この演目にも何かあるのかしら
お読み頂き有難う御座います。
魚への処遇が決まったようですね。
「……そう言えば、義兄さま。義姉さまのお姿で出て行かれたのに。今は義兄さまですわね」
「ふふう、帰って直ぐに着替えたあ!」
出ていった時は鮮やかなケープ付きの青いドレスだったと思うけれど、今は……何時もの如く、暗めの色彩をお召しね。暗褐色のシャツにジャケット姿だわ。そういや今はよく嵌めてる黒の手袋は取ってるのね。
頬を撫でて来るから、然りげ無く距離を取って避けたのに、まだ触ってきてしつこいわ。イラッとするわね。
だけれど、皆様がおいでの此処で義兄さまを怒る訳にもいかないし。
「いきなり置いてくから焦ったぜー、アレッキオ卿」
「そこの陰険王子が俺に着いて来なきゃいい」
「アレキなんぞ追い回すか。僕はアローディエンヌを訪ねてきただけなんだぞ」
「余計に二度と来るな。アローディエンヌを見るな。土埃が立つし、アローディエンヌの目が濁る」
「濁りません! 何もかも失礼でしょうが、義兄さま! 重ね重ね申し訳御座いません。お訪ね頂き光栄ですわ、ルディ様、サジュ様」
「ええー? 僕、失礼じゃないもん! ショーンが常に失礼極まりないんだもん!」
「義兄さま!」
「アレキへ掛ける礼儀なんぞどうでもいいんだぞ、アローディエンヌ。しかし、前から思っていたが、アレキが性別を変えても全く動じないな」
「え……。そ、そうでしょうか」
変わった疑問をお持ちになられたのね。この場の全員動じてないと思うのだけれど。
って、いやいやいや。普通に男女どちらにもサラッとなれる義兄さまがおかしいのよね。
慣れてしまった我が身が、かなり微妙だわ。
「子供の頃はややこしく面倒臭かったですが……。
性別を変えたら着替えてくるだけ、マシになりました……かしら」
「僕面倒臭くないもん! 酷おい、アローディエンヌう!」
「まあ、確かにアレキはウザったいし、この図体でドレスは気味が悪いな」
「アレッキオ卿はヒラヒラ似合いそーだけどな」
「そうよ。若様は何でも着こなせるわ。それに、図体の大きさなら白フードも同じじゃない」
「其処だけは忌々しいし、遺憾にも程が有るんだぞ」
うーむ、今日も仲がお悪いなあ。でも、未だ和やかな会話かしら。よく美形がモメてると火花がバチバチしてるシーンが有るけれど、義兄さまはセルフで火花をバチバチするし、ルディ様は地面を揺らされるし……。
未だ火花も揺れても……無いわよね。モブニカ姉弟も穏やかだし。和やか認定しても良い感じの、セーフな話し合いかしら。幾らお顔が良くても、このおふたりの睨み合いは全く絵になるけれどならないし。
「ショーンの格好なんて、この上なくどうでもいい。ああ、焼死体になれば辛うじて好ましくなるんじゃない?」
「ほほう。その前に礫死体にしてやる」
「ルディ様、そう言えばどのようなご要件でしょう!?」
また暑いし、揺れてるし!
ノンタラ構えていたら、突然怒りが来るの止めて欲しいんだけれど!?
