夢と現実のギャップって酷いよね!(ニック視点)
すみません、前書きと後書きを忘れておりました。
お読み頂き有難う御座います。
暫く出番の無かったニックはのほほんとファンタジー異世界で働こうとしてリアルに打ちのめされるお話で御座います。
やほやほーん! 仕事中が癒やしのニックでーす!
今日は麗らかでいーお天気だよねえ。お外……つっても職場の中庭だけど、流石お城。めちゃんこキレーなお花が咲き乱れとるでよ。大きい木に咲いてるアレは何かなあ。
んん? 濃い茶色の毛皮に黄色の縞尻尾がひよっと見えるよ……。
おおっと、あのゴツムキ系イケメンは、逆縞卿じゃないか。ガタイが良くて軍服似合うなー。
「逆縞卿、おっひさー」
「おー、ニック。相変わらずウサギ姫の匂いだな。愛されてていーこった」
な ん で す と⁉
「……えっ、ナニソレ……‼」
「いや、フツーだろ」
「フツーじゃなかりけるよお! えっ、どゆこと!? 匂い、匂い⁉」
今朝、ロープウェイ通勤でお外に出る時に、滅茶苦茶頭を擦り付けられたけど、まさかソレ!?
じ、自分では全く判らなかった! ヒイィィィ、獣人さんの嗅覚きょわわわ!
「番に然りげ無く惚気させながら歩かせるの、獣人の常識みてーなもんだし」
ヒエエエ……なんちゅー常識だよソレ。とゆか、いうか! ボク、ブライトニアの匂いをプンプカ漂わせてえっちい感じで歩いてるの!? まさか、こんなショボいモブがそんな公害を撒き散らして……!
「ヤダァー!」
「ヤダーはねえだろ」
「こっちの羞恥心に心遣いが感じられないから、ちょっとそれはヤダー……! 解釈違う!」
「匂い解んねーなら別に良くねーか?」
「良くねーですけど!」
「ハハハ。まー諦めな」
「諦めたくない……」
「皇帝の伴侶になっといて往生際悪いなー」
「いや、未だにボクは信じられなくてね」
「ハハハ」
……尖った八重歯も光ってて、ワイルド爽やかに笑われちまったぜ、へへっ……。
……解釈違いもさることながらさあ。ボクの羞恥心は、ゴミのように無視される運命なの? 酷ス。 滅茶苦茶にされたピュアで繊細な男子心、どーしてくれるの!
とゆか、マーキングだよねコレ! ボクの許可要るよね!?
……うう、匂いとやらを落としたいよお。恥ずいよお。
コレッデモンで貰ってるマイルームで今すぐシャワーを浴びたいトコだけど。何でか気温が下がってきたよ。酷いわ! お天気まで拙者の邪魔をするのね! キイイ!
「ピィ!」
「うへっ? 小鳥?」
何でめっちゃV字で飛んでくの⁉ ボク、何かしたぁ!?
「ニックに付けられたウサギ姫の匂いにビビって、逃げてったな」
「……何ということでしょう」
と言うか、ブライトニアさあ。あの仔ウサギ……蝙蝠ウサギだよね。小鳥も大きい鳥にもビビられる要素……有るけどさあ。
理由もなく……有るんだけど、小鳥にビビられると凹むなあ。
嘗て鳥とお話してみたーいって、メルヘンチックに思ったもんだけど。
そーいや、獣人さんって動物とお話出来んのかな?
ファンタジーだとお約束だよね。
「話変わるけど……。
前から疑問だったんだけどね?
逆縞卿って同族……虎さんとお話出来たりする?」
「ねーよ。
そもそも虎が其の辺にいねーだろ」
た、確かに! この辺……虎さんが住める生態系が無いよね……。野生の虎さんのお住まいって……何処だろ。
北の方に位置する此処、コレッデモンと、未だに僕が住まわされてる旧ネテイレバ……は湖が多いから無理か。
もうちょい南下した草原が多めのドゥッカーノは……住んでなさそうだよね。
それ以上南……生まれ故郷のソーレミタイナは海と群島だから……もしかしたら居るのかにゃ? あったかくて、モジャモジャ木の生えてる所に住まい有りそう。
……故郷に居る時に、ウッカリマジモンの虎さんに出会って、喰われなくて良かったー! 魔術も碌に使えない上に運動不足のアラサーじゃ、秒で死ぬよね。怖いよお!
