モブは決定的瞬間を目撃出来ないの!??
能登半島地震の被害に遭われた皆様に、謹んでお見舞いを申し上げます。一日でも早く日常にお戻り頂けることを、心より願っております。
お読み頂き有難う御座います。
今年の投稿が遅れて申し訳なく。
「雨の器の義妹姫! お目にかかれて光栄です。我が祖母の憂いを除いてくれて有難う御座います。無事に解決しまして」
「あ、アローディエンヌ・マイア・ユールで御座います。その、……ええと」
次の日の、義兄さま……義姉さまがお出でにならない昼下がり。……茶色の御髪に、濃い水色の瞳の殿方が、我が家を訪ねていらしたわ。御歳は……多分、三十代位の朗らかな方よ。
……しかし、使用人に来客を告げられてナチュラルにお迎えしたけれど何方なのかしら。初対面よね? 何故かあちらは私の事をご存知みたいだけれど。何故か、私にはそぐわない系濃い渾名をご存知だし。
まあ、それは良いとして。祖母……の憂いとは? もしかして、先日の人形劇を訴訟したい御婦人のお孫さんかしらね。アレ、どうなったのかしら。義兄さまも何だか動いてたみたいだし……。
「俺の名前は、エイドリアン・ギー・ギレン。
ギレンは母方の家名ですが、親父を片付けたので潰した伯爵位も改名して承りました。勝手ですが、ギーかギレンの方でお呼びください」
「判りましたわ。そうで……? え?
ええと、母方の家名に御改名されて、伯爵位を……? まあ……」
貴族システムは恥ずかしながら未だ詳しくないけれど、普通は家名ごと継ぐのでは……? この方のケースは一旦お取り潰しにして、新たな伯爵位を授けられたってこと? しかも、継がれる筈のお父様の家名をお取り潰しとは……よっぽどの何かが有ったのね。御兄弟とかお父様と仲が宜しく無かったのかしら。親族って大変だものね。最近だけど身につまされたわ。
しかも、私の事よりもこの方……少し聞くだけでもややこしいもの。私は貴族の癖にルールに疎いものだから、そんな形の継承も出来るとは吃驚よ。
貴族は家名が大事だとばかり思っていたものだから、随分カルチャーショックな事を聞いてしまったな。でも何故、お家の事を語ってくださったのかしら?
あれ? ギレンって家名、何処かで……? 聞いたことが……有るような?
「義妹姫様〜。見て下さいな、お魚のソテーに合いそうな大きなお野菜がひっ! ぎ、ギー卿!」
「まあ、大きな……紫の……カブ? ドートリッシュ、お腹は大丈夫なのかしら?」
……ドートリッシュってお腹を壊したばかりなのに、元気ねえ。本当に力持ちよね。あのサイズ……小麦袋位あるのでは無いかしら。片手に抱えて軽やかに入ってこれるだなんて。
でも、何だか顔色が悪いわね。まさか再びお腹を……というより、心労? かしら? ギレン様とお知り合いだった?
「ん? 誰だっけ」
「ドドド……ドートリッシュ・ムニエ・モブニカでごご、御座います」
「……ああ、あの!」
あの、は何の『あの』なのかしら。ドートリッシュなら私と違って、有名で派手な渾名とか似合いそうね。でもギレン様はご存知ないみたいだから、ドートリッシュの一方的な知己ってこと?
