瞳を沈めて
お読み頂き有難う御座います。
アローディエンヌは所在なさげです。
明日、ドゥッカーノに帰る事になったようで……。
バタバタと、荷造りが始まっているわ。
手伝おうとしたのだけれど、声を掛けるのも躊躇う程使用人達が有能でね……。
家政を取り仕切る公爵夫人って、何かしら……。何の役にも立たないなあ。
そう思いつつボーッと椅子に座ってるしかなくて。そうしたら、昨日の事が思い出されるのね。
「……」
結局、聞かされたお話はモヤモヤするものだったわね。
と言うか、血縁の事を聞くと碌でも無いエピソードばかりよ。
父方のお祖父様、アローリットの事も。
母方のお祖父様、名の知れぬ……あの辛い目に遭って自ら儚くなった皇女に恋をした、元伯爵家の子息の事も。
そして、私の血の大半はディエット家の者だということ。
父方の祖母、母方の祖母もディエット家……。
でもその中身は、親を亡くした幼気な子供を拐って来て、名家を潰すお手伝いの悪徳派遣をする悪辣な家……。
うーむ、私も悪役令嬢の素質有る血筋なのね。……悪役令嬢の素質の血筋って何よと思うけれど。
まあ、其処まで善人ではないのだけれど。そもそも善人とは……という哲学になるわね。
「ちゃあんと、ディエット家は潰れてしまったよお。アローディエンヌう」
「義姉さま」
当然のように隣に腰掛けてきて、頬っぺたをつつく手がウザいわ……。いや、何時も通りなのだけれど。しかし、今回は義姉さまのお姿の方が多いな。何でかしら。フワフワした長くて赤い髪が、炎のように揺れている。付け毛なのに不思議よね。
「イラッとしてるねえ」
「何と言いますか、生まれた家の不甲斐なさに、被害者の方に申し訳なくて」
「そおんな事、もおっと有るよお? 貴族も庶民も危害を与えてくる嫌いな家を潰すのは当然。
生きてるだけで邪魔してくる奴を消すのは当然。やられたらやり返さなきゃあ」
「義姉さまの仰りたい事は、何となく分かりますが」
「ふふう、柔らかあい心を痛めてるんだねえ? 可愛いよ、アローディエンヌう」
うっ、義兄さまの時よりも高くて、でも甘くていい声。義姉さまの言葉は毒のように沁みてくるな……。聞き慣れている筈なのに、心臓が跳ねるわ。
「ややこしくない親戚関係なんて無いよお。
例えば私も孤児歴有ったけどお、それでもうざったい王家居たしねえ」
「そういやそうでしたわね。不敬ですから王家への罵りはやめてください」
孤児歴……。何と言うか、いやまあそうだったのだけれど。
殆どあの養い親こと義姉さまの両親の前公爵夫妻、都合の良い時以外放任だったからなあ。
今でも思い出すとイラッとするわね。
「親がいようといまいと、アローディエンヌに愛はたっぷり貰ってるから、寂しくなんて無かったなあ」
「愛……」
最初は不憫な推しに対する庇護というか、推し活みたいなものだったけれど。
愛、ねえ……。
両親の事は本当にどうでもいいけれど、被害に遭った方々のことを考えると呑気に暮らしてていいのかしら。
何だか、色々分からなくなってきたかもしれない。
「揺れてるのお?」
「まあ、それなりに」
「でも、もう居ないよ?」
「ディエット家が不幸にした方々は、おいでですわ」
私はディエット家の者として……どうすりゃいいのかしら。殆ど関わりがないのに、そう思うこと自体も烏滸がましいのかしら。
「残念、もう居なあい」
「え?」
居ない、とは? この国に居ないってこと?