「それに、言語体系が違いますしね」
「ヘホワチャ!? く、黒猫卿! 居るなら言ってよ」
ヌヌっといきなりボクの隣に現れたのは、この国の宰相様で黒猫卿! ボクの上司でもあるよ! 気さくでいい人なんだよね! ちょい猫ちゃんの姿で徘徊しまくってよく居なくなるけど、猫ちゃんは、ウロウロするのが正義だからなあ。
「黒猫卿、またかよ。宰相ならウロウロすんなよ……。会議はどうしたよ。
此処中庭だぞ」
「良いでは有りませんか。ルーニアが居ないんですよ全く。
我が妻となっても照れ屋ですね」
「嫌われてんな……」
「逆縞卿、そんなハッキリ言わなくても……。ルーニアさんはちょいツンデレなだけかもよ」
ルーニアさんは黒猫卿にツンが多めなんだよねえ。結婚してからも変わらないみたいで……。
ま、まあ……色々エピソード聞いてたらデスヨネーとしか思えないものも有ったりしたから……。
ルーニアさんはいい人だし、黒猫卿はいい猫なんだけどなあ。
「知ってますよ、市井の言葉らしいですね! そう! ルーニアにとって、私は唯一無二の特別な猫なんです!」
「ツンデレ知ってたんだ……。
そだ、黒猫卿は猫ちゃんとお話出来る?」
「無理ですね!」
何時でも黒猫卿は堂々としてんなあ……。気弱モブとして見習いたいよ、その心意気。まあ、気さくだけど元々からマジ高位貴族だからかにゃ?
それ系のご教育の賜物と本人の資質だよね、きっと。
「その、言語体系の違いってのは何かなあ」
「獣人じゃねえ虎と遭った事ねーから、俺には説明のしようがねーぞ」
「だ、ダヨネー」
フツー、虎さんと遭えばデッドエンドだもんね。でも猫ちゃんは其の辺に居るから、期待大! リアルキャットトーク! 超期待!
「私は黒猫の獣人ですが、ヤンシーラ公爵家の長男として教育を受けてきました。勉強はいいんですが、両親がウザくて面倒でしたね」
「それはウチの国生まれなら、大体そーだろ」
「大変だよね……」
公爵様なんだよねー。ボクはパンピーでド庶民生まれだけど。
……此処ではド庶民扱いされないけど、皇帝の伴侶扱いもされなくて有難過ぎるんだよ。偶にされるけど。
乙女ゲーの失敗エンド後みたいなエピソードが多々あるからか、知り合いの皆は親御さんとは大体縁遠いなあ。気の毒でならないよ。
フォーナがそんな目に遭わないで良かった……。ボクがシナリオ改悪し始めちゃったのが良かったのか、解んないけど。
「猫は猫の領域で教育を受けてますね」
「……つ、つまり?」
「同じ黒猫に見えても、私には人としての言語しか操れません。猫語を理解するのは面倒です」
「面倒……。理解は可能なんだ」
「でも、猫の言葉なんて聞いてどうするんです?」
「そ、それは……猫ちゃんカワユスなあって愛でる?」
「何だそれ……」
逆縞卿に呆れられたよ、拙者……。でも、カワユスじゃん。どんなお喋りするのかとか、猫ちゃんスキーなら超興味深いじゃん!
まあボク、小動物なら大概愛でたいタイプで候。
ブライトニアは小動物ちゃうんだよ。あの子は悪役令嬢という肉食系女子だからね……。後、マジモンのウサギもプリティーな見た目の割に、フツーに気が荒いからね。ブライトニアは、更に気が荒すぎるんだけど。
「そもそも、彼らの使う単語から判りませんし、地域差も有ります。
文法も無茶苦茶ですから」
「猫ちゃん語に文法有るの!?」
「威嚇や警告なんかには辛うじて有りますね」
「それはボクでも分かるね……」
猫ちゃんのフシャーな威嚇に文法……有るのか。あんまり聞きたかないけど聞ける機会が有れば……でも解んないんだった。
おお、何故ボクはモブ人間なの。猫ちゃん語を聴き取りたい人生だった。
「それに、人だってあらゆる人に対して喋れる訳では無いでしょう?」
「た、確かに……」
「アレカイナのバレテッラ地方……何処でしたか。主語の間に補語や形容詞を詰め込んで、動詞は省略、みたいな言語も有るようですし」
「うへえ……」
ソレ、どうやって己の行動をアピるんだろ……。学べる気がしないな……。例文すら読めなさそう。
「そんな訳で、猫語を学ぶ気はないんです」
猫獣人さんにドキッパリ言われると涙も出ねえや。いや、ちょい哀しみが出るね。諦めたくない気持ちがウズリウズリしちゃう!
