ」
「ウチの執事の事なんですが、バースって言って……」
「彼か。名乗られたから覚えている」
「そいつが、辞めるって言うんです。役に立たなかったからって責任感じて」
「……ほう」
優雅な仕草で相槌を打ちつつ、ルディは紅茶を飲んだ。
「御養父殿はそうか、ってだけで止めねーし。でも、オレめっちゃ良くして貰ったし、無職にさせたくないんですよ。大体、先輩にルディ様、ミーリヤ様とカータが居ても今の状態だ。一般人のバースが気に病む必要なんて何にも無いって。でも、結構決意が固くて」
「………役に立たなかった、なあ」
「だってよ、執事が荒事で役立つ必要ねーでしょ!?」
「まあそうだろうな。他国の武張った家で全員戦力な家もあるそうだが」
ルディの意図は即座に通じたらしく、サジュの顔が引き攣った。コレッデモン王国出身の彼は、すぐさま郷里にて武門を誇る家を思い出したようである。
「……いや、ダンタルシュターヴ家とロッチ家ですよね。国内では無いっすよ」
「怪我が酷いのか?」
「足を少し。でもその間も治療はウチが持つし、辞める必要無いって言うんですけど」
「引き留められず困っている、と。中々王子としての僕に相談する内容では無いな」
「……まー、そーなんですけど。ちゃんと先に騎士団の奴等にも相談してますよ」
「そうか。退職金を弾んでやれとか、次の就職先を世話してやれとかか?」
まるでその場を観察していたようなルディの言葉に、サジュがギョッと目を見張った。
「……え、読心術っすか?」
「いや、単に思いついただけだ。だが、意志が固ければ仕方あるまいな」
その返答にサジュはがっくりと首を落とす。
「……まー、そーなんですけど。ルディ様の話なら聞くかと思って。ポッと出の養子のオレよか、主家のお嬢様がルディ様の母上じゃ無いっすか」
「その主家のお坊ちゃんだった伯父上が話を流したのに、僕の話を聞くのか?」
「……まあ、駄目元で」
「王子に駄目元を頼みに来るとは中々剛の者だな、サジュ・バルトロイズ」
「いや、王子に何の頼み事……陳情しに来たら、大体駄目元じゃないんですか?」
「成程、確かにな。全部は叶えられまい。一本取られた」
何時の間にか、あんなに積み上がっていた皿の中身はもう1/3迄減っている。
それでいて満腹を訴えるでもなく、次々と遠慮なく手を出すサジュに半ば感心しながらも、ルディは頷いた。
「まあ、話してやろう。駄目ならそうだな、国外にでも世話してやろう」
「国外!?」
「もしお前の願いを断られたら?国内で職を得れば何れお前達と会うやも知れんのだぞ?気不味い思いをさせる気か?」
「あ……其処迄考えてませんでした」
やっぱ頼んで良かった、お願いします。とサジュは立ち上がり、頭を丁寧に下げる。
だが、視線は、未だ料理や菓子が盛り付けられた皿にガッチリと固定されていた。
どうやら未だ未だ食べる気満々のようで、大量に料理を出させ過ぎたかとのルディの考えは杞憂だったらしい。
「と、言う訳でな伯父上」
「……成程。サジュが申し訳有りません、殿下」
「敬語は要らん。普通で結構だぞ」
「では遠慮なく」
「伯父上も菓子は要るか?先程持って来させた」
サジュが帰り、呼び出したのは濃い緑の軍服に鍛えられた筋肉で覆われた身を包んだオーフェン・バルトロイズ。
ルディの血の繋がった母方の伯父にしてサジュの養父である。
ルディやサジュも背が高い方だが、彼らが見上げるぐらい伯父はもっと背が高く、厚みがあり大きい。
ルディは事前に設えさせた二人掛けのソファを勧め、殆どを占拠する大柄な彼の前に置かれた色鮮やかな柑橘の載ったタルトも勧めた。
艶々でキラキラと輝く大きく切られたタルトに、バルトロイズは相好を崩している。
「……旨そうだな」
「果物のタルトがーお好きだなんてーお可愛らしいわーとマデルに惚気られた」
「……」
棒読みで物真似されつつ出された名前に虚を突かれたのか、ざくり、とタルトを割った大きな手がそのまま固まっている。
「上手く行っているようで何よりだ。伯母上と呼ばんでくれと言われたぞ」
「……俺のことはいい。バースのことだったな」
「要するに、だ。レッカを庇うサジュを、バースなるものは恨んでいるのか」
「……まあ、恨み……迄は。いや、そうだろうな」
タルトを口に運んだ後、彼は顔を伏せたまま甥にぽつりぽつりと事情を語り始めた。
「アイツは親父の代からの執事で、親父が傷付けられ、ジェラルディーヌ……妹を殺した女の仇の娘を何故保護するのか、と言っていた」
「まあそうだろうな。それで、ネテイレバから態々お出で頂いた信奉者とやらもバースの呼び立てか?
