救った魚はだんまりみたい……
お読み頂き有難う御座います。
謎の魚を救い、家に保護したアローディエンヌです。
「水に浸けようとすると暴れられたので、湿った敷物の上に置いておいたら穏やかにしております」
「か、変わった生態系なのね……」
まさかの、魚が水を拒否……。
使用人からの報告にちょっと啞然としてしまったわ。色んなケースが有るものなのね。
「公爵家が使う高級でお高くて素敵な敷物の上に……ですって!? しかも湿らせてなんて……! 何て贅沢な魚ですの」
「ええと、ドートリッシュ。どの道敷物は洗うのだし……。でも、洗濯物を増やしてしまったのね……」
「洗濯物は私も洗えます! そうではなくて、義妹姫様のお優しさに付け込んで、高価な敷物を汚して何の反省もしないだなんて……!! ちょっと文句言って参りますわ!」
「待って、ドートリッシュ。何か訳が有るんでしょう……。陸上生活が長くて肺呼吸だとか、色々と」
「肺ですか? えーと、確かに、国にも魚系の獣人……いましたかしら。
その方は陸上で……暮らしてたような、暮らしてなかったような」
「そ、そうなの……」
あやふやなのね。ドートリッシュはお家の事情で、あまりコレッデモン王都に行かなかったようだし。
領地だけじゃ……いや、それでも引き籠もりの私よりは物識りだもの。凄いわよね。
「多分、魚じゃなかったかも知れませんわ。フナムシとかそういう固そうな生物だったと思いますわ」
「フナムシなら陸上生活もいけて、恐らく肺呼吸ね……。
あの魚も、もしかしたらそういう系統に属するのかしら」
「湿り気が要るのかもしれませんけど」
「それとも、海水が必要なら困るわね……」
此処、内陸らしいし海水はないよなぁ。
うーん、海かぁ。ソーレミタイナに運ぶとか……。
いや、滅茶苦茶輸送費が掛かるわね。私ったら、何考えてるのかしら。兎に角コミュニケーションを取りたいものね。
「そもそも、本当に獣人なんですかしら。あの魚、怪しいですわ」
「鍋いっぱいのシチューを平らげました。ですが頑なに喋ろうとはしません」
「それは、紛れもなく、獣人さんね……」
流石にマジの魚はシチューを食べない……? どうなのかしら。魚に対する知識がゼロね……。
「ドリー。あの魚、不敬だから裏の池に突っ込んでおいたけど。
奥方様、只今戻りました」
「あら、ルーロ君」
何時の間にか居た彼は砂色の髪に、夏の日差しのような黄色の瞳の持ち主。
私と奥様のドートリッシュを見つめていたみたい。
少し背が伸びたかしら。指摘するのも失礼かしらね。親戚だから良いかしらねえ? うーむ。
しかし、裏に池なんか有ったのね。この家……。
背が高い草が生えてた気がしたけれど、広いから未だ把握しきれないかも。
変なタンスもあるし……迂闊にウロウロ出来ないわよね。まあ、タンスに入る気は全く無かったけれど!
「奥方様。俺が少し、あの魚の身元に心当たりが有りますのでご心配なく」
「えっ、もう!? やだ、ルーロさま、お心当たりだなんて凄すぎない? 流石ね!」
「ドリー、煩い」
相変わらず仲が良いわね。微笑ましいわ。
「私が連れてくるように言ってしまったの。ルーロ君に骨を折らせて申し訳ないわ」
「この程度、奥方様が心苦しく思われることは何ひとつ有りません」
「そおだよお!」
この、背筋をゾワゾワさせる甘い声は……!
うわっ、面倒なのが帰ってきた!
じゃなくて、義兄さま帰ってくるの早くない!?