「お、おおお話中とは思わず失礼千万致しました! ど、どうか四騎士の皆様には……ごごごご平に平にご容赦をおおお!」
「モブニカ……? あー、義妹姫の傍に置いてるって聞いてたけど君かー。成程、まあ気にすんなよ」
ギレン様の方はお歳が上の鷹揚さか、気安いお喋り方だわ。ドートリッシュの方は滅茶苦茶慌てているわね。つい気安く入室してしまったのが気不味いみたい。私も気付かなかったな。来客中なのに、気が緩んでていかんわね。
「の、ノックと同時に入ってしまったことをお詫び致しますわ! 義妹姫様へも!」
「ギレン様がお許しになられたのなら、私はいいわよ。私こそ気付かなくて御免なさい。おふたりは、お知り合いでしたの?」
「同じコレッデモンの伯爵家ですしね」
「うおおとんでもなーい! いっえいえいえいえいえ! ウチは弱小のスッカラカンで伯爵家でしたわ! ギー卿のコーデ家は……ええと、そのですけれど。母方のギレン家は国内外……各国に宿をたんまりお持ちですのよ!!」
「おっとモブニカ夫人、コーデ家はこの前取り潰したからな」
「しししし失礼千万致しました!」
へー、ギレン様は……コレッデモンの貴族でいらしたのね。
てっきりアレカイナの方かとばかり思っていたわ。えらく遠くからいらしたのね。いえ、まあ我が家もまあまあ地図の上では遠い所から来たのだけれど。義兄さまの反則術のせいで、近く感じて嫌だわ。変なチートに慣れ過ぎている。マトモな感覚を忘れないよう、慎ましく控えめに生きなきゃ。イキったモブなんて碌でもないもの。
「ギー卿のお宅はウチとは違って、とってもとってもお金持ちですの。敬意を込めて宿爵と言われていましたのよ」
「や、やどしゃく……?」
有りそうで無さそうな爵位ね……。無いわよね? この世界、変な所で変なものが捩じ込まれているからなあ。私の常識では中々計り知れなくて、世界が広いとしか言いようがないわね。
「泊爵とも言われてたな。よく知ってんなあ、モブニカ夫人」
「『ギレンのお宿』の記事は新聞にもよく載ってましたし、憧れでしたもの! あ、此処にも有るんですのね? まさかオンセーンですの?」
「独特な発音だけど、温泉な。憧れとはまた有り難いね。是非泊まってってくれ」
「あっ! 素泊まりなら……今なら可能かもしれませんわね! 節約してお金を貯めて、頑張りますわ!」
「天候不順な季節なら、安い日もあるからな」
ドートリッシュがビビるような、そんなに高級ホテルなのね……。所謂ホテルチェーンの御曹司でいらっしゃるのかしら。
しかも、お父様の伯爵位……をお返しして、お母様の家名を興されたと。私、凄い人とお知り合い? になるのねえ。
「あら? ギレンのお宿……ヤドカシガニ……」
まさか、義兄さまとブライトニアが破壊しまくった……あの、宿!? あの宿のお、御曹司!?
「あ、そーそー。それですよ、雨の器の義妹姫」
「そ、その節は大変なご迷惑を! それに私の名前なんて呼び捨てで……。アローディエンヌとお呼び捨てくださって結構ですわ」
悪役令嬢ふたりが暴れた、あのホテルの……! ああ、なんてこったよ! ホテルの方には謝り倒したけれど、オーナー一族には謝っていない!
それに、そんな方にお呼び頂くような物語の美女チックな渾名、本気で似合わないし……。うう、地味に広がってるのが申し訳ないわ。名前負けって言うけれど、私ったら渾名負けよね。『其の辺の地味女』とでも名乗ろうかしら。
「ハッハッハ、気になさるな。それに、番でもない御婦人を呼び捨てになんてなあ。そんなことしたら紅の蝶々公爵に消し炭にされるからね、義妹姫」
「……いえそんな、ええ……? 夫が……やりかねます、けれど?」
燃やさせませんわ! と力強く言えない我が身が情けないわ……。義兄さまは、心が狭くて気が短いからなあ。見てない所で何をするやら判らない!
と思うと……呼び捨て位で、なんて軽く思えないわね。面倒なひとだわ……。更にご迷惑を掛けない為にはどうすれば良いのやらよ!
「ギー卿はヤドカシガニの獣人ですから、番にはお詳しいんですのよ、義妹姫様!」
「ま、まあ、そうですの……。一応、夫は獣人ではないようですが……」
でも、獣人要素はあるのかしら。確かにシアンディーヌが芋虫として産まれたのは、義兄さま由来よね。
まさか渾名だとばかり思っていたのが、マジ蝶々だったなんて……今更だけど恐ろしいわ。
というと……義兄さまは、獣人にカテゴライズ化されてしまうのかしら。
まさか、私が知らないだけで変身できるとか?