表沙汰に処分された伯爵家の使用人と行き来が有ったそうだな」
「……ポイチャポ伯爵家にガーゴイル信仰が有ったのも、事実と言えば事実だ。奥方がネテイレバの出らしい」
「本人は何と?」
「……この期に、エンバルド様とジェラルディーヌお嬢様の無念を晴らさねば、と。彼らの無念は浮かばれないと言っていたな」
「サジュにお帰り頂いて僕がバルトロイズ家を継げばいい、と言う発言もあったそうだな」
はっと上げられたバルトロイズの青紫の目に、苦悩が滲んでいた。
「其処迄知っているのか……」
「まあ、僕は知っての通り死骸動かしだからな。通りすがりのお喋りも聞こえてしまうんだ」
「ジェラルディーヌが、前に赤子のお前がよくあらぬ方向を見ていて面白いと言っていたが……」
「ふむ、父上から伺っているが、母上も結構に相当だな」
「お前の母親だからな……。見目はお前にソックリで、もう少し線は細かった。外野からか弱そうだの守ってやりたいだの言われていたが、力が無い割に短気だったしな」
「そうか、僕は気が長い方だから似ていないな」
シレッと言うルディに突っ込まず、伯父はタルトを頬張った。甘酸っぱい果汁が口の中に染み渡り、タルト生地がサクッと香ばしい。
「しかし、何故バースがネテイレバと関係が有ると?」
「ミニアの話で、レッカは庭に居ると言っていたそうだ。だが、庭には僕達が居たし、裏庭は確か鍵が掛かっているだろう?客人のレッカが入れる場所ではない。
結局、レッカが見つかったのはレッカに貸し与えた部屋で、何故かバースも其処で気絶している」
「よく裏庭に鍵が掛かっていると知っているな。サジュが言ったのか?」
「サジュが薔薇園の扉の開閉に興味があるとは思えん。僕が聞いたのは、お祖父さまだな」
甥の口から予想だにしなかった場所と人物が出て来て、バルトロイズは目を見開いた。
「薔薇園……!?待て、親父!?」
「石碑に腕が埋めてあるだろう?あの傍で聞いたぞ」
「……お前、腕と会話が出来るのか!?」
「腕とは会話出来ないぞ。僕が喋れるのは死者であって、……ふむ、説明が難しいが……死者は居たい所に居るから、必ずしも墓にじっと居るとは限らない。偶々あの石碑付近にお祖父さまが訪れていたんだろう」
「……訪れてって……。親父は生きて、いや、会話出来るのか?結構経っているぞ?」
「何百年と擦り切れていない死者もいるからな。あれは流石に言語が古くて何言ってるのか理解に苦しむんだぞ」
「……お前は凄いものが見える世界に住んでいるのだな」
「通行人が他人より多く見えるだけだ」
そういう問題でも無いが、本人が気にしていないようなのでバルトロイズはそれ以上の追及をやめた。
他に聞く問題が有ったからだ。
「親父は何と?」
「独り言みたいな感じだったからな。鍵を掛けた薔薇園にガーゴイルを入れる訳が無いのにな、と言っていたぞ。あまり見目は伯父上に似ていなかったが、声は伯父上に似ているな」
「俺はどちらかと言うと母上似で……いやどうでもいい。他には!?」
「埋めた片腕の石碑をじっと見て、僕を見て、レルミッドを見て何処かへ行ってしまった。レルミッドが結界を頑張っていてくれたから追いかける訳にもいかんしな」
「……そう、か」
言葉を無くす伯父の様子に、ルディの薄い茶色の目が困ったように細められる。
何時もの、大体の事に動じないキラキラした笑顔ではなく、まるで寄る辺ない子供のような表情だった。
「伯父上は、諸悪の根源『王女ローリラ』の孫を。
お祖父さまの片腕を落とさせ、母上を殺したキャワ・エンジェルンの娘レッカを生かした僕の判断を怨むか?」