って、ルディ様にサジュ様も! ……狼狽えてちゃ失礼ね。
「いらっしゃいませ、ルディ様、サジュ様。お帰りなさい義兄さま」
「お帰りなさいませ、若様。サジュ殿、そして殿下」
「若様、お帰りなさいませ!! あら、白フードとサジュも来たの?」
「面白そうな気配がしたのでな」
「魚が食えるとか聞いたけど、何の魚だ?」
さ、魚の話がもう伝わってる……。早すぎる。どんなシステムが働いているの……。
「多分食用ではないと思いますわ、サジュ様」
「毒の泥を泳いできた魚なので、消化しづらいと思いますよサジュ殿」
「ほう、もう把握しているのか。石板の伯爵。
よく勉強していることだ。感心するんだぞ」
「ショーン殿下にご関心を得るほどではありません」
な、仲が悪いわね。ルディ様はルーロ君ともウマが合わないのかしら。
冷え冷えとした空気が……いえ、何だか、暑い?
「君の優しい心は麗しくて素敵だけどお、甘あい心は僕に寄せて欲しいなあ。全て!」
「ええ……」
また理由の分からない事を……。
「んもお! 珍しく可愛い眉間にシワが寄ってるよ! かあわいいアローディエンヌ!」
「つつかないでくださいな!」
「ふふう! 今も魅力的で可愛い顔だね、アローディエンヌう!」
「鏡をご覧になるか、私以外に目を向けてください」
「照れちゃってえ!」
う、ウザいわ……。眉間に頬っぺたまでつつかれるし!
義兄さまが帰ってくるまでに何とかしたかったのに。……モブの能力では駄目だったというの?
「兎に角、迷子の魚を保護したんですわ」
「アローディエンヌは変なものをよく保護しているな」
うっ、確かにモブとしてやりすぎだったかしら。困った人……魚だけれど、身に余る保護だったかも。
「警備騎士に保護をお願いしようと思います」
「それがいいんだぞ。どうせ、その辺の生簀から逃げてきたのではないのか?」
「その辺に魚屋さんは無かったわよ、白フード」
「コレ、川魚にしてはデケーですし……。オレは見たことねーけど、そんな水槽あんのかな」
「好事家の間では、水槽に凝る者は居るらしいぞ。海藻を植えて巨大魚を飼うらしい」
アクアリウムってやつね。
異世界にも有るんだ……。
「義兄さま」
「なあにい?」
「あの魚、暴行されそうになっていて、皇女って呼ばれてましたの」
「そおいう魚の種類なのかもねえ」
「……そ、そうかもしれませんけれど。た、確かにそうかもしれませんけれど。
でも、あんな一杯で魚を追うのかしら? しかも、水場でも無いのに」
「他国の習慣とか詳しくないしねえ。アレカイナでは、陸上で魚を追い回す奇祭とか有るかもしれないよお?」
「き、奇祭……そ、そうかもしれません。ですけれど」
滅茶苦茶興味なさそうに私の髪を編んでいる……。
と言うか、何時の間にかべったりと横に座っているわ。何だか狭いと思ったら!
「まあ、十中八九図々しい獣人だろうな」
「ショーン、要らないことを言うな」
「や、矢張りそうですか……。有難う御座います、ルディ様」
「礼も尽くさず、取り憑こうとしているならまあ処理すれば良いが……だんまりを決め込むとは狙いは何だ?」
「どうせ碌な事じゃない。まあ、どの道あの池掃除させてないから」
「えっ、そんな所に獣人さんを滞在させていいんですの?」
「アローディエンヌう? 招待しても返事がなければ、来なかったと同じじゃない?」
「……そ、そうですけれど」
近い……。睫毛が触れそう。
にこやかな薄い青の瞳の奥に、キラキラと火花が散っている。
「それですのよ! 何の返事もせず食事を喰らうなんて、礼儀が有りませんわ! 四騎士の方々なら即膾切りですわよ!」
「ほう? ミニアに告げておく」
「やめてえええ! 白フード! 他意はないの! あの方々は細か……キッチリされているから、例に挙げさせて頂いただけよおおおお!」
「いや、ミーリヤ様の方が、ルーニア様よかマシ……」
「サジュの意見も伝えた方がいいか?」
「止めてく……! いやマジ勘弁してください!」
確かに、意識は戻ったのに……ノーリアクションなのはおかしいのかしら。
物凄く人見知りで、警戒してる……いえ、それなら食事は摂らないわよね。
もしかして、私……トラブルメーカーを拾ってしまったのかしら。
どうしましょう……。そんなヒロイン的出来事、私がやらかすだなんて……。
人口密度多めですね。