……うーむ、あのひとったら、外見は私に色々ひけらかしたいタイプから、その点は無いかなあ。何気に私が見惚れてると滅茶苦茶喜んでるのよね。ウザいからバレないようにしたいものだわ……。
「それで、どうしてギー卿は義妹姫様にご訪問されたんですか?」
「ああ、祖母さんのお礼にな。モノマネババア魚の駆除に尽力くださったもんだから」
「……え? モノマネバ……? え?、駆除、というと……」
ニコリと微笑まれると、少しワイルドね。コレッデモンにも様々なタイプのイケメンがおられるのねえ。しかし、ヤドカシガニとはどんなカニなのかしら。
「ユール公爵が何とかしてくれた」
「にっ……アレッキオが、ですか!? やはり残酷な手段を!?」
見惚れてる場合じゃない! また人的被害が出ているの!? ああ、どうしましょう……。何とか穏便にするよう、常に言い聞かせておくべきだったわ。
「義妹姫って面白いな。マデル嬢から聞いてた通りだ」
「えっ、まあ。マデル様がですの? 失礼致しました。大声を出してしまいましたわ」
「それで大声なのか。義妹姫は静かですね。ウチの王宮だと滅茶苦茶紛れるな……」
「義妹姫様はお淑やかで穏やかな方なんですのよ、ギー卿」
「珍しい……。そういうご令嬢いや、ご夫人とは縁が無さすぎっからな……」
「まあ、お褒め頂き光栄ですが、ご謙遜を。コレッデモンには沢山お淑やかな方々がお出でですのに」
「……時に、色々内包してますからね」
「ヒイィィィ」
こんなに見苦しめに騒いだのに穏やかとは……。そんなに声が小さいのかしら。もっと発声練習すべきね……。それに、コレッデモンには私なんぞよりお淑やかさなレディがワンサカおられるわよね。そして何故ドートリッシュは怯えているの……。
「義妹姫は、昔話がお好きだということで。モノマネババアにいいように嘘つき話にされていた祖母の話を語りに来ました」
「まあ、若様のご指示ですの?」
「察しはいいね、モブニカ夫人」
「いえそんな! 頑張りますわ!」
「夫がどうも御無礼を……」
無理難題を押し付けるだなんて……。お忙しいであろう御曹司をこき使うだなんて、許されないんじゃあ……。ああ、どうしましょう。平謝り位しか出来ない我が身がぐぐぐ!
「いやいや。アレぐらいスカッと後腐れなくやるには中々権力と魔力と腕力が要りますから」
……義兄さまは何をしたって言うのかしら……。この家の周り以外を焦がしてないでしょうね。やってたらガチで叱らなきゃ。
「傀儡王女とカニ、でしたっけ。あのババアが名付けたのは」
「ええ。カニというのは、ギレン様の御種族のヤドカシガニのことですか?」
「そうです。まあ、ウチの母方の父親……祖母の夫。
祖父ですね。芝居では盗賊の頭にさせられてました、カニです」
観てなかったけれど、そんなお話だったのね。では、傀儡王女はあの老婦人……ベラ・ギレン様と名乗られた方。
「あの魚は、嘘を混ぜてお話を作るんでしたわよね?」
「そうです。因みにこの『設定』も八割本当で二割嘘です」
「ええ……え?」
「と、盗賊だったんですの?」
其処が、嘘なの?
ドートリッシュが目を見開きすぎて、青緑の瞳が零れ落ちそうね……。
「当時は盗賊の頭じゃなくて、後に盗賊にもなりました」
「そ、そうでしたか……」
そんなに違わないかな、とは言い辛いわね。時期は大事よね。宿は……どうなったのかしら。
「当時は政情不安で治安が最悪で、実家の宿を守る為に家族総出で武装してたら盗賊商人に襲われたそうで」
盗賊商人……。いえ、ニュアンスで悪そうな人なのは分かるけれど。
傭兵医者とか、くっつけていいのかなーみたいな職業がチラホラ有るわねよ。
「時代背景は、あのお芝居通りなのですのね」
「虐待されて自ら死んだ皇子は、皇女でしたけどね」
「ええ!?」
其処も違うの!? 其処が滅茶苦茶大事では!?