「……王子としてのお前の判断は間違っていない。前国王とキャワ・エンジェルンの娘で有るレッカを外に出す訳には行かない。それに、王家の血を残す必要もある」
「でもまあ有体に言えば、レッカの存在は親と異母妹の仇だし、ムカつくと言う事だな!斬ってもいい程腹が立つのだろう?」
ルディは濁した伯父の言葉をさらりと暴露し、彼に頭を抱えさせた。
「……お前は……」
「繕わなくて良いんだ、伯父上。父上が言っていた。母上は代理で復讐を行うのは言語道断で、復讐はやられた本人が確実にするべきだと憤っていたそうだな」
「……ジェラルディーヌはジャド殿に何を言っているんだ」
妹は滅茶苦茶義理の弟であるジャドを振り回しまくっていたんではないだろうか、と今更バルトロイズは心配になったようだ。ルディに向けられた顔は、この上なく苦い。
「お祖父さまは滅茶苦茶恨み骨髄で『王女ローリラ』からキャワ・エンジェルンの子々孫々を呪っているかもしれないが、母上の為に復讐はせんでいいと思ったんだ。
だから、復讐するならお祖父さまの為にせんとな」
「……その結論もおかしくないか?」
「そもそも、仕えていた美しいお嬢様の不遇の為に執事が復讐を行うなど、身分差を売りに押し出した恋愛特化の書物じゃあるまいに」
最近ミーリヤに色々物語を勧められ、大衆向けの芝居を強請られているので、ルディは恋愛特化の催しや書物の中身に詳しくなっていた。
「……まあ、ジェラルディーヌは顔だけは儚かったからな。お前とソックリだが」
「僕は男だから、顔で庇護欲はそそらんと思うぞ」
本人は、ミーリヤに執心されたその王子らしい美貌に大した執着は無いらしい。
「それで、バースをどう処罰する?」
「処罰も何も、別に良いのではないか?辞めたいと言っているのは罪悪感からのようだし、悪い心根の人物では無いのだろう」
「……それは保証する」
「では、コレッデモン王国にでも行って貰うか。丁度マデルの親戚の家の家令が歳で退職したそうだぞ」
「……詳しいな、ルディ」
「実はニックと手紙を介さない交流をしている」
「???
ああ、ミーリヤ嬢にコレッデモン王国に連れて行ってもらっていると言う事か」
「まあ、そんな所だ。コレッデモン王都住まいの屋敷だから心配せずともいいぞ。サジュとレッカはバースに会わんだろう」
「……何から何まですまんな」
頭を下げようとする伯父を止め、ルディは首を傾げた。
「それより、レッカと顔を合わせる伯父上こそ、彼女に腹が立つのではないか?何を隠そう僕も地味に腹が立つんだが」
「……今の所殺意迄は涌かんし、最近忙しいから顔も合わさん。サジュが何とかするだろう」
「そうか。嫌になったら言ってくれ。いずれマデルの元に住むのも良かろう」
「……それはいずれ相談しよう。ルディ」
「何だ?」
小首を傾げたルディの金色の頭を不意に大きな手が包む。
何が起こったのか分からないらしく、パチパチと瞬きする彼に、伯父は親友に怖いと酷評される顔をなるべく優しく歪め、微笑んだ。
「俺はお前を長年助け出せなかった頼りない伯父だが、困った事が有ったなら、微力ながら力になるからな」
「そう言ってくれると嬉しいぞ、伯父上。重々末永く宜しく頼む」
ルディは頭を撫でる伯父の手に自分の手を重ね、何時ものキラキラした微笑みを浮かべた。
姉妹一の繊細で儚い美しさを誇るジェラルディーヌ・ドロテはルディ君のお母さんです。なので、中身苛烈めな見た目詐欺系美女で御座います。
次は蝙蝠ウサギ、ブライトニアのお話となります。
 