「あのねえアローディエンヌ。口に出すのも、まあまあ忌々しいけどお。
ショーンの話を覚えてる? 5年前にディエット家は爵位ごと消えてるの」
「ええ、覚えていますわ」
今、被害者の方の話で凹んでるんだけどなあ。話がコロコロ変わるわね。ディエット家は没落してていいのよ。自業自得だもの。
「アローディエンヌをウチに置いていって、残党が逃げ出して作ったあの劇団、一応小銭は儲けてたんだよね」
「はあ……」
そりゃそうでしょうね。まあまあお客さん入ってたみたいだし。
しかし、小銭小銭と馬鹿にしてるわね……。相変わらず感じ悪いけれど、悪事で稼がれたお金は良くない……。お金は大事だと思うけれど、うーん。って、今関係ないのだけれど……。
「でも、その小銭の行先、分かる?」
「被害者の方に心からの謝罪の為に遣われた救済金……という訳では無さそうですわよね」
「あのくっだらない芸とかあ、ドゥッカーノで男爵やって巻き上げた小銭……。ディエット家の資金はアレカイナに流れてるんだよお?」
「……え?」
……待って。
ディエット家って、仕えてた家に見放されたんじゃなかったの!? 他の仕える家を見つけたって事!?
「ディエット家って、まだ何処かに仕えていたんですの!?」
「うん、それごと燃やしたあ」
「それごと燃やしたあ!?」
ど、何処を!? え、まさか何処かで人為的な火事が有ったの!?
「それは、え、でも被害者の方は」
「アローディエンヌう、恨みや憎しみってねえ。
加害にすーぐ傾くの。加害者をブチのめしてゴミにしたいなんて普通普通」
「いえ、まあ、そりゃそうでしょうけれど……え、被害者の方が加害者を、え?」
「被害者はあ、ディエット家より力の有る輩に尻尾を振って、ディエット家に小銭をせびってたんだよお。みみっちいよね」
「み、みみっちい……」
……多分、それなりの立場の家なんでしょうけれどケチョンケチョンね。何時もの事だけれど。
ええと。
被害者が、権力者を味方につけてお金をせびっていた……って事でいいのかしら?
「そのお家は何方でしたの?」
「あのシーランケードに寄生する奴だね」
「……ええ!? まさか、シーランケードの領主⁉」
確か……会わなかったけれど、この別荘に会いに来てたわ! いや、使者だっけ? 取り敢えず、あのオッサンも過去にディエット家の被害者で、それを逆手に取ってお金を巻き上げてたってこと!?
……。
………?
「それ、別にどうでもいいのですけれど。そもそも、ディエット家が償うお金ですわよね?」
「そおだよね」
「それは兎も角として、他の人生を乗っ取られた方の救済はどうなってますのよ。あの魚に騙されたベラ様ですとか」
「それだとお。ベアトゥーラ・ロクシは母親が虐めた妹の罪を、当時生まれても無いのに一族郎党で償わなきゃならないよお? アローディエンヌう」
「うっ……」
た、確かに……。怨嗟は続いていってしまうの……?
「そもそも、ギー・ギレンもベアトゥーラ・ロクシの望みも、あの魚の悔悛を今更眺めて悦に入りたい訳じゃないしねー」
「えっ、謝って欲しい訳では無いのですか?」
あのおふたり、かなり困ってらしたのに!?
「酷い目に遭わされて適当に謝られたってねえ。1ゼニゼロにもならないじゃなあい。
あの御曹司、商売人だよお?」
……相変わらず通貨単位が酷いわね。関係ないけれど気が散るなあ。
「あの魚の惨死は望んでただろうけどねえ」
「……義姉さまの価値観で、適当に仰らないでくださいな」
「貝殻で擬態してるけど、ギー・ギレンは野蛮な戦闘国家コレッデモンの生まれだよお? もお、アローディエンヌはすうぐ穏やかーにしちゃうんだからあ。かあわいい!」
「平和ボケで悪かったですわね! それにコレッデモンの悪口もやめてください!」
しかもつつかれた鼻、ソバカスが益々増えてきたの思い出したわ! 気が散る!