「じゃ、じゃあ猫ちゃん集められたりとかする?」
「無理ですね」
にべもねーでやんす……。遠きファンタジーよメルヘンよ。
「そもそも生き物集めてどーすんだよ」
「め、愛でる……?」
猫ちゃんやらキャワイイ動物ハーレムを築くの、夢じゃね? そんな夢を持つボクに怪訝な視線が、二組突き刺さるう!
「さっきからそればっかかよ……ニック。
愛でてーなら、番のウサギ姫を愛でとけよ」
「そんな、酷い! そないなおっそろしー事出来るわきゃなかろうてよ!」
「猫もウサギも変わらんだろ」
「変 わ る よ!」
しかも、あの子悪役令嬢でっせ!? ただのかわゆい蝙蝠羽のウサギとちゃいまんがな! そもそも、かわゆい蝙蝠ウサギに遭った事ないけど!
あの子、野生のウサギよりも大人しくしててくんないしさー。服に潜り込まれるし、こっちが変態になるよ! 夫婦だからええ理由無いんだよ! 心の準備ががが! 節度!
「そもそも、呼び寄せられんならさ。
俺みたいに、其の辺に居ない動物の獣人はどうなる。虎なんて怖いだろ」
「怖いんだ……」
「じゃーニック。お前と同じ純人の武装した知らん大男が、お前の周りにゾロゾロ集まってきたらどーすんだよ」
「バタンキューする」
激弱モブなので、そんな恐ろしい目に遭ったら、お粗相してしまうやもしれない。きょわい!
て言うか、獣人じゃない人を純人、って言うんだ……。知らんかったで候。
「そうだろ。俺は虎使いじゃない。
マジモンの虎なんて、フツーに怖いだろ」
「わ、分かった……」
マジな虎さんに姿形を変えられても怖いとは……。
でもそっか。中身はフツーに逆縞卿だもんね……。意識が虎さんになる訳なかろうもんよ。なったら地獄絵図だね。
「羊飼いみたいに飼ってる羊が寄ってくる……みたいな訳にはいきませんよ。
出来ませんし。
仮に出来たとしても、知らない猫に囲まれてもねえ」
「意外と黒猫卿は、猫ちゃんに対する愛がないね……」
猫ちゃん獣人さんだから猫ちゃん好きとは限らないのか……。
夢がボンボコ砕け散るなあ。
「ニックも人間が万人好きな訳ねーだろ」
「完全理解」
めっちゃ分かった。そもそも、長らくお付き合いしたい人の方が少ないかも。今は有り難いことに増えたけどね。やー、三十路ヲタクにはなってみるもんだね。
「でもまあ、私達はそうなだけで……他には同族言語を操れる獣人がいるかもしれませんよ」
「そなの? 聞いてみよっ」
「じゃあ、フランジール卿の元へお使いをお願いします」
「何処から出した」
此処には獣人さんのお知り合いが多し! 野郎が多いから、心情的にも聞きやすくて尚良し!
ボクは行動力のあるヲタクだからね! 黒猫卿の許可も頂いたことだし、いっくぞー!
「ははあ、ニック殿は個性的で面白い事を思いつきますねえ。
因みに俺は記録帳ですが、紙をめくる音に言語の可能性ですか?
全く思い付きませんでした」
「紙!? まさか……お、お話聞こえる?」
次に出会ったのはジルさん……なんだけど。
何だか背後が不穏にザワザワしてきたような……。ぴえん! 何故ボクは図書室前でジルさんとお話をしてしまったんだ! 一生の不覚!
「いえ、紙をめくる音だけですね。童話の獣人とかなら聞こえたりするんでしょうか? 遭った事有りませんけど興味深い」
「それはそれでホラー……恐怖体験かもしんない……」
「書庫が煩そうですよね」
そんな穏やかな笑顔で言われてもおおお! 何時も笑顔なのは素敵だけど、今じゃねえよおおお!
ということで、フランジール卿ことジルさんは本と会話は出来ないらしい。良かったのか悪かったのか……。
「鳥の声と会話? いやー、煩えだけじゃねーかな」
「チュイ卿、鳥さんと会話出来ないのかあ」
「知らん鳥と会話してもーなー。
其の辺の行きずりのオッサンとー、世間話してるようなもんだよー?」
「メルヘンがナッシング……」
次はオオアホウドリ獣人チュイ卿とヤドカシガニ獣人のギー卿。
珍しいね、このコンビ。そーいや、最近ギー卿はご実家のホテル関係で国外に出てたらしいから久々に会ったかも。
「そもそも俺も同族と遭った事無いなー」
「ギー卿のヤドカシガニって、海の中にいるんだよね?」
「そそ。しかも異国の砂の中な」
「そりゃ遭わないね……」
砂の中は難易度高いわ……。本家本元のヤドカシガニ自体を、ボクは見たこと無いしなー。ヤドカリは有るんだよ。ソーレミタイナにもワンサカ居たしね。
「それに、上司と部下なら兎も角、見知らぬ獣人の突然の招集に野生動物が応じると思うか?」
「……無いね……」
ファンタジー物だとフツーに行われてるんだけど、よく考えたら……無いなあ。
ボクが知らないトコで、雇用関係が築かれてたりするんだろーか。ヤダ、ビジネスライクなのも夢がブッ壊れちゃうよ!