「ほう、そのような大声も出せるのか、アローディエンヌ」
「え、ええ。最近何とか……」
そういや、前は抑揚のない喋り方ばかりだったかしら。そもそも体力が無いから、大声出さなかったのかも。うーむ、芯から無愛想なモブだったのね私ってば。
「魚を釣ったらしいな」
「釣って……はおりませんけれど、虐められていた? 謎の魚を拾いましたわ」
あ、その件か。お耳が早いわね。ルディ様は本当に情報通でいらっしゃるわ。
きっと山程の有能な側近がいらっしゃるんでしょうねえ。義兄さまにはアングラで有能な側近が居そうで怖いな。
「ショーン殿下がお気に為さる事では無いかと」
「黙りだった石板の伯爵がそう言うなら、そこそこの事のようだな」
「えっ、そうなの?」
「そこらの野良魚をだよ。きっとチンケな窃盗とかで追い回されてたんじゃなあい?」
「……ノラウオって何ですか。そんな野良猫みたいな……。大体、陸上でしたのよ」
義兄さまが口出ししてきたってことは、余計に怪しいんじゃないのかしら。何か有りそうね。
「でもまー、外国の常識って分かんねーしな。
オレも、知り合い以外の獣人の事あんま詳しくねーし」
「確かに! 助けて貰った余所の御宅でお礼も申し上げずに御飯を平らげるなんて、チンピラっぽいですわ!」
「チンピラ……」
今、この単語で全員の脳裏にピンクグラデ頭のお下げ髪が浮かんでしまったわね。
ロージア……久々に思い出したわ。
ゲームそのままの性格なら、滅茶苦茶あの子にそぐわない単語なのに……。皆様も、ちょっと苦い顔をされているわね。いい思い出が無さすぎるもの。
「ドートリッシュ夫人、言い得て妙かもね。あのチンピラと素行は似てる」
「義兄さま?」
「アローディエンヌは変なのに絡まれやすいんだからあ! そのちょおっと抜けた所も可愛いけどお!」
「その変なのの筆頭がアレキだから、気を付けんとならんな。アローディエンヌ」
「いやまあ……取り敢えず気を付けろよ義妹殿」
……悪役令嬢と、攻略対象者であらせられたおふたりに諭されてしまったわ。この微妙な感覚も久々ね。
……でも似てるって、あの魚が? ロージアに?
……そういや、あの子のプロフィールってステータス的なのしか知らないわね。親戚関係とか分からないわ。
まあ、自分自身の血縁関係も微妙なんだけれど。益々あんまり知りたくないわね。
「義兄さま、あの魚はまさかロージアの血縁だったりしますの?」
「ええー? あの屑のお? ちゃんと逆らえないように固めたけど、魚は血縁だったりはしないねえ」
「え? ロージアって何でしたかしら」
「さて、毒物ではあったがな」
「えーと、しつこくて変な気持ち悪ィ奴だったよな」
軒並み不評だわ。あれ程迷惑を掛けてくれたのだしそりゃそうね。そして、ドートリッシュは覚えてすら居ない? その方が健全でいいわね。
だけれど、固めたって何なのかしら。禁固刑?
「若様、処理は終わりました」
「そう、御苦労」
「義兄さま、固めたとは」
「あの魚、アレカイナの護衛騎士に牢屋に放り込ませたよお」
「え、牢屋?」
今、とんでもない単語が聞こえたような。
魚を牢屋に? 何故……。
「考えてみれば、あの魚に追いかけられてた理由。碌でもなさそうじゃなぁい?」
「ええ、そうかもしれません。ですけれど」
「アローディエンヌに絡む破落戸を引き連れて来る時点で、炭にしてやりたい有罪だけどお」
「首を突っ込んだのは私ですし。ですけれど」
「まあまあ、義妹殿。
身元不明なら警備騎士に任せとけよ。単なる迷子なのかもしんねーし」
「迷子……」
それならお任せして良かったのかしら。どうも穏便になってない気もするけれど……。
「まあ、僕はそろそろ戻るとするか。アレキと同じ場所に長々と屯留したくないんだぞ」
「さっさと帰れ」
「義兄さま! ルディ様、サジュ様。ご訪問有難う御座います」
「またなー、義妹殿」
……帰って行かれたけれど。
ルディ様のご質問の意図が計りかねるわねえ。まあ、モブの頭脳でお察し出来るものじゃないのだけれど。
「困ったわねえ。どうしても駄目かしら?」
「駄目ですよ……」
そして、次の日。
「今日は、お嬢様。良いお日柄ね。私、ベラ・ギレンと申しますの」
「は、はあ」
「単なる宿屋の隠居婆さんですわ」
ニコニコとしていたのは……殆ど白くなった青い髪の、上品な老婦人。
瞳は……綺麗な珊瑚の海の色。鮮やかな南国の海の色。
そんなお色味を持つ御婦人にお会いしたのよね。
お困りのようだから声をお掛けしたら……。
「この演目、どうしてもねえ。訴訟したいのよ……」
「え……」
思わず絶句してしまったわ。
だって。
ニコニコと看板を指差して仰るのは……今日、続きを観に来た『傀儡皇女とカニ』だったの。
く、クレーマー?
アローディエンヌは困っている宿屋のおばあさんに声を掛けたようです。