「でもお、ギー・ギレンもちょおっと考えを変えたんだよねえ。まさか、アローディエンヌの心優しくてえ、とおんでもない稀有な可愛さに負けたのかなあ。幾ら魅力的とは言え、アローディエンヌの意思に添うとか腹立つね。添わないのなら燃やしたけど」
「いやどっちなんですか! 大体、私の言葉で意見を曲げられるなんてそんな戯言は有り得ません。
それにギレン様は、番がおられますでしょう」
「番だろうと伴侶だろうと、不愉快なのは燃やすよお?」
「やめてくださいな! それで、あの魚は……ドミ・マダットはどうなりましたの?」
沢山の人の人生のエピソードを盗んだ魚……。
結局、ディエット家の孤児のひとりだと聞いたけれど。つまり、血は繋がらないけれど、微妙な親戚なのかしら。うーむ、普通に嫌だわ。
「ショーンが横入りしてムカついたけど、フロプシーの所に棄ててきたよお」
「フロプシーの所に、棄て……?」
ん?
ちょっと、鸚鵡返ししてしまったけれど。
棄ててきたよおって、どういうことよ!?
「そ、それは、旧ネテイレバ国ですの? ソーレミタイナの飛び地、ブライトニアが治める……」
「そおそお。彼処、無駄に水没してジケジケしてるでしょお。肉食の魚も水棲獣人もたっぷり泳いでるから、直ぐ喰われるかもねえ」
ニヤリ、と嗤う顔が本当に悪役よねえこのひと。腹立つ程美しいわ。
あくどいことしか言ってないのに、本当に蠱惑的。騙されてもいいと思えるような、耽美な微笑み……。腹立つな。
「……ルディ様の事ですから、義姉さまのような残虐はなさらないですわね」
「何でえ! ショーンは気持ち悪いよ!」
「失礼なことを仰らないでくださいな、義姉さま!」
あんなに爽やかなルディ様の何が気持ち悪いのよっ、ってまあ、仲悪いものね。
「それで、あの魚は今にも喰われるかもっていう罰を受けるんですの? それで、ベラ様は御納得を?」
「老い先短い奴の恨みは当人同士、死後で派手に戦えばいいじゃなあい。死後の復讐方法知らないけどお」
「そ、それは……いえ、でも……。いや、普通に失礼でしょうが!」
あの優しげな老婦人になんちゅう暴言を!
それに、ギレン様にも失礼だし!
「フロプシーの機嫌が良ければ、適当な都合の良い物書きとして死ぬ迄こき使われるんじゃなあい?」
「そういえば、あの子って本が好きですものね」
成程、そういう生き方も……。いや、それって償いになるのかしら。
余所の方を騙して成りすましてきたあの魚に、旧ネテイレバの文化面を任すのは少々不穏なのだけれど。
でも、ブライトニアとオルガニックさんの御本とか、書かせるのかしら? ブライトニアの気が変われば?
「……」
うーむ、ちょっと読みたいかもしれないわ。
「あ、ちょっと瞳が煌めいたねえ、アローディエンヌう。機嫌が上向いたね?」
「う、上向いたとかではありませんが……」
モヤモヤするわ。
でも、あの魚もディエットの被害者にして加害者。でも、私に何か罰を提供することも、詫びる権利もない。あの魚もがディエットなら、私を棄てた一族に変わりはないのだから。
「あれは私の嫌いな奴よ。燃やして? って、私に一言。
言えば良いのにい」
……とろける甘い甘い声で、ゾッとする誘惑を囁く悪役令嬢、義姉さま。独自の感性で、気に入らない者を焼き落とすひと。
このひとを変えることは、出来ない。
「私の愛しい大好きな可愛いアレッキアって言ってえ」
「いや、話が変わってますわよ」
本当に変わらないな!
コレでディエット家を滅ぼしに来たようなそうでもないような、アレカイナ旅行は終わりですね。