もっとファンタジーなフワフワで夢が溢れるエモい関係は無いの!?
「上司でも休日に突然の招集掛けられたらブチギレるけどー。
番とまったりしてたら、呼び出し無視したいし、無理矢理なら攻撃を仕掛けるよー」
おっとりした見た目と穏やかなお声で、大きいフカフカ羽はエンゼルチックなのに。何でそんなに好戦的だよチュイ卿……。
親戚のマデルさんもおっとりした、しごでき美女なのに好戦的だよね。……ギャップ萌えではあるんだけどさあ。
「お呼び出し……はお仕事なら仕方無い……? かも。
あ、同じ獣人同士のお呼び出しなら……アリ?」
「無ーいー無ーいー。
仮に有ってもー行かないでしょー。
交通費無しでー、居住区外から呼び出されたりするんだよー? しかも用件も解んなーい系のー」
「かなりヤダね、ソレ……」
獣人さんは、お呼び出しスキル有るもんだとばっかり思ってたけど、かなり傍迷惑だね……。
リアルに考えると、ブラック極まりない。
ファンタジーは中々叶えづらいな……。ぴえん。
「あー、野生動物に仕事って概念ありー?」
「な、なさそ……」
「だよな」
……おお、何ということでしょう。
それから結構聞いたけど、全面的に誰も、誰も! 動物と話せるファンタジー言語やファンタジーお呼び出しを出来ないって!
此処、ファンタジー異世界なのに!
……いやまあ、転生してまーまー長いけど、ボクの思い通りになった例が無いよね。
有る訳無いけど、ちょぴっと夢見てたのにいいい!
んぼっふっ!
……?
!!
「あたくしのオルガニック! 朝ぶりね! 会いたかったわ」
「ぼへっ……!? え、ええ‼ な、何? ど、どして、だ、抱きついて来ちゃ駄目だよここ、ええ!?」
何処から来たのか、思い通りにさせてくれないNo.1、ブライトニア!
何で此処に居るんだよ!?
と言うか、張り付かれても体幹が保てないんだけどおおお! ボクはか弱いんだよおお!
「ルディが魚を送り付けてきたの」
「さ、さかな……?」
ど、どゆこと?
お中元とこお歳暮的なギフトって、この世界に有ったかな?
……しっかし、ルディ様がブライトニアにギフト送ってくれる可能性、有る?
確かにまーまーブライトニアには、好意的では有るけど……。なっさそー!
喰えない性格もされてる、生粋の王子様だかんなあ。あの悪役令嬢おにいたまとギスギスされるだけあってさあ。
あっ、要らないものを下賜された可能性、微レ存……? いや、微粒子レベル以上たっぷり有る?
「ねえ、オルガニック。膝に乗って良くて?」
「ご遠慮してくれるかなぁ‼ さっきボク諸共コケそうになったの覚えてくれてるよね⁉」
結局ブライトニアごとコケそうになって、通りすがりの騎士の人に支えて貰ったよ。
然りげ無い優しさ、胸キュン!
……じっと紫の瞳で見られると、居心地悪うい! でもボク負けない! だって此処、職場なんだもん!
生暖か系の視線を其処此処から感じるけど、オフィシャルな場でイチャつくとか万死なの! ヲタク、弁えてるから!
後、フツーに未だにブライトニアの美しさと恐ろしさにビビるんだよ! 笑っていいよ! モブだから! だってボクはモブでこの子、悪役令嬢だもん!
「そうよ、本を書ける魚ですって」
「本を書ける、魚……? ってブライトニア、足を乗せてこないでよお! スカートの裾が捲れてるよ!」
慌ててミニスカの上に上着を被したけど、んもう! しかも何のなぞなぞなの、ソレ。
夕飯のおかずの足しに、って感じのギフトじゃないぞおおお。
とウンウン悩んでたら、膝の上に足を乗せてきたよ。油断も隙もないな!
ニックの平穏は遠いようです。