「皇子と偽って育てられた皇女です。どうもあの皇族は、女がよく産まれる家みたいですね」
「ギー卿、あの魚は脚本を書いたんですわよね? 何であの魚は主要なお話の肝の子の性別を男の子に?」
「んー、劇的だからじゃないか? 終演を迎えそうな帝国、女ばっかの中、遂に生まれた皇子! みたいな」
「た、確かに……」
「王位継承に性別が関わるとモメますわよね」
「おお賢いな、モブニカ夫人。勉強してるみてーだって四騎士の誰かに言っとこう」
「うえっ!? お、お褒めのお言葉なら……嬉しいですわ」
ドートリッシュが小刻みにガクブルしているわ。四騎士の皆様が本当に苦手なのね。
私はあの方々をお美しくて賢くて良い方達だと思うのだけれど、誰しも相性ってものがあるものね。仕方ないな。
「あの魚……ドミ・マダットでしたか」
「改名し過ぎて、本名は判らないんですがね」
「お祖母様……ベラ・ギレン様はどのようなお血筋を?」
「あ、其処忘れてましたね。祖母のかつての名はベアトゥーラ・ロクシ・イウタヤロ・セヤシ」
……シリアスな場面だと言うのに……。何故ちょいちょい関西弁を送り込んでくるの……。
人名で吹きそうになるの、本当に失礼なのよ……。顔面が動かなくて良いのやら悪いのやら爆笑出来なくて、苦しいやら何やらよ。
「イウタヤロは海底火山の名前ですわね! お土産クッキーに名前が書いてありましたわ! 何か歯に挟まるボソボソした感じでしたわ!」
そうだったのか……。だから温泉が出てるのね。観光土産って何処でも有るみたい。
「そーそー。義妹姫、ウチの祖母はイウタヤロ帝国のセヤシ家に降嫁した第六皇女の娘です。
勿論継承権はゼロに等しかったんですけどね。一応生まれた時は帝国が有ったそうなので、親バカな親にイウタヤロの家名も与えられました」
うおお毒親っぽいわあ……。権力持った毒親ぽいわねえ。
「あのお気の毒な皇子……いえ、『皇子にさせられた皇女』のお姉さんですわよね?」
「そ。
妹を虐待しといて自分に火の粉が降り掛かったら、必死こいて山を越え谷を超え泥水を啜って逃げられなかったマヌケの一味だよ、モブニカ夫人」
壮絶が過ぎる……。言葉が無いわ。
確かにこのお話をベラ様、いえベアトゥーラ様に聞かせて頂くとなると酷ね。
あの魚……ドミ・マダットは、どうやってこんなに詳しくお話を聞き出したのかしら。普通のお付き合いでは聞き出せないわよね。
気になるけれど……。
ええと、あの人形劇のそれからはどうだったかしら。
「その第六皇女達の処刑の後に、幼い頃ベアトゥーラ様が拐われたというのは、本当なのですか?」
「盗賊商人にね」
「まさか……」
「カニに拐われた事になってるんですがね。拐ったのは別の悪人でして」
成程、本当にちょいちょい違う。細かい間違い探しのよう。
実物を知らないと、騙されてしまうわね。
しかも、そんな細かい事いいじゃん煩いなーとか、言われそうなレベルの小さな嘘。チクチクとイライラと心を突き刺すわね。しかもそれでお金儲けをされていたらと思うと……確かに不愉快だわ。
「あ! 判りましたわ! きっと、ギー卿のお祖父様が颯爽と悪者をギッタギタにやっつけて、お祖母様を救い出しましたのね! 素敵!」
「いやー、そうだったら劇的だろーけどな。祖母さんは当時二歳半で、祖父さんは四歳だったからな。単独じゃ無理だ。
盗賊商人ボコったのは、祖父さんの叔父だった」
「よ、四歳……。そりゃ無理ですわ、すみません」
「いや、芝居だと四歳の祖父さんが何故か二十歳位の盗賊の頭にされて、幼児の祖母さんを拐っていく話だったからな」
「……め、滅茶苦茶が過ぎますわね」
滅茶苦茶違ってきたわね……。でもまあ、ドートリッシュの予想は分かる。
壮大なお話って、劇的にしたいものよね。
そういうドラマ性を求める観客の心、其処を突いたのかしら。
でも、人の体験談を盗んで、改竄して、自分がその人だと成り代わる……。
どうしてそんな酷い欲求が産まれたのかしら。
謎のおばあさんの孫、ギー卿はニックと仲良しです。ヤドカリ系なので壁とか走れますが、コレッデモンではよく怒られています。
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コレッデモン王国のお話は宜しければ此方に。ギー卿も出てます。




